俺だけにウマ娘のステータス画面が見えている   作:酒池肉林太郎

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今更ですが読者の皆様のおかげで無事ランクイン出来ました。
また誤字報告、大変助かっております。
遅まきながらお礼申し上げます。

そんなに長いお話ではありませんが、今後ともよろしくお願いします。


サイレンススズカ④

サイレンススズカの指導を始めて1ヶ月が経過した。

 

経過は一言で言えば良好だ。

 

サイレンススズカは見た目通り大人しく従順なので指導し易く、不満も今のところ一切見えない。俺が課したそれなりに厳しい練習メニューにも一切嫌な顔をせず取り組んでくれている。

 

どころか嬉々として練習に励む様は少し驚きすら覚える。この短い期間で俺に対して強い信頼がなければここまでのモチベーションは保てないだろう。

それか、他に何か目標があるのか。

 

あの雨の日、アドバイスを送ったことがそんなにも救いになったのだろうか。いまいち判断しかねる展開だが不都合は特にない。

 

調子も徐々にだが快復に向かっている。

好調とまでは行かないが普通の手前くらいまでは戻っており、スランプだった時とは見違えて良い走りを見せるようになった。

 

今の彼女が普通のパフォーマンスを出せばその辺の選手に敗北する可能性は低い。失った自信を取り戻すなら今だ。

 

俺は予定されていたデビュー戦を見送る必要はないと判断し、ジュニア級メイクデビューのレースにサイレンススズカの出バを決め、彼女もまたこれを了承した。

 

 

レース当日。

雨季も近いというのに天候に恵まれる形でデビュー戦を迎えた。

風も精々が2m程度。

外的な要因で結果が変わる可能性は低いだろう。

 

訪れたレース場はそれなりに盛況だった。入場する際に通った正門では観客が賑わい、特に家族連れの姿が目立った。あとはカップルだったり古参のレースファンだったりと装いは多種多様だ。

 

選手受付を済ませ、共同控室でサイレンススズカとレースの最後の打ち合わせを行っていると、来客が訪れた。

 

黒い長髪の切り目の女性。

サイレンススズカを案じてか、どうやらSトレーナーが応援に来てくれたらしい。

 

「スズカ、調子はどうだ?」

 

サイレンススズカはそう問われると、笑顔で「はい、問題ありません」とだけ答える。徐々に口数が少なくなっているのは集中の顕れだろう。

 

「ちょっと来てくれ」

 

そう言って、SトレーナーもといS先輩は俺の手を引き部屋の隅っこへと連れて行く。サイレンススズカはそんなことはお構い無しにと目を閉じて集中状態に入っていた。

 

「少し緊張してる。ほぐしてやれ」

 

「そうですか?」

 

そうは見えない。

精神状態も含めての調子だ。

心理が影響して少しコンディションが揺れてはいるがレース前は誰だってよくある。今のところは誤差だ。

 

「選手をリラックスさせるのもトレーナーの仕事だ。活を入れてやるんだ」

 

入れるって、具体的にはどうしろというのか。

そうやんわりと問いかけると、先輩は俺の背中をバシッと叩いた。

 

「こんな感じだ」

 

「な、なるほど」

 

正直これが必要とは思わないが先輩のアドバイスだ。素直に従おう。

 

「サイレンススズカ。ちょっといいか」

 

「はい、トレーナーさん」

 

瞑想から一転して即座に返事をするサイレンススズカ。耳と尾が小刻みに揺れている彼女の背後に回り込み、取り敢えず言われた通りに背を軽く叩いた。

 

「きゃんっ!?」

 

乾いた音よりもなお高く、彼女の小さな悲鳴が控室に通った。控えていた選手達は一様にサイレンススズカにしばし注目して、また何事もなかったように視線を散らせる。

 

「と、と、と、トレーナー………さん?」

 

顔を真っ赤に染めるサイレンススズカ。

背中からでも分かるほどに体を震わせている。

言われた通りにやったが、なんか違うな。

やはり慣れないことをやるものではない。

これは俺の仕事ではない。

 

俺は咳で間を誤魔化してこう続けた。

 

「さっき言った通りだ。練習の5割も出せればお前なら勝てる。俺が保証する」

 

距離は2000で芝。

サイレンススズカの得意なコースだ。

同じレースに出バする他の選手達も一通り確認したが負ける要素はない。

こいつなら絶対に勝てる。

その確信がある。

 

「はい、トレーナーさん。私、絶対に勝ってみせます」

 

力強く応えるサイレンススズカだが、意外だったのは僅かに揺れていた調子が安定したことだった。

 

心なしかさっきより顔も引き締まって見える。

先輩の言う通り、少し不安だったのだろうか。

しかし背を叩くだけでこんなにも違うものなんだろうか。ラグビーのウォークライじゃあるまいし。

 

だが効果があったのは事実だ。

あっちではあまり見なかったので軽く見ていたが、今後レース前の準備において一考の価値はあるかも知れない。

 

 

「何故あいつをスズカと呼ばない」

 

レース直前。

S先輩と二人で観客席に並んでいると、ふとそんな事を言われた。

 

「近しいものだと多分お前ぐらいだぞ。あいつをフルネームで呼ぶのは」

 

「癖です」

 

「…まあ、気が向いたら呼んでやれ。そもそも呼びにくいだろ」

 

「はい」

 

前を向いたまま首肯する。

略称で呼ぶことに抵抗を感じている自分がどこかにいるのは事実だった。

 

「始まるぞ」

 

ヒリついた雰囲気がコース全体を支配する。

既にどのウマ娘も態勢完了。

閉じられたウッド式発バ機、その中の一つ。

ゲートの内側で静かに闘志を燃やすサイレンススズカの姿を捉えた。

 

レースが始まる寸前に流れるほんの少しの静寂。

聞き慣れたスタート音が凪を引き裂き、始まりを高らかに知らせる。

 

そして、誰よりも早くゲートから飛び出したのはやはりサイレンススズカだった。

 

同時に勝ちを確信する。

もう、このレースが覆ることはないだろう。

 

 

予想通りサイレンススズカは二位と圧倒的な大差をつけてデビュー戦を華々しく勝利で飾った。

 

「礼を言う」

 

観客席に対して淑やかに手を振るサイレンススズカを眺めながら、S先輩が目線を合わせずに謝意を述べた。

 

「こうしてスズカが以前のように走れるようになったのは、お前のお陰だ」

 

「俺はただ走り方を元に戻しただけです」

 

本当に、それだけだ。

他には特に何もやっていない。

あいつに合ったトレーニングを課し、適度な息抜きを繰り返し行っただけ。

 

この結果は全てあいつが築き上げたものだ。

 

むしろ誰かが発破をかけたんじゃないだろうか。

そう思うくらい、あいつのモチベーションの高さに思い当たる節がない。

 

「だが私はその決断を躊躇った。スズカに将来成功して欲しかったが故に、結果的に彼女の時間を無駄にした。お前みたいに正確な向き不向きまでは見えないんだよ、私は」

 

「いや、俺は…」

 

「見ろ、あの顔を」

 

先輩が指を差すその先には、サイレンススズカが華やかに笑顔の花を咲かせていた。

 

「あんなに楽しそうなスズカは久しぶりに…いや、初めて見る。紛れもなくお前の働きだ。もう一度礼を言う。本当にありがとう」

 

「先輩も、アドバイスありがとうございました」

 

結果的にとはいえ、サイレンススズカみたいな期待の新人を長期間不調にしたことで、先輩も気苦労はあったのだろう。一緒に働いた感覚だとこの人はトレーナーとしての責任感が強い。

俺と違って。

 

「これ以上ないくらいの好日なんだ。せっかくだから飯でも奢ってやれ」

 

「いいんですか?」

 

「当たり前だろう。何を躊躇う。あっちじゃやらなかったのか」

 

「あの時は大勢居たんですよ。二人だと、その」

 

「気にするな。他のチームだって打ち上げくらいやる。そんなこと言ってたら合宿や遠征はどうする。チームメンバーが揃うまでお預けするつもりか?」

 

確かにそれは侘しい話だ。

まあ、レースの日ぐらいは食事がてらに悩みなんかを聞いてやるのも悪くはないかも知れない。

 

「とにかく、今日はいいものを見せてもらった。今度何か奢らせてくれ」

 

スズカを引き続き宜しく頼む。

最後にそう言い残して、先輩は去って行った。

 

 

控室に続く廊下で待機していると、ライブを終えたサイレンススズカが満面の笑みを浮かべて小走りで駆け寄ってきた。

 

「トレーナーさん!」

 

普段大人しい彼女にしてはやけに声が弾んでいる。

割とよく笑うやつだったがここまでの破顔は記憶にない。それほどに重い一勝だったのだ、このレースは。

 

「あんな風に走れたの、本当に久しぶりです!」

 

「ああ、よくやった」

 

「ありがとうございます!トレーナーさんのおかげです!」

 

「いや、お前が頑張った」

 

それは間違いない。

就任してから今まで大したことはしていない。

こいつは本当に自力でここまで立ち直った。

俺がやったのはその最後の一押しに過ぎない。

 

そう考えるとやはりめでたい勝利だ。

先程の先輩の話もあるし、急な話になるが、取り敢えず打ち上げの件も言うだけ言っておくか。

 

「無事に終わったし、祝勝会でもやるか」

 

「い、今からですか?」

 

「ああ、都合が悪いなら────」

 

「いえ、是非」

 

「そうか」

 

まあ、グダグダ悩まれるよりはこっちの方が気持ちよく奢れる。

 

「せっかくだから寿司でも食いに行くか」

 

「い、いいんですか?」

 

「気にするな。着替えたら行くぞ」

 

こういう時のために高い金を貰っているんだ。

それにハレの日の飯で迷ったら取り敢えず寿司を食っておけば良い。

 

 

という訳でトレセン学園が存在する府中の寿司屋にやって来た。俺もサイレンススズカもジャージ姿なので少し場違い感は否めないが、店主もこんなところに店を構えているんだ、どういう客なのか察するだろう。

 

「何にしますか?」

 

まさに好々爺といった風体の店主が優しくそう問いかけてくる。それなりに立派な店構えだがメニューを見る限り値段的には普通だ。

 

俺はまあなんでもいいとしてメニューにデカデカと書かれているこの『にぎり(ウマ)』というのが個人的に気になる。

 

どうやら普通の寿司と同じように並から特上まで頼めるようになっているようだ。恐らくウマ娘専用の料理なのだろう。この辺だと良くあるらしい。そういえばあっちでもたまに見かけた記憶がある。

 

「何にする?」

「そう…ですね」

 

『うーん』と悩みつつもサイレンススズカはウマの欄しか見ていないような気がする。

レース後だから空腹なのか結構真剣な目だ。

そんなに魅力的な単語なのか、それ。

 

ウマ娘の味覚は常人とはほんの少し差異があるので食でギャップを感じることは意外にも多い。

 

「もう普通に特上でいいだろ」

「でも、トレーナーさんのお金ですし」

「こういうのは他人の金で食うのが一番美味いんだよ」

 

俺とサイレンススズカの分、どちらも特上で注文する。しばらくして寿司下駄に載せられた十五貫程の寿司が俺とサイレンススズカに運ばれて来た。

 

俺の皿にはいくつかの高級ネタを交えたこれといって特徴はない品々が並んでいる。強いていえば新鮮で美味そうだ。

 

対してサイレンススズカの寿司は半分がにんじん。

あとはバナナとりんご、セロリ、ブルーベリーっぽい何かだった。

 

ちょっと予想以上のものが出て来て困惑している。

これを寿司と呼ぶことが許されるのか。

 

「わあ、綺麗」

 

「そ、そうだな」

 

綺麗かどうかは置いておいてカリフォルニア巻きに近い迫力は確かにある。

 

サイレンススズカは「いただきます」と恭しく拝んで、箸で人参の握りを一つ掴んでゆっくりと口に運ぶ。何度か咀嚼してごくんと飲み込み、うっとりと顔を綻ばせた。

 

「とても美味しいです」

 

「気に入ったか?」

 

「はい。このにんじん、まるでトロみたいです」

 

ならトロで良くないか?

という台詞が喉くらいまで出かかったがそんな無粋な態度はおくびにも出さない。

 

アメリカのウマ娘に比べればこっちのウマ娘は幾分か味が分かる方だ。こいつが美味いと言うのなら美味いんだろう。

 

「俺も食うか」

「あ、ごめんなさい。私先に頂いちゃってて」

「小さいこと気にするな」

 

そこからはしばらく軽い雑談をしながら食事が進んだ。といっても他愛のない趣味特技や出身地の話であるが。

 

意外かも知れないがサイレンススズカは割とよく喋る。聞くのも上手いし、話すのも上手い。コミュニケーションが下手な俺とは違って社交性のあるウマ娘だ。S先輩は割と無口だと言っていたがそんなことはない。

 

そして雑談の途中、今日のレースについて話し合っていたとき、ふと気になる単語がサイレンススズカから飛び出して来た。

 

「────そして最後の直線で、静かで真っ白な景色が見えたんです」

 

湯呑みを掴もうとしていた手を止める。

噛み砕いて言えばサイレンススズカにはレース中妙なものが視えるらしい。

あんまり聞いたことがない話だ。

 

「具体的にはどういう景色が見えるんだ?」

 

興味本位で問い質す。

サイレンススズカは「あまり人には話したことはないですけど…」と断った上で語り始めた。

 

「最終コーナーを曲がって最後の直線に入ると、ゴールに続くターフがぼんやりと光るんです。そこに1番早く辿り着くと、普段よりずっと速く走れるんです」

 

サイレンススズカは淀みなく続けた。

 

「その感覚が、私は大好きなんです。今日は久々にそれを体験出来ました。だからトレーナーさんには本当に感謝しています。またあの景色を見せてくれて、ありがとうございました」

 

話を聞いたまま黙り込んだ俺を不審に思ったのだろう。

サイレンススズカは顔に不安の色を浮かべて、俺の顔色をやや下から覗き込んだ。

 

「あ…や、やっぱり変ですよね…?」

 

「いや」

 

かぶりを振って答える。

 

「昔、お前と似たようなことを言ってた奴がいたから、少し驚いた」

 

「私以外に?」

 

首肯する。

サイレンススズカはしばし逡巡して、柔らかく微笑みながら、

 

「そんな人がいるなら、一度お会いしてみたいです」

 

「…そう、だな」

 

それ以降はあまり会話が弾まず、祝勝会はお開きとなった。

 

サイレンススズカを寮まで送ると、彼女は最後にもう一度深く頭を下げて、その日は解散となった。

 

 

社宅に帰り着くと時計の針はまだ19時程度だった。

上着を脱ぎながらソファーに腰をかける。

少し食い過ぎた。

食が細い俺にとっては少々量が多かった。

 

深呼吸しながら天井を眺める。

そして、サイレンススズカとの会話を反芻する。

 

ターフがぼんやりと光ると、彼女は確かにそう言った。

 

デイライトが視えるウマ娘は世界的に見ても稀だ。

トレセンなら一人くらいいるかも知れないと思ってはいたが、まさか彼女がそれに該当するとは流石に予想外だった。

 

サイレンススズカはもしかすると、

100年に一人くらいの逸材なのかも知れない。

 

だったら尚更、俺みたいな中途半端な奴に任せておけるウマ娘ではないと、心の底からそう思った。




誰か「爆走ウマ娘外伝 すごいよ‼ゴルシちゃん」の執筆をお願いします。
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