ハルウララ奮闘記 ~有馬記念を勝ち抜くまで~   作:新人トレーナー

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友人

 その時は突然やってきた。

 

「走りたいよトレーナー!」

「…………」

 

 言われることは覚悟していた。でもまだトレーニング開始から3日目だ。いくらオーダーメイドの仕上がりが全国一早いと言われている中央でも1週間はかかる。まだ折り返しにも来ていないがウララには限界だったらしい。

 

「……ジョギング程度にしような」

「やだ! みんなちゃんと走ってるんだもん、わたしだって本気で走りたいよ!」

 

 問題は全力で走りたがっている点だ。蹄鉄もしっかりした靴もない状態で本気を出させるわけにはいかない。なら蹄鉄が無くても大丈夫な筋トレルームのランニングマシンと思ってウララと一緒に来てみたはいいものの、今日も今日とて満員御礼の大盛況。

 

 一応成す術がないわけではない。ショッピングモールの近くにはこれまたウマ娘に特化したトレーニング施設があるのだがこちらは有料となっている。だが中々にお高く、財布に風穴が空いている今の状況ではとても厳しい。

 

 わかっているが何度も確かめてしまう。所持金は1万と小銭が少し。貯金は下ろせるには下ろせるがこれからの出費の分を考えたら足りないぐらいで、どうにか予定されているもの以外は抑えていきたい。

 

「あら。ウララさん、どうかしたの?」

「あ、キングちゃん!」

 

 通りかかった綺麗な鹿毛のウマ娘がウララに話しかけてきた。なんだか妙に重々しい名前だがどこかで聞いたことがあるような……

 

「キング……ヘイロー……?」

 

 思い出した。母親が海外のGⅠを勝ち進み英才教育を施されたと噂の所謂エリート路線にいる娘だ。デビューの気が見えるとトレーナー陣の間でも少し話題になっていたが、まさかウララの知り合いだったとは。

 

「流石トレーナーね。新人とはいえちゃんと私がわかるなんて」

 

 ただこのすごく高飛車な態度は聞いてない。エリートというよりお嬢様といった感じか。ウララのような元気が爆発したような人に並んで苦手なタイプだ。

 

「初めまして。ウララのトレーナーをやらせてもらってる富原迅です」

「……あなたがそうなのね。常々ウララさんから話を聞いてるわ」

「えへへ……」

 

 ウララは僕のことをなんて言ってるのだろう、非常に気になる。少し照れているところを見るにそこまで悪い話ではなさそうだが。

 

 一方のキングヘイローは何やら意味ありげな視線を僕に向けてきている。多分自分だったらこんなトレーナーはごめんだとでも言いたげな表情をしている、と思うのは少々気にしすぎか。

 

「で、こんなところで何をしているのかしら」

「らんにんぐましーん? がぜんぶ使われててね、わたしトレーナーから走っちゃだめって言われてて走れないの、キングちゃんどうしよー!」

「一気に話すのはおやめなさいといつも言ってるでしょう。……あなた、ウマ娘を走らせないなんてどういうことかしら」

「ウララから聞いてません……?」

「聞いてないからこうして質問してるのよ、ありがたく思いなさい」

 

 何でもかんでも話してそうな雰囲気を醸し出しているのになぜここは伝わっていないのだろうか。それにこの娘の話し方もあって非常に疲れる。早く終わってくれないかな……

 

「……まともな蹄鉄と靴がなくてですね。注文はしたので到着待ちって感じで」

「それでここって訳ね。でもモールの近くにもトレーニング施設はあるわ」

「ちょっとそこはお金が……」

「それぐらい出せないなんて余程貧乏なのね」

 

 超弩級のストレートをもろに喰らって泣きそうになる。普通のトレーナーは1年目から担当を持つことが少ないため、必然的に資金はそこそこある状態でウマ娘との日々をスタートする。それに比べれば僕の通帳の中身なんて風が吹けば飛んでしまう儚いものなのは自覚している。だからってここまで直球に言わなくてもいいじゃないか……

 

 言葉になるかならないかレベルの何かが喉を通るだけで何も言い返せず黙り込むしかない。おかしい、僕が知ってるトレーナーはこんなことでウマ娘に頭が上がらなくなる存在ではなかったはず。

 

「……はぁ。仕方ないわね、ついてきなさい」

「どこにいくの?」

「いいから」

 

 強く言い切られてしまっては仕方ない。ウマ娘に先導される落ち込んだトレーナーという、見方によっては情けなく映ってしまうような状態でキングヘイローの後を追う。案の定近くを通り過ぎる方々からはなんだなんだと見られてしまい、今回ばかりは普通に恥ずかしい。

 

 何も話せず背中を追って行ってたどり着いたのはウマ娘の寮だった。心なしかトレーナー寮より華やかに見えるのは気のせいだろうか。

 

「ここで待ってなさい。すぐ戻るわ」

 

 キングヘイローが寮に入りようやく重い空気から解放される。先輩トレーナーと一緒にいるとき以上に重かった。さぞかしあの娘のトレーナーは大変だろう。

 

「……あの娘とはどうやって知り合ったんだ?」

「おんなじ部屋なの。最近はトレーナーの話してるんだよ」

「……そっか」

 

 道理で親しいわけだ。できればどんな風に僕を語っているのか聞きたかったが、地雷を踏み抜く羽目になりそうな気がするのでやめておく。

 

 果たして何をするつもりなのだろうか。靴と蹄鉄を貸してくれるのが一番現実的かもしれないが、キングヘイローは中等部にしては身長がかなり高い。ウララとは大体20cmほど違い、一応男の僕より少し低いぐらいだ。サイズも当然違ってくるだろうし貸してくれるのはなさそうだ。

 

 となると他は何があるのか。施設に行くお金をくれるわけはない、負荷トレーニングで代用、あとは……なんだろう。

 

 少ししか時間が経っていないのに宣言通りすぐにキングヘイローは戻ってきた。手には何やら一枚紙を持っているようだ。

 

「これあげるわ。期限切れそうだし、特別よ」

「なになに? ……えっと、これどうやって読むの?」

「なっ……!?」

 

 ウララが受け取ったものを見て驚いた。NEXT SOULSはトレーニング施設の中で最高峰の総合施設だ。最高品質のトレーニング器具一式はもちろん、ウイニングライブのためのダンスレッスン室、プール場、スパ、必要に応じて専門のコーチまでいる備えている至れり尽くせりといった場所だ。トレーニングのために一日そこで過ごしても苦ではないと評判だが、値段も当たり前のように最高峰。

 

 そんなところのフリーパスチケットを惜しげもなく渡すとは。手に入れるには何回通う必要があるかわからない貴重なものをなぜ持っているのか不思議でならない。こんなことをされては貧乏だと言われてもなんだか腹を立てられなくなってしまう。

 

「こんな貴重なものいいんですか?」

「期限までに使えそうにないもの。まさか、このキングがあげると言ってるのに疑うの?」

「いえいえ、そんなことは。ありがとうございます」

「おーっほっほっほっほ! これであなたもキングの素晴らしさがわかったようね」

 

 高笑いを上げる彼女はとても誇らしげな顔をしている。お嬢様の財力恐るべしといったところか。普段ならあまり良い気にはならない言葉遣いだが頭が下がるばかりだ。こんなものを経験できる機会なんて滅多にない。

 

「ありがとーキングちゃん!」

 

 いつも通りなウララの言葉を聞いていると凄さがあまりわかっていないような気もする。だが行けば否が応でも実感が湧くだろう。いろんな意味ですごい友人を持ったものだ。

 

「さ、早く行ってきなさい。今から向かえば混む前に使えるわよ」

「はい、ありがとうございます。ウララ、服と水着準備してきて。僕はここで待ってるから」

「うん、わかった!」

 

 ウララが寮へ入っていくと二人きりになってしまった。何か都合をつけてこの場から離れようと思ったが上手い言い訳が思いつかない。キングヘイローも予定があるだろうと思うのだが何故かじっと僕を見つめてくる。

 

「あなた、覚悟はあるの?」

「……なんの、ですか?」

 

 口調も目つきもがらりと変えた態度に違う意味で身が引き締まる。小馬鹿にするような感じではなくとても真剣に。

 

「ウマ娘を育て上げる覚悟。数多のライバルを退けてトゥインクルシリーズを勝ち抜く覚悟」

「……もちろん。なかったら、僕はここにはいません」

 

 だから僕も真剣に返す。言葉の真意はわからないが軽い気持ちでないことだけは確かだ。

 

 ウマ娘の選手生命はとても儚い。デビューしたとしても未勝利のまま引退を迎える娘が約6割。仮に勝利しレースに出走し続けられたとしても平均7年。それまでに戦績が振るわずに故障せず引退せずとなると全体の1割しか残らない。勝たなければ生き残れない厳しい世界、無論それを理解してないわけがない。

 

 僕は小さい頃からウマ娘の存在に憧れていた。レースで煌めく彼女達の傍に居られたら。そう思って必死に勉強を続けてきた。良いことばかりじゃない、未勝利で、戦績不振で、故障で引退、最悪レース中の転倒でそのままこの世を去ってしまうことも全部。トレーナーになることは、自分だけじゃないウマ娘の人生をも背負うことだって。

 

 それでも僕はこの道を選んだ。覚悟は誰にも負けない。

 

「ならいいわ。でも気を付けて」

 

 話しながらキングヘイローは僕の横を抜けるように歩いていく。

 

「ちゃんと支えてあげなさい。あの娘、脆いわよ」

 

 それだけを言い残し、後は何も言わずに去っていった。とっさに返すべき言葉が見つからず、僕はその背中に理由を問うことができない。

 

 脆いと言われればそうかもしれない。ここまでの数日間でも片鱗は見え隠れしているのは僕にだってわかった。ウララにはどこか放っておけない弱さがある。

 

 だがそれが僕が危惧している脆さなのかどうかは、ウララが戻ってくるまでの短い時間では到底わからなかった。

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