『続いて4枠8番。12番人気、カツラギエースです』
パドックに通じる地下通路を渡り階段を登り、アナウンスに合わせてお立ち台に立つ。決めポーズってわけでもないが、見せるのも大事と言うことでカッコつけて軽く一回くるっとターンしてみせると観客席からは小さくない歓声が聞こえて、少しだけ嬉しくなった。
にしても悪くない位置を引けたのは自分のくじ運を褒めたい。4枠の位置は中段、下げるのにも困らず、抜け出すのにも苦労はいらない何でもできる場所なのはよく知っている。前重視だからもう少しばかり距離ロスのない内枠でも構わないくらいだったが、外枠で距離ロスの多いハズレくじを引くよりはマシだ。
「やっ」
「お前が先かよ......つくづくやんなるね」
パドックの台から降りてスペースで準備体操しようとするとシービーが手を上げて、廊下でたまたま知り合いとすれ違ったような気軽さで待ち構えていた。そのシービーは3枠5番。内枠でロスなく下げて後方内側が取れる、追い込みをするには良い場所だ。
「全くいい場所引きやがって、三冠バはくじ運もいいのか?」
「別に場所なんて関係なくない? 今回は隣にも人がいて楽しそうだしね」
「そういうところが嫌いなんだよ」
皮肉も意に介さないどころか大真面目にあさっての方向から答えられてしまっては毒気も出せないというもの。強者の言うことは違うね、とひとりため息をついていると観客席から自分の時より数倍もの大きな歓声が上がる。
『5枠9番、1番人気、シンボリルドルフです』
パドックのお立ち台に立つ、見慣れた鹿毛に白い三日月のような流星。このために用意されているドレスのような共通の勝負服は白と勝負服のメインカラーである深緑色。誰もが知ったり無敗三冠、シンボリルドルフの登場だ。
熱烈なファンが彼女の名前を叫んだり、今日も勝ってくれよと声援を受けるさまを見ながらまたため息をつく。
今朝から気が重い理由の一つがこれ。よりにもよって私が引きあてた場所はルドルフの真隣。何をするにしても目を付けられてマークされればもう最後の1番引きたくなかったウマ番だ。引いたのが最内か大外枠でルドルフがその反対の枠を引いてくれたのならどれほど気が楽になったかと思わずにはいられないが、現実逃避やたらればの話をするのはもうやめだ。腹を括れカツラギエース、決まっちまったものはしょうがない、切り替えるんだ。
「調子良さそうじゃないの」
「ああ、先輩。今日はよろしくお願いしますね?」
「うん、よろしく! 楽しいレースにしようね!」
私の返事に和やかに返すルドルフの目は全くもって笑っていない。今すぐにでもバシッと電光が走りそうなくらいに鋭いナニカを感じるってものだ。シービーの方はふふふ、と滅多に出さないような声に出して笑っているあたり本当に心の底から楽しそうに笑っているに違いない。
そう。アイツらは楽しそうに、強者との戦いを待っている。自分と同じかそれ以上の走りを肌で感じたい、自分を倒す猛者の出現が現れるかもしれないという期待。何より現役時代のリターンマッチ、この間のWDTのリベンジマッチが2人の間にはある。その実現を待ち望み、その上であの2人は自分が勝つことを疑わない。
あー、胃が痛い。こちとら走るだけで精一杯なんだ。楽しむ余裕なんてないってのに隔絶した実力差を感じてしまって全く本当に嫌になる。あの2人にはレースを楽しむ余裕があることも、2人が求めるであろう強者に私がしっかりカウントされてるであろうこともサイアクだ。
2人の間でバチバチと無言ではあるがとんでもないレベルの殺気めいた何かを飛ばし始めたのを見て、仕方ないと間に割って入った。
「御二方、にこやかに交流するのはいいけど手でも振ってファンサしないと。アンタら三冠ウマ娘でしょ、人気なんだからもっと愛想良くしなさいよ」
「......君からファンサービスについて小言を言われるとは思わなかったな」
「スピカのメイクデビューのやらかしが忘れられなくてさ。あれ以来ダンスとファンサービスに手抜きはしないって決めてるんだから」
「そんなこともあったな。もうずいぶん昔のように思うよ」
「つーかあれ以来エアグルーヴがしつこいの何の。あの
「......だ、そうだが?」
「ゴールドシップはあなたが思うより数倍は校則違反をしているんです。そちらにこそ手綱をつけるべきでは」
「うげ、エアグルーヴ」
私の後ろに現れたエアグルーヴに驚く。そういえば内枠に彼女もいたことも思い出しながら、取り繕うような言葉を言おうとしてやめた。最後になるとは言わないが、会う機会ももう少なくなっていく。卒業なんてすればもう会うこともなかろう、なら多少ぶっちゃけても本人からしか文句は来ない。
「あれはあれで後輩思いなんだ、多めに見てやってくれないかな」
「全く......注意はしておいてくださいよ」
「すみませんね」
「もっと堂々としてください。倒し甲斐のない相手を倒しても嬉しくもないですからね」
それではと言ってくるりと反転したかと思えば、自分の世界に没頭するように腕を組んでいってしまった。どこに差し伸べる訳でもない私の手は行く当てもなくふわふわと浮いている。
「よかったじゃん。追いかけられる後輩ができて」
「もしかしてさ、私って案外挑戦者って立場でもない?」
「先輩は日本出身で初めてジャパンカップを制したウマ娘ですよ? 貴方を目標に学園の門戸を叩いたウマ娘も少なからずいます」
「まっさかぁ!」
ルドルフの言葉に思わず大声を出してしまったが、ルドルフの目は冗談を言っているようには見えなかった。笑い飛ばそうと大声で笑っていたが徐々にトーンダウンしてしまい、思わず、声を小さくして聞き返す。
「私よりも三冠ウマ娘2人を目標にするでしょ。そんな物好きいないってルドルフ」
「リギルの選抜レースで見たことありますよ?」
「......マジ?」
「あっはっは、だから言ったでしょルドルフ。エースは自分の凄さ
「先輩。そもそもG1を2勝しているのだからもっと自信を持ってください」
「あ、はい。なんかごめんなさい」
◇◇◇
「夏の中山ってこうなってるのか、新鮮だな」
「あれ、走ったことないの?」
「お互い様でしょ」
「バレたか」
シービーのちょっかいを適当にあしらいつつ、しゃがみ込んで軽く芝を撫でたり、ちぎったりしてみる。もうレースの本バ場入場が始まりパドックから歩いてコース、そしてスタートゲートへ向かっているところだ。コースを隅から隅まで下見できるスクリーニングほどは調べられないが、この時間に軽く調べておきたかった。
今日の中山芝コースのバ場状態は良の発表。前に走った短距離マイル組のレースで若干踏み荒らされてはいるものの、芝はきっちり短めに刈り込まれ、ほとんど踏み荒らした跡も芝のはげもない綺麗なコースだ。
こうも綺麗だと意識的に落としても思うよりハイペースになりそうな予感がする。こんな状態が良すぎる芝はわたしは走ったことない。こんな芝のいい状態で走れるレースは基本的にメイクデビュー、未勝利戦が殆ど。私はメイクデビュー辺りはトレーナーちゃんの提案で足への負担を減らすために短距離マイルの距離で走ったもんだから長くても1600m、しかも阪神が主戦場だった。だからこんな軽い芝で2500の長距離を走った経験はないし、中山なんて走ったのは3回くらいだ。
重賞街道に乗れば当然G1、G2と荒れた芝を走る経験は積めるがその逆はできない。未知のレースになるかもしれないな。
ここまで地面も固く芝も短いとなれば外を回そうがインをつこうが同じだけ芝は応えてくれるはず。こうなると強いウマ娘が策いらずで勝ててしまう、私泣かせの展開になりそうだ。無理やりに外を振らせてもあまり影響はないかもしれないからやめておくべきだろうか。稍重くらいの方が頭が使いようがあったもんなのに、どうして景気良く日本晴れになっちゃうかね?
「いいじゃん、青空だってキモチイイのに」
「しれっと考えてることを読むんじゃないよ」
「上向いて難しい顔してたら誰だってそう思うよ。最後のレースなんだし気持ちよく走る、そうでしょう?」
「......そうだね」
ルドルフには伝えていないがシービーだけには隠したくはなかったからこそ、私の引退レースがこれだということは早々に伝えてある。トレーナーちゃんはなにやら画策してるっぽいけど、これで全部出し切るつもりで走るつもりだとね。
そうしてもなんともシービーは表情を変えなかった。ただ少しだけ驚いたように目を開いていた気もするが、「じゃあ、いいレースにしよう」とだけ言って握手をしてといつものシービーだった。すぐにそのまま別の話題になってしまったことで不思議と何も思わなかったが、何か思うところがあるのやら。
最終コーナーの方をじっと見て何かの思い出に浸っているらしいシービーを眺めながらため息をついた。思い浮かべているのは皐月賞か菊花賞か、はたまた有馬記念か。
少なくとも私はその中にはいないだろう。まあ、私はその程度のウマ娘だろうて。
「細工は足りず準備もイマイチ、あとは仕上げでどうにかするか......」
バッチリ9時間寝たことくらいしか誇れないが、虚勢だって気合いのうちに入るだろうか。
堂々と胸を張ってゲートに入る。あとはどうとでもなれだ。
1枠 1番 ヒシアマゾン
2番 エアグルーヴ
2枠 3番 ハードパンチャー
4番 フジキセキ
3枠 5番 ミスターシービー
6番 ナリタブライアン
4枠 7番 ゴールドシチー
8番 カツラギエース
5枠 9番 シンボリルドルフ
10番 ライトザライト
6枠 11番 マヤノトップガン
12番 メジロライアン
7枠 13番 オグリキャップ
14番 セイントトレイル
15番 マーベラスサンデー
8枠 16番 アイネスフウジン
17番 オーバースカイ
18番 マルゼンスキー
『さあ各ウマ娘がゲートに収まりまりました。伝説のウマ娘が揃えども、栄光の1着はただひとりのもの。サマードリームトロフィー:中距離部門。今───』