俺だけにウマ娘のステータス画面が見えている   作:酒池肉林太郎

12 / 15
手記

1月○日

今日から日記を書くことにした。

文字に書き出すことでストレスが軽減されるらしい。

友人に勧められた。

 

1月○日

食欲がない。

 

1月○日

散歩した。

 

1月○日

部屋の整理をした。

 

1月○日

散歩した。

 

1月○日

散歩しなかった。

 

1月○日

食欲がない。

 

1月○日

散歩しなかった。

 

1月○日

実家の方から電話が引っ切り無しにかかって来る。

今更話すこともない。

 

1月○日

グラスから電話がかかって来た。

そういえばこいつ、もう日本に引っ越していたのか。

だが今は誰とも話したくない。

しばらく無視だ。

 

1月○日

最近グラスから電話が頻繁にかかって来る。

俺の身を案じてなのか、それともまた罵倒するつもりなのか…。

メッセージは来るには来るが「話せますか?」等の短文ばかりで真意が読めない。

とにかく今はとても話せる気分になれない。

無視だ。

 

1月○日

グラスから電話が鳴り止まない。

携帯の電源を切っておくことにした。

 

1月○日

最近ようやくグラスから電話が来なくなった。

諦めたか。

 

1月○日

冷静に考えるとずっと掛かってくるグラスからの電話を無視するのは流石によくなかった。

謝ろうとかけ直してみたが今度はあいつが出ない。

アメリカで大切なレースを応援しに行く約束をすっぽかした件もある。許してもらえないかも知れないが、今度会ったら直接謝ろう。

尤も、もう二度と会えないかも知れないが。

 

1月○日

今日、彼女の両親が家を訪ねて来て、遺書を渡された。

あいつが生前書いたものだ。

封筒は皺だらけで、ゴミ箱に捨ててあったものを死後見つけて回収したらしい。

つまり本来俺に渡す気のなかったものだ。

今のところ読む気は無い。

読めない。

だがお守り代わりに取っておくことにした。

あいつに貰った医学書に挟んでおこう。

 

1月○日

気分が優れない日が続く。

いっそのこと旅にでも出てみようか。

 

2月○日

トレセンの内定式があることを思い出した。

去年行けなかった人向けの二度目の内定式だ。

だが今更あの職業に未練はない。

辞退しよう。

 

2月○日

辞退の旨を伝えようと学園に訪れた際、あるウマ娘を見かけた。サイレンススズカだ。だが去年見に行った選抜レースのような鋭い走りではなかった。

軽く見た感じ調子をかなり落としていた。

合わない走り方で長い期間練習したのが原因だろう。

前見た時は大人しそうな印象だったが意外にも初対面の俺に積極的に話しかけて来た。

軽くあしらってトレセンを後にした。理事長に会うのは後日にしよう。

 

2月○日

理事長が自宅に来た。

トレセンに就職することを説得され、断り切れず承諾してしまった。

俺はどうも押しに弱い気がする。

正直俺はもうトレーナーをやるモチベーションはない。

だが冷静に考えてみれば実家から出奔している以上、生きる上で稼ぎ口は必要だ。トレセンから出る給料は確かに旨みがある。

学費は0だったとはいえ、あっちでの生活費は先生持ちだった。

本人は拒んでいたが俺には金を返す義務がある。

やることはまだ残ってる。

…自分で書いてて笑えて来る。

 

もう未練なんてないだろうが。

 

2月○日

内定式に出た。

そこまで人はいなかったが、桐生院さんという人の名前は覚えた。ウマ娘に対する知識が凄まじい人で、あと美人だった。

 

2月○日

4月まで暇なのでトゥインクルシリーズの過去レースを動画で観ている。だがアメリカにいた頃のように、徹底的な研究ではない。あくまでも暇潰しだ。

噂には聞いていたが日本は異常にレベルが高い。

特に賞金獲得額上位層は別次元の強さだ。

シンボリルドルフ、マルゼンスキー、ナリタブライアン、ミスターシービー。

全員光が見えていてもおかしくない走りだ。

自動車と併走してもカーブが多い道なら勝てるんじゃないのかこいつらは。

 

2月○日

最近、シンボリルドルフの動画をよく見る。

普通ではあり得ない走りだ。

何故この筋力と柔軟性が両立出来る。

異次元だ、こいつは。

賢いゴリラと言っても過言ではない。

どうでもいいが、こいつをどこかで見た記憶があるが思い出せない。そもそもあいつとは名前が違う。別人だろう。

 

2月○日

運転免許の切り替えを忘れていた。

入社までに外免試験を受けておくか。

 

3月○日

入社するとサイレンススズカのトレーナーになるらしいので練習メニューでも練ってみる。

どうせ他にやることもない。普通にやっても面白くないのであいつの走行能力を予想して、メニューを考案する。実際に会ってコーチングしてみて、修正内容が少なければ少ないほど俺の先見が正しかったことになる。

完全に遊び感覚だ。

アメリカにいた頃はもっと真摯にウマ娘と向き合っていたが。

 

3月○日

練習メニューの考案中吐いた。

自分でも吐くとは思わなかった。

思ったより引きずっている。

今日はもう何もしたくない。

 

3月○日

あいつに会いたい。

今何してるんだろう。

あの世でも元気よく走ってるんだろうか。

 

3月○日

昨日の日記を見返すと結構気持ち悪いことが書いてあったので、消すかどうか迷う。まあいずれ捨てるか、こんなもの。

 

3月○日

しばらく日記をサボっていた。

やる気が出ない。

明日は入社式だがこんな調子で大丈夫なのか俺は。

 

4月○日

入社式に行ってサイレンススズカと顔合わせして来た。

かなり調子を戻していて少し驚いた。

イップスになる可能性すらあったと言うのに、何があったんだ。

そんなに俺の指導を楽しみにしていたのか。

どうでもいいが僥倖だ。

これなら俺が長い期間見る必要はない。

適当に調整して早く辞めよう。

やはり耐えられそうにない。

 

4月○日

シンボリルドルフを初めて生で見た。

知ってはいたが化け物みたいな能力だった。

これが本場のゴリラか。

腰巾着っぽいトウカイテイオーって奴と一緒にサイレンススズカの件で少し詰られた。

あの女、俺がトレーナーに対してやる気がないことを見抜いているのか。

今のところ、確かに熱意は一切ない。

だが給料分の働きはしているつもりだ。

少し険悪な空気になって、結果的にシンボリルドルフに後輩の前で恥をかかせてしまった。

大人気ないことをした。

今度謝ろう。

 

4月○日

S先輩という人が一応俺の上司に当たるらしい。

結構怖そうな見た目だったが、話してみると案外優しい人だった。今日は桐生院さんも合わせて3人で昼飯を食べた。

 

4月○日

グラスを見かけたので話しかけようとしたら無視された。小声で何か言っていた気がするが上手く聞き取れなかった。取り敢えず何度か試してみる予定だ。

 

4月○日

取り敢えず本格的に練習を行う前にサイレンススズカの走りを直接見てみた。

好きに走らせてみると走行能力が桁違いで驚いた。

俺の予想も大きく外れた。

本人に自覚があるのかどうか知らないが、こいつは短距離の速度を維持したまま中距離を完走する。

シンボリルドルフとは別の意味で異常だ。

同時に悪い意味でピーキーな性能でもある。

短距離だと最高速度で一歩劣るし、長距離だと後半垂れる。こいつが輝けるのはマイルか、中距離か。どちらかというと中距離だな。

尤も、他の目にはただの速いウマ娘にしか映ってないだろう。確かにこいつは一見器用そうに見える。

脚質的には出来ることは少ないので確かに扱いが難しいウマ娘だ。

だがこいつがこのまま円熟した場合、どういう選手になるのか少し興味がある。

 

4月○日

サイレンススズカの模擬レースの過去映像がいくつかあったのでSさんに貸してもらった。

独りで走っている時とはまた違った走りだ。

こいつは終盤まで減速しないのが特徴だったが、レースだと逆に加速する。先頭に立ち、独走状態になった時にだけ凄まじい走りを見せる。

トップ層のウマ娘はそれぞれ得意の型のようなものがあり、ある条件下で無類の強さを発揮することがあるが、デビュー前で既にこのレベルに達している奴は稀だ。中央だけあってやはり水準が高い。

 

4月○日

練習後、サイレンススズカのデータをまとめているといつの間にか零時を回っていた。守衛さんがいるので鍵の心配をしなくていいのは助かる。帰る途中、同じく帰宅途中の理事長と会った。

よくよく見ると隈が少し目立つ。

新レースの考案でここ数ヶ月忙しいと言っていたが、大丈夫なのか。

 

4月○日

サイレンススズカの調子がかなりハイペースで上がってきている。少し心配だったが、デビュー戦で確実に勝てる程度には持ち直している。

延期の必要はない。

あいつの今後を左右する大切な一戦だ。

必ず勝たせる。

 

5月○日

今日はサイレンススズカのデビュー戦だった。

結果は快勝だ。

絶好調が10だとすれば4ぐらいの走りだったが予定通り問題なく勝利出来た。彼女の中では大きな自信となっただろう。

Sさんに促されて祝勝会で寿司を食いに行った。

サイレンススズカはウマ娘用の寿司を頼んで、それを美味そうに食っていた。生のにんじんが載せられた酢飯を。

ともかくデビュー戦は1着で祝勝会もかなり喜んでくれたのでいい1日にはなっただろう。

俺も誰かと一緒に食事をするのは久しぶりだった。

寿司は旨かったので機会があるならまた行きたい。

 

あと気になった点が一つ。

こいつはやはり光が見えている。

デイライトランナーだ。

今の俺が指導して良い選手ではない。

 

5月○日

駿川さんから話があると言われて理事長室に顔を出した。結構長くなるので明日にまとめる。サイレンススズカのトレーニングと事務作業でここ最近根を詰めていたので今日は眠い。

 

5月○日

昨日理事長からあることを伝えられた。

なんでも絶不調だったサイレンススズカのモチベーションを上げるために、一つ嘘をついていたらしい。それも勢いで。

 

内容は俺が中央のレベルの低さに失望していたところ、サイレンススズカの才能に魅入られて内定辞退を取り辞めて学園に居残ることを決めた、とかなんとか。

 

俺はあいつを焚き付けるための出汁という訳か。

実際のところトレセンにはサイレンススズカ以外にも光る奴は大勢いる。本人はどう思っているのだろうか。話を聞く限りでは鵜呑みにしているようだが。

 

だがこれでサイレンススズカのモチベーションの高さの正体が分かってすっきりした。そもそも辞めると言っておきながらしれっと入社して来た俺に不信感を抱いてない時点でおかしいとは思っていたが。

普通警戒するだろう。

要は特別感を演出したかったという訳か。

にしても大胆な嘘だ。

 

今のところこれを知ってる奴は俺、理事長、駿川さん、サイレンススズカの四人らしい。

 

取り敢えず話は合わせることにした。

腰を低くして謝ってくれた理事長には悪いが、辞める時の口実が出来て運が良いと思った。

俺からすれば好都合だ。

この調子で行けば俺は近いうちに用済みになれる。

年末には辞められるだろう。

 

 

                    

──────────────────────。

 

 

5月○日

昨日は手帳が途中で尽きたので、新しいノートで前回の続きから書く。今日、また理事長と話してみたので、それも付け加えてもう一度話の流れを整理する。

昨日のは少し雑だった。

 

今日昼飯は理事長と食べた。

どうやら理事長は割と本気でサイレンススズカのことを心配していたらしい。あいつの才能も結構正確なところまで見抜いていた。褒められた話でないが、だからこその嘘だったのだろう。 

 

俺も指導者の端くれなので、このレベルのウマ娘を腐らせたくない気持ちは分かる。場合によっては嘘もつくかも知れない。指導していたSさんが悪い訳でもなかったので、サイレンススズカの不調は運営側の方でちょっとした問題になっていたそうだ。

 

偶然ではあるが、俺がサイレンススズカの才能に興味があることについては真実だ。他が劣っている訳ではないが、あいつは確かに逸材だ。人柄も良い。完全な嘘とは言えない。

 

今回の問題点は、サイレンススズカが走り方を変えただけで、大きく調子を崩すことを誰も予想出来なかったことだろう。俺を除いて。

 

自分で書くのもなんだが、あの時は同時に俺の問題も抱えていたということか。他人事だが気が気ではなかっただろう。

 

今の時代デイライトランナーは国宝並みに貴重だ。

野球で言えばイチローだ。サイレンススズカはそこに追加される可能性がある稀少な選手の一人だ。

 

俺を利用してサイレンススズカのモチベーションを上げたことに対しては正式に腰を低くして謝って来たので、取り敢えず話を合わせる件に関しては承諾した。

 

結果論ではあるが、実際にあれだけ持ち直したのは嘘のおかげと言っていい。俺個人では恐らくもっと時間がかかった。デビュー戦も間に合わず、サイレンススズカのキャリアに傷がついた可能性もある。

 

共有が遅かったのは否めないが、まあ俺も社会人としては迷惑をかけている立場だ。いや、今後かけるといった方が正しいが。

 

今まで運良くボロは出なかったし、今のところこの噂が広がった話も聞かない。一応サイレンススズカにも口止めはしていたようだ。指導してまだ1ヶ月程だが口は硬い奴だとは思う。

 

俺の今後の立場を考えると今は結果オーライ、ぐらいの態度でいいだろう。

 

だが、実際辞める際はどう整合性を合わせるべきか。

サイレンススズカの為にトレセンに就職したのにあっさり辞めるのは不自然だ。

まあ理由は考えればどうとでもなる。

サイレンススズカが「それならしょうがない」と思えるくらいのやつを辞める時期までに考えておけば良い。

 

しかし理事長、駿川さんの話では結構思い詰めているらしいが、大丈夫だろうか。

俺みたいな奴に気を使う必要なんてないと思うが。そもそもあの年齢の子供に色々背負わせすぎだろ。

まあ理事長をやってる時点で既におかしいが。

 

昨日は辞める口実が出来て良かった、と書いたが考えを改めた方が良いかもしれない。この件に関してはもっと真摯に向き合おう。

俺はあいつを勝たせる義務がある。

 

長々と書いてしまった。

今日はもう寝る。

 

5月○日

そういえば1週間ぐらい前に成人になったことを思い出した。思えば式にも顔を出していない。今更地元に戻るつもりもないが。

国民年金への加入義務と、契約行為において親の同意が必要なくなるぐらいか。

前者は就職した時点で既に加入しているし、後者に関してはこれまで必要最低限のやり取りだけ使用人を通して行っていた。

成人しても生活は何も変わらない。

ただ、祝ってくれる人がいないことは、存外に寂しいことなのだと気づいた。

 

5月○日

どこから嗅ぎつけたのかサイレンススズカが俺の誕生日祝いとかでネクタイを贈って来た。

遅れてすいませんとか言っていたが、そもそも誰が教えたんだ。

グラスは確実に違う。

 

5月○日

今日廊下で友人が歩いているところを見かけた。

タキオンだ。

教授に話もせずに自主退学したかと思えば日本のトレセンに入学していたらしい。

挨拶は今度でいいだろう。

今はあいつの研究を手伝う暇はない。

研究データのみ貰えれば好都合だが…。

恐らくだがサイレンススズカに俺の誕生日を教えたのはコイツな気がする。

サイレンススズカが最近妙に俺のことに詳しいのも説明がつく。

顔色を見た限りでは元気そうだった。

 

5月○日

教室に遅くまで残って勉強している生徒がいた。

ナイスネイチャというらしい。

分からない数学の問題があったらしいので答えだけ教えて早めに帰らせた。

 

5月○日

理事長から部室を与えられた。どうやらサイレンススズカのデビュー戦は割と話題になっていたようで、環境を整えて今後の励みにしてくれということらしい。

実際のところ、この前のアレの謝罪も少しは含まれている気がする。部室には結構高い茶菓子の詰め合わせが置いてあった。

気を遣う必要はないと言っているのに。

 

5月○日

ナイスネイチャから暇な時間に勉強を教えてくれと頼まれた。この前分かりやすかったとかなんとかで。

踏み込んではいけないと思いつつ、練習はいいのかと問い掛けると、あいつはレースは中学までにすると答えた。こういうウマ娘もいるのか。

 

あと教室で教えているところをたまたまグラスに見られた。(見られたって表現はおかしいが)

心なしか前より機嫌が悪かった。

どうにか以前のような関係に戻れないものか。

 

6月○日

久々に乙名史さんに会って取材を受けた。

俺に合わせてくれたのか彼女にしては淡々としたインタビューだった。俺が業界から消えることをなんとなく察しているのかも知れない。

あとトウカイテイオーと成り行きで割と長い時間話をした。

年齢の割に子供っぽいが、選手としては結構面白い奴だ。どうやらルドルフに相当心酔しているらしい。

詳しく視た訳ではないが、脚が脆いように思えた。

 

あの医学書を間違えて部室に持って来ていたのは致命的なミスだった。2度と繰り返さないようにしよう。

 

6月○日

図書室でナイスネイチャに勉強を教えている時、ゴールドシップって奴を見かけた。

能力を視ようとしたら頭が割れるぐらいの激痛に襲われた。結局こいつの走行能力は見えなかった。なんなんだコイツは。

 

6月○日

ゴールドシップと話をした。

こういう生命体もいるんだな、と率直に思った。

それはともかく強敵だ。

選手としては最上位層ではないはずだが、こいつの能力値はシンボリルドルフにすら匹敵する。

早いうちからマークしていて損はないだろう。

 

6月○日

最近部室で一人仕事をしているとトウカイテイオーがよく遊びに来る。

スマホで一緒に出来るゲームを勧められていくつかダウンロードした。今はこういうのが主流なのか。

二人で遊べるよく分からんゲームをやった。

気分転換にはなる。

 

6月○日

練習以外の時間、トウカイテイオーとサイレンススズカがよく部室に入り浸る。

そんなに居心地がいい場所ではないと思うが。

取り敢えず今のところ迷惑ではないし退屈もしない。

誰かの為にお茶を淹れるのは嫌いじゃない。

 

6月○日

日曜の午後、部室でトウカイテイオーが漫画雑誌を読んでいたので見せてもらった。

子供の頃俺が読んでいた海賊漫画の主人公は懸賞金が30億になっていた。一体どんな悪いことをしたんだ…。

 

6月○日

サイレンススズカとトウカイテイオーの3人で神経衰弱をやった。

俺の完勝だった。

二人が一枚も捲ることなく俺が全てのカードを掻っ攫うと流石に困惑していた。

事前にカードの並びさえ覚えればシャッフルしてもどこに何が配られたのか把握することは可能だ。

今度やり方を教えてやろう。

 

6月○日

最近よく桐生院さんから昼食に誘われる。

同期同士の情報交換が目的らしい。

改めて話すと真面目だが面白い人だった。

俺と違って責任感のあるいいトレーナーになるだろう。

 

6月○日

理事長からちゃんと休みを取っているのかちょくちょく聞かれる。理事長よりかは休んでいると思うが。

取り敢えずサイレンススズカのあの件は今のところ問題ないようだ。

 

6月○日

朝、ルドルフに誘われてお茶をした。

4月頭の出来事をようやく謝ることが出来たので偶然会えたのは運が良かった。

良い喫茶店を見つけたのでスズカにも紹介してやると、自分も行きたいと言っていた。

コーヒーが好きなのだろうか。

 

6月○日

校門で豆腐を販売するゴールドシップを止めてくれと理事長に頼まれた。もう本人では手に負えないらしい。S先輩は地方のローカルシリーズを観に1日の出張だ。

面倒だが新人の俺がやろう。

日頃世話になっている先輩の教え子だ。

理事長も疲れが溜まっているだろうしな。

所詮は生徒の一人。

すぐに終わらせてやる。

 

6月○日

ゴールドシップ。

お前はいつか俺が殺す。

 

6月○日

ルドルフとチェスをした。

まあまあ強かった。

 

6月○日

就任して以来、初めてタキオンと話した。

詳細は省くがウマ娘の骨や関節の構造をタキオンなりに解析した資料を貰った。今度これを基に練習メニューを練ってトウカイテイオーに渡してやろう。

あとグラスのことで詰られた。

タキオンはあいつとたまに話しているらしいが、やはり相当怒っているらしい。

俺だって謝ろうと努力はしているんだ。

 

6月○日

最近真剣に走るスズカを見てると、今のままでいいかと自問自答することが増えた。

走り方に関してかなり密に質問をして来る。

それ自体はいい。

この状態で俺がいなくなればどうなるのか想像出来ない。

 

いや違う。

俺は本当にスズカを裏切れるのか。

裏切っていいのか、こいつを。

 

6月○日

最近トウカイテイオーの姿を見ない。

練習に集中しているのだろうか。

スズカも少し心配していた。

コイツもコイツなりに愛着はあったのだろう。

 

6月○日

トウカイテイオーが遅くまで練習していた。

少しオーバーワーク気味だ。

ルドルフも心配していた。

怪我が無ければ良いが。

 

6月○日

学園で行われる合同合宿に参加することになった。

あとトウカイテイオー、タキオン、グラスも特別枠で参加するから臨時トレーナーをやって欲しいと言われた。この3人はまだトレーナーがいないらしい。

 

というかこの事実をグラスは知っているのだろうか。

タキオンはまだしもグラスはまずい。

どんな合宿になるんだ。

今から胃が痛いぞ。

無事に謝ることが出来る良い機会になると良いが。

 

6月○日

テイオーを少し厳しく叱ってしまった。

言い過ぎたがコイツのためと割り切るしかない。

 

あと、テイオーとパートナー契約を結ぶ約束をしてしまった。

色々考えたが後悔はしていない。

あいつに取り返しのつかない怪我を負わせるわけにはいかない。テイオーを監督するということは引退まで面倒を見るということだ。

覚悟を決めてトラウマを克服するぐらいの気合いでやるしかない。

サイレンススズカも今1番伸びている時期だ。

俺が見てやればもっと強くなる。

 

幸い、この3ヶ月で気分が悪くなる頻度も少し減った。

 

俺ならやれる。

やれるはずだ。

 

7月○日

スズカが無事マイル走に勝利した。

完勝と言っていい。

2着との差は10バ身で、前よりさらに圧倒的な勝利だった。

 

祝いでまたあの寿司屋に行った。

テイオーも応援について来たので今度は3人で。

またあの人参の寿司を二人は美味そうに食っていた。

若干スズカが不満そうにしていたのでテイオーと解散したあと、あの喫茶店に連れて行ったら機嫌は良くなった。

お前がコーヒー好きなのはもう知っている。

 

それはとにかく、今日はスズカが大勝出来てよかった。今回の目標は圧倒的大勝だったので、予定通りの展開になって一安心だ。

 

こいつはG1レベルでも無敗を貫ける資質がある。

ここで躓かせる訳にはいかない。

 

サイレンススズカは特別だ。

類稀な才能もあるし、報われるだけの努力もしている。

 

スズカはレース中先頭に立った時、トップアスリートによくある『ゾーン』や『フロー状態』に入る。

それもほぼ100%の確率で。その状態になったこいつの走りは一段と鋭く、明らかに当人の能力以上の走りを見せる。

 

それは速度に限った話ではない。

位置取り、コーナリング、加減速の判断。

全てのキレが上がる。

本能のみで最短ルートを駆けていると言っても過言ではない。

 

ある条件下で劇的に速くなるウマ娘のことを光が視えると表現することが多い。この力を持っているウマ娘は本当に稀だ。

 

改めてになるが、あの時の理事長の言葉は嘘では無かった。俺も知らずのうちにそれをどこかで感じていたのかも知れない。

 

あいつには中距離で天下を取るだけの素質がある。

今はそう信じている。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。