俺だけにウマ娘のステータス画面が見えている   作:酒池肉林太郎

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ルドルフ・テイオー①

トレセン学園でサイレンススズカと顔合わせした翌日。

 

今後の指導方針を説明するための資料を作成していると、隣の席のSさんから唐突に話しかけられた。

 

「スズカとはどうだ。上手くやれそうか」

「今のところ特に問題は」

 

適当に応対しながら入力作業を続ける。

 

「話は聞いたと思うがあいつは今精神的に不安定だ。コミュニケーションは怠るなよ」

「はい」

 

だが昨日見た限りではサイレンススズカはかなりいいところまで調子を戻していた。一体何があったのか知らんが2ヶ月であそこまで戻るとなると余程のことがあったんだろう。コミュニケーションの必要はそれほどないのかもしれない。

 

「多少落ち着けば私の方から何人か見繕って任せるからそのつもりでいてくれ。いずれはチームも組ませる。まずは彼女をしっかり頼む」

 

しっかりと頷く。

尤もそれは、俺がその時までこの学園に籍を置いていればの話であるが。

 

────と。

そこで缶コーヒーがなくなっていることに気付いた。

眠いわけではないがどうも喉が落ち着かない。

おかわりを買って来るか。

 

 

誰もいない校舎の中を独り歩きながら、今後のサイレンススズカの練習メニューを考える。

 

走りの技術とかも並行で教えるとして遅筋と速筋をバランス良く鍛えるのが目下の目標である。個人的にあの走りを極めるとどうなるのかは見てみたい。俺も一応はあいつのトレーナーだ。

 

…しかし職員室から自販機までそれなりに遠いな。

道間違ってないだろうな。

いやでもSさんに教えられた通りに来たんだが。

 

その時ふと、小さなレストコーナーのような場所を見つけた。自販機も見えたのでポケットから財布を取り出そうとしたその時、真横から声をかけられた。

 

「すまない。少しいいか?」

 

凛とした声に振り向く。

そこにはウマ娘が二人並んで立っていた。

一方は凛然とした雰囲気が特徴の長髪の女。

もう一人は無邪気そうな顔が印象的な背の低い少女。

 

一方はかなりの有名人だ。

日本人ならば知ってる奴の方が多いだろう。

テレビや広告以外で見るのは初めてかもしれない。

 

こいつが、

 

「生徒会長のシンボリルドルフだ。初めましてだな、新人トレーナー君」

 

反射的に目を凝らすと、冗談みたいな身体能力が浮き彫りになった。

 

最強の一角とか呼ばれているだけあって確かに強い。

身体能力、判断力、精神力。

レースに必要な全ての能力が満遍なく最高(S)準最高(A)水準だ。このレベルのウマ娘は海外にもざらにはいなかった。今サイレンススズカと併走したら実力差に絶望して彼女が精神的に折られかねないレベルの強さだ。

 

そして隣のポニーテールの少女も見たことがある。

確か中等部の…なんだ?

今のところ模擬戦無敗で将来有望の…なんだ?

なんて名前だった?

そうだ思い出した。

ダークモカチップクリームフラペチーノとかそんなんだ。

 

「ボクの名前はトウカイテイオー。よろしくね」

 

そうトウカイテイオーだ。

なんだダークモカチップクリームフラペチーノってふざけてんのか。

 

「新人トレーナー君。急で悪いが少しそこで話がしたい」

 

「いや、悪いが今は…」

 

「10分で良い。時間は取らせない」

 

「ねーいいじゃん。カイチョーが誘ってるんだからさー」

 

なんだこの展開は死ぬほど嫌なんだが。

というのも二人からどことなく敵意のようなものを感じる。会ったこともないのになんでこいつら既に俺のこと嫌いなんだ。

 

「仕事中だから本当に10分だけだぞ」

「感謝する。テイオー。このお金で彼に何か飲み物を…」

「はーい!」

 

トウカイテイオーは自販機から3本飲みものを買って俺とシンボリルドルフにそれぞれ手渡す。

 

シンボリルドルフには午後の紅茶。

トウカイテイオー自身はにんじんジュース。

俺はコーンスープだった。

 

これ普通に渡して来たけどどう受け取ればいいんだ。

どんだけ舐められたら貰える飲み物がコーンスープになるんだ。

そんなにお腹空いてそうな顔してんのか俺は。

 

「あっちに休憩室がある。そこで話そう」

 

お前もなんか言え。

お前今からコーンスープ飲んでるやつと対話することになるけど本当にいいのか。

 

 

ラウンジからは丁度競技場の全容が見える作りになっていた。授業はもう終わったのか運動服に着替えたウマ娘達がアップをしている姿が目立つ。

 

「単刀直入に言おう。私は君がスズカの担当になることに現時点では反対だ」

 

開口一番、軽い雑談もなしにとんでもない話から始まった。

 

「そうか…」

 

腕を組んで厳かに頷く。

もう帰りたい。

帰っていいかな。

 

「突然こんなことを言って失礼だとは思う。だが君からやる気が感じられない」

「そんなことはない」

 

いやあるかも知れんが。

 

「そもそも根拠はなんなんだ」

「目を見れば分かる。君はトレーナーという職業に興味がない」

 

なんだそれは。

なんでそんなことがこいつにピンポイントで分かる。

俺みたいに何か妙なものでも見えているのか?

いや、本当に見えてるとしたら「見えてること」が分かる筈だ。適当にふかしてる可能性の方が高い。

 

「俺は真面目に取り組んでるつもりだ。仮にお前の言ってることが正しかったとしても決めたのは────」

 

「そうだ、理事長の決定だ。そこに異論は無いさ」

 

シンボリルドルフは静かに首肯した。

 

「決まってしまったものは仕方がない。だから私は、君が本当にスズカのトレーナーに足り得る人間かを見極めたい。そこでだ、一つ賭けをしないか?」

 

「断る」

 

即答すると、シンボリルドルフは眉をほんの少しだけ顰めた。

 

「俺は曲がりなりにも指導者だ。教育の場で生徒と張り合って賭けごとなんて論外だ」

 

なんて言っておけば引き下がるだろう。 

こいつはかなり真面目そうだ。

というか実際風紀的にも良くない。

 

「話はそれだけか?だったらもう帰るぞ」

 

シンボリルドルフが無表情のまま口を噤む。

束の間の静寂。

痺れを切らしたトウカイテイオーが、椅子から立ち上がって指をビシッと向けながら俺にこう言った。

 

「ふふーん!そんなに強がってもお見通しだよ!ねえキミィ、カイチョーに負けるのが怖いんでしょ?」

 

「人に指を差すな」

 

「え?」

 

というかトレーナーさん、だろ。

大人を舐めるなよクソガキ。

 

「…な、な、なんだよぉ…!そんな風に睨んだって、こ、怖くなんて、ないんだからなぁっ!」

 

トウカイテイオーが涙を滲ませてたじろぐ。

言いすぎたか。

意外とメンタルが弱いな。

いかん、生徒の挑発に乗っても何にもならない。

こうして付き合ってやるのも仕事の一環か。

 

「…まあいい。今回だけだ。言ってみろ」

 

シンボリルドルフはすまし顔のまま会釈程度に頭を下げた。

 

「感謝する。そこで模擬レースをやっているのが見えるか?」

 

窓の外に目を向けると、何人かのウマ娘がゲートの前で整列している。

並んでいるのは全員で11人だ。

合同練習で模擬レースでもやってるのだろうか。

 

有名な選手も多い。

マルゼンスキー、タマモクロス、ナリタブライアン、ミホノブルボン、スーパークリーク。

あとあのタマモじゃない方の芦毛は誰だったか。

そうだ。

岐阜の方から中央にスカウトされたオグリキャップだ。

新聞で読んだ記憶がある。

もう来ていたのか。

 

「距離は2000だ。このレース、一着が誰か予想しないか?」

 

「オグリキャップ」

 

即答すると、シンボリルドルフは一瞬呆気に取られたような顔をして、だがすぐに肩をすくめながら小さく鼻で笑った。

 

「即答か。もう少し内容を詳しく説明させてくれてもいいだろう」

 

「2バ身開いてナリタブライアン」

 

シンボリルドルフがはたと口を止めた。

 

「半バ身離れてタマモクロス、そこからそれぞれハナでミホノブルボン、マルゼンスキー、スーパークリーク」

 

その辺りで、シンボリルドルフから笑みが完全に消えた。

 

「そこからまた大きく開いて…1番、10番、4番、8番、2番の順番で団子」

 

名前は知らんがこんなもんだろう。

しかし模擬とは言え豪華なレースだな。

金取れるぞ。

 

「あはははは!そんなに正確に予想出来る訳ないよー!適当言っても、後で恥をかくだけなんだからねっ!」

 

二度目になるがトウカイテイオーの安い挑発など俺は歯牙にも掛けない。

大人を舐めるなよクソガキ。

 

「お前は?」

 

「…私が予想する一着はナリタブライアンだ」

 

「そうか」

 

「賭けの内容はこうだ。私が勝ったらスズカの指導を真剣に行うと約束して欲しい」

 

「それは言うまでもないことだろ」

 

「私はあると思っている」

 

今確信した。

どっから漏れたのか知らんが、おそらくこいつは内定辞退の件をある程度知っている。

迷いがなさすぎる。

そして、実際のところいまいちシャキッとしない自分がいるのも事実だ。

 

「じゃあそれでいい」

 

「うん、約束だ。私が負けたら、そうだな…」

 

「別に。負けてもお前は何もしなくていい。変な噂が立つ」

 

極力目立ちたくない。

既にトレーナーとしてのモチベーションは枯れてしまったが、なんだかんだ気にかけてくれた理事長に迷惑をかけるのは避けたい。

 

「お前が勝ったら俺がサイレンススズカが更に良い結果が残せるよう、より真摯に業務にあたる。何なら日報を出してやっても良い。それでいいだろ」

 

そう窘めるように伝えるも、彼女は憮然とした表情を崩さなかった。どうやら今の条件が癪に障ったらしい。

 

まあ確かに俺が絶対に勝つと言ってるようなものだ。

 

絶対に勝つが。

 

「…ナリタブライアンは私に匹敵する実力者だ。確かにオグリキャップは強い。…だが、そんなに甘く見ない方が良い」

 

彼女の声から僅かな苛立ちを感じる。

自分の勝利を確信しているのなら、具体的な内容まで言ったのは気に障るものだったのかもしれない。

 

 

だがそれでも、結果は覆らなかった。

 

「俺の勝ちだな」

 

予想は全て的中した。

順位からそれぞれの着差まで全て。

予想通りオグリキャップの末脚にその他がねじ伏せられる形となった。

あの瞬発力。

睨んだ通り終盤での競り合いが極端に強い。

スパートを複数回かけられるウマ娘は稀少だ。

まさに天性のバネ。

逸材だ。

 

「………………うそ」

 

声を震わせて呟くトウカイテイオーは信じられないようなものを見た顔のまま動かない。

これに懲りたらもう二度とコーンスープなんて買って来るんじゃねえぞ。

大人を舐めるなよクソガキ。

 

「……………」

 

うっすらと渋面を浮かべて押し黙るシンボリルドルフを尻目に、俺は立ち上がって出口へと歩みを進める。

 

そろそろ仕事に戻らないと長い残業になる。

 

「待ってくれ」

 

「なんだ?」

 

「………生意気な口を利いたことは謝る」

 

態度を一転して、シンボリルドルフは深々と俺に頭を下げた。

腰を九十度に折って、精一杯の謝意を示したのだ。

 

「………え?」

 

その光景を、トウカイテイオーが唖然とした面持ちで見つめている。そんなことはお構いなしに、シンボリルドルフは続けた。

 

「だが彼女は今、本当に大切な時期なんだ…。生まれて初めての挫折に自分を見失っている…。一歩間違えば…」

 

「誤解してるようだが、俺は初めから指導に手を抜いてる覚えはない」

 

「なら約束してくれ。スズカを必ず立ち直らせてくれると。途中で見捨てたりしないと」

 

何故俺をそこまで不信に思う。

俺の前評判等から推測するに少し不自然だ。

いない筈だぞ、俺に何があったか知る者なんて。

奮起させに来た理事長ですら俺と〝彼女〟の関係性など一切勘づいていなかった。あのスカウトに決定を下したのは理事長なんだから自殺の件そのものは知ってるだろうが、繋がりまでは関知していなかった。

 

だがなんだこいつは。

俺の何を知っている。

 

「……………分かった。約束しよう」

 

もう何でもいい。

正直トウカイテイオーが俺をドリルみたいな目で見ているのでこれ以上面倒が起こる前に早くここから立ち去りたい。

 

凄まじい眼光だ。

俺を殺す気なのかこいつは。

だが決して逃げる訳ではない。

大人を舐めるなよクソガキ。

 

 

ラウンジから廊下に出ると、丁度サイレンススズカとばったり会った。

 

「あ、トレーナーさん」

「奇遇だな」

「休憩ですか?」

 

頷く。

確かに多少気晴らしにはなった。

 

「明日は今後の指導方針でミーティングだ。会議室取っとくから授業終わったら来てくれ」

「はい、トレーナーさん!」

 

良い返事だ。

モチベーションは戻って来ている。

あとはまあ適当に調整すればこいつなら連勝記録くらい作れるだろう。そうなれるように、この半年でコンディションを軌道修正することが、俺の仕事だ。




書き溜め尽きたので次は多分1週間後くらいてす

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