諦めはウマ娘を殺しうるか?   作:通りすがる傭兵

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大変長らくお待たせいたしました


第87話 皇帝の示す道

 

 

「トライアスロン、すか」

「ああ、と言っても本式ほどじゃない。水泳3キロ自転車10キロ、ランを5キロだ」

「それでも結構ハードですね」

 

 練習で今頃ウマ娘全員が布団に突っ伏している頃、我々トレーナーは別部屋で頭を突き合わせ明日のことを考える。実質練習最終日になる明日の予定の確認、決まりきっていなかったメニュー決めでトレーナーちゃんから提案されたのは超ハードトレーニングになるトライアスロンだった。水泳、自転車、長距離ランの3つを同時にやるのは身体にかなり負荷をかけ怪我のリスクも低くはない。しかしそれ相応の成果は得られるが他に同じ負荷をかけられるメニューもある。移動やら準備を鑑見れば他のメニューの方が効率的だ。

 

「非効率ですけどなんでまたこれを?」

「レース形式だからな」

「はぁ」

 

 トレーナーちゃんの端的な解答に私は気の抜けた声を返した。意図が全く読み取れないからこんな生返事しか返せず、トレーナーちゃんは私のことなんかお構いなしに言葉を続けた。

 

「あの2人を再起させるには厳しい言葉をかけるしかない。必要なのは優しく寄り添うんじゃなくて、力強く背中を押してやる必要がある」

「して、何でレース形式に?」

「......アイツらが情を持ちすぎたからだ」

「情?」

「お前、シービーが怪我した後一緒にレースを走ることになった時に何を思ってた?」

「何ってなんとも。勝つことしか」

 

 怪我をしたと聞いてよくはないが正直嬉しかった。それでも(私のミスありきとはいえ)秋天は負けたから「怪我なんて嘘じゃねーか!」と思ってキレていたところまである。

 

「もし仮に、お前がシービーと同じチームだったとしても」

「勝ちに行く。勝負は勝負、ライバルなんだからたとえ相手がいなかろうが勝ちに行くに決まってる。ウマ娘ってそういうもんじゃないの?」

「そうだよな、普通はそうだ」

 

 旅館の低い机に肘を組んで手を組みながらトレーナーちゃんは言った。

 

「だが、アイツらがそう思ってるとは限らない。

 

ライバルってのは目標、競い合う相手だ。相手が先を行くなら自分はそのさらに前に進もうとして高め合える存在だ」

「ウチだとスカーレットとウオッカがそうですね」

「ああ。アイツらは多分ずっとあのままだ。だがスペとスズカはそうはなれなかった。お互いに()()()()()()()()()()んだ」

「思いやりすぎる、ですか」

「相手に気を遣って一緒に歩こうとするのは悪いことじゃない。でもアイツらはお互いライバルって認識を忘れている。同じチームメイトで助け合うのは大事だが、それ以上に同じレースを走るはずだった競争相手だ。アイツらはそれを忘れちまってる」

「それを思い出させるには、レースしかないと」

「そうだ、ウマ娘の競争本能に俺は賭ける」

 

 上手くいきますかね、という言葉を寸前で飲み込んだ。トレーナーちゃんの顔が全てを物語っていたからだ。少し泣きそうで真剣な表情を見て何もいえなくなってしまった。もう上手く行くか行かないかじゃない、上手く行かなかったらあの2人はそれで終わりということなんだ。

 

スペは夢を叶えられないまま負け続けて引退し、スズカは復帰戦を走り切ることも叶わず同じく引退する。わかっているからこそ、現状では絶対にそうなってしまうからこそなんだろう。

 言葉の出なかった私に気を遣ってか、先に沈黙を解いたのはトレーナー側の方だった。

 

「声をかけるのは俺がやろう。明日は先導役を任せる」

「わかり、ました」

 

 私だって2人の面倒を見てきた身だが何もいえなかった。トレーナーとしての覚悟、自分の担当に対してぶつけたい想いが天と地ほどの差がある。その覚悟の前にこれはもう私が何かできる問題じゃないと実感させられてしまった。もう俺は寝るから出てけ、と言って資料を片付けるトレーナーちゃんの言葉に甘えて私は部屋を後にした。襖をとじ、薄い入口の扉も閉めたところで天井を仰いだ。ここなら誰にも聞こえることもないだろう。

 

「......悔しいな」

 

 自分の無力さに泣きそうになる。未熟な自分にも、頼られなかった不甲斐なさも情けない。何より夏合宿のこの場で蹴りをつけようとししていることが、私の復帰戦のレースが彼女の目を覚まさせてやれないということを暗に告げられていたことがとにかく悔しくてたまらなかった。

 

 

こんなので寝られるはずもない。気持ちの整理を付けたくて、部屋に戻った私はランニングシューズに履き替えて外に飛び出した。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 セットしておいたウマホのアラームが鳴り、直ぐに止めて私はあらかじめ用意しておいたジャージに袖を通し、スリッパから砂浜トレーニング用の靴に履き替える。もちろん、ソックスもトレーニング用のものにするのを忘れてはいない。最後に学園から持ってきた蛍光リストバンドを幾つかと懐中電灯をウエストポーチに入れ、部屋を出て直ぐの階段を駆け降りて1階のロビーを目指す。普段ならばエレベーターを使うところだが細かいところでも差をつけるわけにもいかない。先輩たちはいまでも私の追いつけない場所にいるのだから少しでも差を詰めなければならない。

 

ホテル従業員もいないロビーから出て裏手の砂浜を目指す。

 

 遠くからでも波の打ち寄せる音に混じるザクザクと濡れた砂浜を踏み締めて走る音を聞き分けるのは簡単だった。誰かがこんな夜中にもトレーニングに励んでいるようだ。自主的に夜間見回りをするようにして正解だったな、合宿だからとはいえ休息をおろそかに良いはずもないだろう。

 

「練習熱心なのはいけないがオーバーワークになってはいけないよ。早く部屋に戻りたまえ」

 

 自分の存在を知らせるように声を張り懐中電灯の電源をつける。丸い光に照らされたのはもちろんウマ娘だが、誰が、というのはわかっていなかった。だからこそランニングをしていたウマ娘が少し意外で驚いてしまった。彼女はライトの光に眩しそうに目を細めたのち、私の正体が直ぐわかったようで飛び上がって言った。

 

「ルドルフ会長、さん?!」

「君はスペシャルウィークか。夜も遅いのにどうしたんだい?」

「眠れなくて、少し走っていました」

「そうか」

 

 後ろめたいように頬をかくスペシャルウィークは、光の加減もあるがあまり調子がいいとは言えないように見える。例年ならば優しくいい含めて宿に追い返すところだが、放っておくべきではないだろう。

 

「ふむ、なら私の部屋にでも来るといい」

「え、でもルドルフさんが寝れないんじゃ」

「明日は休養日だ。少しばかり夜更かししても問題ないよ」

 

 ついてきたまえ、と自分の後を追うように言うと、渋々とではあるがスペシャルウィークは従ってくれた。そのままホテルに入り、エレベーターを使って自分の部屋の階層へ。

 ソワソワと落ち着いていないのは、どうやら私だけが原因でもないらしい。ホテルが物珍しいのか、キョロキョロと部屋中を見渡すスペシャルウィーク。その間に私は電気ポッドに水を入れて電源をつけると、ベッドに腰掛けスペシャルウィークに隣に同じように座るよう促した。

 

「夜中に走っているウマ娘というものは、総じて何か悩み事があるものだ。よければ、聞かせてくれないか?」

「あ、はい。でも、私でもよくわからなくて」

「わからなくとも構わないが、わからないものを理解しようとする努力は必要だ。胸中を少しずつでもいいから噛み砕いて、教えてはくれないだろうか」

「い、いや、でも」

 

 言い淀み萎縮するスペシャルウィークを見て自分の失態に思い当たった。私はスペシャルウィークとはそこまで話した記憶はない。転入時の面接、転校時の挨拶など数度ばかりでスペシャルウィークとっても同じ。私には生徒会長という肩書きもあり、何より上級生と一対一となれば緊張するのも致し方ない。

 

......仕方ない。少しばかり貴女の力を借りよう。

 

「実はもし君達に何かあれば力になってほしいとカツラギ先輩、いや、鏑木トレーナーと言った方がいいな。彼女に頼まれていたんだ」

「鏑木トレーナーさんに?」

「あの人は私の一つ上の先輩で返しそびれた恩がある。あの人はそんなもの返さなくていいって断ってしまうから、君に返そうと思う。君の胸中は話したくなければそれでも構わない。ただ、無茶な練習で怪我をするようなことだけはしていけないと約束してくれないだろうか」

「無茶だなんて、私は別にそんなつもりじゃ」

「私にはそう見えた、カツラギ先輩もそう思うだろう」

 

 ちょうどポッドがお湯が沸いたことを知らせる音で会話が一旦途切れた。私は立ち上がると備え付けの飲料を確認して質問する。

 

「コーヒー、緑茶、紅茶とカフェオレとあるが、どうする?」

「じゃあ、カフェオレでお願いします」

「わかった」

 

 インスタントの封を切り、2つのカップにそれぞれ粉を入れ少なめに湯を注ぎ入れる。マドラーで軽くかき混ぜてからスペシャルウィークに手渡した。

 彼女は一口飲んで少し熱そうに舌を出してから、注意深く息を吹きかけてからゆっくりと二口目を飲み始める。

 

 彼女の抱えるものは一体なんだろうか。推測はあえて控えて彼女の言葉で胸中を聞くべきなのだろうか。カツラギ先輩はその上で自分の胸の内をぶつけることだろう、あの人はそんな人だ。

 では自分ならどうするかと考える前に、口が先に動いていた。

 

「自分のために走ることは苦手かな?」

「?」

「いや、こちらの話だ。君がどうにもスランプの原因を私なりの考えてみてはいたんだよ。だからそうなのかな、と思ってね」

「わかりません」

「違ったのならそれでも構わない。だが少し聞いて欲しいことがあるんだ」

 

 沈んだままのスペシャルウィークに語りかけ続ける。

 

「誰かと走ることを夢想するのは悪いことでは決してない。あのシンザンさんやセントライトさんのように私だってなりたかったし、同じレースで走ることを何度夢見たことだろう」

 

 幼い頃のまだ理想ばかりを胸に抱いていた頃。敗北を知らず、傲慢で増長し、理想の実現を目指しトゥインクルシリーズの門戸を叩いた時、私はスペシャルウィークのように純粋だった。

 

「トゥインクルに来てからも同じだった。私は勝ち続けた。私に叶う相手はクラシックではいなかったよ......あの時までは」

「あの時?」

「ジャパンカップ。私が初めて負けた時だ。

 今とは違ってあの時は海外と日本との実力差は隔絶していて、勝つどころか入着することすら奇跡のようなものだった。前年はシービー先輩が出走を見送りキョウエイプロミス先輩が2着となったが、激走の反動でそのまま引退となってしまったんだ。

 私とてURAの要請で菊花賞ではなくジャパンカップ出走を優先しようかと考えるほど、勝利を望まれていた。日本史上初めての三冠バ2人の直接対決、世界の強豪との対決、日本ウマ娘の名誉と称号を賭けた一大決戦。それが私が臨んだ『ジャパンカップ』だった。

 

 あの時の重圧と言わなかったら、人生で何度も味わいたいようなものではなかったよ。それだけ全国のファンは私に期待を、ともすれば無敗三冠の懸かった菊花賞以上にかけられていた。

 ファンの期待も、無敗の重圧も、海外勢の実力も理解して戦場に臨んだつもりだった。だが結果はカツラギ先輩が悠々と逃げ切り勝ってしまって私といえば3着を守るのに精一杯だった。敗北した瞬間には本当に茫然自失としてしまったよ。

そして恐怖した。願いも叶えられなかったことにね」

「願い......」

「そう、願いだ。ウマ娘は多かれ少なかれ願いを叶えるために走る。誰が願ったかは重要ではなく願われたかどうかが大切だ。私は自分自身の願いを叶えることが出来なかった。君も同じように悔いているのではないのかな?」

「願い、願い......」

「夢、そう言い換える事も出来るだろう」

 

 誰しもが他人の願いを真に理解することはできない。苦悩とは自身だけで自身の悩みに折り合いをつけることでしか出来ない。だが、切欠を与えることは外からでもできる。

 息を整え、仕事をするときの威厳ある『皇帝(シンボリルドルフ)』に意識を切り替えて言った。

 

「夢を背負う事も背負われた願いを叶えるために走る事も大切なことだが、1番大切なのは、自分の願いを見失ってはいけないことだ。

 自分がしたいと思うもの、為すべきだと決めた事、叶えたいと思った将来、勝ちたいという本能。欲望に従い、したいことをする。

 もう一度原点へ立ち返るんだスペシャルウィーク。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

私の雰囲気の変化によるものか、言葉によるものかはわからなかった。しかし動揺するように目を泳がせるスペシャルウィークをみて楔を打ち込むことはできたことは容易にわかった。

 

「......長話が過ぎたな、送っていこう」

 

ぬるくなったコップの中身を飲み干し、スペシャルウィークの手を引いて席を立つ。

 

あとは然るべき人物に任せよう。

ね、先輩。

 

 

 

 

 




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