「んで結局なーーーーーんにも思いつかなかったワケですよ。無策でレースに挑むのって初めてで一周回ってハイテンションになってきました」
「そうはならんだろ」
「なってるんだよねぇ」
トレーナーちゃんと私、2人のため息がシンクロする。そう1週間ではなんも思いつかなかった、結論としてそれに尽きるのである。
「トレーナーちゃんはスペのレースとかスズカの復帰プランにかかりっきりだからしょうがないけど、私は向き合って
「いんや、これもトレーナーの責任てやつだよ。何もできてなくても俺はお前のトレーナーなんだからさ」
「背負いすぎじゃない?」
「背中の荷物を減らしてやらんと夢は背負わせられんだろう」
「なるほど確かに?」
「走りに集中させることもトレーナーの仕事だよ」
とはいうものの限度もある。こればかりはレースに出るメンバーと用意できる準備期間が不釣り合いすぎたから致し方ないといえばそれまでだ。
公式で配られた番組表より詳しいでおなじみ月間トゥインクル号外編を開いてみれば、私の置かれておる現状を再確認できるというもの。
二強対決という煽り文句が躍るが、これを書いたのはあの乙名史記者だ。ウマ娘とトレーナーに対して過大評価しがちな乙名史記者ではあるがことレース評価においてはあれほど信頼できる外部の人間はいない。
タマモクロスが去り、かの『三強世代』と呼ばれるオグリキャップ、スーパークリーク、イナリワンの3人が調子を落としており、ナリタブライアンも現役時代の影響かここ最近は力をセーブせざるをえないのか凡走が続く。
その中で一位を独占し続ける、つまるところ圧倒的走りを見せつけてきたルドルフだが、先のWDTでルドルフから粘り切ったシービーもまた評価が高い。マルゼンスキーも善戦してはいるが、前レースを鑑みれば2強対決となるだろう。今季から参加のエアグルーヴやカツラギエースがレジェンド達とどう走るのか注目したいが、距離の壁に対しどう立ち向かうか期待という文言で締めくくられていた。
そう、距離の壁。私に取っては頭の痛い言葉だ。
「よりにもよって、中山2500mなのがなあ」
今日のレースで最悪なのが、2500mという距離かつ中山開催なことだ。私はもとよりマイルも走れる中距離ランナー。速い展開を好み、スタミナ勝負や瞬発力には他と比べて若干劣るタイプのウマ娘だ。
コーナーが多く転じてスピードを落とさなければならない場所が多いこの場所はスロー勝負が多く展開的にも適正的にも正直得意じゃない。いくら中山の直線が短かろうがそれをぶち抜いて勝ってきたウマ娘は今回はごまんといる。
「走れなくはない、走れなくはないんだ。それが悪い」
「なんか見たことあるようなやりとりしてんなぁ」
「デジャブ?」
「それ」
トレーナーちゃんの妄言は聞き流すとして、展開はどうなるか。
逃げといえばマルゼンスキーとアイネスフウジンの2強、あと予選上がりのハードパンチャーだかが先頭争いをするだろう。お互いスタミナ自慢ってわけではないから後ろがせっつかない限り普通〜微速くらいのペースになるだろう。
んで先行集団がルドルフをはじめとするイカれた奴らの集まりだ。普通に走るなら私もココ。逃げてもいいが戦略が立てられんなら私は逃げたくないし長距離ともなればスリップストリームを活用していかないと乗り越えるのが難しい。
差し、エアグルーヴでもナリタブライアンでもマーベラスサンデーでもなんでもいいが、ポジション争いはしたくないな。というかここにいたら負ける。
追い込み策を取るウマ娘、シービー以外でいの一番に思いついたゴルシは『見せ場を潰すほど野暮じゃねーよ!』と言ってできたはずの出場を蹴り、他は不在で本当にシービーだけ。
行った行ったの前有利になりがちな中山でシービー自体も中山はそこまで得意じゃあない。ま、気楽に走るならシービーと並んでここで走るのも悪くない。負けるが。
「改めて振り返るとどこ走ってもどーにもならん、誰も彼も強すぎる、んがー!」
バリバリと頭をかいて状況が好転するなら苦労しないが、こうでもしないとやってられないくらいにはやけっぱちな気分なんだ。
「もういっそ大逃げしちまえ」
「そう簡単に言わんでよ。大逃げなんて最近は練習してないし、だいたいこんな大舞台でズブズブに沈んで負けたくないやい」
「昔の自分は信じられないか?」
「綺麗に負けたわけですし同じ轍は踏めませんし踏みません。もっと正攻法のもう少し誰も彼も出し抜ける方法があるはず」
「ねえよそんな都合のいいもん。トレーナー何年やってんだよ」
「......そうですよそうですよ」
私は雑誌を放り投げた。もうトレーナーちゃんの質問は「腹の方は決まってんだろ」と言ってるようなもんだ。私だって気がついてはいるよ、勝算を見出すならもうこの走りしかないってさ。
「もう一度自分を信じろ。お前なら行けるさ」
「うー、確かにそうですけど」
「あの時は上手くいかなかった。でも今度はうまくいくさ。うちにはスズカがいた。あの走り見ただろう。先頭を駆け抜けていく、あいつの姿をさ」
「あれは彼女だけの到達点です。私には無理ですよ」
「いいや行ける。終着点が違うだけさ。お前も『先頭の景色の先』を拝んでみろ。JCの時だってあれは失敗だった」
「ハァ?」
「おおう、冷たい目すんなよ。別にバカにしてないさ」
どうどうとトレーナーちゃんは抑えるような仕草を見せるが、納得いくわけない。あの運と実力双方がなければ叶わなかったあの渾身の走りが『失敗』だったと言われて腹が立たないわけがない。トレーナーちゃんでなければ脚が出ていたところだし、生徒時代なら尚更だが今はお互いに大人だ。ゆっくりと一度深呼吸して気持ちを落ち着かせて、続きを促す。
「それで?」
「ん、なんというかお前の走りはいっつも窮屈そうでな。いや、お前にできる最適解で走ってるのはわかってるし。お前の努力で勝ってきたレースがないわけじゃねえ、お前の努力は無駄じゃなかった、そこは否定しない。
でもこのレースは『勝たなければいけない』レースじゃねえ。G2だかG1だか堅苦しい格もなければ、1ヶ月後にある次のレースのことを考える必要もねえ、真剣勝負だがお祭り騒ぎだ。だったらそんなしょぼくれた顔せず、なーんも考えずどーんと構えてゲートに入って、なーんも考えずに走っちまえ! どうせ2度目はないと思ってたレースなんだろう? 楽しめよ」
「あのさぁ」
思わず気張っていた肩の力が抜けていく。そうだ、ウチのトレーナーは肝心なところが適当で当人任せなこういう人だった。
「もっとこう、勝て! とか、頑張れ! とかじゃなくてさ、楽しめ! なのはなんでさ。そういう言葉をかけて奮起するわけでもないウマ娘ってのはわかってるでしょ、もう5年以上は付き合いあるんだから」
「だからさ。お前は頭が硬すぎるんだよ。理論が先行して、心が追っ付いてないんだ。たまには理性で走らず、心で走れ」
「心で、ねぇ?」
「心だ。お前の心の強さは三冠ウマ娘にだって引けをとらねえ。ねじ伏せろとも圧倒しろとも言わねえ。華麗に勝てとも求めねえ。泥くさく、汗に塗れて、不恰好でも、先にゴール板を越えちまえばいいんだからよ」
なんだったら負けても誰もお前なんて責めねえしよ、なーんて最後に軽く言っちゃうあたりがこの人なのだ。続けてトレーナーちゃんは言う。
「負けても次があるのを1番知ってるのはお前だ。なら、このレース負けても次に勝つために何ができるかくらい拾ってこい」
「次なんてないよ。私はこれがラストランで引退届だって出したんだから出し切ってくる」
「ああ、握り潰しといたからそれ。べつにやらんでもいいぞ」
「なんて?」
「冬も来年も走れるってことだよ。第一、お前が引退したら俺の夢が叶わねえじゃねえか」
「勝手が過ぎるよ! トレーナー業に集中できなくて負担かけちゃうじゃん!」
「トレーナーの前にお前は俺の担当ウマ娘だ、トレーナーのお節介をありがたく受け取っとけ」
「ぐぬぬ」
勝手に出走登録したり取り消されたりと連絡不行き届きなのはいつものことだ。今更どうにもならないことで喧嘩をする時間もないし、そんなんで体力を使いたくはない。にしても夢が叶わなくなるから、というのは夏合宿の時にトレーナーちゃんが宣言したアレか。
「スピカ全員でひりつく勝負がしたいって私も入れてってこと? ロマンチストがすぎない?」
「夢を見るのが俺たちの仕事だ、頼むぞ」
「努力はしますよ」
「らしいことを言うな。そろそろ時間だ、行ってこい」
「ん」
「ん」
軽い合図ののち拳を突き合わせるのは昔からのルーティーン。これがあるのとないので案外やる気ってのも変わってくる。いわばスイッチの切り替えのような、腹を括る合図というか。
「行ってきます」
「おう、待ってるぞ」
最後に多くは語らない。あとはレースで語るだけだ。