諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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第61話 東北の片隅から

 

 

 

『強い強い! 最終直線で突き抜け3番レッドキングダムが今ゴールイン! 地方転籍から2戦目で中央、地方キャリア通しての初勝利となります!』

「いやあっっほおおおおう!」

 

 ゴール板を駆け抜けた瞬間、レッドが大きく拳を突きあげ、まばらな観客席から暖かい拍手が沸き起こった。それを意に介すこともなく彼女は両手をぐるぐると回して高らかに宣言する。

 

「見ましたか見ましたよね見たっスよね!? ここから私の快・進・撃が始まるっスよ〜!」

「よくやったレッド、胴上げじゃー!」

「胴上げ?」

「なんやなんや」

「初勝利ならめでたいしやっぺ」

「やっぺやっぺ」

「「「わーっしょい、わーっしょい!」」

「いやっほー!」

 

『なんとレースが終わったところでなぜか胴上げが始まっております! 観客席から飛び込んできたのはレッドキングダムの元トレーナーというらしい情報が入ってきました。いやぁ......大丈夫なんですか?』

『いいじゃないですか、楽しくて』

「......私も混ざりに行こうっと」

 

11月4日。私たちが岩手に来てからすぐのことであった。

 

あれから、少しだけの時が過ぎた。

 

「うーん寒い!」

「それは東北だからね。はいあと20分」

 

 ジャケットにネックウォーマーに手袋、厚手靴下にインナー上下の完全装備。中央の冬なら薄手インナーくらいで体はあったまるから問題ないと言うのに、北の冬はジャージの下にも上にも分厚いものを着ないとおちおち朝にランニングもできないくらいに寒い。

 

「しかしもっと楽しい練習はないのかい? 併走してよ〜」

「してるじゃないの」

「ただのロードワークじゃつまんないー」

「ワガママめ。あと転ぶぞ」

「大丈夫、覚えた」

 

 綺麗にくるりと回れ右をして後ろ向きにランニングしながらぼやく器用なシービーを注意しつつ、これまでのメニューを振り返る。

 聞かされた『とっておき』をするには、1にも2にもスタミナが必要だ。まずは衰えた身体を現役の頃に戻して、その上で更に積み重ねていく。2ヶ月弱ではできることもそう多くないが、基礎基本はしっかりと固めていかないといけない。にしても相変わらず綺麗な走りだ。惚れ惚れするほどにブレがなく、教科書に載るほど理想的なフォームはやはり美しい。私がとにかく鏡と睨めっこして身につけたそれを、こいつは『なんとなく』でこなしてるんだから天才というのは誠に腹立たしい。今でも腹が立つ、三女神様は不平等にウマ娘を作りすぎた。

 

それでも、ルドルフに勝てるヴィジョンが浮かばない。

それほどまでに『皇帝』は絶対だ。

 

「自主練でどこまで行けることやら。いくらまともなレースをするつもりはないと言えども、ルドルフのポテンシャルは今でもトップクラスなんだぞ」

「レースの駆け引きでは逆立ちしたって勝てないよ。100%勝てるけどつまんないほうと、9割負けるけど楽しいほう、どっちをする?」

「100勝てる方」

「私は楽しい方。だから勝てない」

「快楽主義者やめちまえ」

「やめられないから困ってる。今だっていつものように走ろうか、なーんて考えてるところさ」

「だろうな」

 

 シービーが笑いながら吐く息は真っ白。もうすぐ昼過ぎとはいえ息が白いとなるとやはり東北は寒いな。調整に影響があるとも思えないが、ストレッチはいつもの倍にして走る前にはしっかりランニングして身体を温めんとな。

 

 冬場はストレッチをしっかりというのはフクキタルには言ってあるがスペはどうだろうか。トレーナーちゃんがいい含めてるだろうけど、桐生院は気がつけるかどうか。今頃はスペの菊花賞やらジャパンカップの対策で忙しいだろうし、対策ばかり考えてるせいでそれ以外が疎かになってはいないだろうか。

 スペは気落ちしてても菊花賞は勝てるだろう。問題といえば伏兵の存在やセイウンスカイのレースメイクに乗ってしまわないかどうかだ。スペは確実に気持ちが先行しすぎてイれ込みすぎるだろうし、あればかりは言うだけでは伝わらない。流されれば負けるのが長距離だ。私はそもそも適性不足で走ることもままならなかったがスペは長距離も十分走れる脚がある。ダービーと菊の2冠も夢じゃないが......どうだろうな。

ワンセグでも使って応援でも、と考えたところでそういえば携帯はつけたら面倒になることを思い出した。ネットに繋ぐのは無論NGだ、位置がバレかねん。あれからずっと電源を切りっぱなしのウマホは、当然のことだがうんともすんとも言わない。使わないなら雪山にでも埋めてしまおうか、その方は足がつかなくていいかもしれないと思う時もある。ただ、どういうわけか捨てる気も壊す気も起きない。ただ電源を切ってカバンの底に放り込んであるだけだ。

 

「はっ......なんだかなぁ」

「どうしたの?」

「別に。さ、声出してくぞー。トレセーン、ファイ」

「オー!」

「ファイ」

「オー!」

 

そうして、時は過ぎていくことだろう。

 

「......ところでWDT出走枠に自分をどう捩じ込むつもり?」

「大外18番指定のワイルドカードを使うのさ。ルドルフに捕まると面倒だし、トレーナーさん経由で上に回してもらうつもり、引退したけどもうひと働きしてもらうよ」

「いい判断だ。どうせあいつのことだ下手にバラすと居場所突き止めてやってくるぞあんな風に」

 

 なーんちゃって、なんて言いながら適当に目について人影を指差して笑った。確かに縁があるとはいえまず当たるとすれば福島の方の私の実家だろう。岩手に行っていたことは沖野さんが知っていてもWDTが終わるまでは逃げられる自信も脚もある。岩手はメジロの回しものやら中央出身もそう多くないし、せいぜいがユキノビジンの出身てだけくらいで中央となんら関わりのない僻地で......

 

「わ、スピカんところのトレーナーさんでねえですか? オペラさんからお話を伺った事があります〜」

「うそん」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「もうレースもねえですし、休養もかねて早めの冬休みはどうですかってことで帰ってきたんですよ。授業はもう終わってますから早めの冬休みみたいなもんで」

「へ、へぇ......」

 

 岩手トレセンに戻ってきた3人は共用スペースでお茶を啜りながら話をしていた。というより、顔を見たことがあるということでユキノビジンが声をかけてきたのが正しいのだが今はそれは問題じゃあない。オペラ経由で私の事を知ったらしいが、私がそれ以上に興味があるのは別のことだ。

 

「ところで、う、ウチのゴールドシップが何かやらかしてなかい? いつも色々やってるから不安だけど」

「ゴールドシップさんですか? そういえばここ数日は見ていませんねぇ」

「よかったぁ」

「見つかるといけないんですか?」

「ベーリング海で鮭を釣りに行かされるからな。ちょうどサーモンのシーズンだし」

「なんて?」

 

 全くの出まかせだが捕まったら厄介なことになるのは事実だ。その上ゴルシの気分次第では本当に漁船に乗らされるハメになるから嘘は言ってない。獲物がカニか鮭か、はたまたネッシーのどれかになるだけ、大して変わらないだろう。

 

「って、オペラっていうとテイエムオペラオーから聞いたのかい? 仲良いの?」

「テイエム? いえメイセイオペラさんのことですよ。最近よく話してますし、その時に何度か話題に出てましたから。随分とお世話になったって」

「お世話になったのはこっちだよ。私の担当が地方転籍する時に相談に乗ってもらったんだ」

「なるほど。それで盛岡に来たんですか?」

「恩返しと......そうだね。あと面白い子がいたら中央に引っ張ってみようかって下見」

「熱心なんですねぇ」

 

 これは嘘だ。返す恩はあるが、ここからスカウトするつもりはない。私はダートは齧っているとはいえ専門外で良し悪しなんてさっぱりわかんないし興味がない。それに、地方の格にしても盛岡や水沢のレースは若干低い。

 

「引っ張るとしたら、1人いなくはないんだけどね......」

 

 メイセイオペラ、彼女はおそらく中央の舞台でも一着が叶う実力者だ。だが、彼女を中央に連れて行くほど私は酷じゃあない。トレーナーと担当ウマ娘を引き裂くなんて残酷なことをしてやることなんてできないからだ。残酷な痛みは今十分に私が味わっているところで、他人にも同じ痛みを味合わせようというケチな考えは持っちゃいない。

そこまで考えたところで、自分の思考回路のおかしさに思わず笑ってしまった。

 

「......はは」

「どうしました?」

「いや、なんでもない」

 

 これで2回めじゃあないか。このバカが居なくなるのは。

一度は勝手にトレーナーの前から居なくなって、次は担当ウマ娘から逃げている。大切なパートナーを失う痛みを味合わせる罪を、自分もそうだからと言って他人に背負わせる理由にはならんだろう。

 

......全く、まったくもって。ままならん、なぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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