俺だけにウマ娘のステータス画面が見えている   作:酒池肉林太郎

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なんか長いから二話に分けました。
後編は今日か、遅くとも明日落とします。


トウカイテイオー③前編

〝8月頭に合宿をやるから都合が合えば参加してくれ〟

 

週末の午後。

ふとS先輩に呼び出されて、手短にそう伝えられた。

なんでも今夏は成績の良い幾つかのチームで合同合宿をやる予定らしい。

 

本来なら俺とスズカのような新米同士、ましてや二名という少人数に誘いが来るような話ではなかったが、リギルに縁があるという理由と将来性を見込まれ、特別に参加の打診があったようだ。

 

合宿に関しては既に予定していた計画があったが、先輩直々の命令、というかとある頼みがあって断り切れなかった。

 

なんでも未だトレーナーのいないデビュー前(且つ有望)のウマ娘も何人か見繕って参加させるので、そいつらの面倒も見て欲しいとのことだ。

 

俺は今スズカの専属トレーナーとして業務を行なっているが、本来ならチーム単位の管理を任される役職だ。

 

他人より少ない仕事を行なっている分、すんなりと断れるはずもなく、俺としては二つ返事で了承するしかなかった。先輩がかなり申し訳無さそうに頼み込んできた、というのも大きな理由だったが。

 

俺はこの決定を早速スズカに伝えた。

 

〝合同合宿…ですか〟

〝でもマンツーマンなことに変わりませんよね?それなら全然問題ありま…え?〟

〝三人?え…?何が三人なんですか?〟

〝私の他に三人、参加するんですか?〟

〝合宿の間だけ、一時的にその娘達のトレーナーになる?〟

〝はあ…臨時的なチームを…。そうですか…〟

〝トレーナーさんと二人での合宿、思い切り集中して臨めるかと思っていたんですが…〟

〝いえ、いいんです…〟

〝私はぜんぜん気にしてないですから〟

〝ほんとぜんぜん、気にしてないですから〟

 

スズカは意外にも露骨に浮かなそうな顔で言外に訴えて来た。

だが気持ちは分かる。

俺とて面識のない奴らと寝食を共にすると思うと気が滅入るだろう。

 

だが、実際他の選手から得られるものは多い。

この前のルドルフの言葉が真実ならば、今のスズカでは俺の指導通りの成長しか望めず、彼女本人が他との交流で得られるものは少ない。気の合う仲間とだけではなく、他のウマ娘とも積極的に仲良くなって貰いたいものだが…。 

 

それこそ、俺が不必要になる程に。

 

「トレーナー君…?」

 

休憩室で色々と思案していると、ふと出入り口のドアからルドルフが現れた。

 

「君もまだ残っていたのか」

 

あっけらかんと言うルドルフだが、腕時計の短針は9時を回っていた。まだ残っていたのか、はこちらの台詞だ。生徒会の仕事、そんなに忙しいのだろうか。いや、こいつの場合事務処理とトレーニングとの両立でこの時間になっているのだろう。

 

「丁度良い。君に聞きたいことがあったんだ」

 

「何だ?」

 

「最近、テイオーにおかしな点はなかったか?」

 

曖昧で意図が読めない質問だ。

どうやら訳ありらしい。

 

「そういえば、ここ1週間くらいはあんまり話す機会が無かったな」

 

少し前までは部室にちょくちょく遊びに来ていたが、そう言えばぱったりと来なくなった。あいつが来ると賑やかになるので、それなりに話し相手としては面白かったのだが。その間スズカが借りて来た猫みたいに大人しくなるので一長一短ではある。

 

「そうか。ならいいんだ」

 

「何かあったのか?」

 

「いや、少しな…」

 

ルドルフはバツが悪そうな顔で目を逸らして、俺と同じテーブルの席に腰を下ろした。

 

「もしかしたら少し落ち込んでいるかも知れないから、今度会ったら何も聞かずに優しくしてやって欲しい」

 

「そういうことならもっと親しい奴の方がいいだろ」

 

「何を言う。テイオーは君には珍しく懐いてるんだ。フォローするなら君だ」

 

そうだろうか。

俺だけどうこうしている感覚はない。

 

「まあ、次に見かけたら声くらいは…」

 

何気なく壁面の窓の外を眺める。

その時、暗がりのターフを走るトウカイテイオーらしき姿を捉えた。首にライトをぶら下げて前方を照らし、黙々とコースを回り続けている。ペースからしてクールダウンの気配もない。ナイターは既に落とされていた。

 

「…一応、門限に関しては正式な手続きを取った上で練習を行なっている」

 

ルドルフはそう言うが、その顔からは懸念が滲み出ていた。察するにここ最近無茶な練習でもしているんだろうか。

 

「ちなみにテイオーは、はちみつドリンクが好きだ。屋台のものが好物だが、ここの自販機でもボトルで売っている」

 

…今から行くのは少々手間だが、見かけたら声をかけると約束した手前、反故にする訳にもいかないか。純粋に足のことも気になる。

 

「お前は来ないのか?」

 

「いや、私では駄目なんだ」

 

ルドルフはかぶりを振って、少し気落ちしたように顔を曇らせた。

 

「君がこう…なんというか、上手いことやってテイオーのオーバーワークを止めてくれると助かる」

 

ルドルフらしからぬ雑な願いを取り敢えず承諾して、レース場へと向かう。

 

到着した頃、丁度トウカイテイオーは休憩を行っているところだった。

 

「あ、トレーナー」

 

近寄るや否や、トウカイテイオーはいち早く俺の気配に気づいた。

どれだけ走っていたのか、顔は滝のような汗で覆われていた。

 

「どうしたの?何か用?」

 

トウカイテイオーにしては素っ気ない反応だ。

そういえば、この前公園で会った時も妙にテンションが低かった気がする。もしかしてあの時から既におかしかったのだろうか。

 

「いや、お前が練習してる姿が見えたからな」

 

言いながら、買って来たボトルを差し出す。

 

「疲れただろ。水分補給は小まめにとっといた方がいいぞ」

 

「…あ、ありがと。これ、好きだからよく飲むんだ」

 

少し震える手で力なくボトルを受け取る。

よほど走り込んでいたのか、彼女の頬はまだ微かに赤く染まっていた。

 

「そろそろ切り上げたらどうだ?」

 

「ううん。まだ全然足りないよ」

 

即答したことに少なからず驚きを覚える。

全然とは、一体何時まで走るつもりなのだろうか。

 

「もっともっと、走らないと駄目なんだ。じゃないとボクはカイチョーみたいにはなれない」

 

「そうか」

 

どうやらかなり固い意志の下で練習に臨んでいるようだ。この気迫、ルドルフが案じるのも分かる気がする。

 

体調を確認してみると体力は止めるか否かギリギリのラインまで迫っていた。スズカ同様、ここまで自分を追い込めるのは一つの才能だ。大抵はここに来るよりも早く気力が折れる。

 

短い付き合いだがこいつの思考パターンはなんとなく掴んでいた。今無理に止めるより、監視のもとで練習させた方がいいかもしれない。

 

「なら今日だけ付き合うか」

 

「え?いいの?ボクあと1時間くらいは続けるつもりだけど」

 

「別にいい。気になる点があったら声をかけるから、そのまま続けろ」

 

「ふーん…。ふふ…」

 

トウカイテイオーは相槌を打って、何故か小さく笑った。

 

「どうした?」

 

「…いや、最近『無理するな』って言われることが多くてさ。遅くまで練習してると、職員さんとか、友達とか、とにかくよく止められてたんだ」

 

トウカイテイオーはどこか暗い笑みを浮かべながら、

 

「変な話だよね。ボクは全然へっちゃらなのに」

 

至極真っ当な忠告のように聞こえたが、しかしトウカイテイオー本人は気にする素振りはない。むしろ案じられていることを疎ましく思っているような態度だった。

 

「だからちょっと嬉しかったんだ。こうやって頑張ってる時、応援してくれる人がいて」

 

俺とて別に喜んで協力してる訳じゃない。

これは妥協案だ。

本音を言えば今すぐに休んで欲しい。

これ以上は恐らく身体に障る。

トウカイテイオーの脚の脆さを考えると、どうしてもあの時のあいつと姿が被る。

 

俺は結局、俺の心を守るためにこいつを気にかけているに過ぎない。

 

「とにかく怪我にだけは気をつけろよ」

 

「も〜!心配性だなキミは!さてはボクのことが気になったりするのかな〜?」

 

「ああ」

 

「え?」

 

「お前は新人の中では素質がある」

 

「あー…はいはい。ボク速いからね。うん、仕方ないね」

 

トウカイテイオーは一瞬真顔になって目を逸らすと、自分の頬を諸手で軽く叩いた。

 

「とにかく!無敵のテイオー様は体調管理もバッチリだから大丈夫だって!ほら、長距離やるからタイム測って!」

 

ストップウォッチを受け取る。

ようやくいつもの調子に戻ったトウカイテイオーはその後、疲弊しているとは思えない走りで俄かに俺を驚かせた。

 

そんな俺達二人を、ルドルフはどこか困り顔で微笑みながら窓から眺めている気がした。

 

明日はしっかり休め。

そう釘を刺して、10時過ぎに解散した。

 

 

スズカのマイル走が控えた試合前の休息日。

一人職員室で出バ表を眺めていると、ふと携帯に着信が入った。

 

『仕事中にすまない、トレーナー君。テイオーを見なかったか?』

 

通話を始めた途端、矢継ぎ早にそう聞かれた。

ルドルフにしてはやや焦燥感を抱いた声色だ。

 

「いや、今日は見ていない」

 

『…学園のどこにもいないんだ』

 

聴きながら、窓の外に視線を移す。

今日は外での練習が中止になる程の雨が降っている。

台風とまでは言わないが風もそれなりに強い。

もう放課後だが、出来ることと言えば室内トレーニングぐらいだろう。

 

「寮は?」

 

『マヤノに聞いたが部屋には居ないらしい。携帯も繋がらない』

 

「そうか」

 

恐らくルドルフはトウカイテイオーがこの雨の中で走り回ってることを危惧しているのだろう。だが、単純に街に買い物に出ている可能性も捨てきれない。それにまだ学園を探しきれていない可能性だってある。

 

頭の中ではそう理解していても、俺はいつの間にか職員室を後にしていた。

 

「お前は敷地内を探せ。俺は念のため外を見て来る」

 

『すまない』

 

「門限が近くなったら他の教員にもちゃんと連絡しろ」

 

『分かってる』

 

短いやり取りを終えて通話を終了し、傘を片手に学園の出口を目指す。

 

早足で廊下を歩くその途中、見知った顔が級友と談笑している姿を見かけた。

 

「駄目ですよ、エル。今日は雨天なんですから、部屋の中で出来るトレーニングにしないと」

 

あの淡い栗髪。

グラスワンダーだ。

そういえばトウカイテイオーと学年は違うがこいつも中等部だった。

 

居場所までは知らずとも、最後に目撃した場所と時間から何かヒントを得られるかもしれない。

駄目元で聞いてみるか。

 

「でも今日は校庭100周の日デース!!」

 

「エル〜?言うこと聞かないと後で何かあっても知りませんよ?」

 

「む、むむむ…!グラスがそう言うなら筋トレビッグ3倒れるまでやるデース!」

 

「筋力トレーニングをやるなら、ちゃんと自分の脚と相談して、方向性を…」

 

「今日はすぐマシンと器具埋まるのでお先にジムに行くデース!」

 

グラスが何か言うよりも早く、今まで会話していた友達らしき者は早足で何処かへと走り去って行ってしまった。

 

「あらあら…行ってしまいましたね」

 

グラスが平坦な声で独りごちる。

あのレスラーマスク、恐らく選抜でスペシャルウィークを下したエルコンドルパサーか。

いや、そんなこと今はどうでもいい。

 

「グラス。ちょっといいか」

 

「はい?私に何か御用────」

 

グラスがゆっくりと振り向く。

そうして俺と目が合った瞬間、それまで穏やかだった彼女の表情が露骨に冷たく引き締まった。

 

「…………何か?」

 

「トウカイテイオーを見なかったか?」

 

グラスは目を合わせないまま端的に答えた。

 

「私は見ていません」

 

「そうか…」

 

やはりそう都合よく目撃者はいないか。

いや、そもそも学園内はルドルフ達に任せた方がいい。

さっきそういう話になった筈だ。

柄にもなく焦っている自分がいる。

とにかく俺に出来ることは社宅に戻って車で外を探すことだ。

ターフに居ない以上、何かあるとすれば外だ。

探した結果いなければそれに越したことはない。

 

「それだけですか?」

 

「ああ、すまん。時間を取らせた」

 

「…失礼します」

 

早々と背を向けるグラス。

それとは別の方向へ小走りで駆ける。

こんな姿を他の教員に見られれば後で注意されるだろうが、それを失念する程度には、その時の俺は焦りに支配されていた。

 

あいつだって馬鹿じゃない。

俺の忠告にもきっと耳を貸しているはず。

だがそれでも嫌な予感が拭えない。

 

あの疲労度のまま、忠告を聞かずに練習を続けていたとすれば…。

 

俺の能力は選手の走行性能は正確に割り出せるが、その反面怪我には少し鈍感だった。

 

だからこそ学術機関で正しい知識を身につけ力を補強した。

 

ウマ娘は怪我がつきものだ。

同じ骨折でも人間の倍、ともすれば治療に三倍の時間がかかることも珍しい話ではない。 

 

だから怪我の知識を可能な限り詰め込んだ。

それこそタキオンが考案するウマ娘の原子配列の構造解析図の研究まで手伝って、ウマ娘の体を調べ上げた。

 

だがそんなもの、手遅れになった後では何の意味もない。

 

少なくともあの日。

俺が病院へ駆けつけた時には、もう全てが終わっていた。




セイウンスカイの義理の弟に転生したい。

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