まるで世界が燃えているかのような夕焼け──あたり一面をオレンジ色に染め、頭上では夕日が燦然と黄金色に輝いている。
夕莉の目の前は切り立った崖であり、足元の遥か下では岩場に打ち付けられた波が白く飛沫をあげている。
『死ぬのが怖くなると思っていた』
『涙も流れない』
『ひとり』
『終わるときはひとりなんだ』
『ひとりで、終わる……』
夕莉は切り立つ崖の前で座り込み、一人茫洋としていた。
今、彼女にある想いはこの場で一歩踏み出すべきか、それとも思い留まるべきかということ。
自身の死について考えている彼女は、死に魅いられ始めているのかもしれなかった。
『わたしはひとりだ』
心を苛む空虚な孤独感。
彼女が死んだとしても誰も悲しまないし、誰も気にすることはないという虚しさ。
世界に人は溢れていても、誰も私を見ることはない。苦しみを理解してはくれない。
友人達は彼女が事故を切っ掛けにおかしくなったと離れてゆき、何より深い繋がりがあるはずの家族はその事故で亡くしている。
心の支えとなるものがない……
まるで、自分だけが他の世界の住人であるかのようで――
『夕莉』
夕莉の背の向こうから、自身を呼び掛ける優しい声が聞こえた。
『夕……莉……夕』
微睡む意識に呼び掛ける、あまり聞き慣れない男の人の声──?
「夕……莉ち……夕莉ちゃん」
「っ!」
夕莉はカフェのカウンターに突っ伏していた頭を勢い良く上げ、辺りを見回した。
「大丈夫か? うなされてたみたいだけど」
側には夕莉を心配そうに見る横島の姿があった。
冬陽を連れて、この骨董カフェに戻ってきたのは深夜。
あまり眠る時間がとれなかったせいか、店番をしている最中、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
密花が握りしめる手の中には、トンボ玉のネックレスがあった。昨晩、冬陽を日上山から連れ帰る途中に見つけたもので、トンボ玉の持ち主が密花のものだと夕莉にはわかっていた。
最近は色々なことが立て続けに起こっている。夕莉にも心労は確実に蓄積してきていた。彼女がうなされていたのも、疲れが溜まっているからかもしれない。
そんな夕莉がうなされていることに気づき、起こしたのは横島だった。
夕莉、冬陽とともに日上山から下山した横島は、一旦、夕莉の生活拠点である骨董カフェに逗留していたのだ。
というよりも、横島にはここらの土地勘がなかったらしく、宿も閉まっている時間帯であったことを考え夕莉が骨董カフェに招いたのである。
その時の横島の心境は、涙をちょちょぎらせて喜ぶほど。何しろ部屋こそ別ではあるが、美人とひとつ屋根の下で休むことができたから。
横島にとって、美人は何にも勝る正義なのだ。
□
日上山には秘密がある。
それが横島が夕莉と共に日上山を探索した際に強く感じたことである。
そして、それを知らなければならないと直感が訴えかけていた。
横島は骨董カフェへと戻る道すがら、先程まで自分たちのいた場所──日上山についてどのような場所であるのか夕莉から話を聞いていた。
元々、日上山は昔から霊場として崇められており、古い社など歴史ある建物と、大禍境、禊ヶ淵に代表される、自然信仰を感じさせる地形で参拝客を集めていた過去があるという。
山頂の彼岸湖から流れ落ち、ふもとの水籠池に流れ込む豊富な水は、大小の滝や清らかな川、多くの水を湛えた淵など、美しい水の風景と、神秘的な森を潤し、観光客、登山客も多く訪れていたようだ。
当時、山の麓にある池のほとりには、温泉旅館「一縷荘」があり、参拝客、登山客の疲れを癒していた。しかし、今は寂れ、訪れる者はいなくなってしまった。
何故なら、日上山は大きな地滑りをきっかけに変わったとされるからだ。
山頂へと至る参道は地滑りで途切れ、山中を巡っていた水の流れも変わり、風景は一変した。観光地として整備されようとしていた道路の工事も中断された。一縷荘も大量の土砂に埋まり、従業員の家族を含め多くの死者が出て、廃業を余儀なくされた。
そうして「観光地」としての日上山は死に、人々が去った後、再び有名になったのは「自殺の名所」として。
「死にゆくものが入る山」という言い伝えがあるためか、今では自殺志願者や、心霊スポットとして肝試しを目的とする人が訪れるようになってしまっている。
横島は再び日上山に捜索に出るまでに、ここ骨董カフェで日上山の伝承について調べていた。
今は不在にしている骨董カフェの女主人、黒澤密花はよく失せ物探しをしていた関係上、色々と調べるために集めていた資料があったらしい。
横島が調べたのは日上山についての歴史や伝承が書かれた『死の山 日上山』*1と『日上山と自殺の伝承』*2、そして日上山の巫女が題材になったと思われる『巫女殺しの伝説』*3の3冊。
それらの内容で気になるのは、夕日によって死に魅入られる、死に憧れを持てば山に誘われ神隠しに遭うという伝承が伝えられている、といったところか。
中には疑わしい文言もあるようだが、やはり日上山を中心とした、この水籠地域には巫女の伝承が数多く残っているようだ。特に濡鴉の巫女に遭遇し、その瞳に魅入られると自殺してしまう。また、一度、巫女を見たものはその後に山を降りたとしても自殺を図っているという記述が特異ではないか。
日上山で遭遇したあの巫女が「濡鴉の巫女」だったのだろうか。
巫女が言っていた『山から出ることは出来ない』という言葉。それは本来、日上山には生者が立ち入ることは出来ず、立ち入った者は等しく死者とされ、生者の世界には戻れないという習わしから来るものなのかもしれない。
そして――横島が気になっていたのは『目』だった。
先日遭遇した水濡れの巫女も目を覆い隠していた。まるで、何かを直接見ることを避けているかのように……
今後調べてみなければならないのは夕日、隠世、濡鴉の巫女といったキーワードだろうか、と横島は一息ついた。
時計をみるとすでに夕方近くになっていたようだ。
カウンター席を見れば、夕莉は先程までカウンター内側にいたのが、今はカウンターに突っ伏して眠ってしまっている。
日上山から戻った時は、もう朝も近い時間帯だった。夕莉もあまり休む時間もないまま、店を開かなければならないため疲れが抜けなかったのだろう。
しかし、夕莉はひどくうなされているようで、横島は申し訳なく思いながらも彼女に声をかけ起こすことにした。
「夕莉ちゃん……夕莉ちゃん」
呼びかけられた夕莉が、バッと顔を上げ、目を細めた。夕莉の顔は血色が良いとは言えず、目元には薄い隈ができていた。
「大丈夫か? うなされてたみたいだけど……」
「はい……大丈夫です」
「うーん、顔色を見る限りだとあまり大丈夫そうにはみえないよ」
そういって横島は夕莉を心配するように曖昧に笑った。
夕莉は覇気のなく物憂げな表情で、明らかに元気がないの様子なのを横島は心配していた。
「あの、横島さん……本当に退魔師の仕事してるんですね」
「信じてなかったんかいっ」
それもそうだろう。
夕莉としては今まで生きてきて、お札がものすごい勢いで飛んでったり、言葉一つで燃えたりするなんて小説と映画の中の出来事だと思っていたのだから。
ただ、夕莉がこの世のものではない存在が見えている以上、横島のような怪異に対処する人達もいるのも当然なのだろうな、という思いも漠然とあった。
横島はただの慰めや誂いで、彼女に横島自身が霊能力者であり、退魔師の仕事をしているのだと言った訳ではなかったのだ。
あの時、彼にあったのは本当に夕莉を心配し、慮る心理のみ。それを疑った夕莉は自身を恥じた。
そして、いつの間にやら夕莉は少しだけ鬱ぐ感情が楽になった気がした。この世のものでない存在を認知しているのが、恩人である密花や夕莉だけではない、という事実は彼女にほんの少しの安堵を与えていたからだ。
「……あの、お願いがあります。ここにいられる間だけでいいんです……人を探すのを手伝って貰えませんか……?」
「たははは。俺は元々そのつもりだったよ」
迷いなどあるはずもない。むしろ横島の様子は、その言葉を待っていたとでもいうかのよう。
「そんな簡単に……いいんですか?」
「なんだか夕莉ちゃんほっとけねーしな。それに、一人ででも日上山に行くつもりなんだろ? 女の子一人、危ない場所に行かせるのは男としてはなぁ」
そう言う彼にとって、女の子を助けるのは当たり前のことだという。夕莉は怨霊が跋扈する日上山で人探しをするのに、そんな横島がいてくれるならと頼もしく思う。
「探すのは冬陽ちゃんのお友達だったっけ?」
「はい……そちらの人探しもそうなのですが……実は私がお世話になっているこの店の家主……黒沢密花さんも行方不明になっているんです」
黒澤密花は、この骨董カフェくろさわの女主人で、身寄りのない夕莉の自殺を引き止めた恩人。密花の家に夕莉を引き取り、影見を教えた張本人でもある。
「そ、そりゃあ大変だ……ここは、随分と行方不明者が多いんだなぁ」
頬を指で掻き、引きつったような顔を見せる横島。
自分の周囲で人物が失踪するなど、夕莉は気が気ではないだろう。それがまして、普段お世話になっている相手であるなど。
気丈なままでいる夕莉の様子に横島は心を痛めた。
やはり、あの山──日上山を中心として大規模な霊災が起きかけていることを横島は確信した。
「あの……それと、横島さんに謝らなければならないことが……」
「私、信じて貰えるかわかりませんが……人に触れると考えてることとか、記憶とかが見えることがあって、その……」
「ん? ……あー、もしかして俺が手を握った時?」
視線を外し、何かを恐れるように身をすくませながら頷いた。
「精神感応の力を持ってる人にはよくあるらしいからなぁ」
と、横島は楽天的。
夕莉と横島が出会った際、横島が夕莉の手を取った時に彼の記憶を覗いてしまったが、影見の力の強い者は目で見ただけで考え、記憶、想い、秘密などを読み取ることができてしまうという。
「恥ずかしい記憶だったんじゃないかなー。ごめんね、夕莉ちゃんが気にすることじゃないって!」
「でも、言ってくれてありがとう」
たはは、と笑い照れた様子の横島。
「別に見られてもかまわないけど、どんな過去を見たのやら……ちっと、恥ずかしいかなぁ」
夕莉はその言葉にそんなわけない、気を使ってくれてるだけだと思った。
覗き見てしまったあの記憶は……横島の負った癒えることのない傷に他ならないと直感していたから。
「信じられないかな。触れば考えが読めるんだろ?」
夕莉に許可を貰う前に、横島はホイッと彼女の冷たい手を握った。
□
記憶だ――赤い夕陽がどこか知らない都会の街を照らしている。
横島の視点は、高い塔のような場所にあり、高い場所から一面を見渡している。
『ヨコシマ』
優しげな若い女性の声。
ふ、と視線を横に向ければ、そこには不思議な格好をした黒髪おかっぱの綺麗な女性がいた。その頭には触覚のような物が二本、頭に付いている。
『ルシオラ……』
『昼と夜の一瞬のすきま――』
『短時間しか見れないから……きれい』
その女性の笑みは儚く、しかし確かな光を持つ。夕莉は彼女に蛍のような印象を持った。横島が呼ぶ彼女の名前は日本のものではなく、彼女のルーツは国外にあるのもしれない。
はた、と我に帰る。
今視た記憶は彼にとって大事なものなのだろうか、と思案する。目の前には、夕莉を真っ直ぐに見る横島の姿。
横島は夕莉に、本当に記憶や思考を見られることに、なんとも思っていないのだろう。
「俺は本当に気にしてないから」
『別に気にすることなんてないんだ』
夕莉は僅かな安堵とともに狼狽した。
大切だろう記憶を盗み見てしまったのに、夕莉のことを疑うことなく、怖れたり、疎ましくも思ってもいないことが理解できてしまったから。
そして、一方で一切の恐れなく夕莉の手を取ったことに、この人は自分の評価がとても低い人なんだと悟る。だから、自分を大切にすることもなく、自身を犠牲することに躊躇いを持たなかったのだろうと。夕莉は少し、横島を心配した。
「ごめんなさい……ありがとう……横島さん……」
普段人の心が読めることは苦痛だが、しかし、こういう時には役立つこともあるらしい。
「こんな仕事してたら、よくある事だよ」
『夕莉ちゃんは、ホントに優しい女の子だ』
「っ」
伝わってきたのは優しく、穏やかな感情の波。
脳裏に響いた穏やかな声は、疲弊した心に沁み渡るような痺れを感じさせた。
瞬間的にパッと繋がれた手を離した。
異性の好意を読み取ってしまうのは夕莉にとっては初めての経験で、それはこんなにも気恥ずかしいものなのかと思考を乱す。
「どした?」
「わ、私! 春河さんの手がかり探してきます!」
「え? あ、うん。それじゃ俺は冬陽ちゃんに話聞いてみるから」
夕莉の様子に横島は不思議そうにしていたが――夕莉は逃げるように、その場をあとにしたのだった。
□
「ごめんね、調子はどう?」
「大丈夫です……助けていただいて、ありがとうございました」
冬陽には、骨董カフェ奥の住居スペース──その一室で休んで貰っており、横島は彼女がいる部屋を訪れていた。
冬陽はおそらく大学生くらいの年齢で、白いワンピースを身に着けている。容姿が優れており、どこかで見たようなアイドルを思わせる顔立ちをしていた。
もしも、出会いがあんなに鬱屈とした場でなければ、横島はすぐにでもナンパしていたことだろう。
しかし、整った顔の表情は虚ろで、目元には色濃い隈ができており彼女の魅力を大幅に損なっていた。横島に返した言葉もどこか機械的で、声に張りはない。
それでも、不知の森で見つけた時と比べれば、冬陽の顔色は大分ましなものになっていた。少し睡眠をとったくらいでは、どうにもならないのだろう。彼女には、これまでに溜まっていた心労が色濃く残っているということだ。
「たはは。危ないところだったけどさ、間に合ってよかったよ」
冬陽の様子に横島は元気づけるように笑うも、当の彼女の表情は暗いままだった。
「あの……本当に春河を探していただけるのでしょうか……?」
「そのつもりだよ。俺も夕莉ちゃんと一緒に探すから。友達が行方不明で不安だろうけど、もう少し待ってて欲しいんだ」
「なら、わたしも……」
「冬陽ちゃんには、ここで待っていて欲しい。俺たちが必ず連れて帰るからさ。今は休息が必要だ」
冬陽は自分も春河の捜索に加わりたいという。
しかし、横島には彼女が非常に危うく思え、なんとか堪えて、ここで待っていて欲しいと説得した。
文献を確認して、もしも伝承通りであるならば、彼女は霊達に狙われている可能性があった。例えば、冬陽が救出した場には巫女の霊がいたし、もしも巫女の瞳に魅いられていた場合、冬陽が自害に及ぶ可能性もある。山を降りたとしても、その場で見た怨霊と同じ死に方の自殺をするという伝承も心配だったのだ。
連れて行って、側で守ることも考えたが、彼女は夕莉と違って怨霊への対抗手段すらない。横島がここに結界を敷き、皆が戻るまで待っていて貰った方がこちらも安心して動けるという結論だった。
「捜索は俺たちに任せてさ。そのために春河ちゃんがどんな人なのか聞かせてよ」
「え……はい……春河は……」
それから冬陽は驚くほど饒舌に春河のことを語った。
曰く、学生時代の出来事、春河とは以心伝心していること、気が弱くて流されやすいことを心配していること、そして、とてもとても大切な友達であること……
誰かに話すことで少しだけ余裕を取り戻したのだろう。一通り話し終えた頃には雰囲気もどこか明るくなったように思えて、横島は少し安心したのだった。
その後、横島は冬陽から依頼の内容を確認した。
彼女が探しているのは幼馴染みの百々瀬春河。冬陽が話していた通り、とても仲が良かったようだ。
警察には相談済みということだが、土地柄、よくある相談のせいなのか、神隠しのせいかもしれないと真剣に捜査を行ってくれなかったらしい。
また、なぜ日上山にいるとわかるのかだが、彼女が聞いて回ったところ、春河らしき人物が日上山に向かっているのを見た者がいたようだ。
失踪してから一週間もたっているようで、今も無事でいるかが横島は心配だった。
「そうだ。はい、これ」
「?」
横島が冬陽に何かを差し出す。冬陽はそれを受け取るも、疑問符を浮かべた。
「お守りだよ。冬陽ちゃんを守ってくれる」
一応、彼女には「お守り」を持っていて貰うことにした。
お守りとして渡したものは、透明なビー玉のような見た目をした「文殊」という横島の切り札の一つ。
玉をよく見れば、不思議なことに、玉の中には揺らめく『護』の字が浮かんでおり、こころなしか玉全体がボウっと少し発光しているようにも見えた。
冬陽はそれを茫洋と眺めていた。
この骨董カフェにも敷く結界はできる限り穴のないように施すつもりだが、そもそもここは夕莉の下宿している場所だ。あまり大掛かりな仕掛けはできないが、出来る事はやっておきたいというのが横島の考えだった。
□
「部屋を調べてきました。密花さんは雛咲深羽さんという方を探していたみたいです……」
「密花さんは私のせいで……一人で人探しに向かったのかもしれません……」
「夕莉ちゃんの……?」
「前に密花さんに影見の仕事を教わった時に、霊に襲われて……それで密花さんに心配かけてしまったんです。だから今回は、私に負担をかけないように一人で……」
「夕莉ちゃん……」
悲しげに話す夕莉に横島はかける言葉が見つからなかった。
そして夕莉は感傷を誤魔化すようにして、横島に密花の部屋で見つけた失せ物探しの依頼書の束を渡したのだった。
夕莉が渡したのはいくつかの失せ物探しの依頼書と数名の失踪者の依頼書で、『成海あかり』『百瀬春河』『榊一哉』『雛咲深紅』『雛咲深羽』の四名だ。それぞれの依頼書には失踪者の写真が添付されている。
その内、『成海あかり』については対象者が死亡したことにより捜索が打ち切られている。添付の写真は握りしめられたようにシワが寄り、顔の部分は何度も指で撫でられたのか、掠れて判別ができなかった。
『百々瀬春河』の依頼者は冬陽で、冬陽が言うには、密花に捜索を保留にされていたという。上半身が写された写真も添付されており、横島はまず春河の胸部にある大きな膨らみに目がいったが懸命なことに夕莉の前で口にすることはしなかった。
流石にそんな空気ではなかったのは、横島にもわかったからだ。
添付された春河の写真は冬陽と一緒に写っている写真と比べて、どこか暗く沈んだような印象が強かった。
依頼者の冬陽と捜索対象の春河は女子高校生の頃に、骨董カフェによく来ていたらしい。しかし、彼女の学校で集団自殺の事件が起きてから来ることはなくなっていたとレポートには残っている。
夕莉は冬陽の記憶を見たことを躊躇いがちに横島に伝えた。集団自殺には冬陽と春河が含まれていたことを。話しづらいことではあったが、横島が記憶を見たことを嫌悪しないと信じたのだ。
現に横島はそっか、と答えるのみで、逆に夕莉が視た内容を教えてくれたことについて感謝したが――夕莉の脳裏からは、その時に浮かべた横島の悲しげな表情がずっと離れないでいた。
『榊一哉』は密花の知り合いの放生蓮からの依頼で、対象がもともと放浪癖のある人物のため捜索の保留の連絡が来ている。
『雛咲深紅』については、一度捜索を試みたものの対象者に辿り着くことができなかったとある。
しかし、生きていると思われるとの記述があった。見つけられることを望んでいないのかもしれないとも。
添付の写真には、優しげな……しかし、寂しさを滲ませた表情をした女性が写っており、今にも消えてしまいそうな印象が強い。
続いて、『雛咲深羽』は『雛咲深紅』の娘であり、幼い頃に失踪した母を探すと言い残し行方不明になっているようだ。
依頼者は深羽の養母からで、密花が失踪する直前に依頼者と電話をしていており、その記録も資料に付属されていた。写真には線の細い綺麗な女性が写っており、それを見た横島は写真の女性の綺麗さに少し呆けた。夕莉曰く、芸能活動をしている女優のタマゴらしい。
この人物たちの中で、密花が失踪者を探していたとするのであれば、『雛咲深羽』以外の人物は捜索の打ち切りや保留となっていた。
夕莉が言うとおり、密花は『雛咲深羽』を捜索していたのだろうと横島は予測する。
また、夕莉が言うには、密花が残した手帳も発見しており、中には依頼者が哀しんでいる様子に心を動かされ、捜索を開始したという文言が書かれていたことも裏付けになった。
そして、依頼書の束の中に紛れて、『不来方夕莉』の名前の失踪者の捜索依頼があったことに横島は驚く。その依頼書には高校生時代の夕莉の写真が添付されていた。
「これは……」
「……私の捜索依頼です。すいません、紛れてたみたいで。この写真、すごい荒んだ顔してますよね」
夕莉はどこか困ったような、笑みを浮かべた。
夕莉が話してくれたが、彼女は過去に事故によって家族を失い、精神的に追い詰められていた時期があったらしい。
そして、その事故が切っ掛けで死者の姿や他人の記憶、想いなど見えるようになったと。
その後、普通の生活に戻ろうとしたのだが、見えないはずのものに怯える夕莉を、周囲は奇妙なモノを見る目で見ており、孤立しがちになった。
通院していた医者からも見えてはいけないものが見えることを信じてはもらえず。だから、普通では見えないモノが見えることも、嘘をついて見えないと伝えていたという。
そんな折りに、とうとう心神喪失状態にまでなり、失踪するに至った夕莉を密花が見つけてくれたのだそうだ。彼女がここに居候しているのは、密花がまだ精神的に不安定だった彼女の保護観察を申し出たからなのだそうだ。
「そっか……辛かったろうなぁ……言いたくなかっただろうに話してくれて、ありがとなぁ」
「い、いえ! もう……大丈夫ですから」
夕莉の身に起きた悲劇に痛ましそうに、えぐえぐと涙を流し──ヨッシャ! と、横島は夕莉のためにも、恩人である密花を探してあげなきゃなと意地を固めた。
一方で、夕莉は会って間もない人の事で泣くことができる横島の反応にむず痒い思いだった。この人は、人のために泣くことのできる本当に優しい人なんだと。
「そうだ! ここに結界を張っておきたいんだけどもいいかな?」
「結界ですか……?」
「よくない霊が中に入ってこれないようにするんだ。夕莉ちゃんも夜周りを気にしないで寝れると思うよ」
そう言って、横島がニカッと笑うと、本当ですか、と夕莉の声音も弾み、喜んでいるように見えた。たまに家の中でも霊が見えて、嫌だったようだ。
夕莉は横島という頼もしい相棒を得て、ともに密花の行方を追うことになった。しかし、密花を影見で追うには寄香となるものが足りない。
夕莉は密花の行方の手がかりを得るため、そして冬陽の友人である春河を探すために再び日上山に向かうことを決意したのだった。