諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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お ま た せ 

チャンミはBリーク決勝勝てました


第63話 カツラギエースのJC:前哨戦

 

 

 

 

 

 

 天皇賞秋。毎日王冠を勝ち上がり、万全の仕上げで挑んだ今回のレース。その結果は、掲示板の1番下の5着だった。

 落ち目と言われていたシービーを一度は完全に出し抜いたというのに、本番では無駄に(かか)って自滅だ。G1入着がすごいという慰めはいらない。今回のレースは勝てるレース、勝つべきレースだった。

 何度か来たことがある東京レース場の地下バ道、ついこの間一位を取ってガッツポーズしながら歩いた控室までのこの道が今日は暗く、長く見えた。

 

勝負服が重い。宝塚以来の大好きだったスポーツユニフォームモチーフの上着も、硬い生地の青いジャンパーも、蹄鉄を打ち込んだシューズも何もかもが嫌になるほどずっしりと重みを伝えてくる。

 ライブまでこの衣装なんて嫌だった。早く着替えてしまいたい。自分が5着でよかったと少しだけ思った。勝負服をこれ以上着なくていいから、注目されずに済むから。

......誰かの足音がする。顔を上げればトレーナーが待っていた。いつものように飴を咥えて、軽々とした雰囲気で挨拶でもするように手をあげている。

 

「おつかれ。G1の雰囲気に呑まれちまったな」

「全然ダメだったよトレーナー」

「こういうこともあるさ、次がある」

 

 レースが終わった後独特の、熱っぽく回らない頭で次を思い浮かべた。11月以降の中距離重賞はアルゼンチン共和国杯か福島記念だろうか。

 G1に出走なんて、考えたくもない。宝塚で勝ったという自信はたった今打ち砕かれた。宝塚にはシービーがいなかった。シービーがいればこうなる。前哨戦では手を抜いていたから本番では勝てる。G1に出れば、もう一度アレとぶつかる事になる。そしてついて回るんだ。運がいいだけのフロックだったって。ただG1を取れたのはシービーが出走を見送っただけだからと。

 

......頭が痛い。考えるだけでもう嫌になる。

 

「次は福島、それともアルゼンチン?」

「いや、ジャパンカップだ」

「そう」

「......驚かないんだな」

 

 ジャパンカップ。2400m、芝、東京。2000でダメだったのに2400かぁ。トレーナーさんは見る目がなさすぎる。私は結局のところマイラーだったんだ、だったらマイルCSの方に行きたい。そう自分の意思を伝えようと口を開いて......なんて? 次のレース何に出るって言った?

 

「......ジャパンカップ」

「おう。勝つぞ」

「......ジャパンカップ?」

「レーティングは足りてるから大丈夫だ。枠は取れる」

「......ジャパンカップぅ!?」

「とりあえずちゃっちゃと着替えてライブ行ってこい。あとは帰りに話すから」

 

 

◇◇◇

 

「あの時は次走は来年春かG2、仮にG1に行くならマイルCSに行くつもりだったんだよいやほんと。バケモノとやり合いたくなかったんだ」

「マイルにもピロウイナーがいたと思うけど?」

「三冠バ2人よりマシだよ。その時ルドルフはまだ2冠だったけれど」

「なるほど!」

 

◇◇◇

 

「いやいやいやいや、それはおかしいってもんよトレーナーちゃんよう! 2000で散々だったのに2400は無理だって!」

「いいやいける。大丈夫だ」

「2400m以上なんて3月の鳴尾記念以来だし勝ったやつで1番長いのは宝塚の2200! 無理だって!」

「いーや行ける、大丈夫だ、俺を信じてみろ」

「むぅ」

 

 トレーナーの言うことに間違いはない、とはいいきれない。菊花賞どころかダービーは散々だった。何がいけるだこの。でもマイル路線に本格的に移ろうか悩んでいた時に2000mのレース路線進むよう言ったのは間違いなくトレーナーのおかげだ。そのおかげで宝塚記念まで勝たせてもらった恩義と実績は否定できない。自信のない私をここまで引っ張ってきたのはトレーナーだ。なら、せめて最後までそれに徹しよう。

 

 「だ、と、し、て、も、距離と適性があってるだけでジャパンカップに行けるかフツー! まだ海外勢にボコボコにされてばっかりじゃないか! 私の劣等感の強さを自覚して言ってるつもり!?」

「俺は勝てないレースはしない主義だ。例年だったら無理かもしれんが今年はいける。今年だけはな」

「はぁ?」

 

 この後のクラシック路線を見ていればわかるさという意味深な言葉を残して今日のところはお開きとなった。クラシック路線。たしか無敗の二冠ウマ娘がどうとか言ってたっけかな、春は忙しくてそれでどころじゃあなかったけれど調べてみようかな。

 

 

◇◇◇

 

「君ってこんなに卑屈だったっけ?」

「アンタの前で空元気でも威勢張ってなきゃやってらんねーのよ。あれが私の素なの」

 

 

◇◇◇

 

 

 しばらく疲れを抜くのがメインだ、万全の体調と頭を使って勝つぞとの言伝をもらって数日。本格的な走り込みはせず、軽く2時間ほどのランニングでお茶を濁す。作戦もなにも指示されないから走っていないと不安でしょうがないが、全力疾走はご法度とは面倒この上ない。

 

「全く、トレーナーちゃんの奔放癖には嫌気がさすね。っと」

 

 いつもの学園周りでランニングしていると、公園ベンチで物思いに耽るウマ娘がいた。競走の激しいトレセンじゃ自分の成績に思い悩むウマ娘がこうして考え事をしているのは珍しくはなく何度か見かけたことがある。普段なら声もかけずに走り去ってしまうところだが、それが最近話題の『無敗の2冠ウマ娘』ともなれば話は別だ。

 公的なインタビューでも理論整然と答え、生徒会の末席に名を連ねる彼女が俯いて何か深刻な表情で考え事をしている様子がどうにも放っておけなくて、気がついた時には声をかけていた。

 

「どうしたんだい後輩ちゃんよ」

「貴方は?」

「考え事なら私が相談にでも乗ってやろうじゃないの。二流だけど君よりは長生きしてるから、人生経験は豊富なつもりさ」

「......いえ、これは個人的な事ですし、気にすることでも」

「いーや気になるね。隠し事は暴きたくなるタチでね」

 

 近くの自販機でコーヒーを買って投げ渡す。こういう時は大抵微糖とブラックを渡しておけば確実にどちらかは飲めるから安パイなんだよね。コーヒー飲めない中等部なら......って、ルドルフは今どっちだったっけか。

 

「では、微糖の方を」

 

 投げ返されたブラック缶を開けながら隣に座る。冷えるってのに制服姿で居座るのは風邪をひく原因になりかねないが、今はこの場所がベストだ。誰も入ってこないこの場所は、内緒話にちょうどいい。

 

「んで、お悩みってのは?」

「......実は、次走について迷っているんです」

「次走? 三冠路線の菊花賞じゃないのかい? それとも叩きで神戸新聞杯あたりに出走するかどうかってこと?」

「いえ」

「長距離は不安? よくあることだよ気にしない気にしない! そもそも長距離G1なんて2つしかないんだし中距離走れるだけでも偉いさ元気だしなよ」

「......」

「それとも長距離レースがわかんないって? それについては相談に乗ってあげられないけど、先輩の誰か......うーん長距離が強いやつは誰がいたっけなぁ」

「URAの方からジャパンカップに出走してくれ、と」

「......なるほど。って、菊花賞のすぐ後じゃないの!」

 

 菊花賞が11日でジャパンカップは25日、たったの2週間しかない。3週間開くならともかく2週間しかも先に3000mともなれば強行日程が過ぎる。並みのウマ娘なら潰れかねない。

 

「無茶だどっちかにしたほうがいい。怪我をしたら元も子もないんだよ」

「......シンザン先輩に続く無敗三冠の夢、ジャパンカップ日本勢の初勝利。皆は、それを願っているんです」

 

 ウマ娘は誰かの夢を背負って走るものだ。だとしてもこの2つの夢は1人の背中には重過ぎて、このままじゃ彼女は潰れかねない、いや、潰れる。

 1年間しっかりG1路線を駆け抜け場馴れしたシービーならいなし方を知ってる。私は片方だけだったら胃に穴が開くかもしれないが背負い切れる。だが、クラシック級半ばの彼女に2つは無理だ。

 

そして何より。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()情けないくらいに腹が立つ。

 

「三冠の夢は君だけにしか叶えられない。何より、あなたのトレーナーがその夢を叶えたいと思っているならその夢は背負うべきだ。だけど、ジャパンカップ優勝が目指せるのは君だけじゃない。今年勝てなくても来年がある、私たちもいる」

「ですが」

「どっちつかずは気に入らないね」

 

 思ったより冷えた、低い声が出た。

 

 クラシック路線をよく見ておけとはこういうことか。生意気な年下のウマ娘を叩きのめしてこいと。シニア級を舐めるなと言ってこいと。そういうことだねトレーナーちゃん、なかなか厳しいことを言うじゃあないか。

 

「負けたことの無い君にはわからんかもしれんが、全力を尽くしても私たちは負ける。そうした時次にすべきことはなんだと思う?()()()()()()()()()()()

 

どうして負けたのかいやになるほど負けたレースを見て、自分に足りないものは練習で補い、判断ミスは悔い次はどうすればいいのかと考え、その上で相手はどうしてくるのか、勝つためにはどう動けばいいのか脳みそを振り絞る。

 凡人はね。1レースにしか全力を尽くせないんだよ。なのに2レース両方に出て優勝して欲しいってファンの皆様が言うけどどっちも頑張れません?

ったりめーよ、どっちも頑張る必要なんてない。目の前のレースに向き合ってこそ競走ウマ娘。ウダウダ悩んでる暇があったら京都の坂の攻略方法でも考えとけばいいんだよ。

 それとジャパンカップを勝つのはシービーでもなければ君でもない、ましてや海外勢でもない。私だ。私が勝つ。

 

ジャパンカップ優勝できるかウジウジ考えんな三冠取ってから考えてこいこの未熟者。勝てるかなんて考えない、勝つと思って走るから勝てるんだよ。

もし仮にジャパンカップにくるとしても私ってば三冠相手に先着したこともありますし、それがもう1人増えたところで軽く捻ってやりますとも」

 

 我ながらビッグマウスがすぎるところだが、言葉自体に嘘をついたつもりは一切ない。自分が思う以上に私の勝負根性は消えちゃあいなかったわけだ、こんな後輩ちゃんの言葉にムキになるほどにはカッカしやすいほどに負けず嫌いだったわけ。

 何を悩む必要がある。前回は勝てなかった。次は勝つ。そんなシンプルな答えじゃないか。悩むほどのことじゃなかった。努力すれば結果はついてくると教えててくれたのは他ならぬ私自身だ。

 

G2とはいえ毎日王冠でシービーを下した。

宝塚記念でシニア実力者に勝利した。

私はG1ウマ娘だ、ならば誇らしく胸を張れ。

 

「......ははっ」

「やば、言いすぎた?」

「はは、はははっ」

「おや、もしもーし」

「はははははははっ!」

 

 胸を張っていると、黙り込んでいたというのにどういうわけかシンボリルドルフが笑い出した。それも腹を抱えるくらいの大爆笑だ。何が面白いのやらさっぱりわからないが、なにか吹っ切れたように笑ってくれているらしい。

 

「あのールドルフさん?」

「いや失礼。つい自分が可笑しくて、笑ってしまった」

「自分が......?」

「レースに絶対はないという金言を知っていますか?」

「ん? まぁ。有名なやつだよね」

「私はそれを忘れ自分が絶対に勝てると驕っていたのですから。なんと尊大な自尊心であったかと自分を恥じているところです。初心を思い出せましたよ。トレーナーでは気づかなかったかもしれない」

「確かに。おハナさんはこういう事苦手だからなぁ。データ重視でメンタルとか根性論について少し否定的なのが」

「そうですね。昭和に流行した根性論や走り込みによる練習は現代では否定的に捉えられます。より効率的なトレーニングをすることが現代の流行で──」

「効率だけじゃレースには勝てない、どうにもならなかった時に頼れるのは結局気持ちだ。全ての根性論や走り込みを肯定するわけでもないけど非効率で自身を追い込むような──」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「そっから好かれちゃってねぇ。なんでもレース理論を語り合おうとすると、トレーナーか私ぐらいしかついてこれないらしいのよ。それも話してる内容が高度なもんでさ、トレーナー検定模試でルドルフが言ってた問題が出てきた時は驚いたね」

「いつ仲良くなったかと思えば、夜の公園とはなかなか面白い出会いから君たちの縁は始まったんだねぇ」

「アレから変に懐かれちゃったんだよね。次の日食堂で飯食いながらジャパンカップの出バ表見てたら、相席いいだろうかって言われたもんで生返事したらルドルフだったんだもの。天下の2冠バ様が目の前でお上品に飯食ってさぁ......」

「そん時君は何食べてたわけ?」

「カレーうどん。びっくりしたから腹いせにおつゆ制服に飛ばしてやったよ」

「みみっちいことするねぇ」

「じゃあかしい!」

 

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