「私を呼び出した理由は、これだけではないでしょう」
「そうだね、その通りだ」
「遂に、聞かせてくれるのですね」
「......ああ」
何故、JCで引退しようとしたのか。
何故、有馬記念に出走することを選んだのか。
何故、学園を去ったのか。
グラスワンダーがいなくなった今、隠すべき感情も見られたくない相手も誰もいなくなった。だからやっと向き合える。
「つってもまあしょうもないことなんだけどね」
ただ、真実というのは案外しょうもない。
「実際のところあの時は有馬はともかく来年こそ安田然りマイルCS然り、本格的なマイル転向も考えていたんだ。ただ、そこに別の事情が重なってきたともなれば話は別だ」
「別の事情、というと『スピカ』立ち上げですか」
「そう。私がG1を勝ってから何人かうちのトレーナーのところへ来て担当になってください、ってやってきたんだ。くるもの拒まずってほどでもないけど、そのなかでトレーナーが見出す才能の持ち主は少なからずいた。
ちょうど引退が重なって担当が私1人になってたトレーナーに都合5人の希望者、担当ウマ娘が5人以上ともなればチームの設立ができる」
担当届けを5人から突き出された時のトレーナーの驚いた顔と、嬉しそうに夜遅くまで書類仕事をしていた姿を覚えている。
「チームになればできることが増える。学園で使える予算や合宿のしやすさも違う。切磋琢磨しあえる仲間がそばにいる心強さや高め合えるライバルが近くにいることはウマ娘にとってプラスだ」
担当一人でパンクしてしまうような経験のない新人はともかく、トレーナーはいつかはチームを持たなければならない。それを学園からあてがわれた生徒ではなく、自発的に自分を慕ってきてくれたウマ娘でチームメンバーを揃えられるのはそれだけトレーナーの実力があると言うことなのだ。
「そしてチーム結成の原動力になったのは間違いなく私だ。彼女たちの背中を押したのは三冠バ2人から逃げ切ったあのジャパンカップで見せた私の背中だ。だったら、背中は偉大なままでなくちゃ」
「......まさか」
驚いて、まさかそんなことあり得ないと言いたげな顔でルドルフは叫んだ。
「まさか、
「そう、ルドルフのいう通りだ」
「何故?!」
「.....昔は負けるのなんて怖くなかった。
2勝4敗。シービーとやって勝ったのは全部G2で、負けたのは全部G1だった。ジャパンカップで1勝して、3勝4敗になった。
「シービーの三冠の背中は果てしなく遠かった。けど、やっとそれに手が届いたのがあのジャパンカップだった。私の目標は叶うものだった、あの背中に手が届く脚を私は持っていた。ジャパンカップに勝った時真っ先にそう思ったよ。私の今までは間違っちゃいなかった、努力すれば夢は叶う、って。
偶然じゃない、勝つべくして私が勝ったと有マ記念でもう一度証明したかった。2500という適性ギリギリの距離をトレーニングで埋められるのか。私のことを追いかけてくる10人と、シービーと戦う実力があるのか。
証明されたのは、努力しても届かない存在はいるっていう現実だけさ。私はあの時、シンボリルドルフという届かない存在に絶望したんだ」
「私に.....」
「天才だって思ったね」
シンボリルドルフは身体においては特に優れたところはない。実力は推し並べて平均以上ではあるが、抜きん出て優れた部分と言われると他のウマ娘より劣る。
だがシンボリルドルフは勝ち続けた。それは何故か。
「並外れたレースセンス、状況を見極める観察眼、場をコントロールする支配力。場を支配する君の走りはまさしく皇帝の二つ名に違わぬものだったよ。一括りにするのは気に食わないが、当時の私は君のことを天才と言うしかなかった。
観察眼、支配力、レースセンス。これらは身体と同じように鍛えることで伸ばしていける。私はそれで勝ってきたし、君も、多くのウマ娘も同じように勝ってきた。もし私が現役を続けていたのなら、君と同じ観察眼を身につけることもできた。レースセンスも、支配力も同じくらいに磨くことはできた。だけど私がそれを磨く間に君はもう一歩先に行ってしまう。
私が一歩進めば、君も一歩進む。だから追いつけない」
「......おかしいですよ」
私があの頃思っていたことを全て吐き出すと、ルドルフが小さな声で呟いた。
「先輩は、シービー先輩のことをずっと追いかけてきたんじゃないですか。だったら、だったら私のことも、追い続けてはくれないんですか」
「それをしてあげれば良かった」
「私の走りが、先輩を挫折させてしまったのですか」
「私が勝手に折れただけさ」
「私は.....」
目を伏せたままルドルフは続けた。
「私は、先輩を幸せには出来ていなかったのですか......?」
続けてぐずぐずと、鼻を啜る音だけが響いた。ルドルフは常々、全てのウマ娘を幸せにすることが夢だと言っていた。夢を叶えるためにしてきた努力は、並大抵のものではないだろう。そのために歩んできた道で、誰かを不幸にしてしまったと知ってしまったのならきっと、まともではいられない。だがルドルフの選んだ道はそういうものだ。ルドルフの夢を叶えるには、敗者という屍を積み上げ続けるしかない。
「全く、世話の焼ける後輩だこと」
「せ、せんぱい?」
メソメソ泣いてるルドルフの頬に手を当てると、無理矢理に顔を上げさせた。目元は少し赤く目が潤んでいるがただまあ、ルドルフの情けなく思い悩む顔を見るのは2回目でありがたくもなんともない。
「確かにルドルフは私の心を折って、私の叶えたい夢を奪って、私がそれで不幸になったというのは事実。
だけど、一回くらい折れた程度でへこたれる私じゃない。
現に、目の前に舞い戻ってもう一度君に挑もうとしているじゃあないか。私のことを舐めんじゃないよ」
大仰で大袈裟な言い回しをわざとらしくして見せる。虚勢を張ってでも後輩に背中を見せるのが先輩の仕事ってもんよ。
「ルドルフは私を不幸にして、誰かを不幸にしてきたかもしれない。けど、それ以上に夢と希望を与え続けてきたんじゃないか。ウチのトウカイテイオーなんか四六時中カイチョーカイチョーってうるさいんだぞ。
みんなが三冠を目指すようになったのは何故だ?
生徒会の面々が君を慕うのは何故だ?
トウカイテイオーが君を尊敬するのは何故だ?
君が、その背中を後輩に示し続けてきたからだ。
君の実力と夢が後輩たちに夢を与え続けてきたからだ!
それに私がついてる、シービーがついてる。おハナさんも、リギルのチームメイトもついてる。君を慕う学園生も君の背中を押してくれる。ルドルフの取りこぼしは私たちで拾い上げるさ。だから思う存分やんなさいな!
そこまで信頼がないんならお望み通り私が不幸せから復活したってSDTで証明すればいいでしょ? やあってやろうじゃないの!」
「......私は、ひとりじゃないのですね」
「当たり前さ。先輩として言わせてもらうと、もう少し周りを見ると楽だぞ?」
「それは、先輩もでは?」
「.....」
いざ言われると私ってば一人で抱え込みすぎでは?
少し考えこんで、私はルドルフの肩を軽く叩いて親指を立てた。
「ま、お互い様ってことで」
「いい話風に纏められても困ります.....」
「いい話だったじゃないのよ!」