零 〜濡鴉の巫女と異境のクラウン〜   作:mimick

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遭遇

 

 暗く、鬱蒼と生い茂る森。

 

 ザワザワ、と草を踏む一人分の足音が耳につく。

 

 しかし、季節は夏真っ盛りであるというのに不思議とあたりから虫たちの鳴き声が聞こえることもなく、生命全てが眠りについているように錯覚させた。

 

 ただし無音ではなく、近場には滝があるのか轟々という水音が聞こえてくる。

 

 

 夕莉は密花の行方の手掛かりを求め、そして人探しの依頼人──友人を探しに日上山に入った氷見野冬陽を連れ戻すためにその場所を訪れていた。

 

 

 手元の懐中電灯の光が唯一の頼り。

 

 夕莉の手は緊張と恐怖で震え、じっとりと汗ばんでいた。

 

 当然のことだろう。夜に一人で山に入ろうという者など物好きしかいない。

 

 ましてや、この山には良くない噂の方が多いのだから──

 

 だが、それでも夕莉が日上山にいるのは、人探しの依頼人が憔悴した様子であったことや、日が落ちた山に女性が1人でいるかもしれないという想像にいても立ってもいられなくなったからだった。

 

 あの時、依頼人である氷見野冬陽が山に入るのを止められていたら……そんな後悔ばかりが後に立つ。

 

 夕莉は、そんな善良な感性と強い責任感を持っている女性だった。

 

 

 山に入り、いざ人探しを始めたのは良いものの、夜の日上山は危険に満ちていた。

 

 遠くに見える崖からは女の霊が飛び降り自殺を図り、全身を地面に叩きつけた。

 

 瞬間、女の霊は崖の上におり、再び身を投げ──自身の最期に感じた苦しみを何度も、何度も繰り返している。

 

 または、老若男女。様々な姿をした霊が生きるものを探して森の中を彷徨い、自分と同じ苦しみを分かち合おうと生者を襲う。

 

 中には肝試しで入ったものが怨霊にとり殺された、不幸な者もいるかもしれない。

 

 だが、そうした彼らの多くは、日上山に自殺することを目的に入った者たちだった。

 

 ガサリ、と遠くで草を分け入る何者かの音がし、何か声のようなものか聞こえた気がした。

 

「っ!」

 

 虫たちすら眠るこの山で、獣などいるのだろうか? 

 

 夕莉はもしかしたら自殺志願者かもしれないと思った。

 

 この日上山は自殺の名所であり、その可能性が一番高かったから。もしくは、人探しの依頼人である氷見野冬陽がいるのか。

 

 もし、そうであってくれたら……

 

 夕莉は警戒しながら、音の聞こえた方向へ近づいていった。

 

 

 □

 

 

「どこなんや、ここはー!?」

 

 横島は、途方にくれていた。

 

 神魔たちの一撃から間一髪で離脱することができたものの、咄嗟のことで横島が行き先を定めなかったせいか完全なランダムでの転移になってしまったらしい。

 

 一応、神魔からの襲撃があることは彼の師などから情報を得られており予測できていたので、常備していた愛用の大きなバックパック、テントや寝袋は持ってくることが出来ていたが……

 

 いざ転移してみれば、見知らぬ土地。

 

 しかも、歩けども、歩けども周りは木、木、木! 

 

 どうやら転移されてきたのは山の奥まった場所だったらしい。そして、不運は重なるもので、あたりは夜。真っ暗で周りなど全然見えなかった。

 

 その一方で違和感も感じていた。

 

 まとわりつくように感じる、この山の一帯を覆っている力と腐臭にも似た──死者や黄泉の匂い。

 

 前者については、おそらく結界と同様の物と横島は予測しており、それは事実当たっていた。

 

 チラリと覗く──そこらの道端には隠されたように道祖神が配置されていたから。

 

 それらには、人の生活の場所とこの霊地とを区切る意味が籠められてあるのだろう。

 

 それを目にした横島は、ここが既に現世ではない、異界となっていることにも勘付いていたのだが……

 

 

 問題なのは。

 

 

「そんで、なんでこんなにおるんやー!!!」

 

 涙を四方八方に振り撒きながら、ブンブン、と右手を振るう。

 

 その右手からは不思議なことに、半透明に光る剣──霊波刀が伸びている。

 

 そんな少しビームサーベルのようにも見える霊波刀が向く先には、空気中にチラチラと青白い破片を撒き散らしながら崩折れ、断末魔をあげては消えてゆく数多の霊の存在達があった。

 

 

 ここに至るまで、横島は既にいくつもの彷徨える悪霊たちに出くわしては、その度に札に封じてきていた。

 

 ただ、あまりにも数が多く、始めは吸魔札で封印処理していたのに対して、札の枚数が心許なくなってきたのか、はたまた面倒臭くなってきたのか……膨大な霊気を込められて作られた霊波刀でバッサバッサと切り捨てるなど段々と対応が雑になってきていた。

 

「ドチクチョー! こんなんばっかりー!」

 

 幽霊達が切り捨てられる度に恨めしげに呻き声だけを残して儚く消えてゆく……

 

 

 しかし、そんな相手はこの「山」に囚われた怨霊たち。

 

 霊波刀で切り捨てられたのだとしても、ここは荒れてはいるが霊地。怨霊は時間が経ち、失われた霊力が戻ると、再び彷徨い始め、生きる者たちに襲いかかろうとするだろう。

 

 彼らはこの土地に縛られており、魂を救済されなければ、その苦しみから本当に開放されることはないのだ。

 

 

 そして、ようやく人の入らないような深い森から、人の通った形跡のある道に出た時、遠くで人の気配がした。

 

「よっ、と」

 

 横島はホッとした様子で、バックパックを担ぎ直すと人の気配を感じた方に慎重に歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

『おーい』

 

 男のような間延びした太い声が山に木霊した。

 

『おーい』

 

 遠くでは手を振る何かが見え――

 

 

「さっきっから、オイオイうっさいんじゃ!!」

 

 横島が遠くに見える何かに向けて六角形のサイキックソーサーをフリスビーのように投げ、容赦なく爆撃した。

 

 それは一声呼びと言われる民間信仰か。山で呼びかけられたら返事をしてはいけないというタブーだが、しかし、横島は普通に怒鳴り返す。

 

 すると、何かは消えピタリと声は止み、辺りは再び滝の音だけが木霊した。

 

 

「あ、あの……」

 

 どうやら奇妙な声に気を取られている内に、横島が感じ取った気配の主はだいぶ近くまで来ていたらしい。

 

 

 横島が夜の暗い森で出会ったのは、驚くことに大学生くらいの年頃の綺麗な女性だった。

 

 肩の出た、白とオレンジのどこか巫女服を思わせるデザインの薄い服に、脚を惜しげもなく出したホットパンツ。

 

 セミロングの髪に、強気そうな眼差しだが、どこか表情の硬い印象があった。

 

 とはいえ、横島にとっては表情が硬いなどマイナスポイントにはなり得ず、当然、ナンパ癖のある横島がじっとしていられる訳もない。

 

 横島の目に光が宿る。

 

 

「綺麗なお姉さん。僕の名前は横島忠夫」

 

「生まれる前から、愛してました」

 

 目にも止まらぬ速度で夕莉へと近づいた横島。

 

 夕莉の目には言葉通り、男が瞬間移動したかのように見えた。

 

 そして、横島が差し出したその手はいつの間にか夕莉の手をしっかりと握っていたのだった。

 

 カッコつけたがりなのか横島の顔は非常にニコニコと晴れやかで、安っぽくキラキラと星が瞬くような幻影が見えた気が夕莉にはした――

 

 

 夕莉が我に返ると、横島はいつの間にかスッと離れ、夕莉の言葉を待っている。

 

 夕莉は横島に触れられ、やや呆けている様子で、『痛々しい傷口』を見たかのような緊張した表情だったがなんとか呑み込み言葉を返した。

 

「あ、あの今お会いしたばかりですが」

 

「たはは驚かせて、ごめんね。昔からの癖で美人を見るとつい」

 

 そう言って、横島は頭をかいて苦笑いを浮かべた。

 

 つい、でナンパする男はなかなかいまい。

 

 そして、いきなり見知らぬ男性から愛してますなどと言われれば気味が悪いだろうが、夕莉に不思議と嫌悪感はなかった。

 

 おどろおどろしい山の雰囲気に、正常な感性が麻痺していたのだろうか。

 

 もしくは、嫌悪感がなかったのは、横島の様子から冗談の要素が大きいと何となく分かっていたからなのかもしれなかった。

 

 夕莉は目の前の男を観察した。

 

 頭には赤いバンダナを巻き、白いシャツの上に青のデニムのアウターを羽織り、ジーンズのパンツにスニーカーを履いている。

 

 背には大きなバックパックを背負っており、夕莉は横島に遠方からの旅行者のような印象を受けた。

 

「改めまして、俺は横島忠夫。ちょっと道を聞きたいんだけど、いいかな? 気付いたら、こんな所に迷い込んでたんだ」

 

 果たして、こんな山に迷い込むことなどあるのだろうか、と夕莉は少し疑問に思う。

 

 しかし、そんなことを疑問に思いながらも名乗られたからには返さなくてはと考えるのが彼女の律儀さだった。

 

「え? あ、はい……私は不来方夕莉です」

 

「夕莉ちゃんか〜」

 

 そう名前を呼んだ横島の表情はニコニコとしており、ここが悪霊たちがそこかしこを彷徨う危険な山だとは思わせないものだった。

 

 夕莉は戸惑う――何故、目の前の男性は、この霊が跋扈する山でパニックも起こさず、平然としていられるのか、と。

 

 もしや、この人はそこらじゅうにいる霊たちが見えていないのだろうか。

 

 無論、見えないことこそが通常ではあるのだが、夜の日上山は異界と化しており、むしろ死者の世界に近いはずだ。

 

 つまり、この場では生者こそが異物に他ならない。

 

 だから、一般人にもはっきりと見えてしまうほどの怨念の最中にいるはずであり、霊が見えていないことなど流石に考えられなかった。

 

 

「ここは日上山にある、不知の森です」

 

 それから夕莉は横島に、今いる場所の説明をした。

 

 この日上山は一度、観光地化の際に山頂付近にある社までの参道が整備されたものの、地滑りにより一部が崩れ、沼地化した地面に沈むなど、本来使えるはずの参道は途切れたままになっている。

 

 参道以外の道では、木々の間を抜ける、入り組んだ「けもの道」のような脇道ばかりであり、所々、これまた沼地化しているため、現在はフェンスで囲われ、立ち入りが禁止されていた。

 

 しかし、日上山が心霊スポット、自殺の名所として有名になってからは、フェンスを破り不知の森に侵入する人々が後を断たないのだという。

 

 今、二人のいる不知の森は日上山の中腹にある平坦な地域に広がる森であり、そこでは行方不明者の遺留品などが多く見つかるが、自殺者だけではなく、中には森に潜む凶悪犯に惨殺された者もいる、という噂もあるほどに曰く付きの森として地元民には知られていた。

 

 などなど……この日上山は過去に霊山とされていたが、今では廃れ、自殺の名所になっているのである。

 

 横島があまりに緊張感のない様子に、「歩くうちに様々なことを忘れる、自分の行くべき場所を見失う」などの言い伝えがあり、この名が付けられたと少し怖がらせるような脅しがあったが、対する横島はケロッとしていた。

 

「ほーん……自殺の名所……ん? いやいやいや! ワイは自殺なんてするつもりないわー!!」

 

 夕莉からの物言わぬ視線に気付き、慌てて否定した。

 

 そして、自殺なんて、そんな痛そうなの嫌やー! と、涙を振り撒き、騒ぐ。

 

 夕莉はその様子を見て、困惑した。

 

「なら……横島さんは、どうしてこんな所に……?」

 

「ん!? ん、ん〜? な、なんでかなぁ? ……気づいたら森の中でずっと彷徨ってたというか……」

 

 何か事情があるのだろう、目をアチコチに泳がせた歯切れの悪い回答だった。

 

 確かに、この場所に転移してきましたと素直に言うよりはマシだろう。

 

 話してしまえば、確実に頭がおかしいと思われてしまう。いや、案外神隠しの噂もあることだし、夕莉ならそんなこともあるのか、と納得していたかもしれないが。

 

 

「そうですか……」

 

 当然、横島の様子に本当のことを話していないことは、夕莉には察しがついていたものの、それ以上追求することもしなかった。

 

「たはは……それで、申し訳ないんだけど、道を教えてくれないかな? あと、どうして夕莉ちゃんみたいな女の子がこんな所に?」

 

 横島は夕莉に山を降りるための道順と出口がどこにあるのか聞いた。

 

「あの、この森は迷いやすくて……できれば、すぐに道を案内したいのですが……今は人探し中で……」

 

 端切れ悪く、今すぐ道を案内することは出来ないと言う。

 

「こ、こんな暗い森の中を女の子一人で……?」

 

 はい、と小さくコクリと頷く夕莉。

 

 一方の横島はしばし沈黙した。

 

「……おっしゃ! 男だろ、横島忠夫! こんな不気味な夜の森を女の子一人歩かせるなんて男じゃねぇ! 俺も人探しに協力するぜっ!」

 

「え……えっ?」

 

「夕莉ちゃんみたいなかわいい子を一人で暗い森の中、行かせるのは危ないからな!」

 

 わっはっは、と笑う横島。

 

 

 こうして横島は夕莉が一人で人探しをしていることを知り、手伝うことを決めた。

 

 こんな怨霊の蔓延る危ない場所で女の子を一人で置いていくわけにはゆくまい。

 

 突然の展開に未だ戸惑う夕莉に対し、横島はこの話はもう終わり! とでも言うかのように強引に打ち切り、夕莉の人探しを再開を促すのであった。

 

 夕莉としても、その申し出に申し訳なく思ったが、一人で人探しするのは心細く思っていたし、一人よりは二人の方が人を探すのは効率的かもしれない。横島の提案は夕莉には渡りに船だったのだから。

 

 

「あ、山から降りたら、お茶でもいかがっすか?」

 

「……いいですよ。コーヒーごちそうします」

 

「えっ? …………ホンマか!? いよっしゃー!!」

 

 ナンパが成功? し、膝を突いて驚喜する横島に、微妙な笑みを浮かべる夕莉だった。

 

 夕莉としてはただ、彼女の居候先である骨董カフェの客になって貰おうと思っての言葉だったのだから。

 

 喜ぶ横島を尻目に、夕莉は勘違いさせちゃったかな、と少しだけ罪悪感を抱いたのだった。

 

 

 □

 

 

「ところで……」

 

 画風が変わり、深刻そうな顔で溜めをつくり──

 

「探しているのは友達? ……もしかして、彼氏ですかー!?」

 

 口から出てきたのは、しょーもない疑問だった。

 

 夕莉は傍目にも見目の良い女性。

 

 そんな女性に想われている男がいたらと考えると、横島は嫉妬の感情を抑えられなかった。

 

「ち、違います! 氷見野冬陽さんという女性の方です」

 

 

「へ?」

 

 狂乱した様子で問う横島に、夕莉は二人の女子高生が写った写真を見せ、片方の女の子を指差し、この人ですと言った。

 

 

「……こっちも女の子やないか! 何で、こんな子がこの暗い森の中を一人で……?」

 

「氷見野さんの友人を探して、この山に入ったみたいで……」

 

「そ、そうなんか……この子もきっと怖い思いをしているに違いない……!」

 

「早く見つけてあげなければ! 今、女性の守護天使、忠夫ちゃんが助けに行くからなー!」

 

 突然、燃え上がるように決意を示し、一転し、何かを妄想してニヤニヤしだす横島。

 

「……」

 

 泣いたり、喚いたり、笑ったり。コロコロとよく表情の変わる人だった。

 

 それを傍目に夕莉は自分が無くしてしまったものを思い、少し気分が重くなった。

 

 

 涙を流したのは──

 

 感情のままに叫んだのは──

 

 腹の底から笑ったのは──

 

 一体、いつが最後だっただろうか? 

 

 

 気分が沈む……

 

 思い出そうとしても、夕莉の記憶は一向に蘇ってくることはなかった。

 

 

「そういえば……さっきからそのカメラであちこち撮ってるけど……どしたの?」

 

「あの、これは……」

 

 質問への回答をどう説明したものかと言いよどんだ。

 

「あー……もしかして夕莉ちゃんて、普段から幽霊見えてる人?」

 

「え……あの、なんで……」

 

「なんつーか、見えてる人の挙動っていうのかな。無意識のうちにいそうな場所を警戒しているように見えたんだ」

 

 そして、もしも隠してたならごめん、と続けた。

 

 その言葉に私はそんな風に見えていたのだろうか? と夕莉は思う。また、横島は幽霊の存在を信じている人なのだろうか、とも。

 

 夕莉は驚きつつも、俯きがち、言いにくそうに見えるはずのない存在が見えることを告白した。しかし、それを信じて貰うことは、もう既に諦めている。今までがずっとそうだったから。

 

「そうか……今まで大変だったろうなぁ……誰か相談できる人はおったんか?」

 

 だが、夕莉の予想には反し、横島の反応は心配げに夕莉を慮るもの。夕莉はほんの少し困惑しながらも、きっと目の前の男性も、私のことを心の底では頭のおかしな奴だと思っているに違いないと思っていた。

 

「……一応、知ってくれている人はいます」

 

 だから、この問い掛けの応酬に意味はない、と早く終わって欲しかった。

 

 横島の言葉は彼女がしてきた苦労や、横島の知らない彼女の何かしらの事情を慮ったものだとは、夕莉にも分かっていた。

 

 だが、実際に見えないものが見えるのに、周りには理解してくれる人がいないという孤独、自分が可笑しいのではないかという不安。それは見えてしまう人にしか、わからないものだから。

 

「……そっか。これも縁だし、相談あったらのるよ。実はこれでも俺、霊能力者なんやで〜」

 

 しかし――おちゃらけた様子で横島が言い放った言葉に夕莉は白けるよりも先に困惑した。

 

 その言葉は頭の可笑しいだろう私への慰めなのか、それとも単にからかっているのか、と。

 

 自然と眉間に皺が寄ったが、それに気づかなかった横島は更に続けた。

 

「こんななりで信じられないかもしれないけどさ、ゴーストスイーパーの仕事してんだ」

 

「ゴーストスイーパー……?」

 

「おう! 知らんか? 最近じゃモグリも出て来て問題になってるが、国家資格だし有名っちゃ有名だろ?」

 

 彼女自身、資格にそれほど詳しい訳ではないが、そんな資格が本当にあるのだろうかと夕莉は首を傾げた。しかも、国家資格。

 

 だが、彼は有名、と口にした。

 

 頭の中にハテナが浮かび上がった。

 

「え、えと、すみません……」

 

 対する横島は、何かを察したかのようにバツの悪い表情をした。

 

 横島はここでようやく、自身がゴーストスィーパーの国家資格がない『別の世界』に転移している可能性について気付いたのだった。

 

「あー……なら、人に悪さする怨霊をやっつけたり、霊的障害に対処したりな。陰陽師とか退魔師だったらわかる?」

 

 

「それなら……」

 

 だから、こういうことはちょっと詳しいんだ、と話す。

 

 当然のことだが、同僚や師も含めて横島の周囲には所謂見える人はたくさんいたし、その対処法も自然と学んできた経緯が彼にはあった。

 

「……本当にそういう職業の人っているんですね」

 

 どこかまだ疑ったままの様子で話に合わせる夕莉に、たはは、と横島は笑った。

 

 まぁ見えない人、霊から害を受けたことがない人にとっては胡散臭いだけだからな、と横島は付け加えて。

 

「それでそのカメラのことだけど……」

 

「あぁ……これは射影機って呼ばれているんです。さっき写真をとっていたのは……」

 

 射影機。

 

 現世とは違う世界、違う理で存在している者たちを特殊なフィルムに写すことができる機械。

 

 霊を撮影することで、霊を退けることができるという。

 

 また、射影機を使い過去の風景や記憶など「手がかり」を写し撮ることで、失せ物を探したり、人探しをすることができると伝えた。

 

「ほー……そんな便利なもんがあったんだな……」

 

 と、横島は感心した表情を浮かべていた。

 

 一方の夕莉はジッと手元の射影機を見つめるばかりで──射影機で人探しをすることの危険や射影機を持つ者を不幸にするという謂れがあることについて、ついに話すことはなかった。

 

 多分、会ってから短いながらも人の良さそうな横島は心配するだろうと容易に予測出来たし、夕莉としてもそんな心配が欲しかった訳ではなかったからだ。

 

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