ハルウララ奮闘記 ~有馬記念を勝ち抜くまで~ 作:新人トレーナー
「私の、トレーナーになってくれないかな……?」
泣き腫らし赤くなった目で、彼女は僕にこう言った。
今にして思えば、これは運命だったのだろう。
新人トレーナーと元気だけが取り柄だったウマ娘。これが、GⅠ最高峰の有馬記念で勝ち名乗りを上げる数奇な物語の幕開けだった。
「そこのお嬢ちゃん、うちのチーム入らないか?」
「あなた中々良い脚してるわね、私なんかどう? 結構やれると思うんだけど」
「チームランボル、只今デビュー前ウマ娘募集中!」
日本ウマ娘トレーニングセンター学園、略してトレセン学園。スカウト解禁という今日この日、大勢のトレーナーが学園レース場にやってきてはスカウトに精を出していた。
名前を聞かないようなところから強豪、最高峰というところまで例外なく全てのトレーナーがここに集っている。そして僕も例外ではない。
今年からトレーナー資格を取得し、晴れてトレセン学園所属となった
新人トレーナーがこれから取れる今後の方針は4つ。ウマ娘をスカウトする、逆スカウトされる、チームのアシスタントトレーナーになる、ウマ娘を担当に持たず学園のスタッフになる。大体この辺りだ。
理事長秘書の駿川たづなさんからもらった資料によると、大体がアシスタントとしてか学園スタッフで1~2年様子を見ることが多いのだそう。スカウトすることはあるが、余程資格試験の成績が良くないと難しいらしい。逆スカウトも然りだ。
ただ、せっかくトレーナーになったからには担当の一人や二人は持ってみたい。無茶だとは思いながら、僕はスカウトの波を押し分けて前々から目をつけていたレース場の観客席へと向かう。
「そろそろかな……」
鞄も中から資料を取り出して確認する。今から始まるのはダート1000mの模擬レースだ。出走者は8人と小規模だが、地方からの転入生がいるとのことで思っていたより人もウマ娘も集まっている。
『これよりダート1000mのレースを開始します。出走者はゲートへお願いします』
放送を合図に出走するウマ娘がゲートへ向かう。パッと目で目立つのはやはり転入生。
ピンクの髪と尻尾、赤い耳とバンダナ。周りの娘達よりかなり小さいが、見た目故かそれなりに存在感がある。資料にはハルウララと書いてある。見た目通りっぽい名前だ。周りからも同じ名前が聞こえるため、実質1番人気か。
今回のレースは直線レース。コーナーがなく短いため瞬発力が試されるだろう。スプリンターとしての能力が十分に見れそうだ。ハルウララだけではなく、他の娘の走りも注目しておきたい。
ゲートに入って……スタート。
勢い良く飛び出したのはハルウララでもない別の娘だ。砂煙を上げながら豪快に駆け抜けていく。肝心のピンクの髪はバ群の後方に位置している。
脚質としては差しだろうか。だが直線レースほどの距離、しかもダートでわざわざ後方に位置する意味が……?
新人なりに頭を回しながら眺めている間にレースは既に終盤。やはり最初に抜け出した娘が2~3バ身離してトップを独走している。注目のハルウララは……伸びない。転入生ということだから、実力はあるはずなのだが。
1着以外はほぼほぼもつれ込むようにゴールしていく。1着の娘が大喜びする中、他は肩を大きく動かして少し苦しそうだ。
『出走者はそのままコースの外へお願いします。次のレースは30分後となります』
アナウンスが終わると、多くの人が1着と4着の娘へと群がっていく。1着は言わずもがなだが、4着の娘は出だしで足がもつれ最後方を位置していたものの巻き返してこの順位までもっていったからだろう。トップスピードなら1番かもしれない。
一方注目されていたハルウララは5着。極端に速いわけでも遅いわけでもないが、注目度と着順はあまり似合っているとは言い難いだろう。
「ハルウララって転入生なんだよね? ちょっと遅くない?」
「うーん、思ってたほどじゃないかなー」
「期待はずれか……」
「まぁいいや、次いこっか」
トレーナーはともかく、周りのウマ娘たちからの評価はあまりよろしくないようだ。
このトレセン学園は国内最高峰のウマ娘教育施設。当然、入学となると並大抵の能力では入ることができない。転入となると、さらにハードルが上がるだろう。
故に一番期待されていたのだが、今の走りを見てはこの微妙な評価も納得できる。彼女には悪いが、特筆すべき点はあまりなかったように思える。
正直思っていたようなレースではなかったが、1着の走りは見る価値があっただろう。そこそこ満足しながら、僕はほとんど人が向かっていない3着の娘に話しかけようと向かってみることにした。
トレーニングはスピードとスタミナのバランスを取らなければならない中長距離のステイヤーよりは新人向きだ。この辺りで一人担当を持って活躍させることができれば、トレーナーとして大きな一歩が踏み出せる。
「お疲れ様。いい走りだったね」
「はぁはぁ……はい、ありがとうございます……!」
まだ息が整っていないようだ。水を差しだそうと鞄へ手を伸ばす。
「楽しかったー! みんな、また走ろうね!」
近くから、一際元気な声が届いた。振り返ってみると、ハルウララがニコニコと笑顔を振りまいて周りの娘たちに話しかけていた。
「……そうね」
ハルウララから下の着順の娘にはほとんど人がいない。誰にも話しかけられていない娘は、あまり彼女に構うことなく学内へと戻っていくか、暇そうなトレーナーへとアタックをしにいく。
「あ……」
少し悲しげな表情を落とし、ハルウララも学内へと続く。しかし他の娘の気持ちもわからなくもない。
スカウト期間は約2週間。ここでスカウトされなければ、また教育スケジュールに従って1年勉強漬けの日々を送りデビューが遅れてしまう。留年のようなものだ。
そんな中、自分より速かった娘に「また走ろうね」などと言われれば、あんな態度も納得だ。
……まあ、今は彼女を気にかけている場合ではない。
「水飲む?」
「はい!」
まぁまぁの勢いで水を受け取り、時々息継ぎでペットボトルから口を話しつつも、多めに用意した1Lを一瞬で飲み干してしまった。ウマ娘って恐ろしい……
「ふぅ……ありがとうございます。えっと、スカウトですか?」
「そうそう。あんまり君に目をつけてなかったようだけど、僕は結構良かったとおも――」
そこまで言ったところで、誰かが僕と彼女の間に割り込んできた。人が話しているときになんて失礼なんだ。
「ねぇきみ、よかったら俺とかどう?」
「あの、そこの人が先に……」
「大丈夫大丈夫。俺、短距離ベテラントレーナー。こいつ、なんもない新人トレーナー」
少しチャラチャラした感じの男は、自分と僕の胸章を指さしてどや顔を決めてくる。
トレーナーには胸章をつけることが義務付けられており、またその色で格付けがされてある。まず新人が緑。次に担当を持って1年以上経過したトレーナーが青。5年以上経過、かつ担当のG1レース3勝以上でオレンジとなる。さらに上や別の種類もあるが、オレンジ以上が基本ベテランと呼ばれる指標となっている。
「……どう?」
「……すみません、やっぱりベテランの方のほうが……」
うん、ですよね。
「まぁうん、大丈夫。じゃあこれで失礼します……」
突然横からとか言い方とかもっとあるんじゃないかな、と思わないではないが、ここは素直に引いておく。ベテランに歯向かったと噂されては、せっかく高い倍率を通り抜けて入ったこの学園で肩身の狭い思いをしなくてはいけなくなる。それに、担当を持つことすら怪しくなるかもしれない。
スカウト合戦ってこんなものなのかな、とも思いつつ他のレース場へ向かうことにした。まだ始まったばかりだ。全力で駆け回れば一人ぐらいはいけるだろう。
萎えそうになる心に鞭を打ち、スカウトに精を出していく――
時は過ぎスカウト期間最終日。
「無理じゃね……」
誰一人、応じてくれなかった。周りはベテランだらけなので「そりゃそうだ」と言われればそうだが、まさかこれほどとは。
人気のある娘はそもそもベテランの壁が出来上がって近づけない、そこそこの娘は話しかけてもベテランの壁に弾かれた別の経験者にさらわれていく。かといって人気のない娘は「新人はちょっと……」となってしまう。そこそこ成績は上位だが、さすがに経験ゼロは痛手だったようだ。
人気チームのデビュー前ウマ娘募集中、というところが多いのも向かい風になった。複数トレーナーを抱えているチームでは何人何十人と一気に迎えられ、レースをしない後半1週間は始まった時点でほとんどの娘の所属が決まっている状態だった。
一応めげずに僕も努力した。自動集計されている全レースの結果を資料としてもらって片っ端からアタックした。所属が決まってない目のついた娘はほとんど当たって砕けた。
ただ、初日に知っていてかつ一人だけ声をかけていない娘が。
「ハルウララか……」
あの転入生という割にはという、強いて言うなら元気なところが強みのあの娘。この娘だけは声をかけられずにいた。
レース戦績は、言ってはなんだが少し低い。大体真ん中あたりで、好走しているレースが無かった。それに出走しているレースが全てダートの短距離。他の適正が未知数で、小柄な体ということもあって誰も寄り付いていないようだ。
かといって自分でどこかに所属しているわけでもないらしい。ダートの短距離のチームは入部テスト方式で、もしかしたら落ちているのかもしれない。
いろいろな面から、僕には手が余るんじゃないかと考えて見送っている状態だ。新人にはハードルが高すぎるだろう。
そもそも新人は担当なんて持てないのが普通なのだ。気にしない気にしない。だが未練がましく、最終日という絶望的な状況で、ウマ娘たちの校舎をぐるぐると回ってしまう。すれ違う娘はみんな所属が決まっている娘だ。
1年目からは無謀だったかな。そう思いながらも歩き回っていると、もう夕方になってしまっていた。
「あ、富原さん」
理事長秘書のたづなさんだ。そういえば、彼女から書類の提出を迫られているのだった。スカウト期限が過ぎてしまった場合どうするか決めなければならない。まあほとんど決まっているのだが。
「どうですか、決まりましたか?」
「……スタッフとして、お願いします」
苦虫を嚙み潰したような表情をしていたと思う。無理かもとは分かったはいたが、実際にぶち当たってしまうとより一層悔しい。
「まぁそんなに気を落とさないでください。むしろここまでよく頑張ってます。ちゃんとウマ娘のことが見れる、将来とても良いトレーナーになれると思いますよ」
「ありがとうございます」
その後の話はあまり頭に入らなかった。成績が上の方だとは聞いていたので、少し自惚れていた分ショックが思っていたより大きかったのだと思う。自業自得ではあるが。
職員室で書類を書き明日からのスケジュールを口頭で聞いた後、トレーナー寮に戻ることにした。明日の僕がすることは、メモが教えてくれる。もう今日は頭を空っぽにして寝てしまいたい。
道中レース場が目に入る。寮に一番近いダートのレース場だ。ここから始まったスカウトだったが、ふたを開けてみればいろいろと失敗だらけだった。
「出しゃばりすぎたかな……ん?」
一人愚痴っていると何かが目に留まった。コースを誰かが走っている。確かこの時間はウマ娘はみんな寮に戻っているはずだ。
基本トレーニングは誰かと一緒に、もしくはトレーナーが見ていないと危険だ。万が一故障を起こした場合、迅速に処置ができない可能性が高くなってしまう。そうでなくてもオーバーワークで調子を崩すかもしれないため、トレーナーとしては放ってはおけない。
コースへ近づいていくと、ようやく誰かが走っているのが見えた。
「いっちに、いっちに……!」
大きく手も尻尾も振って、でも砂を弱々しく蹴って、ピンクの髪が上下に揺れる。ハルウララだ。
見た感じ明らかにオーバーワークだ。基本ウマ娘は時速60~70kmで走るのに対して、今の彼女は精々30ほどだろう。
「おーい、ハルウララ!」
声をかけると、さすがに聞こえなくほどは集中してなかったのか反応し、トレーニングを中断してこちらに走ってくる。正面から見てもフォームが整っていない。身体的にもきついはずなのにどうして続けているのだろう。
「どうかしたの? はっ! まさかもうこのコース使っちゃだめなの?」
「いや違うよ。他に誰かいないの?」
「うん、私だけだよ! 今日はいっぱい元気だから走ってるの!」
そういうハルウララだが、立っているだけなのに脚が震えている。仮に続けるにしても休ませなくては。
「ちょっと頑張りすぎじゃないかな。休憩がてらちょっと話さない?」
「……ウララは元気の子だから、まだ走れるよ?」
「人参あるけど、ほしい?」
「にんじん!? いいなー、ほしいほしい!」
話のお礼として用意していた人参をちらつかせるとあっさりとハルウララはコースの外へ出てきた。やはりというか、欲望には素直なタイプだ。ウマ娘はほぼ例外なく人参が好きらしい。
近くの観客席に彼女を座らせてにんじんを渡すと、「ありがとう!」とお礼もそこそこにものすごい勢いで食べていく。
「うっ……!?」
「そんなに急ぐから。はい水」
案の定詰まらせるので、2Lのペットボトルを渡すとごくごく飲み干していく。体は小さくてもウマ娘なことに変わりはないようで、一瞬で半分ほどを飲み干してしまった。……今度は2Lを2本用意したほうがいいのか。
とりあえず食べ終わるのを待つことにする。こう肩ほどの大きさの女の子が一生懸命に食べているのを見ると、まるで娘みたいに思えてくる。結婚していないどこか彼女すらいないが。
「ふぅー、ごちそうさま! ありがとね!」
「お粗末様でした」
「それじゃまた走ってくるね!」
「ちょっと待って、話をしたいんだけど」
「あ、そうだった」
少し天然なところもあるのだろうか。勢いよく飛び出そうとしたところを呼び戻し、もう一度同じ所へ座らせる。さすがにこのまま解放するわけにはいかない。脚もまだふらふらだ。
「それで、話って?」
「なんでそんなに走りこんでるの? 結構きつそうだけど」
「……えっとね」
さっきまで元気だったのに、尋ねるとしゅんとしてしまった。耳も垂れて落ち込んでいるようだ。
話しだしそうな雰囲気なのに、ハルウララはなかなか口を開かない。何かありそうだと待っていたら、何とか話し出してくれた。
「先週、わたしいっぱいレースに出たんだ。わたし走るのが好きで、高知からここまでやってきたの。ここなら、いっぱい走れるからって」
「うん」
「でもね、勝てなかったんだ。勝ちたいわけじゃないよ。走ってたのしかったからよかったんだけど……でも、でもね……!」
話が続くにつれ、段々と呼吸が荒くなる。気が付くと彼女は泣いていた。やっぱり、今までに何かあったんだ。
「見損なったって……転入生だから速いと思ってたのにって、また走ろうねって言っても誰もわたしのこと見てくれないの! はやくないと、スカウトされないと意味ないって……!」
「…………」
「はやくなったら、みんなわたしのこと見てくれるかなって……いっしょうけんめいがんばることしかできないから、自分でがんばって、がんばって走って……!」
ハルウララの言葉に、気が付けば僕は言葉を呑んでいた。なんて言えばこの娘のためになるだろう、なだめればいいのか、励ませばいいのか。人生経験もまだ浅い僕には答えが出せないでいた。
迷っている中で、ハルウララは言葉を続ける。
「わたし、だめな子なんだ……いくら走ってもはやくならなくて、毎日走ってるのに、だんだんたのしくなくなって……なんのためにここにきたのかわかんないの! わかんなくなっちゃったの!」
涙がぽたぽたと垂れてゆく。嗚咽交じりに叫ぶハルウララに、心が締め付けられるような痛みを感じる。
ウマ娘の世界ではこういうことが起こり得る。スポーツだってそうだ。誰かと何かを競う以上、絶対に避けては通れない。楽しかったものが楽しくなくなる。どれだけやっても上手くならない。上を目指す、競っていくなら誰しもがぶつかる壁だ。
そんなことはわかりきっている。この娘もそのはずだが、まだ自覚が足りなかったのかもしれない。走ること自体が楽しかったからこそ、ショックが大きいのかもしれない。
「ねぇ、わたしどうしたらいいのかな。どうしたら、またみんなと走れるかな。どうやったらたのしく走れるの? わたしこれからどうしたらいいの……!?」
言葉が出ない。所詮僕は人間だ。ウマ娘である彼女の気持ちは真の意味では理解できない。そしてトレーナー歴0の僕が何をどう言おうと薄っぺらいものになってしまうだろう。
それでも。ここで彼女の支えにならなければきっとこのまま壊れてしまう。それだけは避けなくてはいけない。目の前でこんなものは見たくない。
慎重に、言葉を選んで、何か言わないと。何かひねり出せ――
「――強くなるんだ」
「え……?」
「誰もが、並走トレーニングすら羨むような、そんなウマ娘になるんだ」
悩んだ末に出た言葉がこれだった。
これが正解かどうかはわからない。でも、今できるのは僕の思いを伝えることだけだ。
「ここにいるのは皆速い娘たちばかりだ。頂点を目指してる。君のように『楽しい』って気持ちだけで走っている娘は少ないだろう。だから、君も強くなるんだ」
「でも、わたしだめな子なんだよ! がんばって走っても、ぜんぜん強くなれないの!」
「それは一人だからだ。誰かと一緒に、楽しく、そして強くなるんだ」
「誰かと……一緒に……?」
「そうだ。一緒に練習する娘だっていい、トレーナーだっていい。一人で、目標がない状態の練習は強くなれない。楽しくできない。自分のことを見てくれる人と一緒にするんだ」
そう言い切ると、ハルウララは僕のほうを真っ直ぐに見る。何かに気が付いたようにも見えるし、戸惑っているようにも見える。
そこまで効果はなかったか。やっぱり、まだ新人の僕ではどうしようもないのか。
「……トレーナー、だよね? あなた、トレーナーだよね?」
「そう、だけど」
「わたしみてた! わたしのレース、全部みてたのトレーナーだけだった!」
「覚えてるのか」
確かに、短距離をメインに見ていたためハルウララが出走するレースは結果として全部見ていた。しかし、話しかけてもいないのによく覚えているものだ。現にこれがハルウララとの初めての会話だ。
「トレーナーだけだよ、わたしを変な目で見なかったの。わたしをちゃんと見てくれたの……」
気になる娘ではあった。だからしっかりデータだけは取った。結果としては見送る判断をしたが、他の人からするとそうではなかったのかもしれない。
「ほかのトレーナーはわたしはいらないって……だれもわたしのこと調べなかった。でも! トレーナーだけはわたしのこと見てた! そうでしょ!?」
ハルウララの力強い問いに頷くしかなかった。さすがに直接いらないとは言わないだろうが、彼女にとっては他のトレーナーからそう言われたと思っているのだろう。というか誰だそのトレーナー、ぶん殴ってやりたい。
「……わたしからの、一生のお願い!」
両手でごしごし目を拭いて、まっすぐ僕の顔を見つめる。涙でうるうるしているが、しっかりとした目つきになっている。この後何を言うかは何となく想像できるが、ちゃんと彼女の口から聞こう。
「私の、トレーナーになってくれないかな……?」
暗くなった空を見上げ、今までの自分の行動を振り返る。
今までやってきたことは、ただ単にデータを取っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。そしていろんなデータを精査したうえで、ハルウララのことは見送ろうと判断したのだ。果たしてそんなことをした僕に、彼女のトレーナーになる資格はあるのだろうか。
……なんて思ってはみる。だが、こんなことになっては断れないだろう。そんなことをしたら、僕は一生後悔してしまう。
しっかり自分に渇を入れ、今度は僕がハルウララを見つめる。
見送った時の自分とはおさらば。今から、僕の担当ウマ娘はハルウララだ。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして僕は、予想より早い、そしてあまり実力はないかもしれないけど元気が取り柄のハルウララを担当に迎え入れた。