諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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第68回 皇帝の想い

 

 

私はホテルでWDT決勝出バ票を読んでいた。

いつものようにフルゲート18人。新顔としてメジロライアンが入っているが、大抵はどこかで見たような顔ばかりだ。

 

『皇帝』シンボリルドルフは勿論のこと、『スーパーカー』マルゼンスキー『シャドーロールの怪物』ナリタブライアン『女傑』ヒシアマゾン『2段ロケット』フジキセキ『地方から来た怪物』オグリキャップ『白い稲妻』タマモクロス『大井からきた豪傑』イナリワン。

 

 聞くだけで身震いするような面々ばかりだ。誰も彼も逆境を食い破り、不利を跳ね除け、勝利を掴み取ってきた一流揃いである。

 

(先頭はマルゼンスキー。2番手には誰がつく? 多分フジキセキだろうか。ルドルフは押し出されなければ真ん中あたりにつく、オグリはDTリーグからは先行策が多く、タマモクロスも前を行く傾向が強い。後ろにはイナリワン、ブライアン、アマゾンが中心になりライアンもここ、追い込みは今回はいない。東京2400のハイペースは前残り気味のレースになりがち、多分先行集団の中から2400に有利になりそうなのが)

 

「......ここまで無意識にペンが動いてると怖いねえ」

「おわっ!?」

 

 振り返るとシャワーを浴びたのか、タオルをかぶって湿っぽい髪を拭いているシービーがいた。ふと手元に目線を戻せば出バ票に走り書きで思っていたことが書き殴ってある。せっかくプリントアウトしたのにこれでは台無しだ。

 

「ふむふむ、予想はルドルフ、マルゼンスキー、オグリキャップ。人気順だね」

「普通のレースをするならこうなるかな。後方有利な東京レース場だから、ルドルフだったらハイペースにして先行有利(まえのこり)にさせる」

 

 マルゼンはハナをきるからペースを操作できる。あの人は気ままに走るタイプだからそんなこと考えないだろうけど、後続が勝手に振り回されるだろう。もしマルゼンさんが気にする人がいるとすればシンボリルドルフただ1人だ。オグリキャップはまずタマモクロスを意識するだろうが、来ないとわかればどうするのかは読めない。

 

「他にも先行する人はいると思うけど、どうなの?」

「フジキセキは距離が長い。走り切れるがハイペースになれば適性差が出るから最後には伸び悩む。タマモクロスはDTリーグからはパッとしない。多分気持ちの糸が切れたんだと思う。オグリがいるから多少はやる気出すだろうけど、入着が関の山から気にしなくていい。ライアンは前も行けるけど多分慣れた後ろを走るし初舞台だからこれも除外。大舞台だと上がるタイプだからちょっとね」

爆逃げする前提(今回の作戦)ならどうなるの?」

「スタミナと頭があるやつを上から。ルドルフ、ブライアンあたり。スーパークリークが出走見送りで助かった」

 

 ブライアンも現役時代の怪我のイメージが先行するが、多分そろそろ調子を上げてくるだろう。ルドルフは言わずもがな。ヒシアマゾンもリストに上がってくるが彼女の真骨頂は勝負根性、逃げ勝負で競り合いを避ければ怖くない。こんな状況で力量を発揮できるスーパークリークの辞退は正直言って幸運だった。

 ひとつ気掛かりなのはスローペース。そうなれば逃げやすいが、先行集団に気がつかれればセーフティリードを食い潰された挙句差されて終わる。

 

「スローペースになれば勝てるんだけど厳しいか」

「私が追い込みで走ればなるんじゃないかな。ほらこう、わざとらしく目立って走れば気になるでしょ?」

「昔やってた威圧感(プレス)のこと?」

「あの時は無意識だったけど、今だと自由自在に出せるしね」

 

 ほいとシービーが呟けば尻尾が逆立つほどの悪寒が背中を伝うが、それはすぐに収まった。相変わらず涼しい顔で怖いことをするやつめ。現役時代と変わらない圧と恐怖感だが、それをもってしても──

 

「意識されるかハイペースになるかは賭けだね。現役のころと変わらないのは反則でしょ」

「褒められちゃった。嬉しいね」

「ちなみにどうやって練習したの?」

「コンビニの深夜バイトはクレームつけてくる客が多かったからね」

「三冠バ様がバイトすな」

「なんで?」

「なんでもだバカ。早く寝て明日もトレーニングだよ」

「はーい」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 朝30分の屋外ランニングはよっぽどのことがない限り欠かしたことはない。人間くらいのスローペースを15分、ウマ娘平均くらいの強度の高いペースのを15分。

 そろそろ履き潰せそうなボロボロのランニングシューズの爪先を叩いて直して、大きくケノビをひとつ。シービーはいまだに夢の中だが、ジャージ姿のランナーや学生は多い。府中は学生が多く毎日こんなふうだが、学園生だったら学園周りをぐるぐる回るだろうし万に一つでも遭遇する可能性などない。

 あるとすれば我々の宿泊場所がわかっていて、そんでもって私のランニング習慣を知っていて、コースに山を張れるようなトレーナーちゃんくらいだろうね。

 

そう思いながら靴紐を固めに結び直し顔を上げたところで回れ右。見たくない顔が仁王立ちしていれば誰だってそうなる。今日はホテルのランニングマシンにしようそうしよう。

 

「壮健で何より」

「用事を思い出したので帰るね」

「朝5時にかい? 随分と出世したようだね」

「ふぐぅ」

 

がっしりと首根っこを掴まれてはどうしようもない。渋々振り返ってにこやかに挨拶をしてみるが、引きつった笑顔であることは間違いないだろう。

 

「や、やぁルドルフ、2ヶ月ぶり」

「積もる話は走りながらでどうかな?」

 

 顔は微笑を浮かべるいつもの様子、だが目が笑ってないし耳もかなり絞られているし尻尾も何か不満げがあるように鋭く上下している。こんなに端的に怒りをあらわにするルドルフを見たのは一度もないだろう。私は首を縦に振って、彼女が私の日課に付き合うことを許可するしかなかった。

 

 ランニングを始めて数分、ルドルフは黙ったまま私のことをピッタリとマークするように横につけて並走を続けていた。もしかしなくとも、私の方から話しかけているのを待っているのだろうか。

 しかし軽いランニングでもわかる、やっぱり惚れ惚れするほど美しいフォームだ。個性的で印象に残るとか華々しさがあるとかは一切ない。ただ純粋に基礎基本を突き詰めた極限まで無駄のない効率化された走りは、理由などなく人を魅了する。特に彼女を目標とし追いかけるだろう後輩たちにとっては完成形の一つであり明確に見えるゴールライン。

 

背中を追いかけるには近く並び立つには果てしなく遠い姿だ。

私にはもう背中どころか影も見えない。

 

「危ないぞ」

「おっと、すまないね」

 

 電柱をステップを刻んでかわす。気分は最終直線で垂れた逃げウマを一息でかわすイメージ。先行策なんてまともにやったのはいつぶりかな、クラシックの頃を思い出すよ。

 

「......なぜ、中央から居なくなったんです」

「居るのが辛くなると思ったからね」

 

 痺れを切らしたか声かけを皮切りに向こうから切り出してきてくれた。言葉を探していたみたいで、ルドルフには珍しく区切りを多くしながらも会話が続く。

 

「秋天の、あの不法侵入ですか」

「そうだね。レース違反は一定期間の免許停止、レース中のコース侵入に逆走となれば一発返納。ウマ娘だからって軽くなる理由もないよね」

「世論は、あなたの行動を否定することはありませんでした。理事長も、責は軽いもので済む、と」

「それはそれこれはこれ。自分なりのケジメってやつだよ。あそこにこれ以上いたら頭がおかしくなる」

「頭が......?」

「ウマ娘ってのは不便だよね。

 人より力が強いからうっかり物を壊すし、食費は無意識に嵩張るし、すぐにお腹も減る。夜ふかしは天敵で、無駄に負けず嫌いになるし、怪我もしやすいし治りにくい」

 

 どれもこれもトレーナー養成校に通っていた時の話だ。人間同士の共同生活、授業とそのあと少しだけの時間でも私は人と生活し続けた。話し方も、年齢も、性別も千差万別。そして何より常識が違った。言葉で理解されども心で共感されることがなかった。

 

「そして、青芝に引き込まれそうになる」

 

レース映像を見るたび。

ランニングコースを走るたび。

指導するために練習コースに来るたび。

あのコースを踏み締めてしまいたいと感じるのだ。

 

「誰かと走りたい誰かと競いたい。模擬レースでも野良レースでも、100mでも10000mでも、芝でもダートでもアスファルトでもなんでもいい。今はもし教え子と真剣勝負したらどうなるんだって少しでも考えればワクワクが止まらない」

 

「だから、ウマ娘にトレーナーがいないんだ」

 

最近自分がそうなって納得した。

 

芝に呼ばれてしまうから。

レースに引き込まれてしまうから。

何より誰かと勝負したくなってしまうから。

ウマ娘とはそういう生き物なのだから。

 

「仕方なかったんだ。こんなふわついた気持ちを抱えて真剣な指導なんてできない。だから怪我なんてさせたんだよ。今回の件で完全に身を引く」

 

金は少しある。海外への片道切符を買うには充分なくらい。

 

「シービーは私に夢を見せてくれると約束してくれた。

けど、私は夢に目が眩みすぎてもう前を向けない。

これが終わったらウマ娘のレースのない国へ行くよ」

「......何も、見ようとしないままですか」

「見ようとしない? ああ、レースはちゃんと見るよ。スピカの面子は来ないって聞いてるし最後のレース観戦なんだから」

 

どんな走りを見せてくれるんだろう。

どんなレース展開になるんだろう。

今思うだけでワクワクが止まらない。

あんなに豪華なレースメンバーを肌で感じたい。

そう思えば思うほど、自分の仕事が間違ってたと思うのだ。

 

「そういうことよ。つまんない近況報告ですまんね」

「......また、見てくれないのですね」

「何言ってるのさちゃあんと見るよ。関係者になってるからチケットはねじ込めたし、席もなんとゴール前よゴール前。一番レースが盛り上がる特等席から眺めさせてもらうよ」

 

 何が不満なんだか。シービーの「そういうところ」って声がしそうだけど気のせい気のせい。人の気持ちくらい理解できるさ。できてるよね。

とはいえ、心残りがないわけじゃあない。

 

「結局再会した時に切った啖呵も叶わずじまいか。そんだけは心残りだね」

「......いえ、そうはなりませんよ」

「?」

「必ず一着を取って見せます。その暁には『リギル』サブトレーナーとしてあなたをトレセンに繋ぎ止める。どんな手段を使ってでも」

「......はい?」

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 ぱち、と何かが弾けるような音。沿道の枝を誰かが踏みつけた音でも水滴が落ちた音でもない、乾いた静電気が弾ける音。

 

「必ず振り向かせます。レースに於ける『皇帝』を理解させてみせますよ。──『絶対』は、私です」

 

朝の冬風を受け逆立つ髪。ジャージに偶然走った静電気の弾ける音と、朝特有の静寂。私は確かにそこに勝負服姿で玉座の前に立つ皇帝の姿を幻視した。

 

「......では、これで」

 

 彼女はそう言って交差点の向こう側へと消えていった。

 

「どう答えればよかったのさ」

 

腹いせに小石を蹴っ飛ばす。

それが分かれば、何にも苦労はしなかった。

 

 

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