諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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第9章 未来への水先案内人『カツラギエース』
第70話 はじめの一歩


 

 

かぽーん、と擬音がすれば温泉にいるとは誰が決めたのか。

 

「あったまるぅ......」

「私は納得しないからね。納得しないからね!」

「けど理事会はそう決めたんだってさ」

「相変わらず耳が早い。どこから」

「私からだ」

「もうやだこの三冠バ共」

 

 あれからどうなったかといえばそれはもう大変なことになった。

 まずWDTのターフにまたしても無断突入したのを秋川理事長直々にこっぴどく叱られた上で退職届が目の前でビリビリに破かれた。

 

『白状! そもそもあそこに居たのは秋川やよいという一人物であったゆえにそもそもこれは私以外誰にも見せていない! わっはっは!』

 

 結果私はただライセンスあるトレーナーとして11月ごろから岩手に出向し、WDTに急遽出場が決まったシービーのトレーニングを受け持ち見事結果を出した名トレーナーに。

 次にマスコミには秋天の事件とスピカの活躍から鏑木トレーナー=カツラギエースという事があっさりとバレ、勝利者インタビューから話題は持ちきり。シービーが途中で切り上げてくれなければ質問の山で目を回していたに違いない。マスコミは私の英断を飾り立てるように書きネットも同調して世間も私の話題で持ちきりとなれば、URAもなし崩し的に来夏開催のサマードリームリーグ決勝名簿に私の名前が書き加えざるを得ない。シービーの大見得通り三冠バ2人との再戦が来年7月末にあっさりと決まってしまった、というわけだ。

 

何より1番の問題は世間から秋天のことを許されてしまったことだ。これで大手をふってトレセン学園に復帰できる。しかも復学届を勝手にルドルフが受理したせいで生徒としてだ!

 

「いや大の大人の制服姿ってもうコスプレだろ!」

「私は似合うと思うぞ」

「ルドルフには聞いてないから! 中等部の頃の可愛げのあるルドルフより今のルドルフの方が100倍嫌いだ!」

「アハハハ」

「笑い事じゃあないんだぞ!」

 

酒もタバコもパチンコもやらないけどもうできる年齢。こんな大の大人が高校生に混じって授業を受けるなんて本当に想像しただけで恥ずかしさとやるせなさで頭がおかしくなる!

 

「しかも高卒認定取ってるから授業受ける価値ないのにどうして学校に通わないといけないんだよ。ああもう恥ずかしくてたまらん」

「あ、そこいやなんだ」

「いやだよ! というか私もうトレセンにいたくない!」

「そういえばスピカの面々が毎日君を探しているぞ。注意しているが、構内中キミの手配書ばかりだ」

「スピカならやりかねんか、あの阿呆共め」

 

 目下最大の課題はスピカの面々とどう顔を合わせたものか。あれだけのことをした以上、彼女らもいい顔はしないだろう。チーム内の雰囲気がギクシャクすれば解散もありうる。とはいえトレーナーは私の脱退届を受理していないはずだろうし、私の籍は未だにスピカにあるだろう。

 続けるにせよ、やめるにせよ、あそこには行かないと。

 

「でも合わせる顔がなにもない」

「逆境を跳ね除けるのって楽しいじゃん。評価はどん底からやり直す奇跡のサクセスストーリー、ってね。それにちゃんと言ったはずだよ。諦めなければ夢は叶うって」

「......苦しいのならリギルに来ないか。折を見てスピカに戻ればいいさ」

「じゃあお言葉に甘えて......」

「やーい逃げウマ娘」

「リハビリですぅー!」

 

 

◇◇◇

 

「と、いうわけで本日からお世話になります。選手兼任トレーナー、高等部2年のカツラギエースです。よろしくお願いします」

「New year早々BigなNewsですね!」

「スピカさんのトレーナーさん?」

「すごい人が来ちゃったデース!」

 

うわあ。

うわあ。

うわあ。

十数人のチームメンバーが整列するグラウンドの中、もちろん重賞G1勝利バばかりなのでネームバリューは計り知れないが、それ以上に存在感を放つウマ娘が1人。

 

端的に言うとなんかやべえのがいる。

 

「ボクに見惚れてどうしたんだい?」

「......この子どこで拾ってきたんですかおハナさん」

「一般入試よ」

「マジで言ってます?!」

 

 頭に王冠の髪飾りをした栗毛のウマ娘を見て私は思わず叫んでしまった。輝いて見るくらいの才能の持ち主じゃないかこの子、身体つきは凡も凡だけど雰囲気がいい。立ち振る舞いにぶれもないし、案外こういうタイプは勝負根性が強い。

これが推薦組でなくて一般入試から拾われてきたとは。

 

「在野の怪物はまだいるもんですねぇ」

「ちょっと真面目すぎるのが玉に瑕だけれどね」

「......もらっていいですか?」

「ダメよ。この子はウチのサブトレーナーに任せるつもり」

「チェー」

 

この才能の塊、是非育て上げて見たいものだ。

 

「ふぅん、やはり罪作りなボク! またこうして恋に落ちる哀れなレディを作ってしまった! 無念!」

 

......前言撤回、やっぱいいわ。バレエだかミュージカルだかよろしく鏡に向かって踊りはじめたので彼女のことを忘れることにした。あんなのはお金を積まれても断る。まともにコミュニケーションできないのはお断りだ。

 

「それで、なぜスピカのトレーナーさんがリギルに来たのでしょう?」

「私の推薦もあるが、彼女の古巣はここなのだ。だからスピカより気心の知れたこの場所で復帰する事とした、そうだろう?」

「そうなのよ。スピカOBなんだけどスズカよろしく途中で移ったもんでして。おハナさんとは気心の知れた仲というわけですよ」

「彼女の能力は私が保証します。彼女の指示も疑問があれば質問し、なければ従うように。よろしいか!」

「「「「はい!」」」」

「昨年デビューの面々は未勝利戦へのミーティングを行うのでチームルームに、和田くんもこちらに来なさい。

それ以外の面々はエースの指示に従って頂戴」

 

おハナさんの号令に綺麗に揃って答えるリギルメンバー。

 

 後ろにいたイケメンくんと数名のウマ娘がおハナさんの背中を追って行ったところで、残ったのは。

 

(海外挑戦視野のエルコンドルパサーに有覇者のグラスワンダーにタイキシャトル、それと......)

 

「シービー、なんでいるん?」

「拾ってくれるチームここしかないんだもん。顔見知りがいると気が楽でいいね」

「どうりでみんな緊張するわけだよ」

「彼女とて先輩になるがただのウマ娘には変わりない。気楽に構えてくれ」

「構えられたら苦労しないと思うぞ」

 

三冠バ2人もいればそりゃ綺麗に整列するわな。約1名は賑やかし気分で並んでたんだろうけど。

 

「んじゃー、新年3が日で鈍った体をほぐす意味合いも兼ねて軽くランニングから。体重増えたやつは特にがんばんなさいよ」

「「「「はい!」」」」

「いい返事だ」

 

真面目で素直な子ばかりで助かる。騒ぎ立てたり文句言ったり明後日の方向に走り出すスピカとは大違いだよ......

 

「トレセーン、ファイ、オー。ファイ、オー」

「何してるんデス?」

「......今は掛け声ないのかぁ」

 

 ジェネレーションギャップを感じる。私のころはもう少し昭和育ちのトレーナーが多かったからやけくそ声の掛け声が聞こえてきたものだったんだがなぁ。スピカはやってたしリギルもなんだかんだ続けているものかと思ったんだが。

 

「声を出すことになんの意味があるのでしょう?」

「気合い? 慣習? 言われてみるとなんだろう」

 

 モフモフとした芦毛の子の質問に思わず首を傾げる。答えが出ないまま唸っていると彼女が続けて言った。

 

「はっきりいって非効率な行為では?」

「非効率、か。でもああいうのは取り入れとかないといけないんだ、私の持論にはなるけれどね」

「では説明をお願いします」

「おハナさんは意味のない練習はやらないよね。極端な例で言えば、ゲート得意な子をゲートに縛り付けたりしないし、スプリンターにスタミナをつける長距離ランはさせないし、ステイヤーにトップスピードを鍛える練習はさせない」

「当たり前デース! 時間が有限デスから効果的な練習をした方がいいに決まってイマス!」

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「ケ?」

「なに?」

「......」

 

 驚いたような声をあげる2人。他のメンバーもわからないのか首を傾げたり、相談するのかコソコソと話し声が聞こえてくる。

 

「急がば回れというわけじゃない。ただ目標に一直線過ぎるのはリスキーなんだ。

じゃあ例を出そう。皐月賞の開催場所と距離は?」

「中山、2000mです」

「オーケー。キミが走るかはわからないけどどんな技術が必要かね?」

「中山の直線は短く前が有利です。トップスピードに一気に持っていく直線加速力が必要かと」

「じゃあスタミナと競り合い技術は不必要かな?」

「優先順位は低いです」

「なるほど。じゃあ条件を変えよう。

 開催初日から天気は荒れ模様。内枠が踏み荒らされて荒れており、当日のバ場はかなり重い。

 内枠を通るのは不可能に近い。さて、どうする?」

「......それは」

「必要なのは荒れた内枠を通っても失速しない重バ場を走る技術とパワー、または距離ロスを押し切れるスタミナとロングスパート技術。キミの事前練習じゃ鍛えなかった部位だから惨敗待ったなし」

「なっ......!?」

「想像力が足りんね、レースは何が起きるかわからんのだよ」

 

番狂わせは起こすのはいつだって偶然だ。番狂わせの中心を演じられるのは、その偶然を掴む練習をしてきたものだ。

 

「すぐ役に立つ練習をした方がモチベーションになるのは当たり前、99%実際役に立つしイメージもしやすい。けど100レースに一回起きるか起きないかって状況を練習するのは難しい。99%役に立たないしイメージもしにくい。モチベーションも出ない。けどクラシックに次はない。一度きりのレースなんだ」

「......っ」

 

 グラスワンダーが短く息を漏らしたのを聞き逃さなかった。彼女が抱えたわだかまりは少ないもんじゃない、ここで少しでも向き合いたいんだ。

 

「だから、怪我をしたウマ娘は幸運だと思う」

「ケ?!」

「そうかな? 怪我をしてターフに立てないのは不幸なんじゃないかい?」

「フジキセキのいうことももっともだけど、経験は財産だ。

一度怪我をしたのなら、二度と怪我をしないよう気をつけられる。不測の事態で一度負けたなら、二度目はないように練習できる。それを目の前で見られる後輩たちに、経験と気持ちを伝えていくことができる。

怪我をすることも悪くない。

回り道も大いに上等。

起きた事に必ず価値はある。それを胸に今後も無駄な努力を恐れないように、ってね」

「うわー、ほんとにトレーナーっぽいこと言うんだねえ」

「本職のトレーナーだからだよ! 茶々いれんなかっこよさがなくなるでしょう! あっちだと尊敬されなかったからこっちでは真面目に尊敬されたいの!」

「あ、こんなのだから尊敬しなくていいよ。気軽に『エース先輩❤︎』で構わないってさ!」

「やめんかぁ!」

 

 

 

 




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くれよ......
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