諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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勝利に向かって突っ走れ!


第69話 夢の祭典

 

『さあ今年もやってまいりました。一年の締めくくり、夢の祭典! ウィンタードリームトロフィー!』

 

「......お祭りだね」

 

 見渡す限りの人、人、人。ともすればあの時の有マよりもギチギチに人が詰まっているのかもしれない東京レース場に私はいた。もちろん変装くらいはして、だけど。

 新しいスポーツキャップにサングラスとマスクのフル装備。ウマ耳もしっかりしまい込んでるしこれでバレることはないはず。

 

『今年の舞台は東京、2400m。それでは出走者を枠順にあらためてご紹介していきましょう。

1枠1番 オグリキャップ

1枠2番 ナリタブライアン

2枠3番 ヒシアマゾン

3枠4番 オーバーテーゼ

4枠5番 マックスフォント

4枠6番 シンボリルドルフ

5枠7番 フジキセキ

5枠8番 マルゼンスキー

6枠9番 タマモクロス

6枠10番 ブライトリーヘブン

7枠11番 メジロアルダン

7枠12番 ロングゲーム

8枠13番 メジロライアン

8枠14番 アイネスフウジン

8枠15番 イナリワン

9枠16番 マーベラスサンデー

9枠17番 セイントトレイル

 

そしてシークレット9枠18番』

 

 名前を呼ばれるたびに歓声が上がっていた場内が静まり返る。そうだろう。それだけの存在感をバ道の奥から彼女は放っているのだ、居並ぶ歴戦の出場者すらたじろぐ威圧感、一般人なら気圧されて当然。

 

「......調子万全」

 

 それくらいの圧が放てるなら絶好調以外に何がある。

 

『みなさん。ついに、ついに、彼女がターフに戻ってきました。沈黙の時を経て、三冠バの対決が今再び!9枠18番には、ミスターシービー!』

「みんな、お待たせ!」

 

 バク転5回からの3回捻り半で着地し、両手で大きく広げて見せたシービーに大きな歓声と拍手が与えられた。

 

「マーベラス☆ すごい人が来ちゃった!」

「やっと来たか......!」

「うそ、すごい」

 

 驚き、渇望、困惑。それぞれに表情を浮かべる一堂を一目見て、シービーはウンウンと頷きながら言った。

 

「揃いも揃って優駿ばかり、も少し先に来ておけばよかったね。ルドルフなんかにビビってないでさ」

「それは一体どういう意味か」

「見ての通りさ。勝ちにきたんだよ」

(......なんて、会話が容易に想像できるよ)

 

 ルドルフの様子を言えば『凄味がある』。入れ込んでいるとも、かかっているとも言わず冷静なのはわかるが、顔の硬さが否めないからこそ何かあるんだろうことはわかる。

......察するに怒っているのだろうか。シービーと話してる時露骨に圧が増してるし目つきも厳しい。シービーはのらりくらりと交わしてるけど目が全く笑ってもない。お互い積もる話があるんだろう。同じ三冠であっても、片方は市井に降りもう片方が学園に残った。そこに何かしらの感情が発生してもおかしくはない。

 

「とはいえ、驚くだろうなぁ」

 

私が考えた渾身の乾坤一擲爆逃げ(ばかのやるような)戦法、目ん玉見開いて震えるが良い!

 

 

◇◇◇

 

 

 やあ、と唯一の顔見知りに声をかける。本当に見ない顔ばかりであの時から随分と時が経っていることを遅まきながら実感した。けどせっかくの再会なのにルドルフは不機嫌な様子を隠さない。ルドルフの悩み事といえば、やっぱりあれか。

 

「エースにあしらわれたってところかな」

「ええ。あの人は自分の凄さが全くわからないんです」

「わかる」

 

 明るく振る舞ってるけどエースの自己肯定力はかなり低い。データを集めて客観的視点を積み重ねてやっと上回っているとわかれば、自分の実力がどれくらいかわかるくらいに低い。一回走れば感覚で分かりそうなものを『運が良かった』『展開が向いていた』『たまたま』で片付けすぎるんだよ。

 しかも自分の実力のことを低く見積りすぎてるきらいがあるんだよね。私ができるんだからシービーもいけるよなんて無理難題押し付けてくれちゃって。君ほどレース運びの上手いウマ娘なんてそうはいないし、スタートセンスは私にない天性の才能だ。それと自分では卑下するけど、君の黒髪は綺麗なんだよ?

 

「今日だけは負けられないんだよね。あの子に夢を見せてあげないといけないんだ。退いてくれるよね?」

「あの人を振り向かせ、繋ぎ止めるには勝利が必要なのです。今回も譲りませんよ」

 

 ルドルフが凄んでるのはそういうわけか。全くエースってば罪作りな女の子、誘惑するだけしといてお預けなんて無自覚だからこそタチが悪い。

 

「ほんと、分からず屋にしっかりとわからせてあげないと」

 

ルドルフにもエースにも観客席のみんなにも。

 

「最高の舞台劇(ショー)を見せてあげる」

 

 私のその言葉を待っていたかのようにファンファーレが鳴り響いた。それを合図にゲート前で気持ちを落ち着けていたウマ娘たちが続々とゲートインしていく。最後にアタシが収まったところで、実況のアナウンスが場内に響き渡る。

 

『誰が勝ってもおかしくない真剣勝負! 今年最後の栄光を勝ち取るのは一体誰なのか!』

 

 ガシャ、と金属の擦れる音と共にゲートが開いた。その瞬間のこれ以上ないタイミングで踏ん張ろうとする脚に逆らって、私はわざと踏み込みを()()()()()()()()()()

 

『各バ一斉にスタート、っと! ミスターシービー出遅れたか!?』

「何してんのおおおおおおおお!?」

 

 ショッキングに両頬を押さえて大袈裟に叫ぶ最前列のエースにウインク一つしてから私はスタートした。

こうしなくちゃ示せない。カツラギエースはなにも天才じゃないということ。ミスターシービーにもミスがあるということ。全盛期を超え、古傷を抱えて衰えてもなお、不可能はないということ。

 

そして何より。

 

「走るなら楽しく走らないと!」

 

私が伝えたいのは楽しく走ることの大切さ。

そしてどれだけ実力が足りなくて、どれだけミスをしたって、どれだけ間違って、寄り道したって、不可能はないって前を向く、諦めないことの大切さ。

キミだけが気がついていないキミの最高の才能だよ、エース。

 

『先頭はやはりマルゼンスキーが行きます! その背後にはアイネスフウジン、予選会1位のセイントトレイルは3番手。

 3バ身離れた先行集団はタマモクロスが引っ張ります。続いてメジロアルダン、内にロングゲーム、マーベラスサンデー、外にはフジキセキ、オグリキャップはこの位置です。

その後ろにシンボリルドルフがつけて、後方集団に入ります。

マックスフォントのうちにヒシアマゾン、外にナリタブライアン、ドリームトロフィー初挑戦メジロライアンは後ろについています。その外にはイナリワン、マックスフォントが続きます。後方にブライトリーヘブン、最後方ポツンと一人ミスターシービー、以下18名がコーナーを抜けて向こう正面に差し掛かります』

 

 有の中山、春天の阪神とルドルフとは2回の対戦があったけど、私には不利な最終直線の短いレース場で舞台にすら上がれなかった。たった一度のチャンスだったジャパンカップはエースがしてやってくれたおかげで勝負にならなかった。

リベンジマッチにはもってこいの舞台。これまでずっと負け続きだったんだ、負けっぱなしじゃいられないのは当たり前だよね。

 

そして何より。

 

カツラギエース(キミ)の背中に私はまだ追いつけていない。

レースの道を一度諦めた私を再び戻してくれたのは君だ。

 

私たちの同期は誰もいなくなって、レースとは別々の道を歩んだ。進学を控える最上級生、卒業した面々。その誰もがレースに関わらないと知って、つまらないから私もやめた。友達のいないレースなんてひどくつまらないじゃないか。けど、ふらっと学校からいなくなってレースの舞台から1番先に降りた君が、一番長くレースの世界に諦めずにしがみついてる姿を見て私はまた走る気になれたのさ。

 

 3コーナーの入口に青と桃色の勝負服をきた誰かがマルゼンスキーの先を走る誰かがいる。表情を苦しく歪め、それでも口角を吊り上げて笑いながら走るキミがいる。

 

「今度こそ追い抜かせてもらうよっ!」

 

それでこそ我が好敵手、追うべき背中。

キミはミーティングで言っていた。後半はスタミナ勝負だ。何も考えず、自分のスタミナが尽きるまで走れと。

そうだね。そうでなきゃ、キミに背中を見せられない!

 

『3コーナーからミスターシービーが仕掛けます! ぐんぐんと速度を上げて先行集団に並びかけ、いや追い抜かした!』

 

 レースのセオリーとか、走る時のコツとか、コースの取り方とか、芝の荒れ具合なんてもうどうでもいい。気持ちいい走りを気がすむまで、心のうちにある闘志を絞り尽くすまで。

 

夢を背負い駆け抜けろ。

不可能なんて、アタシたちには存在しない!

 

『最終直線に差し掛かって先頭はマルゼンスキー! 2番手にはミスターシービーが上がってきている! 3番手にはシンボリルドルフが伸びてくる、ほかの後続は苦しいか?!』

「勝負だ!」

「負けませんッ!」

『シンボリルドルフが伸びる! マルゼンスキーはズルズルと後退、先頭争いは3冠バ2人の一騎討ちだ!』

 

 ルドルフが後ろから駆け上がってくる。背中に走る恐怖感は久しく味わったことのないもの。思わず脚がすくむ。勝てないと本能が叫んでいる。スタミナはもう空っぽで、頭はおかしなこと考えるくらいに酸欠で、脚は頼りないほどふらふらで古傷も痛む。

 それがどうした。それくらいで諦めないよ。諦めの悪さだったらエースから学んだんだ。キミにそれを思い出させようってんなら、キミよりも諦め悪く勝ちに食らいついていかなきゃ!

そうでなくちゃ目の前のキミの影にだって勝てやしない!

 

『シンボリルドルフが伸びる! ミスターシービー粘る! シンボリルドルフが並ぶか、ミスターシービーが粘るか! あと100m坂を登る!』

 

芝を蹴り抉り、弾むように。

姿勢を低く歩幅を広く。地面を走るのではなく蹴って飛ぶ。

 

『ミスターシービー抜け出した! 大地が弾んで、大地が弾んでミスターシービー! 今一着で──』

 

驚く顔のエースと目が重なる。

やっと、自分の走りを思い出せたよ。

 

『ご、ゴーーーール! 一着はなんとミスターシービー!

2着は僅差シンボリルドルフ、3着はマルゼンスキー、っとミスターシービー顔から転倒?! 大丈夫でしょうか? 遅れて4着には──』

「シービー先輩!?」

「シービーっ!」

 

 ゴロゴロと何周か転がって、ちょうど視界に真っ青な空がうつるばかりのところで止まった。うーん、身体中が痛い。

 

「......ビー! シービー! 生きてんなら返事して!」

 

頭上では誰かが怒鳴っている。頭を打ったせいかうまいこと声が拾えないな。誰だろう。黒い瞳に黒い髪、似合わない帽子ってのは確か.....キミのために走っていたんだっけね、エース。

 

「勝ったよ、へへ」

「......の、バカ! アホ! 能天気! 人の話を聞かない愚か者! なんで勝ってんだよちくしょおおおおおお!」

「なんで勝って怒られないといけないのさ」

 

 思わず笑ってしまう。時々褒める時に羨むような言葉を言う癖は奇妙で相変わらずだ。

 

アタシのすべきことは全て終わった。伝えるべき言葉は走りで伝えた。諦めなかった努力の結果は今目の前で応えてみせた。

 

「聞きたいことはひとつだけ」

 

 涙すら浮かべてこっちを浮かべるキミに聞きたいことは一つだけ。ほんとうに簡単な質問だよ。

 

「同着1位ってのは納得いかないからもう一戦どうかな?」

「......っ当然!」

 

ウィンタードリーム・トロフィー。

1着 ミスターシービー 2分26秒3。

 

ジャパンカップの幻影には並ぶだけに留まった。あの時の(ジャパンカップ)勝ちタイムと全く同じってのは神様は勝負がやっぱり大好きなんだね。

 

いいよ。これがもし神様から送られて奇跡って言うなら縋ってでも掴み取る。

 

冬風が熱った身体を冷やしてくれる感覚がたまらない。

 

「レースってのは勝てなくても、勝っても楽しいねえ!」

「勝っといてそれ言う? このこの〜」

「脇腹つつかないでちょっと痛いんだけど」

「救護はーん!」

「過保護じゃない!?」

「冗談。けど、検査は受けるように!」

「はいはい」

 

 ザクザクと芝を踏み締める足音。見上げた先にはシンボリルドルフがいた。

 

「完敗です」

「いんや、これで1勝3敗。やっとまともに勝負ができた! 次は3人でやろうね!」

「3人で? 一体誰と」

「エースと」

 

目が大きく見開いて、隣のエースに勢いよく振り向き肩を掴んだルドルフ。そのまま揺さぶらんばかりの勢いで彼女を引き寄せ問いかける。

 

「ほ、本当ですか!?」

「あのレースを見といて、走りたくないウマ娘はいないよ。なんだったらここで今宣言したって構わないくらいには乗り気なんだよね」

 

フッフッフ、と指を振って勿体ぶるように言うエース。すぐ調子に乗る癖もあの頃と変わらないまま。アタシはつい嬉しくなって、立ち上がってエースの腕を掴み高々と掲げて宣言する。

 

「......あ、やば」

 

気がついた時にはもう遅い。私はそのままエースの変装を取っ払い、サングラスとマスクを遠くへ放り投げる。

 

「今この会場にいる皆さん! アタシたちのレースはまだ終わりではありません! 

アタシたちはまだ、勝負の土俵に上がったばかりなのです!」

 

観客がざわめく。アタシの隣の人物は誰か分からず混乱している人も少なくないのだろう。

だからこの場で証明しようと思う。

キミの栄光はアタシたちと走るにふさわしいものだと!

 

「みなさん! みなさんは覚えているでしょうか!

三冠バ2人の初めての決戦のジャパンカップを!

世界の強豪が揃い日本の誇りとプライドをかけたあのレース!

そして見事、全てをねじ伏せ、逃げ切った彼女のことを!」

 

ざわめきがひときわ大きくなる。キミの声や顔は覚えていないかもしれないけれど、キミの走りはみんなが覚えている。

 

「彼女の名はカツラギエース!

 アタシはカツラギエースに挑戦したい!

 一度はレースの世界を去り、再びターフに戻ってトレーナーになったカツラギエースにもう一度挑み勝つ!」

「な、なんかすごく話が大きくなっているんですけど?」

「大きくしたんだよ」

「なんで?!」

「キミは弱者なんかじゃないからさ」

「どういうことなの!」

 

キミと競い合う舞台までの道をアタシが敷く。

道案内はルドルフがしてくれる。

なんの心配もいらない。

 

「......改めて、アタシは宣言します。来年のサマードリームトロフィーでは、シンボリルドルフ、ミスターシービーの再戦を約束します。そしてこの2人に唯一勝利したカツラギエースともう一度雌雄を決する機会を。

今日よりも白熱した、最高のレースをお約束します!」

 

 

 

 

 

 

 

一緒に走ろう。

 

 

 

 

 

 

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