諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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第8章 夢を彩る『ウィンタードリームトロフィー』
第59話 あなたのために


 

 

 

 

「辞めるんだって?」

「耳聡いね。誰から聞いたのさ」

「桐生院ちゃんから」

 

 私の脳裏に何故かピースするボブカットもどきの顔が思い浮かんだ。私との仲だから漏らすことはまずないと踏んでいたんだがよりにもよってこいつに伝えてしまったか。スピカメンバーに伝えられるより100倍マシだが、次点でマシなだけで最悪の部類に尽きる。

 

「......無様な負け犬を冷やかしにきたわけ?」

「まさか。引っ越しの手伝いに来ただけさ、お代は昼ごはんだけで構わないよ?」

「いらないお世話だよ。部外者なんだから帰った帰った」

「つれないねぇ」

 

 睨みつけようが追い払う仕草を見せようがケラケラと笑うばかりでいっこうに離れる気はないらしい。諦めてまた歩き出すがその真意だけは知りたいと口を開いた。

 

「また引き止めに来たわけ? ルドルフあたりにお願いされたんだろうけれど、出すものは出したし撤回するつもりはこれっぽっちもないんだからね」

「私から引き止めるつもりはないよ。ただ最後にトレーナーとしての立場の君と話したかっただけさ。まぁ、負けず嫌いの君はまた戻ってくると思うけど」

「絶対にないね。今回ばかりは絶対だ」

「......ふぅん?」

 

 タッ、と短く地を蹴る音。その一歩だけで私の前に回り込んでみせたシービーを見てトレーニングは怠っていないようだね、なんてどうでもいいことを思ってしまった。

 

「人間に()()()()()たんじゃない? レースに絶望するなんてらしくないよ。昔はあんなに楽しそうだったのに」

「自分で走るのと、他人を走らせるのは訳が違う。一緒にしないで」

「立派にトレーナーやってたと思うよ? 自信持ちなよ」

「何も出来なかった」

「何も? 君のおかげでスズカは死ななかった。怪我の重症化だって避けられた。それでいいじゃないか」

「よくない」

 

 フクキタルの怪我の時もスズカの秋天の時も何もできなかった。対処療法なんて慰めの言葉はいらない。アレは最低限のやるべき義務で行動のうちになんて入らない。

 

「あの事故は、私が未然に防ぐべきだった。防げたものを防げなかったのは、私の罪だ」

 

 シービーが立ち止まりかがんで、それで? と続きを促すようにこちらの顔を見上げてくる。シービーに隠し事は通用しない。なら、2人だけのうちに話してしまった方が気が楽になるだろうか。そう思うと、自然と口を開いていた。

 

「あの大怪我じゃスズカはもう走れない。競走バ『サイレンススズカ』はあの大欅の向こう側に消えて二度と帰ってこない。

 勝ち続けるウマ娘はいない。どんなに強いウマ娘だろうといつかはレース(だれか)に負け、身体(ケガ)に負け、現実(おとろえ)に負ける。

 勝ち負けがあってのレース、負けて当然。大事なのはそこから何を学び、何を得て次に繋いでいくかなんだ。

 それが見えなくなっちゃった。負けたことだけで、もう心が潰れちゃうようになっちゃった。勝ち続けることなんて出来ないのに、たった一度の、決定的な敗北を迎えるのが、私は、怖くて怖くてたまらない。

スカーレットが1番になれない時を迎えるのが、

シャカールが三冠の夢を叶えられない時を迎えるのが、

スペシャルウィークの、日本一のウマ娘になれないことがわかる時が来るのが」

「ルドルフに屈した時のように?」

「......そうだよ。君だって同じだ、いや、それ以上なはずなんだ」

 

 三冠ウマ娘といえば、『初代三冠』セントライト、『神が讃える』シンザン、『皇帝』シンボリルドルフが挙げられる。

三冠とは絶対的王者の証左であり、名誉である。そこに抜けはあってはいけないのに、もう1人の三冠バを知らない人も一定数いるのだ。『最弱の三冠バ』。ミスターシービーはそう揶揄されることもある。その所以はシンプルなたった一つの理由。

 ミスターシービーというウマ娘は、シンボリルドルフに先着したことはただの一度もない。レース中ですら先を行ったことは数度もなくシービーはルドルフの後塵を拝し続けている。

 ライバルと呼ぶにも烏滸がましいほどの実力差だった。

 

「脚の怪我でシニアからは本気を出すことも叶わなかった。秋天は勝ったけれどジャパンカップは10着、あの有だって3着だけどまるで届かなかった。その翌年の春天なんて、足蹴にされて、相手にすらならない無残なレースの後にターフを去ったじゃないか」

 

 シービーは勝利の栄光を人一倍知り、その喜びを人一倍享受し、人一倍レースを楽しんでいたウマ娘であり、人一倍の敗北感と、人一倍の失望をその身に受け、人一倍レースに苦痛を受けたウマ娘。

 

私と同じようにターフを捨て、学園を去ったウマ娘。

 

「私と同じじゃないか、なんでわからないんだよ」

 

そんな言葉が、不意に口をついて出た。

 

「絶対に勝てないことを心に刻み込まれて、完膚なきまでに叩きのめされたのにどうしてわからないんだ!」

 

 胸元を掴み、自分の手に爪を立てるくらいに握りしめてシービーの顔を引き寄せる。彼女の凛々しい表情は相変わらずで、これほどまでに怒りをぶつけているというのになんの変化もなくただこちらを見つめるばかりだった。

 

気に入らない、気に入らない、気に入らない。その飄々とした顔も、何もかもわかったような態度も、全部、全部が気に入らない!

 

「自分は何もかもわかったようなふりをして飄々として楽しい楽しいだのいっつも言ってたね。私はそんな態度のシービーが大っ嫌いだったんだよ!

 勝負事で悔しいと思わないような素振りが、私たち凡なウマ娘とは違うって言ってるみたいでさ!あの時の有だって『楽しかったね』だなんてさぁ!

 叩きのめされて、心を折られて、絶望的で絶対的な差を見せつけられて、どうしてそう笑っていられるのさ!

 私と同じように苦しめよ! ヘラヘラしないでよ! 笑わないでよ! 同じように悔しがって、後悔して、また頑張ろうってお互い肩を叩いてさ......」

 

 桐生院ではコイツのようになれなかった。腹を割って話し合い、胸の内を曝け出すことはできても同じ苦しみを理解できるはずもなかった。彼女は人間で、私がウマ娘だ本質的に別の生き物だ、合わなくて当然なんだ。

 

だから、シービーには私と同じでいて欲しかった。

 私と同じように苦しんで、泣いて、下手くそに笑って......お互いに励まし合って、一緒に頑張っていきたかった。

 

「......なのにどうして、『諦めろ』『よくやった』って、言ってくれないの?」

 

私の決断を、後押ししてくれよ

私の痛みを1番理解している君なら、できるはずなのに。

どうして、背中を押して前を向かせようとしてるのさ。

 

「私を終わらせてよ。もう嫌なんだ、何もかも!」

「それは本気で言っているのかい?」

「そうに決まってるじゃないか」

「私はそうは思わない。そもそも、私は()()()()()()()()()()()()()()

 

 私の言葉を完全に否定するように、彼女は私の手を乱暴に振り解いた。尻餅をついて見上げる私に覆いかぶさるようにして、彼女は私の目を見てこう言った。

 気分はまるで、死刑宣告を受けているような気分だった。

 

「『諦めるな』『まだやれる』。君の終わりはここじゃない。私と同じように、どこまでだって駆けて行ける」

「......無理だ」

「無理じゃない。なんならルドルフに勝ってやろうか?」

「できるわけがない」

「できる。今なら、()()()()

 

一緒にやろう、そう差し伸べられた手。

これを振り払えば、私は完全に終わることができる。

振り払ってしまえ、払い退けてしまえ、どうせもう終わりたいなら、早く否定してしまえばいい。

 

そう誰か()が囁く。なのにどうして、やっぱり。

 

「......夢の続きを、見ても良いの?」

「ああ、一緒に夢を見ようよ」

「叶わないなら見る意味はない」

「だったら、死んでも叶えるだけさ」

 

 

「君の為だけに、走らせてくれ」

 

 

 ああ、なんてずるいことを言うんだろう。まるでプロポーズじゃないか。

 

「......私は夢を見られない。夢を見ようとしない。

だから見せて。私に、夢を」

 

言葉が、口を突いて出た。

 

「仰せのままに。最高のショーを見せてあげる」

 

 

 

 

 

 

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