俺が投げ、ラムダが避ける。
その攻防が始まってから、それなりの時間が過ぎた。
未だに膠着状態が続いているが、戦いの天秤は俺の方に傾いている筈だ。
何せ、俺はラムダの攻撃で殆どダメージを食らわないが、ラムダの方は俺に近づかれれば終わりなのだから。
これだけ動き続けていれば、その内ラムダの動きにミスの一つでも出るだろう。
俺はその隙が出来るのを根気強く待ち続ければいい。
ダメージを負わない以上、このまま行けば俺の勝ちは揺るがない。
しかし、それはあくまでもこのまま何事もなく戦いが進めばの話だ。
そう上手くいくとは思っていない。
相手は地龍。
この下層にひしめく化け物達の中でも最上級の怪物。
このまま大人しくやられてくれる訳がない。
その予感を裏付けるように、ラムダが逆転の一手を講じてきた。
突如として、ラムダが使っていた闇魔法の威力がはね上がる。
この現象、覚えがある。
他ならぬ俺自身が、生き残る為に何度も使ってきた手だ。
恐らくこれは、スキルポイントによるスキルの強化。
ラムダも俺と同じく、いざという時の為にポイントを温存してたんだろうな。
それを使って攻撃力を強化してきた。
ダメージ量が自動回復を上回り、少しずつ俺の体に傷が増えていく。
それでもやはり鑑定に表示されるHPバーはまだ減らないが、ダメージを受けてるのは確かだ。
やっぱり、鑑定はバグってるのかもしれない。
ともかく、ダメージを受けるようになったのなら、あまり悠長な事もやっていられない。
俺は全身に気合いを入れる感覚で、今まで使っていなかったステータスにバフをかける気闘法の上位スキル『闘神法』を発動。
更に、投擲する際に瞬間的に攻撃の威力を上げる『大気力撃』、岩自体にエネルギーを付与して頑丈にする『気力付与』、手に持った岩を燃え上がらせる火攻撃の上位スキル『火炎攻撃』を発動し、弾速と攻撃力を上げて投擲を強化する。
これらのスキルは火炎攻撃以外、赤のSPを使って発動する事がわかっている。
そして、かつて気闘法を使い過ぎて餓死しかけた経験から考えるに、赤のSPが尽きればエネルギー切れで餓死するんだろう。
だからこそ、今回の戦いは長丁場になるかもしれないと思って、余裕のある場面では温存していた。
しかし、戦いが次のステージに突入した以上、惜しまずに使っていく。
そんなすぐに餓死する程燃費が悪い訳でもないのだから。
互いに温存していた手札を切った事で、俺とラムダの撃ち合いは激しさを増した。
漆黒の闇の弾丸と、超豪速球の燃える岩石が飛び交う。
その攻防はダメージ以上に、互いの集中力を少しずつ削っていき……そして遂にミスが出た。
ラムダが岩石を避けきれずに被弾する。
やっぱりダメージは大して入っていないが、よろめいて足が止まった。
ここだ!
「ブォオオオオオオオ!!!」
俺は全力で足に力を込め、渾身の全力疾走で突進する。
力や頑丈さに比べれば遥かに劣るとはいえ、それでも長い事鍛え続けてきたスピードだ。
ラムダには及ばずとも、下層に生息する大抵の魔物を置き去りにできるくらいには速くなった。
この程度の距離なら数秒で詰められる!
しかし、ラムダにとっては数秒あれば充分だったらしく、即座に態勢を立て直して俺のぶちかましを避けた。
それでも、距離は縮まった。
もうラムダは目と鼻の先だ。
この距離なら勝てる!
「!?」
そう思った瞬間、ラムダは逃げずに向こうから距離を縮めてきた。
どうせ追いつかれるなら、少しでも有利な状態でという事か。
予想外の動きに、若干俺の反応が遅れる。
咄嗟にラムダが繰り出してきた爪の攻撃をいなして捕まえる為に、重心を横に倒しながらラムダの伸ばされた右前足に外側から手を添え、爪を脇で挟んでおっつけようとした。
しかし、ラムダは即座に右前足を引いて、まるでボクシングのコンビネーションのように、入れ違いで左前足による爪撃を繰り出してきた。
右前足での攻撃はフェイントか!
やられた!
「ッ!?」
ラムダの爪が、俺の肩から腰にかけて袈裟懸けにバッサリと斬りつける。
さっきまでの闇魔法のダメージと合わせて、遂に今まで減らなかった鑑定に表示されているHPバーが減った。
だが……捕まえたぞ。
振り抜かれた左前足を、両腕で抱き着くようにして掴んだ。
そのまま締め上げれば、足がミシミシと嫌な音を立て、ラムダが苦し気なうめき声を上げた。
更に、俺は体を左に回転させながら、足の関節を反対側に折るようにしてねじり倒す。
とったり!
ラムダの足が、ボキリという嫌な音を立てて砕けた。
足一本失えば、もう距離を取る事すら困難。
それでも、ラムダは諦めなかった。
俺の周辺に無数の闇の槍を生み出し、密着している自分を巻き込む事も厭わずに魔法を放つ。
《熟練度が一定に達しました。スキル『痛覚大軽減LV7』が『痛覚大軽減LV8』になりました》
いくつもの闇の槍が至近距離から俺に突き刺さり、HPが凄い勢いで減っていく。
だが、俺はラムダの足を離さなかった。
肘の砕けた左前足を振り回し、ぶん投げて地面に叩きつける。
逆一本背負い。
それを何度も放つ。
何度も何度も、ラムダの巨体が宙を舞って地面に叩きつけられた。
地面は隕石でも落ちてきたかのように抉れていく。
それでも、ラムダは魔法の発動をやめない。
俺も投げをやめない。
どちらかが息絶える瞬間まで、俺達は互いに技を掛け合った。
そして……
《経験値が一定に達しました。個体、オークジェネラルがLV24からLV25になりました》
《各種基礎能力値が上昇しました》
《スキル熟練度レベルアップボーナスを取得しました》
《熟練度が一定に達しました。スキル『確率補正LV9』が『確率補正LV10』になりました》
《条件を満たしました。スキル『確率補正LV10』がスキル『確率大補正LV1』に進化しました》
《熟練度が一定に達しました。スキル『火炎攻撃LV1』が『火炎攻撃LV2』になりました》
《スキルポイントを入手しました》
《条件を満たしました。称号『龍殺し』を獲得しました》
《称号『龍殺し』の効果により、スキル『天命LV1』『龍力LV1』を獲得しました》
《『天命LV1』が『力士LV10』に統合されました》
《条件を満たしました。個体、オークジェネラルがオークキングに進化可能です》
勝った。
かつて負けた強敵にリベンジを果たし、あれだけの強者を討ち取った。
武道家として、それは確かに嬉しい。
だが、だから何だと言うのか。
ラムダを倒したところで、強くなったところで、俺がこの無限地獄から抜け出せない事に変わりはない。
俺が孤独である事に変わりはない。
むしろ、強敵という名の友を一人、じゃなくて一体失ってしまっただけのような気すらする。
虚しい。
「!」
そんな事を思った瞬間、嫌な視線を感じた時のような、どこか覚えのある不快感が全身を突き抜けた。
同時に、いきなり背後に現れる謎の気配。
咄嗟に振り向けば、そこには前足二本が鎌のような形をした、小さな蜘蛛が居た。
『エデ・サイネ LV15 ステータスの鑑定に失敗しました』
なんだ、この蜘蛛は?
ビックリしすぎて、鑑定妨害にまで気が回らなかった蜘蛛子さんの図。