諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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たいへんおそくなりもうした


GWは呉で艦これのリアイベに参加したりグンマーに旅行に行ったり合作SS書いたり艦これ復帰したり艦これSS書いたり本読み直してたもんで、はい。


第81話 神威を継ぐもの

 

 

7月11日、宝塚記念。

 春レース人気投票上位ウマ娘が出走するお祭りレースでもあり、前半期を締めくくる大切なG1レースでもあり、私に取っては思い出深いG1初勝利の舞台でもある。改装後なので当時の風景とは大きく変わっているのだがそれはそれ、これはこれ。

 

「......で、お前はなんで控室の前に立ってるわけ?」

「グラスワンダーが瞑想中なもんで。こないだ瞑想中に入ったら薙刀で真っ二つになるところでした」

「彼女の和風趣味を知ってると冗談とも言えねえなあ」

 

 控室の前で腕を組んで考え事をしていると誰かの足音がしたのだが、歩幅と歩数のクセを私はよく知っている。彼の方を見ることもなく通りがかったトレーナーちゃんと2、3つ社交辞令的に言葉を交わしたのち、疑問に思っていたことに切り込むとトレーナーちゃんは疲れたようにため息をついた。

 

「あいも変わらずスペは足元がおぼつかない感じですか?」

「春天を勝てば他に目を向けてくれると思ってたが、うまくはいかないもんだな」

「負けて理解させないとどうしようもないですよ」

「本当ならこうなる前に俺が正さなきゃならないんだが、どうにもスズカが絡むと強く言えなくてなぁ」

「スズカにだけ甘くしちゃダメでしょう。いくら惚れ込んでるからって、特別扱いは良くないですよ」

「自覚はないんだがなあ」

 

 惚れ込んだウマ娘にはとことん甘くなってしまうのがトレーナーちゃんの悪い癖だ。私は小言と大言と口喧嘩しかした覚えがないが、いつぞやの時期に一言たりとも注意をすることなく甘やかしていたウマ娘がいたっけか。そのオチはトレーナーの自主練重視こと別名放任主義に晒された結果あんまりな指導の歯応えのなさに不満を持って他所に引っ越して行った。ちなみに彼女は後にG1を取っていたので目利きは正解だったわけだ、ガッデム。

 

「時には厳しくしないと、ウマ娘ってのはダメになりますよ」

「直すとこなきゃ注意のしようがないだろう?」

「私生活の一つや二つ突っつけばいいでしょう。叩いても埃が出ないのはシンボリ......そう、シリウスシンボリくらいなもんですよ!」

「ああん?」

 

 シンボリルドルフくらいなもんですよ、と言おうとして彼女のダジャレ好きを思い出し咄嗟に誤魔化した。本人に直接いうことはないけどルドルフのシャレはかなりベタで寒いんだよね。

 

「まあそろそろいいでしょう。これから最後にいくつか打ち合わせるんで、失礼しますよ」

「そうか。んでいつ戻ってくるんだ?」

「いつ、ですか。決まってますよ」

 

どこに、とはいうまでもない。

 

「レースが終わったら打ち上げでご飯、そうでしょう? 今日の残念会はどこでやりますか?」

「よく言うようになったもんだな」

 

 

◇◇◇

 

 

『ことしもまた、あなたの、私の夢が走ります。あなたの夢はスペシャルウィークか、グラスワンダーか。私の夢は、サイレンススズカです。

 もし、もし叶うのであれば、彼女がこの舞台でダービーウマ娘やグランプリ覇者たちと走る姿を見てみたかった。

さあ、始まります。春のG1集大成『宝塚記念』──』

 

「ん、始まったか」

 

 妙に湿っぽい語り口から始まったアナウンスに気がつき、いつものようにゴール板のよく見える正面ラチ最前線......から10mほど離れたラチ沿いの柵についていた手を離して背を伸ばした。もうこの放送が始まった時点として私たちトレーナーのやれることはもうない。その30分前の最後の打ち合わせに、やれることはもう全て置いてきた。

 

「さて、うまくハマるといいけど」

 

 果たして預けた策は吉と出るか凶と出るか。私はその最後の打ち合わせで話した内容を思い浮かべつつ、最後の出走ウマ娘紹介に耳を傾けた。

 

『3番人気をご紹介しましょう。なんと今年はクラシック級からの挑戦者が参上! その名はオースミブライト!

 皐月賞2着、ダービーでは4着、あの激走で届かなかったG1を手に入れるべくなんとクラシック級から殴り込み。名前に恥じない輝きのような走りを観客に見せることができるでしょうか! 3枠3番に入ります。

 

 2番人気はこのウマ娘、不屈の闘志を胸に2つ目のグランプリの頂へ、グラスワンダー! 前走安田記念は惜しくも2着ですが負けてなお強しのレース内容。敗北を糧に今日にかける思いは十分、その気迫が熱となってこの実況席、観客席にも伝わってきそうです。5枠5番に入ります』

 

 ふむふむ、気迫が熱となってとは珍しい言い回しをするが夏だからだろうか。ふとトラック中央の大型液晶で見ていた彼女からゲート近くで精神統一をしているらしくまっすぐと自然体で立っている彼女の方に目をやってみると、

 

「......っぱ、この世代は稀に見る化け物揃いか」

 

グラスワンダーが燃えていた。

全身から青い焔をめらめらと立ち昇らせていた。

 もちろん本当に燃えているわけじゃなくただ彼女の気迫と立ち姿が我々に幻覚を見せているだけだ。科学的か非科学的といえば非科学的、オカルトの領分だが領域(ゾーン)にはいっていると形容するほかない。レースの勝負どころではなくもうスタート前から漏れ出しているあたり制御がうまくいっているとは言い難いが、領域に入れていることは確かだ。

 世代に1人いれば上出来な、なんなら5年スパンで1人いるかいないかの領域に入れるウマ娘。見込みがあるスペの他にもう1人いるとは『黄金世代』の看板に偽りなしか。

 

『そしてやはり1番人気はこのウマ娘スペシャルウィーク! 春はG1含む重賞を三連勝、とりわけ春天で名門メジロすら屈せさせた実力は本物でしょう。無敗でG1二連覇へ! 7枠9番です!』

 

 紹介されたスペの様子だがすこし上の空のように見える。空を見上げて気持ちを落ち着かせている様子といえばそう見えるが、どこか心ここにあらずというか、なにか別のものに思いを馳せている感じだ。

 

『宝塚記念といえば、昨年のサイレンススズカの強い走りが印象に残っていますね』

『そうですね解説の細江さん! あのレースはまさにサイレンススズカのためにあるようなレースでした! 今年もそんな圧倒的なレースが見られるのか、はたまた混戦になるのか!』

 

 サイレンススズカ、その名前が話題に出た途端スペの耳がピクリと動いた。彼女が見ているのは昨年のサイレンススズカだけということなのか。

 

「あの子、今までにないくらい本気の目をしてる」

「当然、ライバルとの初対決だもの、燃えるさ」

「見せてみろ」

「......ってリギルの面々じゃあないですか、珍しいね」

「私の提案だ。たまには最前列で見るのも悪くないだろう」

「声かけてくれてもいいのに」

「はは、集中していたようで声をかけづらかったんだ」

「あっそ、3人だけ?」

「予定が合わなくてな」

 

 ちょっと隣に揃ってるおハナさんと、ルドルフと、マルゼンスキーだけという少し珍しい布陣のリギルが揃い踏み。いつもは冷静でなんでもお見通しなおハナさんが、双眼鏡をマルゼンスキーから借りてグラスの方をじっと見ているのはなかなかに珍しい。

 

「どーです、いい仕上がりでしょう?」

「あんなグラスワンダーを初めてみたわ」

「過去一の仕上がりですよ。いや、グラスをあれ以上に仕上げるのは無理でしょうね」

「何を教えたの?」

「昔話を少し。私がターフを去ったあの有の話をルドルフと一緒に」

「......そう」

 

『すべてのウマ娘がゲートイン、宝塚記念、今、スタートしました!』

 

 そこからの展開は私が事前に思い描いていた通りいや、私が考える最悪の状況にスペが陥っていただけだった。

 阪神ではスタンド正面の直線から2コーナーにかけて位置どりが決まる。逃げウマ娘1人がレースを引っ張り、ステイゴールド、キングヘイローらが3バ身ほどあけて先行集団の先頭をきる。予想通りにスペはその後ろ、先行集団につけグラスワンダーはその斜め後ろにピッタリと張り付く。

 

「向こう正面から3コーナーに向けては大きく動かないだろう。もし仮にこのレースをサイレンススズカが走っているのなら──」

「仕掛けるところは、4コーナー」

 

 控室でグラスと検討したシミュレーションと、状況が重なっていく。

 

「その前に途中、グラスを意識して位置を確認しようとするかもしれないが、それは絶対に終盤、スパート前を置いて他にない。ライバルを意識するとすれば、必ず仕掛けどころだ」

「ではスペちゃんが私を見ようとした時には、背中に貼り付けばいいのですね?」

「その通り。余計な情報を与える必要はない。息を殺し、足音を殺して、紛れるんだ」

 

 スペが何かに気がついたか、キョロキョロと辺りを見渡す光景がターフビジョンに映っているがもう遅い。グラスワンダーが背後にいることなんて、予想していなければわからないだろう?

 

諦めたスペシャルウィークが前を向いた。

身体が沈み、強く踏み込んで駆け出してゆく。何人もの先行バを追い縋ることを許さない、圧倒的な加速力。

やはり君には才能がある、他の追随を許さないその末脚は間違いなく世代を代表するに足る才能だ。何も考えなくとも、誰も見なくとも、夢を追いかけるに十分すぎるほどの脚だ。

 

だが、今この場においては不十分だ。

 

『おおっとスペシャルウィークがここで仕掛けた! 1人また1人と抜き去って先頭に立つ! 最終直線は彼女の独走に──』

 

甘い、甘いよスペシャルウィーク。

その背後にいるのは普段のクラスメイトじゃあない。

君が片手間で勝てるような挑戦者じゃあないんだ。

ちゃんとみなければ怪物に喰われるぞ。

 

『ならない! 外からグラスワンダーものすごい脚だ! スペシャルウィークとの差をものすごい勢いで詰めているぞ!』

 

君の敗因はたったひとつだ。

レースは目の前の相手と走るもの。

グラスはスペシャルウィークを見て、君はグラスワンダーを見なかった。

 

「なら、結末は決まっているさ」

 

 青い焔を纏った栗毛が突き抜ける。先行して抜け出したスペに、幻影のサイレンススズカを追いかけた彼女にグラスを追う脚など残っていようはずもない。

 

『あっという間に抜き去って並ばない! グラスワンダー! グラスワンダーだ! 一騎打ちにはならない、1バ身、2バ身、3バ身とスペシャルウィークを突き放してグラスワンダー! やはり怖かったグラスワンダーチームリギル!』

 

グラスワンダーが、1番にゴール板を駆け抜けた。

 

 走り終えて膝をついて倒れ込むようにターフに手をついたスペシャルウィークにグラスワンダーが短くかけた言葉が、この結果を物語っているだろう。

 

「私は、スペちゃんだからこそ全力になれました。スペちゃんは、私に全力で来てくれましたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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