「......ついに来てしまった」
「アンタ目の下にバッチリ隈作ってどうしたの?」
「昨日一睡もできなくて......」
「バカじゃないの?」
「厳しい」
相変わらず冷たいようなお節介なようなスカーレットの言葉を聞きたくないと耳を塞ぎつつ、空を見やる。
絶好の青空だ、そして昨日も晴れていた。つまるところ絶好の良バ場になるということになろう。流石に重バ場までは手に届かなかったからありがたい限り......なんてことを考えてたら、朝だったわけだ。
「ところで、なんでこんなにギャラリーがいるわけ? 選抜レースほどじゃないけれど、結構来てるじゃない。宣伝でもしたの?」
「してないしてない。大方噂がどっかから漏れたんでしょ」
あてがあるとすれば、観覧席の端っこで法被を着て焼きそばを売ってる芦毛のトラブルメイカーだろう。というか十中八九アイツだ。
「エアシャカールさんとマチカネフクキタル先輩はどうしたのかしら? 同じチームになるんだから、応援に来てくれたっていいのに」
「朝から見てはないが、多分......」
まず芦毛を探して、次にその周囲に黒鹿毛と栗毛のウマ娘を探す。と、すぐに見つかった。
「はいはいはいはいはいはいはいはい! 今日のラッキーアイテムがコテだった理由はそういうことだったんですねシラオキ様! いっちょお待ちい!」
「活動資金が足りねえからって大丈夫なのか......? 一個200円ね。はあ? 10人前寄越せだぁ?!」
「頼む」
観覧席のすぐ下、芝になっている立見スペースの一角で祭りで見かけような焼きそば屋台が立っていた。店に並ぶ芦毛のウマ娘の影でわかりにくいが、その騒がしい声で売り子を察することができたらしくスカーレットの頬が若干ピクつく。
「自由が過ぎると思うんだけど!」
「なんだってうちのウリは自由度だからな」
「そういう方向性なの......?」
「今はレースに集中だ。作戦はしっかり覚えてるな?」
「ええ、打ち合わせ通りにやるわよ」
「焦らなければきっと勝てる。ラップタイムは正確に刻むこと。あとは、気合と根性だ」
「ええ!」
「んじゃ、あとは勝つだけだ。それだけの努力を積み重ねられてるんだ。負けやしないさ」
私はスタート役として控えなければならないのでここで彼女とはお別れだ。ゴール地点にはうちのトレーナーが姿勢を崩してだが立って待機しているところだ。ラップタイム計測はトレーナーの方にもお願いしてあるので、データ収集もバッチリだ。このレースの勝ち負けに価値はない。デビュー前だから成績に残ることもない、ただの練習の一環にすぎない。
だとしても、ダイワスカーレットというウマ娘にとっては、それこそ有馬記念より大切なレースになるだろう。
「......勝てよ、スカーレット」
ゲートはない。私の手に持つ旗が、スタートの合図だ。
「これより、ダイワスカーレット対ウオッカの模擬レースを始める。位置について、よーい!」
旗を高く掲げる。誰よりも2人のそばに立つ私には、彼女達の発する刺すような雰囲気が伝わってくる。お前を倒してやるぞと、言外に伝えてくる、あの空気が。
ああ、レースってのはこんなだったな。模擬レースだろうが、G1だろうが、誰も好き好んで負けたくはないのだから。勝つためには相手を叩き落とす。これがレースの本質。圧倒的なまでに暴力的なエンターテイメントなんだ。
はやくレースがしたいよな。
なら、合図を出さなきゃレースは始まらないよな!
「スタートっ!」
私は旗を思いっきり振り下ろし、2人は駆け出していった。
◇◇◇
「ああもう始まってる!」
「まだ始まったばかりだから大丈夫さ」
「エアグルーヴ! 見に来てたんだ」
「気になる後輩が走るからな」
観客席の2階。レース場を一目で見渡せる場所でレースを見るエアグルーヴ。その目には、レース早々前に持ち出すダイワスカーレットの様子が映っていた。
「スカーレットが前に出てる! やっぱり先行策みたい。でもこれじゃ選抜レースと同じ展開になっちゃうよね?また最後の直線でウオッカに差されちゃうよ」
「彼女が同じ過ちを犯すとは思えないが......なるほど、そう来るか」
「うええ?!」
中間地点の向こう正面に差し掛かったところでスカーレットの身体がクン、と低く沈みウオッカをさらに突き放す。遅れてウオッカも離されまいと速度を上げる様を見てトウカイテイオーは思わず驚きの声を上げた。
「あんなにはやく仕掛けるなんて! 前だってギリギリだったのに、あんなに早く仕掛けたら持つわけないよ!」
「ああ、暴走に見えるな。だが......」
対象的に、エアグルーヴは笑った。
「暴走ではないんだろう? スカーレット」
◇◇◇
ウオッカがジリジリと詰め寄る。最終コーナーを回って、前回は追い抜かされた最終直線へと差し掛かった。
杞憂の通りスカーレットは段々とスピードが落ちてきて、ウオッカとの差がジリジリと縮む。だが、じれたようにウオッカが伸びない。当然だ。そうするように、スカーレットが彼女を焦らせた。1ハロンだけ先に仕掛けて、彼女に離されまいとするウオッカの焦りを誘い、スパート分のスタミナを奪ったのだ。
「......勝て。勝て。勝て!」
やるべき事は全部は出来なかった。でも、彼女なら......きっと勝てるはずだから。
私が、そう信じたいから。彼女が望んだユメだから!
「はあああああああああああああああっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおあっ!」
両者が吠える。ラスト100m。
ウオッカがさらに伸びる。3バ身、2バ身と差が詰まる。
だが、もう遅い。
赤いツインテールが風のようにターフを駆け抜けていく。
「アタシが──」
「お前が──」
「「イチバンなんだから!」」
勝者が腕を掲げる。汗だくで、力なく。だが、それはこのレースの勝敗を伝えるものだった。
「おめでとうスカーレットっ!」
「勝った......勝ったわよね、トレーナーっ!」
「お前の勝ちだ、胴上げだぞ野郎ども!」
「待ってたぜ、この時をよう!」
「おめでとうございますっ!」
「......ま、いいか」
観客席と柵を飛び越えてやってきたチームメンバーの3人と一緒に、2度、3度とダイワスカーレットを高々と胴上げする。
「わーっしょい! わーっしょい!」
「わーっしょい! わーっしょい!」
「ちょ、恥ずかしいわよっ!」
「初勝利なんだ! いいじゃないか別に!」
「せめてメイクデビューからにしてよ!」
「祭りだ祭りだー!」
怒ったふりを見せる彼女の目には、少しだけ涙が浮かんでいた。
「......悔しいか? ウオッカ」
「トレーナー......ああ、なんで負けたんだろうな。ってのは、言わなくてもわかる」
レース場の端に佇むウオッカに、黄色いジャケットのトレーナーが声をかける。しかしウオッカは彼の方を振り返りもせず胴上げされるダイワスカーレットを見ていた。
「......負けるってこんなに辛えんだな。俺、知らなかった。
真剣勝負で、負けるって、悔しいんだな。スカーレットがあんなに塞ぎ込んだ理由がわかったよ。あいつは、俺に負けてこんなに悔しかったんだな」
「ああ。真剣勝負であればあるほど、勝った時は嬉しくて、負けた時は悔しいもんさ」
「悔しい、悔しい......でも、嬉しい。
あんなに喜ぶスカーレット、初めてみた。俺もあんな風になりたい。だからトレーナーっ!」
「お?」
「俺にレースを教えてくれ! 強くなる方法を教えてくれ! あいつに、スカーレットに勝つ方法を教えてくれ!」
「うちのチームに入るって事だな」
「ああ!」
「よし。なら、明日からみっちり鍛えてやる。明日の放課後、サークル棟で『スピカ』を探せ。俺はそこで待ってる」
翌日。
「ふふふんふんふんふん。ふふふふーふんふんふん、かがやくみらーいをー、ふふーふーふーふーふふー」
まだうろ覚えな鼻歌を歌いつつ、ダイワスカーレットは道を歩いていた。目指す場所はサークル棟のある方向、というのも、先日の勝利ののち正式にチーム『スピカ』入部を決めた彼女は諸々の手続きのために来て欲しいとトレーナーである彼女に呼び出されていたのだ。
そんな彼女の目の前に、ちょうど同じ方向へと向かおうとしていたウオッカが現れる。
「あれ、スカーレットじゃねえか」
「ウオッカ? もしかして、チームに入ること決めたの?」
「ああ、痺れるトレーナーを見つけたからな」
「アタシも。次も負けないから」
「今度は俺が勝つ。ライバルに2度も負けてられねえぜ」
「ふふ、ライバルかぁ」
あの後、強く当たったり夜のトレーニングのために寮を抜け出したりと、迷惑をかけたことを正式に謝罪し仲直りした2人は前よりちょっとだけ仲良くなった。お互いをライバルと認め合い、次は負けないと言い合えるほどに。
「......いつまで張り付いてんのよ」
「いや、なかなか見つかんねえなって。シェリアク、シリウス......」
「あった!」
「「スピカ!」」
「「えっ?」」
同じサークル室でピッタリと立ち止まり、お互いに顔を見合わせる2人。
「アンタ間違えてない?」
「お前こそ間違えてるだろ」
「いいや、アタシトレーナーさんからしっかり聞いたから」
「俺だってちゃんとそうやって言われたんだ」
「開けてみればわかるわよ。ごめんくださーい!」
プレハブの軽い金属扉を開け放つ。するとそこにいたのは。
「あ、スカーレット。ようこそ、チームスピカへ!」
「よう。来たなウオッカ」
黒いジャージにスポーツキャップの女性と、黄色のジャケットに黒いベストを着た男性。彼女らが師事したトレーナー2人が仲良くパイプ椅子に座って待っていた。
「「......は?」」
「よーっす。トレーナーにサブトレーナー」
「おはようございます、トレーナーさん達!」
「沖野、昨日トレーナーとまとめたマッチレースのデータについてなんだが」
続いてゴールドシップやマチカネフクキタル、エアシャカールが入ってくるが何事もなかったかのように荷物を置き始める。
「ど、どういうこと?」
「あれ、知らなかったの? 私はチーム『スピカ』のサブトレーナーの鏑木。んでこっちが」
「トレーナーの沖野だ。よろしく、お二方」
ダイワスカーレットはその時理解した。
つまりコイツとは部屋も同じで、クラスも同じで、そして走るレースも同じで。チームまで、全く同じ。入学から卒業までずっと、隣のこいつと走り続けることになるだろうという未来を。
おそらく隣であんぐりと口を開けているウオッカも、同じことを考えていることだろう。
「......アタシみたいな1番なウマ娘はチームに1人で十分だと思うの」
「奇遇だな。俺もかっこいいウマ娘は1人で十分じゃねえかって思うんだ」
「「......」」
そして、彼女らは叫ぶ。
「「トレーナー! もう一回勝負!」」
「「ダメに決まってるでしょーが!」」