自分に才能がないと思ったことは無い。脚だって一角の才能があるからG1に手が届いたと思っているし、この偏屈な負けず嫌いと諦めの悪さは自分の長所たりうる才能だ。
だが、それ以上に思うのは。
「つくづく天才というものは理不尽だ、なっ......!」
「お先っ!」
にししとしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべて私を抜き去ってゆくテイオーを見て、歯噛みせずにはいられなかった。
今は水泳を終え自転車に乗り、山頂を目指してアップダウンの激しいサイクリングコースを走っている。ランは山頂から駆け降りるため殆どが登り坂で急な箇所も少なくない。レースコースでは絶対ありえない起伏とアップダウンの回数だが、心肺機能と足を十分に追い込めると思ったから選定したと言っていた。
「キッツィ!」
思わず口で思い切り息をしながら声が漏れるほどだ。
スタミナがものをいうコースだけあって長距離適性とスタミナに優れるメンツから順当に私の前を走っている。先頭は仕上がった身体を持ってるゴルシ、続けて現役組が続きその後ろにシャカール、マックイーン、スカーレットとテイオーの順。少し離れて私、背後にウオッカ。そして、そこから4、5秒ほど離れてスペとスズカといった並び順。先頭から最後尾まではおおよそ3〜40バ身といったところで、長距離の割にはまだ大きく離れているわけじゃない。
「スリップストリームでサボろうとすんなウオッカー、抜いて先にいきな」
「やべ、バレた」
「スカーレットの背中でも追っかけてきな」
スズカの様子が気になるから背中に張り付いてたウオッカにわざと先を譲るついでに釘を刺しておく。レース形式とはいえトレーニングだ、目につくサボりは許さないからね。
様子を見やすいように若干位置を下げ、スズカやスペの方に寄った。一定の間隔を置いて聞こえる自転車のギアとチェーンが噛む音から察するにスズカの方は一定の速度でしっかり漕いでいるようだが、意図的に速度を出していないと見るべきだろう。スピカの中で長距離適性に1番欠けているのはスズカであり、スタミナもウオッカについで少ない、それをわかっていてスピードを落としているとしても、ランに重点を置けば十分捲れると考えているのだろう。ただ先頭から少し離れすぎているのは追いつけるリードを見誤っているのか、追い込んでいるのか、追いつけないのかはわからないな。
スペの方は普段自転車に乗らないのかあまりいい姿勢で漕いでいるとはいえずふらつきがちだ。調子が悪いからそれが反映されてるのかわからないが、それでも最後尾を走る理由にはなってはいけないはずだ。
「そろそろランコースに入るぞ! 自転車は乗り捨てて構わないからな!」
海の見える開けた視界から森の中に入る。先頭はそろそろコースの変わり目に差し掛かる頃だろうか。最後少し下り坂とはいえ手は抜かずにしっかりと足を動かす。
指定ポイントが見えてきた。もう前にいる全員は走ったらしく、乱雑に自転車が積まれるようにしていた。そこに自転車を乗り捨てて走ろうとしたところでガシャガシャンと金属の擦れる大きな音がした。
「スズカさんっ!」
思わず振り向くとスズカがバランスを崩して倒れ混んでいる姿、そこに助け起こそうと駆け寄るスペ。助けるべきか否か、一瞬迷ったところで鋭い声が背後からスペに突き刺さる。
「スペ、お前今何しようとしてる」
「それは、スズカさんを助けようと」
「お前はレース中に立ち止まるのか!?」
「トレーナーちゃん......」
また振り返れば、一度も見たことのないような真剣な表情をしたトレーナーちゃんが立っていた。そばの原付から察するに先頭から引き返してきたのだろうが、いったい何故。
「スズカっ、お前の本気はこんなもんなのか、スペとの約束はなんだったんだっ!」
「っ......!」
絞り出すような怒鳴り声。普段は滅多に怒りを露わにせず、声を荒らげることすらしないトレーナーが怒っている。いや、違うんだ。
「俺はお前たちがレースに出て先頭争いをしているところが見たい、それが今の俺の夢なんだ!」
トレーナーちゃんも同じ、いや、それ以上だ。チームのためでもなく、自分のためでもなく、そのウマ娘のために夢を託し、夢を叶える手助けがしたいんだ。
「お前たちはお互いのためになりたいんだろう。だったら、互いをライバルだと思って高め合え!
スペ、スズカにレースに出てほしいんだろう、だったらまず、お前が本気を見せるなきゃダメだ! もうお前は背中を追いかける番じゃなく、背中を見せる番だ、スズカに追いついてみろと、走りで見せなくちゃいけないんだ!」
「はい!」
「スズカ、レースに出たいならいつまでも怖がってちゃだめなんだ! 背中を追いかけることを怖がるな!」
「はい!」
スペは振り向かなかった。ただひとつ息を吸って涙を拭って、一言呟いただけ。
「......スズカさん、先に行きますっ!」
スペが走り出した。あとはスズカだけだ。
「勝負は無効になってない。私の背中に追いついて見せろよ!」
「先頭は、私だけのものですっ!」
同じタイミングに踏み込み、ゲートが開いた時のようなロケットスタートで同時に走り出した。
ここからは緩やかな上り坂を経て急な下り坂が長く続き、そこから少しくねった道を行くコース。行程5kmだが体感は3kmもないだろう。
レース以上のスピード、やっぱり、今の一言だけでスズカの調子は元に戻った、いやそれ以上かもしれない。あっという間に坂の頂点を抜けて、先頭が見えてくるくらいの速さだ。アスファルトってこともあるが、レースの時と同じがそれ以上の速さ!
「私は、まだいけるっ!」
一段どころか数段ギアをすっ飛ばして、スズカがトップギアに入った。私を軽々と追い越し、スペも抜かし、他の全員も追い抜かしてあっという間に先頭に立った!
「ああああああああああああっ!!!!!」
「アレが、アレがスズカだ。俺が惚れ込んだ、最速のっ......!」
そこで私は緩やかにブレーキをかけるようにスピードを落とし始め、集団から遅れ出す。原付のトレーナーが寄せて私に焦った顔で呼びかける。
「ど、どうした、怪我か?」
「いや、だってこの先は......急カーブじゃなかったでしたっけ?」
「と、とまれ、とまれ、なーーーーいっ!?」
「「「「こっちも無理ぃーっ!?」」」」
「......あら?」
そのまま曲がり角を無視して直線で森の中に突っ込んでいく皆。初めて聞いたスズカの情けない声に思わず立ち止まってしまったが、
「お前らだ、大丈夫かー?」
「......まぁ、大丈夫じゃないですかね。この先砂浜ですし」
数秒としないうちに、誰かが水に突っ込んだらしい大きな水音が響いた。森を抜けた先は、確か砂浜のはずだったか。
「なんというか、締まらない終わり方ですこと」
「早くいくぞ、エース!」
「おっと」
それからの顛末から話すとまず怪我人はいなかった。ただ某ホラーな映画よろしくひっくり返って水面から足だけ突き出した揃いの姿勢で倒れてたことに笑いを抑えきれなかった。
「お前ら、ぶぁっかじゃねーのっ!?」
「写真撮っとこ、あははは、はっ?!」
「トレーナーさんだけずるいですよう!」
「フクキタルちょ、のわーっ!?」
「トレーナーもですっ!」
「俺もかよーっ!?」
その後復帰が1番早かったフクキタルに捕まえられて海に放り投げられたというのが、オチになるだろうか。
◇◇◇
「結局全員棄権だったのにスイーツバイキング奢ってくれるなんて、トレーナーと違って太っ腹だぜ!」
「あのなぁ、これトレーナーちゃんも半額出してるから」
「マジ? サンキュートレーナー!」
「お礼はちゃんと言いなさいよウオッカ!」
「んだと!」
「そういえばあんなスズカの声初めて聞いたよ、『とまれなーい!』なんてさ、あははっ!」
「トレーナーさん、私スズカさんと絶対走ってみせますっ!」
「ちゃんと食べてから喋ッたらどうだ、行儀悪ィ」
「もぐ、もぐぐっ!?」
「フクは欲張りすぎ!」
終始無言なトレーナーちゃんはスイーツに手もつけず肩を震わせるばかり。
「トレーナーちゃん? どったの、お腹痛いの?」
「感動したっ!」
「のわっ!」
心配そうに声をかけたテイオーのことなんてお構いなしにバン、とテーブルを叩いて立ち上がったトレーナーは笑っていた。
「新しい夢ができたぞ、みんな!」
「夢!」
「俺は、お前ら全員が参加するレースが見たいっ!
そう、今日みたいなワクワクするようなレースをだ!
これからはお互いをライバルとし、助け合い、駆け抜ける!
チームスピカはここからが本番だーっ!」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」
「......うし、じゃあまずは私から頑張らんとな! トレーナーちゃん、次のレースはまかしとけい!」
「おう、期待してるぞっ!」
「よしゃーい! 新生スピカ、ここからがスタートだ!」
拳を突き上げ、決意を露わに。
私は背中を見せることをもう恐れない。どれだけ泥臭く、情けなく、小さな背中であっても、もう私は恐れない。
「秋のレース全部勝つ! 私も、スペも、スズカもだ!」
次回より最終章です。本当の本当にラストスパートですよ!