「エースさん、此処教えてもらえますか?」
「構わんよ、見せてみなさいな」
4限終わりの昼休み、授業が手早く終わって食堂に一足先に向かう生徒もいるなか何人かのクラスメイトはノート片手に私に質問にくるようになった。
「......と、ここはこの公式を使っていけばわかるはずだよ。あとこういう問題は数をこなすのがコツなんじゃないか?」
「ありがとうございます」
「次は私! この問題がどーしても解けなくて!」
「ああ、これはまず化学式を思い出すところからで」
最初こそ敬遠されてたものの、大学受験を控えるウマ娘も多い最上級クラス。誰かが勇気を出して私に質問に来たのを皮切りに先生ではなく私に質問する生徒が増えてきた。走ることを教える学校でもあるし、教師の質は高いんだがいかんせん生徒の多さから手が回らないらしく、だからこちらからも頼むよと先生方に頼まれては断れない。
「エース先輩の教え方分かりやすくて助かります!」
「そろそろセンター、じゃなくて今は共通テストか、頑張ってね」
「あ、チャイムなりましたね」
「んじゃそこの窓開けといてもらえる?」
「またですか」
「しばらくは迷惑かけるね」
チャイムがなった途端に響き渡る騒がしい足音、廊下から聞こえる驚くか怒るような声を聞きながら、私は机の上をしっかりと片付け教科書をしまう。このストライドと地響きから察するに高身長でパワータイプとなればたった1人だ。
「今日はゴルシかな、ドアから離れた方がいいかも」
「オラツラ出せやーッ!」
「アディオスアミーゴーっ!」
ゴルシがドアを勢いよく開けたタイミングで、クラスメイトが開けてくれた窓から飛び降り前転して衝撃を減らしてからダッシュ&ラン。
「もうしばらく顔出すつもりないんで〜!」
「こらー逃げるなよーっ!」
学園に復帰してからというものの、予想通り私はスピカの面々から狙われ続けている。
ジグザクに走ることを意識しながら逃げ場所のリストアップ。リギルチームルーム、私のトレーナー室はもう使えない。昨日はスカーレットがいたし、一昨日はウオッカが張り込んでいた。体育倉庫は危うくダクトを見つけられなければ詰んでたし掃除に来た用務員さんにはこっぴどく叱られたのでダメ、合鍵のある空きチームルームはタキオンが占領したせいで別の意味で危険地帯だ。
指を折って隠れられそうな場所をいくつか挙げていくが、どれも今ひとつとなればあそこしかあるまい。寮をグルリを回って、正面から見えにくい奥まった建造物、その階段を4段飛ばしで駆け上がり3階を左に曲がった6号室。
「桐生院匿ってくれ!」
「え、あ、ちょっと!」
今の最善の逃げ場所は、親友の私室くらいしか思い浮かばん。
「ついでにメシも食わせてくれ」
「えー、ウマ娘沢山食べるから困りますよう。備蓄のカップ麺だけですけど、いいですか?」
「良家のお嬢様がカップ麺なんか食べるなよ」
「カップ麺も居酒屋のつまみも同じでしょう。ジャンクフードを食べてもトレーナー側だけならとやかくは言われませんよ」
ブツブツと文句を言いながら水を張った鍋を火にかけ、戸棚を漁り始めた桐生院。持つべきものは便利な親友に限るね。
「......私のこと便利グッズ扱いしてるきらいありません?」
「ソンナコトナイヨ」
◇◇◇
「いやー、昼ごはん食べられないから助かったよ」
「......やっぱりあなたウマ娘なんですよね。備蓄が空っぽです」
「リギルの面々と走ってたらお腹空くようになっちゃって。現役時代を思い出すねえ」
「今がまさにその時でしょうけどね」
「そうとも言う」
4杯目のカップ焼きそばを腹に収めて付属スープまで啜っているところで、桐生院が呆れたようにため息をついた。
「また問題ごと持ち込んで。養成学校時代の時もじゃないですか」
「同期に絡んでたヤクザ突き飛ばしたらまさかあそこまで飛んでしまうとは思わなくて。でも切り返した時の桐生院ちゃんの方がすごかったよね」
「その話はもうやめにしましょう」
組で殴り込んできたヤクザに対し広島弁で『おんどれは桐生院家を知らんのか!』逆にメンチを切り返したことは記憶に新しい限りである。裏話として研究ビデオの中にこっそりお薦めしてた任侠ドラマが混ざっていたから我ながらファインプレーだったと自負している。
「それで、次はなんですか?」
「スピカの面子と顔を合わせるのが気まずくて」
「律儀なあなたですしちゃんとお別れを言って出てきたから顔を合わせづらいってところですか?」
「最後だからって面と向かって言えないことまで置き手紙に書いちゃってもう。嫌われてるだろうし失望されてるよ」
「そんなことないんじゃないんですか? ね、ミーク」
「だいじょう、ぶい」
「ベッドの下から?! 授業は?」
「トレーニングであしがはやくなった」
「もう、ミークは頑張り屋さんですねぇ〜」
猫よろしく大人しく膝枕されたミークの頭を撫で回しとろけ顔の桐生院。入学当初の仏頂面を見ているのなら想像もできない表情だろう。ミークもまんざらでもないようで、無表情ながら耳と尻尾は気持ちよさそうにぴこぴこと左右に揺れている。
思えばベッドや本棚、机の上には実用的なものの他にお土産らしいイルカのオブジェ、安っぽいアクセサリーや調度品が幅を利かせ、極め付けにくらげ写真の水族館ポスターがデカデカと壁を占拠している。
「お前も随分と変わったなぁ。娯楽のごの字も知らなかったお嬢様が今やこんな部屋に住んでるとは」
「別にお給料何に使ったっていいじゃないですか」
「年パス、買ってる」
「入れ込んでるねえ」
「いいじゃないですか、心が安らぐんですから!」
「イルカのぬいぐるみを抱きしめながらむくれられても何も怖さがないね。ってぬいぐるみ投げんな!」
「むー!」
「その怒り方まで担当に似て。入れ込みすぎるとあとは大変だってのは習ったでしょうに」
「お互い様では?」
「うぐ」
桐生院の鋭い一言に返す言葉もない。自覚はしていた。入れ込みすぎていなければこんな事にならなかっただろう。
「とはいえ、白書の受け売りではないですけど担当ウマ娘に寄り添うことは必ずしも悪とは思いません」
本棚の上に鎮座する古ぼけた分厚い古本。代々桐生院家の後継に受け継がれるそれを彼女は見上げて笑った。
「戻っても、きっと許してくれますよ」
「そうかな」
「自分を許すかどうかは、それからでも遅くないんじゃあないですか?」
「......やっぱりここにきて正解だった。駆け込むなら桐生院の部屋に限る」
「相談所でも避難所でもないのですけれど?」
「じゃああれだ。同居してることにすればいいんじゃない?」
「「あっはっはっは!」」
「早いとこ出ていってください。これからタキオンさんのところに行くので鍵閉めるんです」
一瞬で真顔に戻った桐生院にぽい、と文字通り襟首を持ってつまみ出されてしまった。このフィジカルゴリラめ。
「筋肉バカとか思ってます?」
「オモッテマセン」
この女、人間なのにウマ娘を制圧できるのマジで頭おかしい。
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