ハルウララ奮闘記 ~有馬記念を勝ち抜くまで~   作:新人トレーナー

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初日

 意気揚々とダートレース場にやってきた。なのだが、予想以上に閑散としていた。

 

 レースは大半が芝で行われる。トレセン学園もダートは用意しているが芝の大体三分の一程度となっている。全体のレースよりは多めの配分だが、ダートレース場はトレーニングにも使われる。砂は芝よりも足が沈み踏み込む力が求められる。だからそこそこいるとは思ったが、平日の遊園地ぐらいの状態だ。

 

 その代わりなのか別の芝レース場はウマ娘でひしめき合っている。流石に走る分には支障のなさそうなレベルだが、限界ギリギリまでいるように見える。ダートの娘が極端に少ないのか、ダート練習を後回しにしているのか、はたまた両方か。

 

 だが僕からすると好都合だ。まだ芝の適正が全く見えてないが、スカウト期間中ダートしか走っていないハルウララならこちらでも問題ないだろう。いつかは芝も走ってもらいたいが別に焦る必要はない。できるトレーニングをするだけだ。

 

 ハルウララと同じくらいのウマ娘の平均データを眺めてプランを練ること数分、校舎からピンクの髪がゆらゆらとやってきた。相変わらず見た目が目立つ娘だ。まぁこれぐらいの方がデビューしてから覚えてもらいやすいか。

 

 こちらに向かうハルウララだが、コースではなく別の何かを見ているようだ。遠すぎて何を見ているのかまでは判別がつかない。大丈夫なのかと思っていると、ぐんと90度直角に進路を変更して走り出してしまう。

 

「えっ!?」

 

 資料を鞄にしまって慌てて追う。中に水4ℓ、にんじんを10本ほど詰め込んでいるため走りたくはないが気合で走る。初日からイレギュラーは勘弁してほしい。

 

 肩に掛けた鞄に苦しめられながら追っていくと、木の傍でハルウララがうずくまっている。息を整えながら背後から近づいていくと、こうなった原因がわかった。

 

「はぁ、ふぅ……何をしてるんだ?」

「っ!?……」

 

 びくっ、とハルウララが体を震わせると、黄色く複雑で可憐な模様をした何かが空へ舞う。この辺りでは珍しい蝶々だ。

 

「あー、にげちゃった……」

「綺麗だったな、あれ」

 

 なるべく怒らないようにと思いそう言うと、ぐるんとこちらを向いて満面の笑みを浮かべる。うん、清々しいほど反省してなさそうな顔だ。

 

「でしょでしょ! ひさしぶりに見てね、かわいかったなーって思ってね、それでね……」

「…………」

 

 そう見えたのは最初だけだったようで、話していくうちに段々とテンションが下がっていくのがわかる。耳は下がる手も下がる、怒られることを覚悟した子供のように視線が下がる。まぁ自覚してるのなら怒る気はないが、一応顔だけは作っておく。

 

「……ごめんなさい」

 

 すると耐えきれなくなったのか静かにつぶやいた。この娘の性格のことだ、こんなこともあるだろう。むしろこのままのほうがハルウララらしい。良いこと悪いことがわかれば十分だろう。

 

「トレーニングいくぞ」

「……うん!」

 

 頭を撫でると一瞬で機嫌が治った。これだけ切り替えが早いのに、どうして昨日はあんなに落ち込んでいたのだろう。並大抵のことではないのかもしれない。

 

 少し考えている間にハルウララはどんどんと先に行ってしまう。新人らしくスーツを着てはいるが、明日からはジャージで来ないとかなりきついのではなかろうか。昨日ダメになってしまった一張羅の二の舞になりかねない。

 

 また息を切らしながらレース場へ戻る。なぜかウマ娘よりトレーナーが疲れているが、これからがトレーニング本番だ。

 

「トレーニングって何するの?」

「えっと、ふぅ……。まずは、今ハルウララがどれぐらいで走れるのか測ろうと思う。600mと1200m、1800mの三本だな。全力で走ってもらおうと思ってる」

「はーい!」

 

 600は助走200mを除いて400のラストスパート、1200は実際のレース通り、1800は長めにしてスタミナを見るためだ。最初にここを測って目標を設定、後にトレーニング、達成の流れでいくのが今の予定だ。完全自己流のプランだが、ハルウララにはできるだけわかりやすく伝えたほうが本人のモチベーションにもなるだろう。考えるのは苦手そうだから、ここは僕の仕事だ。

 

「ねぇトレーナー」

「ん?」

「わたしのこと、ウララでいいよ。みんなそう呼んでるから」

 

 あだ名、か。少し恥ずかしいが、あまり人と深い付き合いをしたことがない僕は誰かをあだ名で呼んだことはない。一気に相手との距離が縮まってしまうようで、心のどこかでセーブがかかってしまうのだ。

 

 ……こんな小さい娘に恥ずかしいも何もないか。それに向こうからの申し出だ。受けないほうが失礼だし、これから年単位の付き合いになるならこれぐらいでビビっていられない。

 

「――ウララ、でいいか?」

「うん! じゃあ走ってくるね!」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 複雑な心境の僕を置いて駆けだそうとするウララを止める。人の心を知ってか知らでかマイペースな娘だ。説明も聞かずに始めようとするのはちょっと勘弁願いたい。

 

「タイム測るから。最初は600。ここの白線にいて。僕が向こうに行って、この旗を振り下ろしたらスタートね」

「はーい!」

 

 鞄から赤い旗を取り出して600の地点まで駆け足でいく。元気すぎる娘を相手にするには少し僕には荷が重かったか。別に悪い気はしないが、ウララといると心が休まる気がしない。ずっと動かされっぱなしだ。他のトレーナーも初めて担当を持った時はこんな感じなのだろうか。

 

 目標の場所までたどり着き、鞄を降ろして旗を上げる。手を振り返してくるので準備はできているらしい。周りのウマ娘の邪魔にならないタイミングを見計らって旗を振り下ろす。

 

 車と遜色のないレベルで駆け始める。人間なんて比べ物にならない速度まで上がり、400mの目印地点でポケットから取り出したストップウォッチを押す。それからは人と比べると一瞬で、目の前を風を纏いながら走り抜ける。

 

 23秒8。デビュー前のこの時期にしては十分なタイムだ。実際の相手やバ場状態にもよるが、しっかり仕上げられればデビュー戦1着も十分見える。ダートでこのスピードはむしろ優秀だ。……ならなぜレースではこの足が振るわなかったのだろうか。

 

「ねぇねぇ、どうだった?」

「いいタイムだ。休憩する? 疲れてないなら次測っていきたいけど」

 

 顔には出さずに答えていく。何も問題がないならそれでよし、そうでないならいずれ見えてきたタイミングで治せばいいだけだ。

 

「だいじょーぶ! ウララは元気の子だから!」

「よし。次はあそこからだな」

 

 ウララの気が散らないうちに早めに終わらせてしまおう。勢いのまま残りの二つもこなしていく。途中で大量に持ってきた水が半減したりにんじんが消滅したりしたが、概ね順調に進んだ。

 

 レースで足が振るわなかった理由は案外早めに分かった。二本目の1200を測っていく途中から思ったが、距離が伸びた途端にタイムががくっと落ちてしまうようだ。実際のレースでもある1200はそこまでだったが、1800では明らかにスタミナが足りないような走りをしていた。

 

 典型的な短距離ウマ娘。瞬発力はあるが持続しないタイプだ。短距離ばかり出ていたのはウララ自身も理解していたからだろう。

 

「ぜぇ、ぜぇ……つかれた~」

 

 1800が終わってへとへとなウララは、近くに来るなりベンチにすぐさま横になってしまう。運動していたのに急に止まってしまうのはよろしくない。心臓のサブポンプである筋肉が動かなくなることで疲労が抜けにくく筋肉痛もひどくなりやすくなってしまう。

 

「息が整うまで歩いたほうがいいぞ……?」

 

 ふとウララの足元を見ると違和感を覚えた。いつもテレビやビデオで見てきた他のウマ娘と何かが違う。靴がボロボロなのは仕方ない。だがどこか足りないような気が……

 

「あっ! ウララ、蹄鉄はどうした?」

「え、ていてつ……?」

 

 気づいた。靴と足を保護する蹄鉄がついてない。蹄鉄分の厚みがなかったから違和感がしていたのだ。

 

 あり得ないほどの力で地面を蹴るウマ娘には、蹄鉄と呼ばれる靴底の前半分にアーチ形の鉄を取り付けておかないといけない。靴が力に耐えきれずすぐに使い物にならなくなるし、少し足のバランスが崩れるだけで骨や関節に余計な負荷がかかってしまう。故障のリスクを抑えるウマ娘の必需品だ。

 

 最初にしっかり確認するべきだった。しかしウマ娘には周知されてるはずなのだが、どうして。

 

「付けないとダメだって言われなかったか?」

「うん……でも……」

「学園から一つ渡されなかった?」

「付けたけど……ずっと走ってたら壊れちゃった」

 

 自分の目が丸くなったのがわかる。学園から渡される蹄鉄はクロム鋼鋼材で出来ておりそう易々と壊れるものではない。しっかり合っているものを選べば年単位で持つ代物だ。ウララは転入してまだ間もない。個体差ですぐに壊れたか、壊れるほど走りこんだということか。

 

「なら買わないと。学園に申請は出した?」

「……お金がね、ないの」

 

 トレセン学園での蹄鉄の購入費用はウマ娘が一部負担する形になっている。普通にクロム製の蹄鉄を買う分には激安といえる金額だが、額面だけでいえばあまり手が出せるものではない。成績上位者であれば学園からの免除額が増えるが、ウララの成績では大体5割負担といったところか。

 

「ご両親から援助してもらえないのか?」

「……わたし、お父さんとお母さんがいないの」

 

 明るかったウララの表情が少し暗くなる。聞いてはいけないことを聞いた自覚はあったが、予想以上の言葉が返ってきてしまって反応ができない。内心あたふたしているとウララは話を続けていく。

 

「べつに寂しいわけじゃないよ。ちっちゃい時からいなかったから。わたしね、高知のみんなのお金で学園にこれたの。ウララがもっと元気に走るのが見たいって、おじちゃんもおばちゃんも言ってくれてね」

 

 ありきたりな人生を送ってきた僕では何と言っていいかわからない。ただ、語るウララの表情はそこまで暗くなさそうだ。むしろ何かを懐かしんでいるようでもある。

 

「だからね、あんまりお金がほしいって言えなくて……だいじょうぶ! ていてつなくてもちゃんと走れるもんね!」

 

 立ち上がるウララは元に戻ったように見える。元気そうだが、話を聞いた後では別の思いがあるように見えてならない。……腹をくくるしかないか。

 

「……ウララ、着替えておいで」

「えー、なんで? まだ走れるよ?」

 

 親からはある程度余裕を持ってお金を貰ってる。担当のためならなんのそのだ。当分通帳に風穴が空きそうだが。

 

「蹄鉄、買いに行くぞ」

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