フーフーと息を切らしながら立ち止まる。
ここまで来れば大丈夫だろう。
もう蜘蛛の姿はおろか、戦いの音すら聞こえない。
助かった。
そう心から安堵して……ふと気づいた。
俺は今、どれだけ情けない事をした?
強敵を前に我を忘れて、豚とはいえ親兄弟を見捨てて逃げた。
いや、仕方がない事だったとは思う。
普通に考えて、ついさっきまで平和な世界で生きてきた高校生が、いきなり豚に転生して、いきなりこんな魔境に放り込まれて、いきなりあんな化け物に遭遇して、発狂しなかっただけ奇跡だ。
それでも、客観的にさっきの自分の事を思い出すと、情けなくて仕方がない。
俺は相撲に出会うまで弱かった。
中学ではデブだデブだとイジメられ、それに反撃する事もできずに卑屈になる事しかできなかった木偶の棒。
そんな自分が嫌いで嫌いで。
だから、相撲に出会って変われた事が、強い自分になれた事が心の底から嬉しかった。
なのに、さっきの俺は脆弱にも程があっただろう。
化け物を前に逃げるだけならまだしも、戦略的撤退すら選べず、恐怖に駆られて親兄弟を見捨てて泣き喚きながらの逃走なんて。
まさに負け犬、いや負け豚。
中学時代のトラウマが甦る。
さっきの俺は、あの頃の俺とそっくりだった。
飛べない豚はただの豚だと言うが、脆弱な豚はただの餌だ。家畜だ。
俺は家畜じゃない、力士だ。
相撲と出会って精神を鍛え直し、強く気高い力士に変わった筈だ。
こんな豚に生まれ変わってしまった以上、もう大相撲で横綱になるという夢は叶わないだろうが、せめて志だけでも力士の名に恥じないように気高くあれ!
《熟練度が一定に達しました。スキル『矜持LV1』を獲得しました》
「ブヒッ!?」
うわ、ビックリした!?
そして、自分の口から出てきたのがナチュラルに豚の鳴き声で、今更ながら凹んだ。
それはともかく、今のなんだ?
頭の中に直接声が聞こえてきたぞ。
いや、思い返せば必死に逃げてた時にも聞こえてた気がする。
その内容は、スキルを獲得した?
ここはそういうスキルとかがある世界なのか?
じゃあ、ステータスとかもあるのか?
……試してみよう。
ステータス、オープン!
「ブヒィ!」
シーン……。
気合いを入れたせいで鳴き声まで出たのに、結果は散々。
スキルはあるのに、自分のステータスは見れないと?
いや、もしかしたらやり方が違ったのかもしれない。
例えば、ステータスオープンじゃなくて鑑定とか……
《現在所持スキルポイントは80000です。
スキル『鑑定LV1』をスキルポイント300使用して取得可能です。
取得しますか?》
「ブヒッ!?」
うわ、またビックリした!?
いきなり来るのはやめてほしい。
いや、そういう仕組みの世界なら慣れるしかないか。
で、今度はなんだ?
スキルポイントを使ってスキルを取得?
そして、鑑定来たな。
やっぱり、鑑定を使って自分のステータスを見る仕組みだったんだろうか。
だとしたら、取るしかないだろう。
こんな洞窟で情報弱者はごめんだ。
《『鑑定LV1』を取得しました。残りスキルポイント79700です》
よし、鑑定を手に入れたぞ!
早速、発動!
自分に向けて鑑定!
『豚』
……………。
鑑定。
『豚』
……………。
『石』
『壁』
『苔』
……………。
やっちまった!
なんだこれ!?
鑑定とは名ばかりの死にスキルじゃねぇか!
しかも、使ってる内になんか頭痛くなってきたし!
いや、落ち着け落ち着け。
幸い、スキルポイントはまだまだあるんだ。
一つくらい死にスキルに使ったところで、まだ取り返しはつく筈。
でも、全部が全部この調子だと怖いから、とりあえずスキルポイントの件は保留にしておこう。
それで何をするかと言えば……腹が減った。
そりゃ生まれてから何も食ってないからな。
ダイエットに励んだ小学中学時代を思い出す。
今の俺はオークの子供。
健全に成長する為にも、早急に何か食べないとな。
とはいえ、オークって何を食べればいいんだ?
豚と同じものか?
だが、俺は畜産業なんて学んだ事ないから、豚が何食べるかすら知らんぞ。
他のオーク達は狩りをしようとしてたし、何か獲物を取って適当に食べればいいんだろうか?
そんな事を考えていた時、唐突に背後から飛来した液体が俺の背中にかかった。
皮膚を焼かれるような激痛が走る。
痛い!
それでも、力士としての意地で膝をつく事だけは避ける。
《熟練度が一定に達しました。スキル『酸耐性LV1』を獲得しました》
《熟練度が一定に達しました。スキル『毒耐性LV1』を獲得しました》
なんかスキル獲得したみたいだが、今はそれどころじゃない。
痛みを堪えながら背後に振り向く。
すると、そこには俺に攻撃をしてきたと思われる存在、一匹の蛙がいた。
『蛙』
なんとなく使った鑑定の結果はそのまんま。
見るからに毒々しい虹の斑模様をした蛙。
それが完全に俺をロックオンしていた。
どうやら、初めての獲物は向こうからやって来たらしい。