諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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閑話 グラスワンダーから見た『鏑木トレーナー』という人物評

 

 

 

 

「やることが多い!」

「あっはっはっはっは、大変だねえ」

「お前の調整分もあるんだぞこんにゃろう! 自分の調整だって満足にできないが?!」

「それは困るなあ。ちょっと仕事かしてよ、やっとく」

「あーたに出来るわけないでしょうが」

 

 私の練習風景を見るでもなく、隣にいるシービー先輩と口喧嘩を始めた鏑木トレーナー代理。

 

「新しいトレーナーサンは面白いヒトですネー」

「ええ、全く」

 

エルの言葉に頷く。トレーナーを期限付きとはいえ交代させるのは初めてで不安だ。トレーナーは彼女は優秀だと言ってくれたが、私からも見定めたい。

私の新しいトレーナーは私に対して誠実なのでしょうか。

 

「なるほど、ここをこうして」

「やめないか!」

「欲しかったら捕まえてみなさいよ〜」

「スタート勝負で私に勝てるわけないでしょうがゲート下手!」

 

 ついに口喧嘩から取っ組み合いに発展したトレーナー代理を見て、不安を感じずにはいられない。トレーナー、本当に彼女に任せてよかったのでしょうか。彼女が三冠ウマ娘から一本背負いされる様子を見ながらため息をついてしまわずにはいられなかった。

 

 

「えー、こほん。では、ウォーミングアップはすんだかな?」

「はい」

「んじゃ、おハナさんにレース日程をもらったからその説明から。7月の宝塚記念をめどに逆算して組んである。勝敗次第では多少変わるが、日程自体はそう変わらない筈だ」

 

 全身擦り傷と砂だらけになったトレーナーが咳払いをひとつしてから私に紙の資料を手渡しました。

 

『3/14 中山記念        中山 1800m

 4/4 大阪杯         阪神 2000m

 5/15 京王杯スプリングカップ 東京 1400m

 6/13 安田記念        東京 1600m

 7/11 宝塚記念        阪神 2200m』

 

「順当な日程組みってところだね。得意距離のマイルで復帰戦。G1の舞台を2回踏みつつ阪神も走って、しっかり1ヶ月時間をとって本番だ」

「ええ、いいと思います」

「ただ、1400を一本挟んでるのが気になるのよね。

5月の中距離は半ばの新潟大賞典に月末の金鯱賞がある。6月の安田記念をスルーしても構わないならイロイロ選択肢はあるんだよね。無理にレースに出すくらいなら休養させたいんだけど......どう思う?」

「どう思う、とは」

「そりゃ、キミの意見を聞かせて欲しいからね」

 

 当然だろう、というように首を傾げる鏑木トレーナー。トレーナーであれば全てのことに対して堂々と振る舞い、トレーナーとは武士のように不動の心構えを持つべきというのに。そう思いながらも、今までされたことのない類の質問に驚いてしまいました。

 顔に出ていたのか、トレーナー代理が眉を顰めます。

 

「不満そうだねえ」

「いえ、そのようなことは」

「取り繕わなくていいよ。私はトレーナーとして未熟もいいところでおハナさんの足元にも及ばない腕前だ、不安になる気持ちはよくわかる。だとしても私には私なりのやり方がある。

キミの意見を聞きたいんだ。私1人では限界があるけど2人ならなんとかなるさ」

「......では」

 

 ひとつ咳払いをして、私は口を開いた。

 

「レース慣れさせるためではないでしょうか」

「ふむ、聞かせて?」

「私は他の皆さんと比べて走ったレースが少ないです。よってレース経験値というものが非常に少ない。ですからどんな形であれレースに出るべきと思ったのではないでしょうか」

「ふむふむ」

 

 何度か鏑木トレーナーはうなづいて少し考える素振りを見せた後もうひとつ疑問があると言った。

 

「じゃあなんで1400mの短距離レースを選んだのかな。次の日には新潟開催だけど2000m重賞の新潟記念がある。中距離での経験を積ませるとなるとそっちでもいいじゃない」

「1400mはジュニア級に一度走った事があります。問題なく勝てます」

「そうじゃなくて。やっぱやり方が違うと難しいな」

 

 鏑木トレーナーは頭に手をやって眉間に皺を寄せる。あからさまに私の今の答えに失望したと言わんばかりの態度で、その理由を問いただしたくなったのは自然の流れでした。

 

「そうではないというのは。何か私はおかしなことを申しましたでしょうか?」

「いや、うん。間違ったことは言ってないんだ。ただレースに出走する意味を聞いてるんだよ。私と君とで質問の捉え方が違うんだな。んじゃこう言い直そう、このレースに出走する理由は何だと思う?」

「出走する理由ですか」

「ああ、そのレースに出走して得られるものは何かを考えて欲しかったんだ」

「得られるものは、それは経験では?」

「もっと深く」

 

私の答えに彼女はもう少しだというように指を鳴らした。

 

「このレースはおハナさんが『君が宝塚に勝つためにはどうすればいいか』を考えて設定したレース日程だ。そこに無意味なものは何ひとつないし、全部を経験値なんてひとまとめにしていいもんじゃない。それを言葉にしてみてくれないか」

「気持ちを、言葉に?」

 

 彼女の発言に同じような言葉で返した。気持ちを言葉にするとはいったいどういうことなのでしょう。昔の人が感動したことを歌に詠んだように、私もひとつ句を作ってみてはどうでしょうかという問いかけなのでしょうか。

 

勝つためにどうすればいいのか。

その言葉を反芻する。

 

「レースに勝つには誰よりも速くゴール板を駆け抜ければいい。トレーナーのために、私はそれを成し遂げてきました。

朝日杯でG1初勝利と最優秀ジュニア級ウマ娘の栄冠を、有記念では1年ぶりの復活と、年1番の名誉をトレーナーに」

 

その次。次は......

 

「次、は?」

 

目の前に、峡谷の上に架かる橋を幻視した。

底すら見えない深い谷の向こう側にはスペちゃんやエル、リギルの先輩方が待っている。私もそこに行こうとして一歩目を踏み出そうとして気がつく。

 

私の足元には、何も無かった。

 

後ろを振り返っても誰もいない。谷底と同じように暗い闇が広がり、私をそこに誘おうとしている。谷は飛び越そうと思えば飛び越せるかもしれず、しかし失敗すれば2度と這い上がれないかもしれない深さ。

 

私は......

 

「私が危惧してるのは『燃え尽き症候群』だ」

「燃え尽き症候群......?」

 

トレーナー代理の声で幻覚から目が覚める。聞きなれない単語に思わずそのまま返すと丁寧に彼女は答えてくれました。

 

「特に大きな目標、例としてG1勝利を挙げたウマ娘が陥る事がある。大きな目標を達成した後にモチベーションが上がらない、やる気が出ない。君はあの渋りようからして結構義理堅い性格だと思ってる。だから『トレーナーのために』走ってるんじゃないかと思ってたんだ。朝日杯から1年をかけての復帰。毎日王冠では惨敗ながらも復帰戦を無事完走し、年末の有記念では無事に1着を取った。怪我からの恩返しもこれでひと段落だ。では聞こう、君の()()()()()()()()()()

「次の目標......?」

「有記念連覇でも目標にでも頑張るかい? それで頑張れるってんなら止めはしないけど、本当に頑張れる?」

 

次の目標。

トレーナーに見初められたウマ娘として貴方の目は間違いじゃ無かったと証明する事ができた。貴方の取り組んできた日々は間違いでは無かったと示すことはできたのです。

 

それから先はトレーナーのために何ができるか、そのようなことは決まっていますよ。私がトレーナーに恩返しはとにかく勝利すること、チームリギルの一員として為すべき事をするだけです。

 

「G1を取ります」

「ふむ、その心は?」

「チームリギルの一員として最強を証明するために」

「はぁ〜、まったく可愛げのない」

 

 トレーナー代理は今まで聞いたこともないような大きなため息をつきあからさまに落胆していました。

 

「もっと自分のために、独りよがりに走っていいのよ?」

「いえ、私の趣味ではありませんので」

「そっか。今の子は違うんだねぇ」

「......違う、とは」

 

 バカにしたような、嘲るような、落胆するような、様々な意図が入り混じったであろう発言に私は明確な悪意を感じ取り思わず、聞き返していました。

 

「それは、一体どういった意図なのでしょう?」

「ん、まあ、子供っぽいことだよ。昔はバカばっかりしか周りにいなかったから、当たり前になってた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

「ライバル、に?」

「エルコンドルパサーは難しいけど、二冠バのセイウンスカイ、ダービーを取ったスペに素質十分のキングヘイロー。君が走らなかった『クラシック』で先にやり合ってたライバルさ!

私だったら『私がクラシックを走ったら勝ってた』と言われるくらいにはけちょんけちょんにしてやるつもりだったね!

と、思うんだけど今は違うんだねぇ......難しいなぁ......ゆとり世代......?」

 

 時代が違うのか、と()()()()()が呟やく。

 

「いいえ、違いません」

「ん?」

 

何故忘れていたのだろう。

毎日王冠の敗北の悔しさの理由、有記念の勝利の喜び。

 

サイレンススズカに追いつけなかった自分の不甲斐なさを。

セイウンスカイを捉え、キングヘイローを置き去りにした中山の直線とそこで抱いた気持ちに嘘などない。

エルは、海の向こうで高い壁に挑戦することを決めた。

ならば私も挑むべきだ。ライバルという高い壁に。

 

「私の目標は、スペちゃん......スペシャルウィークに勝つことです」

「決まったな。じゃあ、そのために頑張ろう」

 

 してやったりという満足げな顔をされているのは不満ですが、トレーナーは私の目に叶う人物のようです。

 

「と、いうわけで仮想スペシャルウィーク私と模擬レースな。私もトレーニングしないといけないしついでついで」

「......はい?」

「え、レースやんの? やるやる!」

「シービーがいたら練習にならんでしょーが! 渡した練習メニューは」

「終わったー。練習ってつまんなーい」

「じゃあサッサと桐生院でも引っ掛けてミークとタキオンをしばき倒して来なさいよ」

「やだーあのこら本格化前だし歯応えないんだもん。リギルの子たちと遊びたい〜」

「こっちだって半分くらいは本格化前だよ!」

「じゃあそこのオペラオーと遊んでくる」

「今やっとこさ上がり調子なのにプライドへし折られてたまるか! こうなったらサシ勝負で勝ったらなんでも言うこと聞く、それでいいねシービー」

「話がわかるね」

「ゴールは昇降口ヨーイドン!」

「ああっ、ズルい!」

 

早口で言うだけ言って、砂を巻き上げまたしてもグラウンドを飛び出してしまったトレーナー。

 

「今の決意は果たして正解だったのでしょうか?」

 

 




グラスちゃん難しいネ......
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