諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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にゃーん


第83話 ただいまと言える場所

 

 

「おつかれさまでーす」

「お疲れ」

 

 いつものように扉を開けて、いつものようにロッカーに荷物をしまいながらジャージに着替える。今日はウオッカは日直があるから少し練習に遅れるとの連絡をトレーナーさんに伝えないといけない。

 

「トレーナーさん。今日ウオッカは日直で遅くなるって。15分くらいかしら」

「となると、こうすればいいか。うん、わかった。ありがとうスカーレット」

「いえ」

 

 制服を脱ぐ前に髪を結んでいた青いシュシュを外し、長い髪を一度ポニーテールにまとめ直す。せっかく毎朝気合を入れて髪型を決めているのに練習のたびに解いてしまうのが少しだけ惜しい。ロッカーに制服を掛け、カバンから体操服を取り出して頭を通してからジャージの長袖を羽織る。スカートも脱いでズボンに足を通して、最後に少し長くてダサい裾を折返せば準備はバッチリ。

 

「今日もイチバン! ふふっ♪」

「お疲れ様ですわ」

「お疲れーっ!」

「うぇーい!」

「早く着替えるんだぞー」

 

 いつものメンバーの声を聞きながら鏡の前に立って改めてツインテールを縛り直す。心持ちは身嗜みから、ママが教えてくれた大切なことだ、譲り受けたティアラに誓って身嗜みに手を抜くことはあり得ない。最後にくるりと一回転しておしまい。これであたしはいつだってパーフェクトってわけ。

 

「ねえ、早く退いてよ。ボクだってポニーテールを整えたいのさ!」

「すみません」

 

 すぐさま着替えていたテイオーさんにせっつかれて鏡の前からズレる。マックイーンさんやゴールドシップ先輩はあまり鏡を使わないから、いつもせっついてくるのはテイオーさんだけだ。小さな身体で少しだけ背伸びをして髪型を整えるテイオーさんを見ていると、小動物的な雰囲気がしてちょっぴり頭を撫で回したくなる。

 

「遅くなりましたぁ!」

「来たぞ」

「遅いぞ君たち、早く着替えなさい。今日はこれで全員なんだから」

 

 そうこうしていると時間ギリギリにバタバタとフクキタル先輩とシャカール先輩がやってきて、これでいつものメンバーが勢揃い、ではなくて、何人かがたりていない。同じことを思っていたのか、マックイーンさんも首を傾げて質問をする。

 

「スペシャルウィークさんやスズカ先輩がいらっしゃらないようですが、始めていいんですの?」

「スペはオフ日でスズカは病院だよ。ウオッカを除けばこれで全員だ」

「あら、そうでしたの」

「今日の練習なんだっけスカーレット?」

「今日は軽く10分くらい走ってから個別練習だったと思いますよ」

「そっか、アリガト!」

「いえ、当然のことです」

 

 テイオーさんの質問に澱みなく答える。フフン、1週間のトレーニング予定は聞いているわ、勉強もトレーニングの予習もバッチリよ!

 

「というわけで校内一周ランやるよー。みんな着いてきて」

「シャキッとバシッと案内してやっぜ!」

「うんその看板しまおうかゴルシ。ブラジルは行かない」

 

 いつもの黒いジャージ姿のトレーナーさんが帽子を被り直して、トントンと靴先で数回地面を叩いてから立ち上がった。

 

「ストレッチはした? 手足はしっかりと伸ばせたかい? それじゃあランニング行くぞー。スピカファイトー!」

「「「「「オー!」」」」」

 

 

◇◇◇

 

 

 

「はい、んじゃあとは各自の練習になります。今日はウッドチップコースを借りているので......って言わなくても行ってるか」

「どうかされました?」

「ウチってこういうチームだったなあ。スカーレットはじゃあ軽く一周してから、何本か200mダッシュだね。スパートのトレーニングだ」

「わかりました」

「フクキタルは、どうしようか」

「今日は併走が吉と出ていますよ、トレーナーさん!」

「じゃあシャカールと併走かな。6割くらいで2000m流して来てくれるかな、2本でいいよ。終わったら声かけて」

「あいよ」

「わかりました!」

「テイオーはフクとシャカールの併走についていって、マックイーンはスタート練習だ」

「はーい!」

「わかりましたわ」

「ゴルシは......まあ、好きにやっといて」

「おう」

 

 コースのど真ん中で麻雀牌を磨き出したゴールドシップは放置することにして、トレーナーちゃんから貰っていた育成方針を踏まえつつスピカの面々に指示を出していく。すると息を切らして誰かが走ってくる足音がした。きっと練習日を間違えたうっかりウマ娘か、もしくは遅れて合流するウオッカに違いない。予想通り息を切らして走ってきたのは黒髪短髪のウマ娘、ウオッカだった。

 

「遅くなってすんませんした!」

「いいよいいよ。10分くらい外ラチ沿いをランニングして身体をあっためておいてくれるかな」

「わかりまし......た?」

 

 すでにジャージ姿で準備体操にとりかかっていたウオッカがなぜか身体を伸ばす手を止め私の顔をまじまじと、まるで信じられないようなものを見るような目で見てくるのだ。何か見られるようなことがあったかと考えてみると、そういえば最近寝不足でひどい隈ができていたのを思い出した。

 

「大丈夫、昨日はバッチリ8時間寝たから」

「そうじゃないっすよ! なななななんで鏑木トレがここに居るんですかっ!?」

「あ、そういえば」

「そのうち戻ると聞いてたし今更だよなァ」

「ちょっと皆さま冷静すぎませんこと?!」

 

 飛び上がるほど驚いているウオッカと今更気がついたように手を叩いたフクキタル。シャカールには事前に伝えていたからいつも通りの冷たい突き放す言葉をかけられたし、マックイーンは混乱しているしゴルシは我関せずと燕返しの練習を始めていた。

 

あれ、スカーレットは?

 

 いちばんの懸念でありいちばん騒ぎそうなものなのだけれどと首を傾げると、優しく肩に手が置かれた。振り向くと目を細めたスカーレットがにっこりと微笑を浮かべて......いや、すっっっっっげえうっすら目が開いててめっちゃ怖いわ。

 

「なにか言うことはないのかしら?」

「......なんだろうね」

「なにか、言うことは、ないのかしら?」

「あの、その、なんと言いますか」

「なにか、言う、ことは、ないの、かしら?」

 

 私が言葉に詰まるたびにギリギリと肩に置かれた手に力が入る、というかもう肩の筋肉がそっくりもげそうなくらいに痛い。腹括って覚悟をきめてなんとか言葉を捻り出そうとして出てきた言葉はスカーレットのお眼鏡に叶うとはいかなかったらしい。

 

「......ただいま?」

「それはまず最初に言う言葉でしょうこのおたんこにんじん!」

「ちょ待っ、あだっ、みぎゃあああああああああああああ!」

「わたしが、どれだけ、心配したと思ってるのよ!」

「ギブ! ギブだよスカーレット! キマってるキマってるトレーナー腕折れちゃう! レースあるから怪我だけは! マジやばいって!」

 

 返事は厳しい言葉とアームロックで帰ってきた。怪我したらまずいし何より痛いので必死で決めている腕をタップしてギブアップを何度も伝えていると、少し力が緩んだ。

 

「あんなの見せられて、心配しないわけないじゃない! ばか! ばかよ、大ばか!」

「スカーレット......」

「しかもスペ先輩のライバルのトレーナーになってて、本当に違うチームに行ったかと思ったじゃない裏切り者!」

「それはやむに止まれぬ事情があってあだだいだだ!」

「もう、勝手にいなくならないでよ......わたしと一緒に1番になるって、1番最初に約束したことじゃないの!」

 

 最後の方はぐずぐずと湿っぽい声だった。そうか。わたしが最初に、求めて、走りに惚れ込んだのはスカーレットだったなぁ。それを、スカーレットは覚えていてくれて、大切にしてくれていたんだ。

 

 いや、私がすっかり忘れていただけだったんだ。

 

「本当に、居なくなって寂しかったんだから......」

 

いつのまにか腕は自由になっていて背中を誰かがポカポカと叩いている。トレーナーとウマ娘は一心同体、どちらかが居なくなっては成り立たないアンバランスな存在ということを身をもって知っていたはずなのに、ただ自分が壊れるのを恐れて私は見ないフリをしたんだ。

 

「......ごめん」

「謝ったって、許さないんだから」

「じゃあ。一緒に勝とう。勝って勝って、1番になろう」

「......ええ、ええ。一緒に、1番になりましょう......!」

「アー、湿っぽいとこ悪いがジャマだ。どけ」

「感動の再会の空気を読むこともできないのかいシャカールくぅん?!」

「その言い方ヤメロ。ロマンチスト(アグネスタキオン)が感染る」

「酷い言種だねぇ。せっかく面白いものを持ってきたというのに」

「ウゲ、噂をすれば」

「タキオンさん......?」

「やぁ、スカーレット君にシャカール君、それとフクキタル君をはじめとするチームスピカの人たち」

「実験には付き合わねェぞ。こっちは練習中だ」

「ツれないねぇ。朗報だというのに」

 

 何故かゴルシちゃん号(セグウェイ)に乗ってやってきたアグネスタキオンが上で不敵に笑っている。タキオンとて他所のチームの練習中に実験をしないデリカシーくらいは弁えてるから何か他の用事だろう。彼女は手に持った書類を指で弾いた。ふわりと風に乗った紙が風に流され、狙ったようにわたしの手元に届く。

 

1番上に乗っている名前は聞きなじみのあるものだった。

 

「......月刊トゥインクル?」

「取材依頼。いや、合同取材と言うべきだろうね」

 

 よいしょ、とセグウェイから降りたタキオンが仰々しく両手を広げた。資料の内容は最近活躍する黄金世代、彼女たちを支えたチームに迫る、と。どうも雑誌記事の企画書のようだ。期間はちょうど夏合宿の頃、ある程度の資金を負担するので練習も合同でしてほしいとの旨が書かれている。

 

「これは最近活躍するチームスピカ・リギルの合同取材にかこつけて私たちのチームも含めて、合同合宿をしないかという提案なのだよ!」

「言いたいことは分かったけど、桐生院が言いにくるべきだよね。なんで君なんかが使いっ走りに?」

「話せば長くなるんだが、ハッピーミーク君で実験をしたら四足歩行のよくわからない動物になってしまってねぇ......」

「後輩に何してンだよ」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「ひひーん」

「ミーク! これどうなってああっ! 芝を食べないでください! ぺっしなさいミーク! ミーーーク!」

「ぶるるるる......」

「舐めないでください助けてタキオンさぁあああああん!?」

 

 

 

 

 

 

 

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