俺だけにウマ娘のステータス画面が見えている   作:酒池肉林太郎

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シンボリルドルフ③で全て書き切ろうとしたけど長くなったので分割


シンボリルドルフ⓪

これは今から数年前。

シンボリルドルフが中央のトレセン学園に入ってから4ヶ月程経過したある夏の日。隣県に存在する地方のトレセン学園に遠征合宿で訪れていた時の出来事。

 

合宿の二日目に、学園同士で対抗試合を行うこととなった。

 

レースはデビュー後の選手、デビュー前の選手と二部構成で行われ、ルドルフは入学から数ヶ月にも拘らず、デビュー前の代表の一人に選ばれて出バした。

 

デビュー直前の先輩達を抑えた上での選出で、更には家柄に由来した期待も背負っての出走だった。レースの噂を聞きつけたマスコミ達も合宿場に何人か集まっており、模擬にしてはそれなりに注目の集まった試合となった。

 

相手は同い年のウマ娘だった。

ルドルフと同じく今年の四月からトレセンに入学した中学一年の生徒だ。五年程前に短距離で凄まじいタイムを出した小学生ウマ娘とかで、一時世間を賑わせたが、それきり彼女の話は聞かない。ルドルフも友人から言われて初めて思い出したほどに。

 

入学して間もないとはいえ、シンボリルドルフの威名はそこそこ知れ渡っていた。本格的なお披露目は選抜レースの頃だろうが、少なくとも首都圏ではちょっとした有名人だ。

 

それこそ、デビュー戦レベルなら今すぐ出走させても圧勝出来る程に。そのルドルフにぶつけてくるということは、それだけの自信があったのだろう。

 

中等部にしては少し小柄なウマ娘ではあったが、確かに独特の雰囲気を持つ選手だった。

 

尤も、負ける気もなかったが。

 

既に下火になっていた噂と違って、そのウマ娘の走りは圧巻だった。短距離ながらも後半からの追い込みという独特のスタイルに強靭な末脚。

 

先行や差しを得意としていたルドルフにとっては〝次の瞬間抜かれるかも知れない〟というプレッシャーを背負った上で行われた初めてのレースとなった。

 

結果はハナ差での辛勝だった。

一度のレース、それも短距離で全てを絞り取られたのは初めてだった。近い将来、必ず壁として立ちはだかる相手だと確信した。

 

そして得るものも多かった。

こんな経験を早いうちに体験出来たのは運が良い。

今後どのような相手が背後に立っても、ルドルフを動揺させることは出来ないだろう。

 

実りのある模擬戦となった。

だが、ルドルフ本人に望まれた結果は圧倒的勝利だったらしい。

 

「思ったより苦戦したな」

 

網フェンスの向こうにいるマスコミの誰かがそんな言葉を漏らした。それは業界をろくに知らない新人目線の戯言だったが、当時のルドルフに及ぼした影響は大きかった。

 

〝勝ったじゃないか…〟

 

ちゃんと期待に応えたじゃないか。

それもあんな強敵相手に、自分にとって不利な条件でリードを守ったまま走り切った。

 

この上で、更なる結果を望むというのか。

 

ルドルフが幼少より英才教育を施されたのは事実だ。

そして、それに見合うだけの実力も備えていた。

だが地方の生徒相手には、中央のエリートは苦戦すら許されないのか。

 

考えてみればウマ娘が行うレースは国民の大半にとってはただの娯楽に過ぎない。今のレースが生中継で放送されれば、あの記者と同じ感想を抱く者が果たして何人、何百万人いるのか。

 

〝えへへ…流石に中央の人は速いね〜〟

 

君こそ、地方にいるのが不思議なくらいだ、と。

最後はお互いの健闘を称え合い爽やかな締めとなったが、その実この勝負がルドルフに与えた精神的ダメージは存外に大きかった。

 

これから何かある度に、あの無責任な期待を向けられ、その都度素人目線のふるいにかけられるというのか。強者には相応しい結果が求められるのは分かる。

 

だが、それでも。

 

「はぁ…」

 

レース終了後、誰もいない広場で一人溜息をつく。

威風堂々を旨とする自分にはらしくもない心情だった。今、シンボリルドルフの中にほんの僅かな不安が生じている。無論、そんな態度は他の者の前ではおくびにも出さないが。

 

────と、そんな時。

中学生くらいの黒髪の少年が学園の敷地図看板を前に立っているのを見かけた。

 

見たところ自分より一つか二つ歳上の男子だ。

どこか道に迷っているように見える。

この学園も中央に負けず劣らず広大だ。

彼がもし来客だとしたら、校門にいる守衛の案内だけでは迷うこともままあるだろう。

 

ルドルフは特に迷う事なく少年に声をかけた。

一応、不審者かどうかの確認も含めて。

 

「学外の方ですか?」

 

少年が振り向く。

近くで見ると顔立ちが整っているのがよく分かった。

少し、目つきは悪いが。

 

「ああ。明日から合宿の見学をさせて貰うから、ここの職員に挨拶を、と思って」

 

そういえば、履修を終える前のトレーナー志望の人間が何人か見学に来るという話は聞いていた。尤も、こんなに歳の近しい人間が来るとは知らなかったが。

 

「職員室なら校舎の二階です。そこの入口の階段を上がればすぐです」

 

ルドルフが指を差して案内すると、少年は〝ありがとう〟と会釈程度に頭を下げてそのまま歩を進めた。

 

トレセン学園に若い男────それも学生がいるなんて珍しい話だ。そんなことを思いながらゆっくり遠ざかる背中を見送っていると、ふと彼が足を止めた。

 

「…もしかして、さっき背の低い選手と一緒に短距離走ってた中央の生徒か?」

 

予想だにしなかった質問に、だがルドルフは表情を変えずに答えた。

 

「はい。多分私です」

 

自分でも素気のない対応だと思った。

今は長く他人と喋りたくなかった。

あのレースの観客の一人と知れば、少なからず身体も強張る。そして、そんな小さい自分に嫌悪感も覚えた。

 

「まだデビュー前なのか?」

 

「本格化はまだです」

 

「にしてはかなり速かったな。短距離は苦手そうだったのに」

 

「…そ、そうですか」

 

〝ありがとう、ございます〟と。

ぎこちなく短い礼を述べる。

 

だが同時に違和感も覚えた。

ルドルフは今のところ公式はおろか非公式での試合でも殆どデータが揃っていない選手だ。

 

今のところ正確なデータは中央の担当しか知り得ない情報のはず。学外の人間だと専門誌の記者ですら知らなさそうな情報を、まだ学生の男が何故。

 

歳の割には落ち着いた雰囲気といい、不思議な迫力を持った少年だった。ルドルフはそこに少し親近感を覚えた。

 

「名前は?」

 

「え?」

 

「差し支えなければ名前が知りたい」

 

端的にそう問われて、一瞬ナンパという言葉が頭を過った。

 

無論頭では違うと分かっていた。

彼がどういう人間なのかは知らないが、今名前を聞いて来たのはルドルフのさっきのレースを観て、有力そうなウマ娘だと思ったからだろう。まだ若いが、この少年からはトレーナーに近しい匂いを感じる。

 

確かに集中して望んだ会心の走りだった。

見知らぬ誰かを魅入らせたのなら本望だ。

 

「私の名前は────」

 

「ルナ〜?」

 

その時、聞き覚えのある声がルドルフの声を遮る。

夕日をバックに現れたのは友人のマルゼンスキーだった。

 

「こーんなところにいたのね。そろそろ上がりましょ〜?」

 

「すまない。今行く」

 

答えながら校舎の時計を見やると、思ったよりも時間が経っていた。どうやら予想以上に物思いに耽っていたらしい。

 

「ルナか」

 

「え?」

 

意外にも可愛らしい名前だ。

そんなことを言わんばかりの顔で、少年が神妙な顔で頷いた。

 

「あ、いえ、ルナというのは────」

 

「じゃあルナ。機会があればまた話そう。案内してくれて助かった。これからも頑張ってくれ」

 

少年は背を向けて、思い出したように止まった。

 

「ああ、それと。あの若い記者は多分素人だから気にしない方がいい」

 

男はそれだけ付け加えるとすぐに去って行った。

 

結局詳しい素性は分からなかった。

だが観客の中には、ちゃんとああいう人間もいてくれるのだろうか。

そう思うと、少し気が楽になった。

見学に来たと言っていたが、合宿中はずっと滞在しているのだろうか。

 

また、話がしたいと言っていたが…。

 

「はっ…」

 

ルドルフは自嘲気味に笑って、小さくかぶりを振った。

 

「何を考えているんだ、私は…」

 

今はただ来るべきデビュー戦に集中するのみ。

目指すは頂点。

そこへ辿り着いて初めて、皆を導けるウマ娘に成り得る。それ以外、今はどうでもいい。

 

でもせっかくだから、ちゃんと自己紹介をして、彼の名前くらいは聞いておけばよかったかも知れない。

 

他意は無いが。

 

 

その数日後。

合宿も折り返しに入った練習後の夕方に、また彼を見かけた。その日はジャージ姿だった。

 

「あ」

 

隣にいたマルゼンスキーを差し置いて、独りでに声が漏れた。

 

自分でも間の抜けた声が出たと思った。

 

合宿を見学するとは言っていたが、中々お目にかかれる機会が無かったので探していたところだった。

何にせよ会えたのだ。

彼も以前ああ言っていたのだから、このまま気さくに挨拶して、そのまま流れで食堂なんかで話をするのもいいかも知れない。

 

「あの────」

 

話しかけようとして、気付く。

男はあるウマ娘と話していた。

数日前、ルドルフを追い詰めたあのウマ娘だ。

 

「それでね、兄さん────」

 

男が長身、ウマ娘が小柄ということもあって兄妹と見紛うような身長差だったが、ルドルフは二人の距離感の近さを見て、なんとなくその関係を悟った。

 

尤も周囲には、ただウマ娘が歳上の男にじゃれついているようにしか見えていないだろうが、ルドルフにはなんとなくその真意を読み切っていた。

 

「あの人、この前ルナが話してた人よね?ああいう人が好みだったりするの?」

 

何も事情を知らなさそうなマルゼンスキーの問いに、ルドルフは無表情で答えた。

 

「いや、別に」




次回、ルドルフがクイズを出したりトレーナーが自宅のベッドで目覚めたらウマ娘が当たり前のようにいてしかも凄い不機嫌そうでビックリする編に続く

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