ハルウララ奮闘記 ~有馬記念を勝ち抜くまで~   作:新人トレーナー

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「えへへ……やったぁ……」

 

 垢抜けた笑顔を浮かべるハルウララ。ハンカチを取り出して似合わない涙を拭き取ると、優しく手を握ってくる。

 

「ありがと……正直だめかなって思ってた」

 

 ここで断ったら人の心が無さ過ぎだろうと、多少苦笑いが顔に浮かんでしまう。果たして僕と同じ状況で断れるトレーナーはいるのだろうか。

 

「僕も担当がいなかったところだしね。……足は大丈夫?」

「あし? 疲れてるけど、全然だいじょうぶだよ。」

 

 手を放して席から立つとその場で軽く駆け足を始める。レースに出るには覚束ないが、歩く分には問題なさそうだ。

 

「職員室行こうか。書類の修正しないと」

「そっか。えっと、まなびなおし、だっけ? あれ直さないといけないんだよね」

 

 彼女の言う通り、僕が出したような書類のウマ娘版が存在する。どのトレーナーの担当になってレースに出ていくのか、もう一年学び直しかを選択して提出しなければいけない。ハルウララも既に出してしまっているらしい。

 

「そうと決まればさっそく! いこうよトレーナー!」

「まぁまぁ、まだじか――」

 

 ぐんっ、と世界がずれた。突如強烈なGが掛かって勝手に体が動き出す。一瞬空を飛ぶような感覚を覚えたのも束の間、次の瞬間には地面が襲い掛かってくる。

 

 引っ張られていると理解すると同時に足は全力で回転し、口は全力で叫び始める。

 

「――ストップストーーップ!!!」

「え?」

 

 ぐんっ、とまた世界がずれた。重力に足払いをかけられたかのように再び宙を舞いものすごい勢いのまま地面をゴロゴロと高速で転がっていく。

 

 そして止まる頃には僕の姿は土まみれだった。

 

「死ぬかと思った……!」

 

 せっかく新調した服と鞄が一瞬で台無しだ。これめちゃくちゃ高かったのに。

 

「ご、ごめんね、だいじょうぶ……?」

 

 手を出してくれるのでそれに甘えてつかんで起こしてもらう。流石は人とは違うウマ娘だ。疲れているように見えてもこれだけのことができるとはとんでもないスタートダッシュと急制動だ。

 

 服や鞄に付いた土を払って落とす。小言を言うべきかとハルウララを見るが、反省しているようで顔も耳も尻尾もすべてが落ち込んでいる。これでは怒るに怒れないじゃないか。

 

「……はぁ。次は気を付けてね」

「ごめんなさい……」

 

 正直この数秒で体はボロボロで痛むところはあるが、ちゃんと反省しているのに怒ったところで何もメリットはない。少しかがんで目線を合わせて頭を撫でてやる。もうこんなことをするような年齢ではないかもしれないがこれが一番だと思う。

 

「怒ってないよ。ほら、着替えて一緒に行こう」

「……うん。先に行ってて、すぐに行くから!」

 

 風が鳴るようなスタートダッシュで学内へとハルウララは戻っていく。この速度で引っ張られてよく無事だったな僕は。

 

 観客席のコンクリートや席からすぐに出て土だったこと、回転方向が横だったこと。どちらかが違えば今頃僕は生きていたかどうかすら怪しい。ウマ娘が小型の車といわれるのも納得だ。

 

 苦労しそうだなぁと漠然と不安を抱えながら職員室へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 職員室に着くと、すでに制服に着替えたハルウララが待っていた。

 

「もういたのか」

「あ、トレーナー! なんかね、書類のこと聞いたらね……り、りじちょうしつに行かないとダメなんだって」

 

 すごく理事長が言いにくそうだなというのは置いておいて。行きたくないなぁ、というのが僕の本音だ。

 

 秋川やよいというトレセン学園の理事長だが苦手なのだ。常にテンションが高く言い回しも独特。奥手がちな僕とは少し遠いような人で、会話すると本人には悪いが疲れてしまう。理事長を務めるぐらいだからすごい人なのはわかるのだが、どうしても慣れない。

 

「そっか……とりあえず一緒に行こうか」

「はーい」

 

 理事長室は職員室の丁度1階下だ。同じ校舎内なのに置いてある調度品のせいか入り口付近の雰囲気ががらりと変わっている。苦手なんだよなこういうの。

 

 コンコンとノックし中からの返事を待つ。「入るといい」という少々幼げだが厳かな感じもする声に続いて仰々しい扉を開ける。

 

「失礼します」

「しつれいまーす」

 

 二人揃って入ると部屋には3人ほどがいた。理事長がめちゃくちゃでかい机の奥に、隣が理事長秘書のたづなさん、そして生徒会長シンボリルドルフがいた。この学園のトップ3といっても過言ではないこの状況、明らかに僕たちは場違い感が半端ない。

 

「あの、お邪魔だったでしょうか……?」

「否定ッ! 邪魔なら待てと言っている!」

 

 夜にもかかわらず元気な理事長だ。これだこれ。この感じが僕は苦手だ。

 

「スカウト期間も終わりということでね、いろいろ話をしていたところさ」

 

 落ち着いた感じで話したのはシンボリルドルフ。元々の風格にとんでもない実力を兼ね備えたこれが最強と言わんばかりのウマ娘。デビューしてまだ1年と短いがすでにいくつかG1レースに出走しレコードを更新し続けているらしい。

 

「それで、どのような要件なのかな」

 

 はっ、と我に返る。そうだ、やたらと凄い生徒会長を見に来たわけではないんだった。

 

「……ハルウララを、担当ウマ娘として登録に来ました」

「あらまあ」

 

 たづなさんが少々驚いたような顔をする。それもそうだ。つい一時間前にただの学園スタッフとしてやっていきますという話をしたばかりだ。

 

 他の二人はというと少し目が鋭くなったような気がする。しかし見ているのは僕ではなくハルウララのようで、視線を向けると困惑したような顔でこちらを見てくる。

 

「え、なになに?」

「ハルウララ、といったか。君は転入生だったな」

「うん、そうだけど……」

 

 おお、この生徒会長にため口かよ……。ハルウララだから許されるのだろうが、僕なんかがしたら即クビになってしまいそうだ。僕だけかもしれないが内心びくびくしながら話を聞いていく。

 

「私が言えた口ではないかもしれないがね。少々デビューを焦ってはいないか? まだこちらに来て日も浅い。1年待ってそれからでも私は遅くないと思うのだが」

「…………それは、いやかなぁ」

 

 少々長い沈黙の後、ハルウララは落ち込みながらそう言った。まだ僕に話してないだけで他に何か要因があるのだろうか。

 

「理由を聞かせてもらっても?」

「…………」

 

 今度は何も話さなくなってしまった。うなだれてしまうハルウララにそっと話しかける。

 

「どうしたの? 言いたくない?」

 

 僕の問いかけにハルウララはしばらく返事をしない。考え込んだであろう末に出た答えは小さく頷くだけだった。

 

「……訳ありか。まあ私は無理に止めはしないよ。お二人はどうです?」

「肯定ッ! ウマ娘のデビューを勧めはすれど、止めることは私は絶対にしない!」

「理事長、時と場合もありますよ。ハルウララさん、一つだけ聞かせてください」

 

 たづなさんが近づいてきてハルウララの前で屈み目線を合わせる。顔を上げるまで待って、たづなさんは話を続ける。

 

「富原さんには申し訳ないですけど、まだ新人です。今から他のトレーナーを探すことはできませんが、1年待って実力をつけて、別のトレーナーにお願いすることもできるんですよ?」

「えっ、トレーナーって新人なの?」

「えっ」

 

 オウム返しのように勝手に口から漏れてしまった。胸章を隠しているわけでもないので普通に知っているかとばかり思っていたのだが。

 

「ほら胸章。緑色だろ?」

「ぜんぜん気にしてなかった! そっか、新人なんだね」

 

 あっけからんとするハルウララに苦笑いしかできない。一瞬新人だからと断られるかもと頭をよぎるが、まさか、まさかね……

 

「え、えっと……どうしますか? このまま富原さんにお願いします? それとも1年待ちます?」

「そんなことしないもん! わたし決めたんだから!」

 

 さっきまでのしゅんとした態度とは打って変わってきっぱりとたづなさんの目を見て言い放った。無数に砕けて散った前の僕とは違ってほっと胸を撫でおろす。

 

「ちゃんとわたしを見てくれたのはトレーナーだけだから! ほかの人みたいにいらないなんて言わないもん!」

「ほう……」

 

 シンボリルドルフの小さな一言で僕のほうへ視線が集中する。なんだろう、すごく恥ずかしい。もちろん嬉しくはあるが羞恥心のほうが半端ない。

 

 しかし理事長だけは違うようで、椅子から立ち上がりハルウララへ話しながら進んでいく。

 

「羞恥ッ! いらないとは見過ごせない発言! ハルウララ、詳しく話してほしい! 二度とそのようなことをウマ娘に言わせないことを誓おう!」

「えっと、えっとね……」

 

 肩をがしっとつかまれてハルウララは困惑しているようだ。それもそうだ、僕だって同じ状況ならめちゃくちゃ戸惑う。本当にこの理事長は勢いがすごい。

 

「そんなにはやくないしいらないんだよねって。名前は全然おぼえてないけど……」

「許せんな。これは早急に対応するべきだと思いますが」

「同意ッ! 翌日全ウマ娘全トレーナーを集めて緊急集会を開く! たづな、準備しておくように! 壇上には私が立つ!」

「はい、もちろんです」

 

 全員勢いがすごくて呆気に取られてしまった。同じ怒りでも立場があるとこうも行動力が違うのかと思い知らされる。この3人からは並々ならぬ何かがあるように思えてならない。

 

 しかしなんだか話がずれているようで心配になってくる。少しここで口を挟んでおこう。話が流れて登録できませんでしたなんてシャレにならない。

 

「あの、登録の件なんですけど……」

「大丈夫です、しっかりやっておきますので。改めましておめでとうございます、頑張ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

 

 そう答えるたづなさんは少し怖く感じた。これはあれだ、怒らせるとやばいタイプの人だ。

 

 場の雰囲気がぴりぴりとする中、理事長が僕の前に立つ。変なことは言われないだろうがとても緊張する。

 

「富原トレーナー。ハルウララをよろしく頼むぞ。1年目から大変だとは思うが、これから心身共にしっかりサポートしてやってほしい」

「はい、わかってます」

 

 手を差し出してくるのでそれを握り返して応える。ハルウララと同じくらいの背の理事長だが、握手に女の子のようなか細さは全く感じなかった。言葉選びは悪いかもしれないが得体の知れない人だ。

 

「さあさあ、今日のところは帰ってゆっくり休むといい! 明日からのトレーニングにしっかり備えるように!」

「ありがとうございました、失礼します」

「しつれいしまーす」

 

 全員に一礼して理事長室を出る。無駄に大きな扉を閉め終わると疲れがどっと湧いてくる。体がちがちだったもんなぁ僕。

 

 横目にハルウララを見ると普通に元気そうだった。無邪気さ故なのだろうか。少々羨ましく思ってしまう。

 

「ふぅ……じゃあ帰ろうか」

「うん」

 

 ウマ娘とトレーナーの寮は途中まで道は一緒だ。肩を並べて歩き出すとハルウララが話しかけてくる。

 

「ねえトレーナー。しんしんともってなに?」

「……ん? しんしんとも?」

 

 いきなり何を言い出すのだろう。少し頭を捻ってみるが皆目見当がつかない。

 

「言ってたよ、りい、りじちょうがしんしんともにしっかりって」

「あぁ、あぁなるほど」

 

 舌足らずな言葉を聞いてようやく理解できた。イントネーションも若干おかしかったので気づけなかった。決して僕のせいではないと思いたい。

 

 それにしてもハルウララは少し勉強が足りてないように思ってしまう。愛嬌がある分全く不快には思わないが、ある程度教えていく必要もありそうだ。

 

「心身共に。心も体もってこと」

「へー、そっかあ。こころもか……」

 

 両手を胸に当てる彼女を見ると守ってあげたいと思ってしまう。担当になったが故の情が湧いているのか人としてかはわからないが。とにかくもう泣いている姿は見たくない。

 

 シンボリルドルフとの会話で言い渋ったことも鑑みると少しメンタル面が不安定なのかもしれない。いらないなんて言われれば誰だってこうなってしまうか。ハルウララみたいな性格ならひどくなるのも尚更だ。

 

 しっかり見てあげないとな。そんな風に思っていると分かれ道に着いた。今日はここまでだ。

 

「じゃあなハルウララ。また明日」

「じゃあねトレーナー!」

 

 手も尻尾もぶんぶん振るハルウララに手を振り返し寮へ戻る。とりあえず今後のスケジュールを考えなくては。

 

 忙しくなるがこのためにトレセン学園に来たのだ。身を削ってでもしっかりやらねば。

 

 気が付けば僕は、いつもよりも速足になっていた。

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