諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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第6話 勝利への渇望

 

 

 

 

「......最近、張り合いがねえんだよなあ」

 

 黒っぽい栗毛に雷のような形の白いメッシュを前髪に入れたウマ娘『ウオッカ』はカフェテリアで独り考え事に耽っていた。この間からトレーナーたちに追いかけ回されて疲れていると言うのもあるが、それ以上の頭痛の種がある。自室で考え込むのも塞ぎ込むようでかっこよくないがために、こうしてカフェテリアの窓際の席で何をするでもなく空を眺めていた。

 そんな折り、誰かが彼女の隣に腰を下ろした。彼女はポニーテールと小柄な身体をくるりと横に向けて、空色の目でじっと彼女、隣のクラスであるがそれなりに仲のいい、どういうわけか最近考え事ばかりしている友人を見た。

 

「ウオッカ、どうしたの?」

「ああ、なんだテイオーか。いや、最近スカーレットがな」

「スカーレットって、同じ部屋のダイワスカーレットのこと?」

「ああ」

 

 はむ、と菓子パンを頬張りつつ質問するトウカイテイオーに対し、半ば上の空のような形で答える。

 

「ここんところずっとだ。つまんねー顔ばっかりで、部屋に帰ってきてはすぐ寝て。夜中には窓から抜け出して走り込みなんてやってやがる」

「ウオッカもみんなでやる自主練サボってるじゃん」

「アレはちげーよ、俺のやりたいトレーニングやってるんだ。スカーレットのよくわかんねえのとは違うよ」

「へー、心配してるんだ、にしし」

「べ、別にそんなんじゃねーし!」

「でも、心配だよね。最近疲れた顔してることが多いしだいぶ落ち込んでるんじゃない? 選抜レースでウオッカに負けたのがよっぽどショックだったとか」

「それで沈んだままになっちまうようなヤツじゃ、ないと思ってたんだがな」

「......ウオッカ?」

「ただ、今のあいつには負ける気がしねーな。最初に会った時の方が張り合いがあったぜ」

「それはどうかな?」

「うおっ?!」

「よっと」

 

 掛け声を出しつつテイオーの隣に座ったのは、黄色いワイシャツにベストをつけた男性。襟元のトレーナーバッジから身元はすぐわかる。先日の猛攻を思い出し、ウオッカは思わず身構えた。

 

「......なんだよ、担当になろうってんならお断りだ」

「いや、お前を探してた。伝言だよ。スカーレットからだ」

「スカーレットから!? ねえねえウオッカ早く読んでよ!」

「そう急かすなって」

 

 トレーナーと名乗る彼がウオッカに手渡した宛名もない封筒。その中に入っていたのはたった数行の短い文言だった。

 

「『2週間後。前と同じ場所で、同じ条件。

 2000m、芝、右回り。今度はアンタとアタシの2人だけよ。

今度は絶対にアタシが『1番』になるんだから』」

「おおお、果たし状だ! すごーい!」

「だとさ。どうする?」

「......ったは! 俺も負けてらんねえ!そこのトレーナー、2週間だけでいいから俺にトレーニングつけてくれ!」

「お、おおう?」

「今度も負けねえ! もう1度、やる気のスカーレットとは勝負がしたくてたまらなかったんだ!」

 

 

◇◇◇

 

 

 

「......と、いうわけでウオッカとのレースをセッティングしたよ! リベンジマッチだ!」

「そうこなくっちゃね!」

「うるせえ!」

「むふふ、トレーナーさんらしくなって来たじゃないですか」

 

 ここはスピカのサークル室、ではなく何人かのトレーナーがひとまとめに割り当てられる学内のトレーナー室。日中は他の仕事で出払っていることも多い同期のおかげで、割と自由にこの部屋を使えるってわけ。

 

「でも、どうやって勝つの? 脚をためるなんて付け焼き刃もいいところな作戦は言わないでしょうね」

「流石にそれは言わないよ。フクキタルみたいな差し足もないし、シャカールみたいな強烈な追い込みタイプでもなさそうってのは併走でわかったことだからね」

「じゃあ今まで通りの先行策でいくってこと?」

「そうなるな。君の適性は先行型、それもペースを作るタイプの逃げよりのだな」

 

 腕を組み、あまり納得していないという不満げな表情でこちらを見るダイワスカーレット。たしかに、レースを見る限りスカーレットの先行策でも、ウオッカの末脚はそれをかわして見せた。

 

「いっそのこと逃げてしまうのはどうでしょう?」

「レース経験が足りなさすぎる。ラップタイムも心の中で正確に刻めないんじゃ無理だ。デビュー前の娘にそこまで高度な作戦をやらせたら調子が崩れる」

「おお、たしかに」

「逃げたとしても、最終直線でへばったところをウオッカに捕まるだけだ。逃げて2000mなんて、データが少なすぎるし勝ち数も多くねえ。それに、2人きりとなれば話は別だ」

 

 シャカールがパソコンを叩き、プロジェクターを映し出す。

そこにはレース場の2000mコースに幾つかの矢印が書き込まれていた。

 

「普段なら少なくとも8人立てだ。選抜レースでもダイワスカーレット以外の7人は差しよりの戦略で、4コーナーあたりではへばってバ群すら作ってた。

それをまとめて外から差し切ったのがウオッカだ。

バ群の風除けがないとはいえ、インをつけるこのレースじゃトントン。スカーレットの最終直線のスピードが微増だとしても......1バ身差、ってところだな」

 

 スタート地点から伸びる青い矢印と黒い矢印。青い矢印が最終直線で黒い矢印に追い抜かれたところでパッと矢印が消えた。

 

「アイツもトレーニングしてるってわけね」

「そりゃそオだろ。立ち止まるウマ娘がどこにいる」

「これはもう神頼みしかないのですか......?」

「いや、こちらには圧倒的アドバンテージがある」

「アドバンテージ......?」

 

 絶望して何かを拝み出したフクキタルを咎める。先行策というのは何も前めにつけるだけの単純な作戦じゃない。

 

「ペースメークだ」

「ペースメーク......?」

「なるほど、ウオッカのスタミナ配分を崩すってワケか」

「その通り。相手も同じデビュー前のペーペー。自分の差し足でどこまで追いつけるか正確に把握しちゃいないよ。

1ハロン先に仕掛れば相手が焦って自滅する」

「はぁ?!」

「......なるほど、そこでかからせれば自慢の末脚も鈍るってわけだ」

「勝機はそこにある」

「でもでも、1ハロン先でスパートを仕掛けたらへばってしまうのではないでしょうか?」

「そうよ、ペース配分もへったくれもないじゃない! ゴール前にへばってこっちが先に潰れるわよ!」

「よりにもよって君ら2人がそれを言うのかい?」

 

 わざとらしく大きなため息をついた。全くがっかりだ。自分の努力の量を疑ってかかるなんて。

 

「何のために君はあのクッソ長い石段を夜遅くまで駆け上がってたわけさ。何のために夜遅くまで走り込みしてたわけさ。

 オーバーワークだろうと何だろうと、結果は確実についてるはず。努力は方向性を間違えてようが、力はつくんだから。確実に君のスタミナは伸びてる。

私を信じてみなさい。騙されたと思って」

「あ、アンタがそういうならやってみるわよ。勝てるんでしょうね?」

「ああ、勝てる......たぶん」

「たぶん?! そこは絶対とかいっときなさいよ!」

「いでででで頬引っ張らないでよ!」

「仲良きことは羨ましきことかな......」

「体幹もデータより良くなってるな。修正しとくか」

「2人も見てないで咎めなさいよ!」

「あのー......」

 

いつのまにか自信なさげな瞳がこちらを覗き込んでいた。すぐにスカーレットをひっぺがし、身体についた埃をはらう。

 

「あ、桐生院さん。騒がしくて申し訳ない」

「いえいえ。いいじゃないですか。楽しくて」

 

 桐生院トレーナーは私のトレーナー養成学校の同期だ。私の秘密を知る友でもある。名門トレーナー家の1人娘とだけあって、身だしなみもかっちりしたもの。礼儀正しく、物腰も丁寧で、彼女の前ではなんとなく姿勢を正したくなる。

 

「3人ももうスカウトしたんですか! 素晴らしいですね!」

「いえいえ、1人は勝手についてきただけですし」

「それだけ人望があるってことじゃないですか、誇ってくださいよ」

「照れますねえ!」

「なんでオマエが誇ってんだフクキタル」

「それで桐生院トレーナーは誰かスカウトできたんです?」

「私は1人だけですよ。おいで、ミーク」

「......どうも」

 

 小柄な彼女の身体を影にして、白い耳がのぞく。それから桜色の目と、クリーム色がかった白いロングヘア。自信なさげにあたりを彷徨う目線からして、彼女がそうなのだろう。

 

「白毛とは、珍しい娘をスカウトしたもんだね」

「よく、言われます」

「それだけじゃないんです。この娘、頭の回転が早くてですね! 短距離だって、長距離だってなんでもこなせる逸材になるかもしれません!」

 

 腕をブンブンと振りながら彼女、ことハッピーミーク がいかに素晴らしい素質の持ち主であるか語ろうとしたところでエアシャカールが待ったをかけた。

 

「でも、『()()()()()()()』。統計データ的にURA発足以来、白い毛のウマ娘が成績を残した試しは無え。元来病弱な傾向が多いらしいウマ娘だ。トレーニングに耐えられるか怪しいモンだ」

 

 通説ではよく言う。白毛は走らない。

そもそも白毛のウマ娘が十数年に1度門を叩くか叩かないかという頻度なのだ。近年重賞を何回か勝ったらしいウマ娘がいた記憶があるが、G1勝利を飾った白毛のウマ娘はいない。至極当然の一般論を口にするシャカールに対し、彼女は問題ありませんと高らかに宣言した。

 

「かつて『芦毛ははしらない』と言われてきました。ですが、それはもう迷信と変わりません。白毛が走らないなんてもっともな迷信も、私とミークで終わらせますよ!」

「おわらせる......!」

 

 むん、と2人で静かにガッツポーツをして気合を入れる。身長が近しいこともあるが、桐生院がとにかく童顔なので思わず彼女の頭に手が伸びて。

 

「えらいね桐生院は......」

「同期なんですから頭撫でないでくださいよっ! この間も通りすがりのスーパークリークさんに甘やかされたばかりなんですから!」

「......えらい......えらい?」

「ミークまで?!」

 

 

 

 




書いてたらソダシが優勝したので皐月賞は賭けてみようかと思います
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