諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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第86話 立ち止まる少女たち

 

 

 

 

「もがいてるねえ」

「青春ですねぇ」

「君はまだ現役だからもすこし頑張りなさいよ」

「ほっぺがガムみたいになってしまいますよぅ!?」

「スペと併走してこい」

「よろこんでー!」

 

 隣でなぜかふてぶてしく休憩してるフクキタルの頬を引っ張ってからケツを蹴っとばして走らせながらため息をつく。トレーナーちゃんの示した指針『馴れ合い禁止』をフクはほとんど聞き流していたに違いない。チームメイト同士はもちろんトレーナーの私とて例外ではないんだぞ、全く。

 併走しましょう、と声をかけてフクと一緒にスパート練習に入ったスペシャルウィークの調子は......外からひと目見て悪いとわかるほどに最悪だ。それは怪我をして何処かを庇っているからとか、体調不良で本調子でないというわけでもない。集中力に欠ける、モチベーションがあがりきらない、なんとも煮え切らない様子なのだ。

走れば頭がスッキリするのがウマ娘の常だがそうは行かないようで、夏合宿の前から調子が上がっていない。よほど宝塚の敗戦がこたえたのかあるいはスズカとの向き合い方に悩んでいるのだろう。聞くに彼女は北海道の田舎で育ったせいか、ほとんど同学年の人を見ずに育ったという。今どき義務教育を通信で終わらせたという奴がいるのかと驚いたものだが、その対人経験値のなさが今の状況を招いたということになる。彼女の生まれを否定したいわけじゃあないけど、どうしたものかと頭を抱えたくはなる。トレーナーちゃんに助け舟を出してほしいところだけれどあっちはあっちでスズカの復帰のため試行錯誤しているところ、期待はできない。

 

さて、スペの立場になって考えてみよう。

 宝塚記念ではスペはもう一緒に走ることの叶わないスズカに勝つためのレースをした。これは言い換えれば「もしスズカさんが宝塚記念で走っていたら」というスペと誰かの夢を背負っていたことになる。自分がスズカさんと走りたいからという思いが理由の大多数を占めるだろうけど、彼女には誰よりもどこまでも先頭を走る緑の勝負服のサイレンススズカのことが見えていたはずだ。あのレース結果が誰かに勇気を与えるかと言われるとそれはもちろんスズカを置いて他にない。あのレースにあの調子で勝っていたらスペはきっと取材の場面で宝塚記念の勝利宣言と同時に形だけでもスズカとの再戦の約束を交わしただろうことは想像に難くない。

 

スペもそのために走ったはずだ。

スズカと一緒に走るレースをスズカのために勝利を約束し、スズカに勝利する走りをした。

 

だが現実にはグラスに敗北し、そのグラスはスズカのための走りを真っ向から否定した。だから迷うとすれば、「人の思いを背負って走ることは正しいのか」だろうか。

 

他人のために走るという感覚は、実のところ私にはよくわからない。私の行動原理は、とにかくシービーに勝ちたかったということだけ。あいつを見返すためならなんでもやった3年間だった。

 

うーむ、となるとこっちの面では見当違いな助言をしてしまいそうだからアドバイスはしないほうがいいだろうか。スペに対して「自分のためだけに走れ」と言っても納得もしないだろう。あの子は自分本位なタイプでもない。

 

 私が悩んでいる間もひとり重石をつけたように重い動きのスペシャルウィークを見てため息をつかずにはいられなかった。

 

「どしたの、悩み事?」

「後輩の悩みを考えてるところ」

「ふぅん、大変だね」

「あんたと違ってトレーナーは忙しいの」

「ツレないなあ」

「んひっ?! 何するんだよバカ! 変態!」

「あはは、叩かないでよ」

 

 後ろから脇腹をつついてきたシービーの頭を強めに叩きつつ、時計を見て一旦休憩とすることとした。薄めに作ったスポドリを飲みつつ塩タブレットを配りながら自分もひとつ口の中に放り込んでモゴモゴと口の中で転がす。地べたに座ってこれからの練習の確認をしているとシービーが隣に座ったもんだから、タブレットを噛み砕いてスポドリで流し込んで口を開けた。

 

「なんの用?」

「なんでも? 後輩の様子を見にきただけさ」

「様子見っていうより味見でしょ。これから私たちのところに来る子の、さ」

「バレたか」

「付き合い長いんだからわかるよ」

 

 夏合宿の間私が担当するのはスペシャルウィーク、フクキタル、ウオッカ、テイオーにマックイーンの5人。残りのゴルシ、スズカ、スカーレットとシャカールは別の場所でトレーナーちゃんと別メニューをこなしているはずだ。隣のこいつは知らんが、合宿前のメニューは手元にあるから調整メニューを組むことくらいわけなかったからなし崩し的に面倒を見ている。

各々に休憩するスピカのメンバーを観察するシービーに釘を刺す意味でも話を聞いてやったんだ。

 

「気になるのはやっぱりスペシャルウィーク?」

「だね。今は頭ひとつ抜けてるよ」

「そうだね。G1を2勝、重賞でも結果も出てる」

「けど、面白くない子になっちゃったな」

 

 見上げると、シービーはひどくつまらなさそうな表情でスペを見ていた。

 

「まるで迷子の子供みたいだ。日本ダービーの時のあの子はもっとキラキラしていて、面白そうだったのに」

「あの時は迷う理由もなかったからね。今はすごく悩んでる」

「理由は、聴かせてよ」

「これは珍しいことを言う」

 

 シービーが興味を示したことにおもわず声が出た。興味のあることや好きなことに一本筋は通すがとんとつまらないことには興味がなく移り気な彼女が『つまらない』と言った子に興味を持つとは思えなかったのだ。

 

「アタシだって大人になったってこと。待てるかはわからないけれど彼女とはいずれ戦いたいからね」

「相変わらず脳内を読むな。話すけれども」

 

 かくかくしかじか、とスペとスズカとの関係性や約束、彼女が抱いていたであろう思いや宝塚記念の敗北、そして私が思う現状を伝えた。シービーはふむふむと相槌を打ち、話を聞き終わってしばらくしてから晴れやかな顔で言った。

 

「慣れないことはするもんじゃないね。全然わかんないや」

「この役立たずの駄バ」

「そこまで言わないでよ」

「休憩終わり、アンタも当てウマとして頑張って貰うからね」

「同級生の扱いがキツイねぇ」

「さあみんな、頑張っていくよ、集合!」

 

 シービーのケツを蹴っ飛ばし手を叩いて声を張り上げる。夏はまだ始まったばかり、考える時間も十分にある。

 

 

 

 

 スペの調子は底をついているところだが、スズカの走りもまた良くない。オレンジ色の西陽に照らされながら800m走をするスズカの走りと、あの毎日王冠の頃の走りを思い出すと比較してしまいため息が出てしまう。平均より広く回転の速いストライドと、前へ前へと進もうとする意志が込められた前傾姿勢。そこから生み出される平均ペース以上をぶっちぎる『逃げて差す』とまで言わしめた彼女の速さは、今は見る影もない。

 

 今のタイム計測だってそうだ。本格化を迎え秋にデビューを見据えるシャカールやドリームトロフィーに移籍しているゴールドシップに負けるのはわからんでもない。けれど、デビューもしていないはずのスカーレットに負けるというのはいただけない。

 原因は簡単で、スズカの身体が前に倒れないからだ。スズカの走り、特にトップスピードにおいては極端な前傾姿勢からあの速さが産まれている。今のスズカは倒そうとして、速度を出そうとしても無意識にどこかで拒否してしまっているのだ。だから彼女にとって慣れない走り方になって使わなかった場所の筋肉を使い結果として窮屈な走りになり、さらには速度を出そうとしても無意識にセーブしてしまい脚の回転が一定以上は上がらない。現に短距離でペース配分を間違えているはずはないのにゴール近くで膝に手をついてしまうほど疲れている様は彼女がいかに無駄な走りをしているかの証明になりうるだろう。

 

膝に手をつくほど疲れているスズカに歩み寄り声をかける。

 

「スズカ」

「なんでしょう」

「脚の痛みとかはないか? どこか他にも痛むところは」

「っ......痛みは、どこにもないです。大丈夫です」

「そうか。じゃあ全員今日は上がりだ、宿に戻ってしっかり身体を休めてくれ。ストレッチは忘れるなよ」

「「「はーい」」」

「あの、もう少し走ってもいいですか」

「ダメ。ちゃんと帰って休むことも練習のうち」

 

 まだ走ろうとするスズカを手で制して帰らせる。彼女はこうした時自由に走るのが解決法だったんだろう。現に彼女が自主練でランニングしているのをよく見かけたし、クラシック期の不調を抜け出したのはトレーナーちゃんと出会って気持ちよく走っていいことを肯定されたからだ。だが今は走れば走るほどドツボにはまっていく。走るほど自分の前の走りを思い出せなくなって、理想との乖離に苦しんでいくことになる。

 

 必要なのはとにかく鮮烈なキッカケだ。誰かの言葉、誰かの行動、誰かの走り、なんなら暴力でもいい。走りへの恐怖を吹き飛ばす何かがないと彼女は前に進めない。

 

「それを与えてみせるのがトレーナーの仕事、なんだけど」

 

 誰かと話すでもなくひとりで荷物を持って宿への帰り道を歩くスズカの背中を見ながら、そう言わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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