「今年もこの季節がやってきましたなぁ」
「だね」
12月末の年の瀬、世間はクリスマスで忙しく街はイルミネーション一色だろうが我々ウマ娘にとっては少しだけ話が違う。それなり以上に高級と記憶しているホテルの1室にベッドに座りながら私たちはテレビを見ていた。
有馬記念、中山レース場2500mのこのレースは一年を締め括る。厳正な人気投票によって選ばれる出場者は、さまざまな想いを持ってしてあのターフに足を踏み入れるのだ。あの独特な雰囲気は何にも変え難い。当事者であろうと外野であろうとそれは何も変わらない。
今ちょうど有馬記念直前というわけで出走者全員の特集をしている番組が流れていた。
『1番人気はセイウンスカイ。クラシック二冠バの成績を残し今期『黄金世代』のトップと言っても差し支えないでしょう。今日も彼女の幻惑逃げは炸裂するのか。6枠11番に入ります』
『2番人気にはエアグルーヴ。今レースをもってトゥインクルシリーズを引退することが発表されています。前走ジャパンカップではエルコンドルパサーに続く2着。女帝最後の道程を応援しましょう。2枠3番に入ります』
「1番人気にセイウンスカイか。シニア級の誰かが来ると思ったんだけど、秋天もJCもあの有様じゃ当然だね」
「情けないと思うかい?」
「怪我が多いのは仕方ない。メジロブライトあたりがもっと勝ち切れたんなら1、2番にいるんだけどね」
世代で強弱がないといえば嘘になる、しかし今期のシニア級の層が薄いのは怪我が多いからだ。シニア世代といえばクラシック二冠のサニーブライアンは長期療養、フクキタルは怪我からは勝ちがなく、サイレンススズカが秋天での競走中止で離脱し、春天を勝ったメジロブライトも秋は成績に伸び悩む。
勝ち切れないながらもG1掲示板常連のステイゴールド、クラシックながら勝利した昨年有馬覇者シルクジャスティスなど強者がいないわけじゃない、いないわけじゃないが。
「勝てるウマ娘が怪我してばっかりでそれ以外がパッとしないのよね」
「そうなんスか?」
「マイルあたりだとタイキシャトルが元気なんだけど、中長距離はパッとしないね」
秋のG2、G3戦線ががその証拠。オールカマー、セントライト記念、京都新聞杯などの中距離レース、これらのG1前哨戦にも使われるレースを制したシニア1年目がいない。G1に主戦場を寄せているとも取れるが、それ以下のレースを下の世代に取られるようでは強いとはいえまい。
『4番人気にはグラスワンダー。前々走毎日王冠はサイレンススズカと競り合うも破れ、前走アルゼンチン共和国杯は掲示板外も朝日杯を制したウマ娘です。復活なるか、その期待の後押しもあって4番人気となっております』
「だとしてもグラスワンダーは来ないだろうなぁー。私は復活あるとしたらキングヘイローだと思うね」
「おお、トレーナーらしいこと言うね」
「そりゃトレーナーッスからね!」
「グラスワンダー、あの子にゃ長距離は無理だよ。あの朝日杯で見せたキレる脚はマイラーよりで中長では未知数。その点で言えばキングヘイローも同じキレすぎてロングスパートが効かないマイラーだが、中長距離を走り切れる実績と経験があるからスローペースになれば十分差し切れる。何より南坂先輩の教え子となれば“仕上げて”くるとすればここなんよな。マイルCSにはギリギリで滑り込めたはずだけど行かなかったってのは有馬に照準を定めてるはず──」
『5番人気にはマチカネフクキタル』
「でえええええええええっ!?」
「先輩ッス! って画面に齧り付かれちゃ見えないっすよ」
「あ、君んところの教え子じゃん」
うそ、フクキタル、何がどうして?!
『昨年は怪我に泣かされて出走を断念。今年の春は怪我の影響で不調が続くも、あの重賞三連勝、菊花賞を制した走りに嘘はありません。復活は叶うか、1枠1番に入ります』
「あ、君んところのトレーナーからだ。もしもし」
「はぁ!?」
「いるよー。スピーカーにするね」
「ちょ、シービー!」
シービーが机の上に携帯を置く。そこからはあまり聞きたくなかった懐かしい声が聞こえてきた。耳をたたんでしまおうかと思ったが、フクキタルが有馬に出る真相も知りたい。
恐怖半分、あと半分は好奇心、そして少しの申し訳なさ。そんな気持ちで私は観念してその携帯から声が出るのをじっと待った。
『よう。元気か』
「トレーナーちゃん」
「お久しぶりッス!」
『レッドもいるのか、元気そうで何よりだ』
「それで、なんで私がここにいるってわかったんです?」
まず返ってきたのは長々とした溜息だった。
『あのなぁ、トレーナーが担当のことをまずわかってやらないでどうするんだ。それにお前のことはいやでも忘れないさ』
「っはは、らしいねぇ」
『ま、お前とシービーが仲がいいのは知っていたからな。それに、シービーがWDTに出走するって聞いたから、そのトレーナー役を買って出るとすればお前しかいないと思った』
「流石の慧眼ですね、何もかもお見通しですか」
『心の内までは読めんさ。それで、有馬は来るのか?』
顔を見せに来い、というニュアンスではないだろう。トレーナーちゃんはウマ娘が望まないことはやらせない、はずだ。
「レッドは行かせるつもりです。今年の春からは中央復帰が決まりましたからね。スピカの皆も応援でしょう?」
『んでお前はくるのかって聞いてんだよ?』
「それは......その......検討中です」
『回りくどいのはお前の悪い癖だぞ』
「うぐ」
『ちゃんと向き合うのか、それともキッパリとやめるのかはっきりしないとダメだぞ?』
「いけたら、いきます」
『決めかねている、ってか?』
「どの面下げて会いに行けばいいんですか、本当は中央には金輪際帰るつもりなんて無かったんですよ」
「そうなんスか?」
「......私の居場所ないし」
レッドの首を傾げた問いかけに、小さく漏らす。未だに理事長から正式な通知もなく、あの時にライセンスは返上したが失効したかはわからない。私がまだトレーナーなのかそうでないのかは宙にういて誰もわからないのだ。
「何よりスペやスズカに申し訳が立ちません。当然、フクキタルにも、スカーレットにも、シャカールにも」
『それなんだがあいつらはカンカンだったぞ? 特にスカーレットが』
「でしょうね」
『お陰で首も腰も痛えよ。湿布代請求するからな』
「なんでプロレス技かけられてるんですか......?」
おおかたゴルシの仕業だろう。ああいうのは大抵あいつが発端だ。
『ま、近況報告はこれまでだ。電話したのはフクキタルから伝言を預かっているからだよ』
「フクキタルから、ですか」
『ああ。お前がいなくなってから随分と静かになったもんだよ。練習は張り切ってたけど』
「ですが、彼女は」
『......まだ本調子には程遠い。多分勝てないだろうな』
トレーナーは担当ウマ娘が勝てると思ってるし、勝つためにトレーニングをする。例え確率がないに等しいとしても最後までウマ娘のことを信じてやれるのは担当トレーナーただ1人だ。
しかし残酷なまでに勝てる確率を弾き出せるのもまた、トレーナーという生き物だ。
『怪我の影響もあるし、体重も少し調整が上手くいってない』
「......ダメ、でしょうね」
『ああ。そのことは俺の口から伝えた。聞かれたからな』
なんと残酷なことをするのか。私だったらから元気であろうと勝てると背中を押すというのに。
そんなひどいことをという言葉が喉元から出かけて思い直した。それは私の役目であるはずだったのだ。
トレーナーちゃんはあくまでチームリーディングトレーナーであって、フクキタルのトレーナーじゃない。同じチームであるが本質はただ2人のトレーナーが情報共有をしながら練習しているだけであって、なんの関係のないただの他人と変わらない。
格上挑戦なら負けて然るべきだと。何かひとつでもきっかけを掴んでこいと背中を叩くこともできた。フクキタルにはそんな逃げ道がもうない。G1を制した彼女にその上はないからだ。
そんな残酷なことを伝えるのは私でなければなからなかった。
喜びも悲しみも怒りも分かち合った、担当たる私でなければお互い心に余計な傷を負ってしまう。
それをわかっていてトレーナーは、フクキタルの質問に答えたのだろう。
お前は勝てない。それでもいいんだな、と。
いなくなってしまった私の代わりにだ。
「......それで、それで彼女は、なんと」
震える声で、質問をした。
トレーナーはひとつ息を吸って、端的に答えてくれた。
『構わない、とさ』
「かまわない......?」
『勝てないのは私が一番よくわかっています。だから、トレーナーにこう伝えてください。今の私の走りを見てください、とな』
私の走りを見ろ。
ウマ娘に余計な言葉はいらない。
走りで、全てを感じろ。そういうことらしい。
「......わかりました。現地には行けません。
ですが、フクキタルの勇姿を見届けさせてもらいます」
『お前は諦めが悪いからそんなことだろうと思ったよ』
「諦めが悪い? 冗談よしてくださいよ」
私が諦めが悪いと思ったことは一度だってない。すぐに折れて、負けて、逃げ出してしまうような私が諦めが悪いはずがないだろうと自嘲した。
だがトレーナーはそうは思わないらしい。笑って私の台詞にこう返した。
『いいや、お前以上に諦めの悪いウマ娘はそういないよ』