「やっぱり新聞は三冠とルドルフのJC出走ばっかりだなぁもう。他の記事がいつもより小さくて読み辛い」
「文句言うなよ」
「しかも中間発表は10番人気! こちとら今年の宝塚記念勝ってるってのに納得いかない!」
「それだけ今回のレースがハイレベルってこった」
「でもモンテファストにスズカコバンが回避だってさ。ミサキネバアーはアルゼンチン共和国杯出走を表明、あとテュデナムキングも怪我発覚で見送り」
「......マジ?」
「マジ。新聞に書いてあるよ」
春天覇者モンテファスト、2着ミサキネバアーが揃って回避。スズカコバンは京都大賞典3着を最後に秋レースを全休、秋天2着のテュデナムキングも怪我発覚で休養入り。大井ローカル三冠バのサンオーイは毎日王冠3着、秋天6着の成績から出走を選ばないだろうとなれば私の同期、ライバルがことごとく全滅だ。となると、誰が出るんだ?
「日本勢が私と、シービーと、今表明したルドルフで3人しかいないじゃん。大丈夫かな」
「URAだったらもう1人か2人声かけるんじゃねえの。これじゃ日本のメンツが持たねえとかなんとかで」
「......ありそー」
「だとしてもお前の敵じゃねえだろうな。シニア有力バが
「
「ルドルフに先着できた試しもないしな。格付けが済んじまってるよ」
「んじゃあんまり考えなくていいか」
府中2400の経験があるルドルフとシービーへの対策はマストだとして、招待選手の対策が重要になりそうだ。
「招待出走枠は10枠だよね。それも決まりだってさ」
「ああ、聞いてる。豪華な面子だが今年はラッキーなことに粒揃いで済んでる」
「はぁ」
「俺たちに運が向いてるってこった、これを見てみろ」
トレーナーさんがパソコン画面を覗き込むように手招きすると、英語のニュース記事が表示されていた。英語はスラスラと読めるわけじゃあないけど読める単語を拾っていけばある程度は読める、どうにも海の向こうのレース記事らしい。
「アメリカ、ブリーダーズカップ今年から開催......? うわ、賞金とレート高っか。有馬よりすごいや」
「今年から同時期にアメリカで開催されるレースだ。レートと賞金も段違いで、招待されたウマ娘の中では何人かがこっちを選んでジャパンカップ出走を回避してる」
「ということは?」
「シービークラスの化け物が何人かは出走取り消ししてるってことだ。少しは楽になるが、代役も凱旋門5着やらイギリスでG2を総なめにしてきた化け物がいる。油断はできない」
「気持ちが楽になった気がしないね」
「シービーが5人から1人になったと考えれば楽にならないか?」
『やあ、今日もいい雨だね』
『一緒に走らないかい?』
『そんなことより宿題を手伝っておくれよ』
『えー、私と一緒にデートじゃないのかい?』
『授業をサボって出かけよう!』
『『『『それだ』』』』
「うーん、1人でも辛いのに5人になったら胃潰瘍になりそう」
普段の騒がしさと破天荒っぷりを5倍にした風景を思い浮かべて思わず身振いする。あれが5倍にもなれば胃に穴が開いて医務室でのたうち回る未来が見えるよ。レースでも後ろから怖いのが5人となれば胃どころか腹に穴が開きそう。
「それでどう勝つの? マイルCSじゃあなくてジャパンカップを選んだということは勝算があるからだよね?」
「ああ。歴史に残る三冠バ2人の直接対決、招待選手も粒揃いの実力者ばかり。双方一流揃いの大舞台だ。そこに、抜け穴はある」
ニンマリと笑ってみせたトレーナーに対して、私はどうにも首をかしげることしかできなかった。
「で、誰を対策すればいいわけ? ベッドタイム? ストロベリーロード? それともマジェスティープリンス?」
「しなくていい」
「はーい......はい?」
「しなくていい。個別の対策なんていらない。俺の作戦がハマれば、そんなものは関係なく勝てる」
さて頑張りましょうとメガネと自分なりにデータをまとめた対策ノートを並べて質問した一言目にこれだ。全く訳がわからないと思わず声を荒げてしまった。
「ちょ、今までしっかり対策練ってやってきたじゃん。やけっぱちになって出たとこ勝負なんていまさら出来ないってば」
「確かにそうだな。今までやってきた戦法は
「仕掛けどころを見計らうには対策しないと。末脚がどこまで切れるか、ペース配分とスタミナ残量、雰囲気と動き。それでやった初めて仕掛けタイミングがわかるんだよ、しかもルドルフは好位差しなら私より上手いのに」
「だからだ。コイツらとまともにやり合ってレースして勝てるか、コイツらとまともにレースで渡り合えるか。残念だが、俺の意見は『ノー』だ」
トレーナーは断言した。確かにトレーナーのいうことは正鵠をいている。私がこの中で格落ちしているのは事実だ。だとしても少しは渡り合える実力があると言ってほしかった。
「経験も、力量も、勘も、努力も、才能も、何もかもが足りない。だが──運はある」
「運?」
「シービーとは何度もやって負けた。ルドルフは強い。海外ウマ娘もそれに負けず劣らずの実力者ばかりだ。
お前、その中で誰が1番強いと思う?」
「い、いちばん?」
「考えてみろ」
シービーはどうだろうか、あの切れ味なら大外一気で全て抜けるがバ群が横並びになれば抜け出せないから安定しない。ルドルフは強いレースができるが中1週、疲労は抜け切らないはずだ。ベッドタイム? 最近のレースは4連勝だがG1出走はない。ストロベリーロード? 海外遠征のプロでレース巧者とあるが最近勝ちきれない展開が続く。最近有名とはいえトレーナーが変わったのも不安材料だ。マジェスティープリンスはルドルフと同じ中1週で移動も含まれるから調整も難しいはず。あとは......
と考えこんでいるとトレーナーが手を叩いて私の思考を強制的に切った。
「パッと誰が強いなんて出ないだろう? 今年の人気は割れてる。誰が考えても1着はバラけるのさ」
「考えることが多いんですよ、海外のレースなんで見るの難しいですし、誰も彼も不安材料がありますから」
「いつものようにやるなら、どう走る?」
「......前目にはつけますが、逃げウマがいても後方の動向に気を配りますよ。あとは自分のタイミングで仕掛けるシービーや差しウマが動きそうになるまでじっとしますかね」
「その間逃げてるウマ娘がいたらどうする?」
「どうもこうも
「答えはもう出てるじゃねえか」
「......はい?」
「エースは頭がカタイのが悪い癖だな」
ダメだなぁ、と新しい飴を咥えながら私をこづいたトレーナーはこともなさげに言い放った。
「逃げウマを意識するのは難しい。なら、意識されない逃げウマはどうなる?」
「まんまと逃げ切られてしまいますよ」
「じゃあ、逃げれば勝てるってことじゃないか」
「そんな簡単に行きますかね?」
「自分の言ったことを思い返してみろ。レース展開はどうなる」
「先行集団で抜け出すのは難しい、スローペースになれば瞬発力勝負」
「逃げるのにもってこいの環境じゃあねえか」
「......あ」
「だろう?」
どうしてこうも簡単なことに気が付かなかったのか。スロー展開ヨーイドンの最終直線の末脚勝負の弱点は、先行されすぎるか前で足を溜められると追いつけないこと。
「お前の脚はキレは劣るが長くいい脚が使える。先行押し切りの普段のレースもいいが、逃げ粘る根性勝負ならお前は負けない、こと今回においては絶対にハイペースな潰し合いにはならないから好き勝手やり放題だ。新戦法お披露目にはもってこいだろう?」
「最高だよトレーナーちゃんやっぱりあんたは天才だ!」
「逃げるならもっと派手に行こう。ただ逃げるんじゃ捕まるし意識される。なら意識もできない、捕まらないくらい先を走ってみろ。大逃げだ」
「っ〜、派手に行くじゃないか」
「せっかく世界が見てるレースだ、ならド派手にやってやれエース」
「こうと決まればトレーニングだーい!」
◇◇◇
「その日の夜は興奮しすぎて寝られなくて次の日大変だったんだけど」
「ああ、やたらふらついてたのはそういう」
「あの日は食堂ですっ転んで大変だった。シービーのパフェひっくり返したのは本当に申し訳ないけどこういう事情があってね」
「悩んでるかと思ってあの時は咎めなかったけどワクワクして眠れなかった遠足の前の日の小学生みたいなしょーもない理由じゃないか。弁償して」
「......時効ってことにならない?」
「ならないよ」
「んじゃ1万円でいい? トレーナーは高給取りだから学生と使える金が違うのだよ」
「一緒に食べてくれるってことじゃないのかい?!」
「やだよ」