諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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第62話 カツラギエースの追憶/ジャパンカップの思い出

 

 

『セイウンスカイ逃げ切り! なななんと掲示板にはレコードの赤い文字! これはなんと、世界レコードだーっ!』

「レコードで逃げ切られちゃしゃーねーや」

「ラーメン啜りながらラジオなんておじさんみたいだね」

「昼飯食いそびれたんだもん」

 

 来る菊花賞当日。ラジオでその実況を聞いていたが、スローペースなセイウンスカイのレース運びにまんまと乗せられてしまった。フクキタルの時のような牽制合戦で結果的に超スローになったのではなく、先頭セイウンスカイの意図して作られたスローペース。彼女は最終直線で二の足を使い後続を振り切り、3バ身差の圧倒的な勝利を演出して見せた。

 スペのタイムも通年なら一着間違いなしの好タイム、あがり3ハロンもおそらく悪くない。『負けて悔いなし』と言うべきレースだ、今回ばかりは誰も責められん。強いて言うなら、レコード勝利のセイウンスカイに拍手を送るべきだろう。

 

 ただスズカに勝利をと意気込んでいるなら背追い込んでしまいそうだな。なんてことを思っていると、対面に座って片耳で同じくラジオをイヤホンで聴いてたシービーがリンゴを齧りながら興味深そうにふむふむと唸っていた。

 

「なるほど。彼女面白いレースをするね」

「セイウンスカイのこと? 皐月賞の時も坂を使って上手いこと後続をかわしてる。噂の黄金世代の中じゃレースメイクのセンスが1番あるのは彼女だな。ありゃ努力型だろうけど」

「というと?」

「体内時計の正確さ、レースメイクに必要なのは時計に尽きるんだよ。こればかりは練習に尽きる。お前も覚えてもらうからな。プラマイコンマ3秒が最低限だから」

「うわぁめんどくさい」

「ただ仕掛けどきだと思って感覚で走る追い込みとわけが違うんだよ。それが簡単にできたら苦労しない」

「じゃあ天才型もいるわけだ。いるんでしょ、そういうの」

 

 シービーの発言に箸が止まる。天才型、圧倒的センスで逃げて行くウマ娘と言われて私はすぐに名前を出せる。センスで逃げているウマ娘といえば真っ先に思いつくのは彼女だ。

 

「サイレンススズカがそうだよ。自分の身体と才能を100活かす方法でレースをしていた。本物の天才は気ままに走るだけで結果が後についてくる」

「いいね、それ」

「本人はまっさらなターフを走るのが、誰もいないレースを走るのが好きなんだとさ。後ろのことなんかなんもみちゃいないよ。羨ましい」

「君はじゃあ天才型じゃなかったわけだ」

「だから教えられるんだよ。トレーナーになってラッキーだったのは自分が天才型じゃないことだ」

 

 名選手は名コーチにあらずとはどのスポーツの言葉だったか。いくらそのスポーツがうまくとも、そのノウハウを全て教えられるというわけではない。常人ができないことを『なんとなく』できる人がプロになる。その中でさらにセンスがあるやつが一流になれる。一流であればあるほど、明文化できないものが増える。目の前の三冠バがいい例だろう。こいつがもしトレーナーになったとして、1週間で三行半叩きつけてやめてやる自信があるほどにレース理論も説明もへたくそだ。『気持ちよくなる走りをすれば良いだけさ!』で勝てるんだったら今頃トレセンはG1ウマ娘で溢れかえっている。

 自分が二流の凡人で良かった。二流は二流のレースしかできないが、自分に足りないものを列挙すれば誰かを一流にできる。

 

「問題は次のジャパンカップ。有直行となるときついローテになるがトレーナーちゃんは何考えてるわけ? スペが頑丈だからってあのメンタルだし出走取り消しても許されるっしょ」

「本人が出たいからじゃない。あの人は本人の意思の方を尊重する人間だもの。チャーシューもらい」

「あ、こら! 無駄な脂肪を取るんじゃない!」

「怒るところがつくづくトレーナーだねぇ」

 

 一口でチャーシューを平らげた彼女が指を舐めているところすら絵になるのはなんともずるい。借りた岩手トレセンの芋ジャージにも関わらず写真集にしてもお釣りが来るくらいには整い綺麗な顔と佇まいだ、全くもって腹が立つ。

 

「んで、ねじ込めた?」

「もちろん。大外18枠は当日までのお楽しみさ」

「大外枠で逃げは不利だが仕方ない。走れるだけ御の字だ」

 

 今回のWDTの舞台は府中2400m、偶然か奇跡かあのジャパンカップと同じ設定になる。府中の長い直線に坂は先行不利かつさらに大外枠とくれば運はどん底最悪と嘆きたくもなる。これが2000mか中山2500mだったらどうとでもなったんだけど、たらればの話はしてられない。

 

「そこまで悲観してないけどね。要は君がやったようにすればいいだけでしょう? 簡単じゃん」

「真似っこで勝てるほどレースは甘くないよ。あの時は誰も私をみてなかったしルドルフも絶不調。海外バも日本の芝に不慣れだったし実質ハンデマッチのようなものだったの。

 シービーは潰した後続で完全にブロッキングしてたし、我ながら完璧な出来だったけどあれを二度もできるかと言われたら無理よ。同じ展開になると思う?

 三冠バが警戒薄で見向きもされず、ルドルフが運良く絶不調で、他のウマ娘があなたに見向きもしない奇跡(偶然)が来ると思う?」

「うーん無理だ! 絶対にないね!」

「でしょ。それに『とっておき』は絶対に注目される。だけどそれ1発で崩せるほどの頭でっかちはDTにはいないから必ずマークは飛ばされる。特にルドルフからね」

「ああ。君の有はそれでやられたんだったね」

「背中にずっと張り付かれたからね。ああされるとペースが操作できないんだよ。けどセイウンスカイはそれが上手いんだよね。マークの外し方が上手い上にマークしてくるウマ娘でペースメイクまでしてくる。食えない子だよ」

「それを真似すればいいのかい?」

「んー、ダメだな。ルドルフは引っかからない」

 

 ルドルフの長所は末脚やその威圧感にあると言われるが、走った経験から言わせてもらうとレースの流れを見ることに尽きる。

 

 揺らがない、かからない、嵌められない。

 

 気持ち悪いまでに自分とレースを客観視し、待つところで待ち、仕掛けるどころで仕掛け、致命的なミスを誘発させる罠を仕掛ける。1番人気が常だったからこそ注目されることと、無難かつ支配的なレース運びからシンボリルドルフは『皇帝』の2つ名を与えられた。

 

「ネガティブな意見しか出ないねぇ」

「勝てると思ってないからな」

「トレーナーとしてそれはどうなのさ」

「客観的事実を述べてるだけだよ。あの時だって勝つ気はあったけど、勝てるとは思っていなかった。今でもなんで勝てたのかわからない」

「ふぅん?」

 

 あの時のことは今でも思い出せる。トレーナーと対策を積み上げ、寝る間も惜しんで時間感覚を頭に刻み、数センチの感覚でストライドすら調整して挑んだあのジャパンカップのことは。

 

『次はジャパンカップに出るぞ』

 

 きっかけは、いたずらめいた楽しげな笑みを浮かべたトレーナーちゃんの言葉だったっけなぁ。あの時は勝つのが楽しくて、負けるのが悔しくて、とにかくレースが大好きだった。

 

「じゃあキミはどうやってジャパンカップを勝つに至ったのか、その顛末(てんまつ)を聞かせておくれよ」

「いいよ。たしか、秋の天皇賞が終わってすぐの頃だったかな......」

 

 

 

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