諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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第76話 道をわかつとも

 

 

 

「ぐ、偶然ッスねトレーナー、って元気ないッスけどどうしました?」

「ああうん、この後の用事がね。昨日は怖くて眠れなくて」

「眠れないときはホットミルクを飲むといいっスよ!」

 

 

 グラスの宣言から1日後、昨日は一睡もできなかった。午前一杯の授業という名の補習はなんとか寝ずに終わらせたが、この後にはフクキタルとの再会という最大のイベントが待ち兼ねている。

 廊下でばったり出会ったレッドがそばでちょこちょこと走り回りながら励ましてくれているのだが、この程度で今からの心労が晴れようはずもない。先延ばしにしてきたツケが急に目の前に降ってきたんだ、気持ちいいものじゃあない。

 

「バックれたい......サボりたい......」

「じゃ、サボっちゃいましょうよ!」

「?」

「トレーナーさんだってたまには、いいんじゃないスか?」

 

 だらしなく弱音を漏らしているとレッドが名案を思いついたと手を叩いた。そしてどこからくすねてきたのかハンコ付きの外出許可証を鞄から引っ張り出し廊下の壁を使って名前を書きはじめた。

 

「でも、私はもう逃げ出すわけにはいかないよ」

「寄り道くらいいいんじゃないですか?」

「うんー、でもなあ」

「今日はレース前でせっかくのオフなんです! これから忙しくなるトレーナーさんと次いつ遊べるかわからないんですよう!。今年で卒業なんでしょう?!」

「......じゃあ、行こうか」

「合点承知! いざゆかんめくるめく大海原! 具体的にいうとまずは駅前のショッピングモールから!」

 

 やんわりと断ろうとはしたが、彼女のあの特徴的な赤いキラキラとした目で見つめられてしまったらもう断れない。答えるやすぐに現役ウマ娘特有のバリキ十分なパワーに手を引かれて私は走り出した。こういう押しの弱さが私の欠点なんだけど、今回ばかりは責めないでほしい。

 

「テイオー先輩オススメのハチミー屋台が出てるのは5時までッスから急ぐっスよ!」

 

 私の制服の袖を掴んで年相応にはしゃぐレッド。一度は奪ってしまった彼女の笑顔がまた見れるというのなら、なにを犠牲にしても十分だったと思えてしまうから。

 

「メールしてもいいかな?」

「構わないッスけど、誰にするんスか」

「グラスワンダー。時間があればって話だったけど、たった今なくなっちゃったからさ。急用ができたのでまた後日に、と」

「終わったッスね? んじゃレッツゴーっす!」

 

......グラスワンダーからくるであろう小言は、考えないことにしよう。事情を話せば理解してくれるはずだ。おそらく、きっと、たぶん。

 

 

◇◇◇

 

 

「......どうしてこうもスピカのみなさんはいい加減な人達ばかりなのでしょうか」

 

 

◇◇◇

 

 

 

「店員さん、ハチミーいつものひとつ、いや2つッス!」

「はーい、やわめ薄め少なめですね?」

「それで頼むッス!」

「2000円になりまーす」

 

 学校近くのショッピングモール、その入り口に停まっていたキッチンカーに駆け寄っていつものと手慣れた様子で注文したレッド。店員さんもこれまた慣れているのか笑顔でテキパキと対応している。いつもので通せるあたりよほど通い詰めているらしい。

 周りにいるトレセン学園の藍と白色の制服を着たウマ娘や大学生達は一様にどこかでみた容器を片手に話しているのを見るに、なかなかの人気らしい。ウズウズと体を揺らして待つレッドの尻尾がぐるぐると回るのを観察すること数十秒、プラスチック製の容器に並々と注がれた淡い黄色の液体を見て目を輝かせながらレッドがこちらに駆け寄ってきて、

 

「はい、トレーナーさんの分ッス!」

「ありがとう。お金は後で払うよ」

「今日はアタシのおごりですよ、どうぞどうぞ!」

 

 そこまで言われると断っても気分を悪くするだけだろう。大人しく差し出されたハチミーを受け取りストローに口をつけて一口。ハチミーと言うくらいなのだからはちみつドリンクのようなはちみつの強い甘みを感じると思っていたが、レモンの清涼感とほんのりとしか感じない甘みに驚いて目を開いた。

 

「美味しい」

「でしょう! テイオーは硬め濃いめマシマシとか頼んでますけど、これくらいで丁度いいんスよ」

 

 嬉しそうに尻尾を回しながら自分のハチミーを勢いよく飲みはじめたレッド。彼女の言う通り確かにこくらいがちょうどいい。甘いものを好む子たちには酸味が効きすぎているかもしれないが、それほど甘いのが好みじゃないなら甘すぎもせず酸っぱすぎもしない、まさに絶妙なラインをついている。

 

「そういえばハチミツはスポドリに入れると良いって聞いたんだよな」

「テイオーの入れ知恵ですかぁ? 練習の時まではちみつ漬けは嫌ですよアタシ」

「んにゃ、確かシャカールさ。彼女よくラムネをかじってるでしょう? アレは吸収の速い糖分、要は直ぐに体や頭を動かすエネルギーでできてるんだ。はちみつも同じ直ぐにエネルギーになるものを含んでいるから、マラソン選手の中には水分補給ドリンクにはちみつを入れてる人もいるらしい」

「じゃあ練習後にもってこいじゃないですか。だからテイオーはあんなに筋がいいんですかね?」

「それとこれとは話が別だ。体に良い成分もあるけれど、取り過ぎれば当然太る。あと虫歯にもなりやすくなるしね。週に1、2回ならいいけど毎日はダメだよ。地道な練習が大切さ」

「了解っス!」

 

 そんな取り止めのない話を交えつつ時間を潰し、私が半分ほど飲んだところで一足先にハチミーを飲み干していたレッドが容器をゴミ箱に投げ入れて元気よく立ち上がった。

 

「さ、次はどこに行くっスか?」

「んー、せっかくだし買い物に行ってもいいかな? スポーツショップでジャージと靴の替えを買わないといけないんだ」

「あ、アタシもジャージ買わないと! 練習着がすぐボロボロになってしまって、もう部屋中穴だらけの服ばかりなんです」

「買い換えるんじゃなくて縫ったら?」

「指に針を刺してからやめたッス!」

「そっかぁ。そうそうレッド」

「なんです?」

「......ちゃんとゴミはゴミ箱に入れるように。大外れだよ」

「なーっ!?」

 

 待たせるわけにも行かないので蓋を開けて残りを一気に飲み干し、ゴミ箱に捨てに行くついでにレッドの分も回収してゴミ箱に入れてひとつ手をはたく。

 

「んじゃ、行こうか」

「はい!」

 

 ショッピングモールの3階、目立たない角に大きく構えるスポーツショップ。スポーツ関連なら大抵揃うこの店の半分を占領しているのが蹄鉄やシューズなどの『ウマ娘専用』売り場。

 選手でなくても走ることが好きなウマ娘なもんだから、平日休日問わずにここはウマ娘で賑わっている。

 

「何かお探しですか?」

「ジャージを探してるんです。練習用と、あとあまり知らないんですけど障害飛越用のってあります?」

「ありますよ。ご案内します」

 

 声をかけてくれた店員さんに案内されるままに売り場を右左に歩き回って、売り場の中でも端の方にあるジャージ売り場にたどり着いた。

 

「練習用はこちらを、障害飛越をやる方は」

「アタシです!」

「でしたら、こちらですね」

 

 普通のジャージの直ぐ隣に並ぶ障害用のジャージは一般のそれとはぱっと見変わらないが、触ったり引っ張ったりすれば違いは直ぐにわかった。

 

「随分と重くて分厚いですね」

「ええ、竹柵なんかを飛び越えますから普通の布地だと直ぐに穴だらけになってしまうんですよ。ですので、頑丈な素材を使っているんです」

「これなら穴も開きそうにないッスね!」

「ええ。3年間はしっかり保つかと思います」

「値段の方は......やはり張りますね」

「勝負服の素材を一部使っていますから、どうしても値段は高くなってしまうんです。その分強度は保証できますよ。

 お客様のサイズだと、ここら辺でしょうか?」

 

 店員さんが提示するジャージの値段はなかなか高い。ジャージがそこらのシューズと同じくらいなのは納得はいかないが、逆にいえばそれだけ破ける心配もなさそうだ。しばらく唸っていたレッドだったが、ひとつのジャージを手に取り高らかに宣言した。

 

「これ! この赤いの欲しいッス!」

「じゃあそれください。他にも買い物するので会計は後で」

「かしこまりました、ごゆっくり」

 

 重いジャージを買い物カゴに投げ込んで、後は私の靴とジャージだ。学園生に戻ったおかげで新しく学園指定ジャージも支給されてはいるが、トレーナーが学園指定ジャージを着るのは威厳に欠ける。それに普通のジャージを着てる期間も長かったからこっちの方が慣れている。

 

 春にはなるがまだ朝晩は冷え込むし、厚手のやつにしておこうかな。私がジャージを吟味しているとやることもなくなり手持ち無沙汰なレッドが話しかけてきた。

 

「そういえば、色は何にするんスか?」

「色?」

「せっかく選べるんなら好きな色にした方がいいッス!」

「ああ、レッドは赤が好きだったね。だからジャージも赤にしたわけだ」

「はい! トレーナーさんは黒が好きだから黒色にしてたんですか?」

「目立ちたくなかったからかな」

 

 トレセンに来たばかりの頃はまだ名前も身分も隠していただからなるべく目立たないような、ありふれた黒色のジャージを選んで着ていた。実際、黒いジャージのトレーナーは少なくなかったわけだし溶け込むにはちょうどよかった。

 

「だったらもう好きな色を選べるッスね! もうトレーナーの正体を隠す必要もないわけですし!」

「確かに。じゃあ、これかな?」

 

 一度手に取りかけていた黒のジャージをラックに戻して、色違いのジャージを一つ選んだ。ピンクと青、少し子供っぽいと言われるかもしれない配色のジャージだ。

 

「青、好きなんですか?」

「ああ。私の勝負服の色だったんだ」

「へー」

「あともう一つ買わないといけないものがあるんだ。付き合ってくれるかな」

「?」

 

 ジャージ売り場の直ぐ隣、ラックにかかった商品をひとつ手に取って被ってみせる。ウマ娘用の、耳穴が空いたスポーツキャップ。色は青で、ツバとラインはピンク色。

まず前に深く被ってから、指で軽く唾を弾いて決めポーズ。

 

「やっぱり、帽子がなくっちゃね」

「なんだか昔に戻ったみたいっス」

「ふふ、昔に戻った、か」

 

 帽子をカゴにしまってシューズコーナーへ足を進める。

 

「こうやって遊ぶのも、いつぶりだっけなあ」

「......こんなことありましたっけ?」

「私も学生時代ぶりさ。案内頼むよ」

「ハイっす!」

 

 それから、レッドといろんなところを回って遊んだ。

 ゲームセンターでクレーンゲームに挑戦して500円を無駄にして、レースゲームではレッドに競り負けたけどエアホッケーできっちりリベンジして、ダンスゲームでは最高難易度を総なめにしている『ワガハイちゃん』とやらのハイスコアに挑んで2人揃って途中でゲームオーバーした。その後に入ったカラオケで一度もできなかった『Winning the soul』のセンター振り付けを踊って見せたり、せっかくだからといって『Make debut!』を2人で歌い、レッドが覚えたという岩手の民謡をのんびり聞いて癒された。

 通った商店街で店を冷やかしたり、揚げたてのコロッケを一緒に頬張って一緒に火傷して大笑いしたり、公園ではせっかくだからと100m一本勝負もして、私が勝った。

 

 他にも、たくさん思い出に残ることをして......あっという間に夕方になってしまった。

 

「たはー、いっぱい遊んだ」

「楽しかったッスね!」

「ありがとう。最近外出もろくにできてないからいい気分転換になったよ」

「それはよかったッス。こっちこそお礼を言わせてください」

 

 学園への帰り道、程よい疲れと充足感を噛み締めながら話していると、急にレッドがかしこまったような口調になってしまった。大股で私の前に立つと律儀にペコリと頭を下げて言う。

 

「前も言ったと思うっスけど、佐々木部さんからは全部聞いてるっス。夏休みに盛岡にいて私の紹介をしてくれたことも、私の振り分け先に対して学園に頭を下げたことも、全部ッス」

「トレーナーとして当然のことをしただけだよ」

「それでもお礼を言わせてください。そして今までありがとうございました」

 

ゆっくりと面をあげた彼女は涙を堪え、身体を震わせていた。

 

なんとなくは理解していた。ここ3ヶ月の間ずっと彼女は障害転向のために練習を重ね、やっと試験を突破して晴れて『障害ウマ娘』になった。しかしデビュー戦に向けてまだ練習が必要な時。その間を縫った休憩の1日をたまたま校内を散策して私に出くわし、偶然に外出許可証を2枚持っていたはずがない。彼女は今日の放課後をこれを伝えるために使いたかったんだ。

 

「今日付けで私はチームスピカから脱退するッス。沖野トレーナーも、トレーナーも、障害ライセンスがないから障害レースには出られないっス」

「そう、だね」

「だから、もう一緒にはいられないっス」

 

 ダートと芝は免許は同じだが、障害だけは別免許が必要だ。

そしてレースに出走するにはライセンス持ちの担当トレーナーが必要になる。指導するだけならどっちかのトレーナーライセンスがあれば良いが、レースとなると誤魔化しは効かない。

 

レッドキングダムは『チームスピカ』にはいられない。

彼女はまた、私たちの前からいなくなる。

だけど今回の移籍は悲しいものじゃない。

彼女が前を向くために必要なことなんだ。

 

被っていた帽子のツバを、少し抑えて下げた。

 

「この移籍はアタシの脚と意志で選んだものっス。そこに後悔も、悔しさもありません」

「それならいいんだ」

「けど『チームスピカ』にいたことは、トレーナーに教えてもらったことは、絶対に忘れないっス」

 

 彼女は握りしめていた拳を握り直して、決意を露わにするように天高く掲げ、そして指を一本立てる。

 

「アタシを育ててくれたトレーナーのために、障害レースの頂点に立ってやるっス。そして高らかに宣言してやるッス。私を育ててくれたトレーナーと、私を導いてくれたトレーナーがいたって」

 

今にも泣きそうな彼女は、必死に口角を上げて笑っていた。

 

「これが、アタシにできる、トレーナーの担当ウマ娘として最後の仕事っス。前の時は、笑えなかったっス。だったら次は笑顔で別れたいっス」

 

じゃあ、私も笑顔で、お別れを言ってやらないと。

 

「鏑木トレーナーッ!」

「はい!」

「レッドキングダム、今までおせわになりましたっ!」

 

 彼女は深々と、顔を隠すように頭を下げた。

 

「頑張れよ」

 

その肩を軽く叩いて、私は彼女の脇を抜けて寮に戻った。

 

 

彼女に、福と勝利があらんことを。

帽子を目深に被り直して、夕暮れに染まる空を見上げながら私はそう呟いた。

 

 

 

 




そろそろやっとこさ終わりが見えてきました
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