オークキングに進化してから、そこそこの時間が経った。
当然の如く、俺はまだ無限地獄から脱出できていない。
それどころか、ついさっき見覚えのある魔物の骨を発見し、それがバイオレンスヘンゼルとグレーテル作戦の賜物だと気づいて心が折れかけた。
あれは、かなり精神に来た。
ショックで恐怖大耐性が恐怖無効に進化するくらいには精神に来た。
恐怖無効のおかげでなんとか持ち堪え、今日も稽古をしながら先に進む。
骨を目印とし、前回とは違う方向へ。
これが少しでも脱出の足掛かりになってくれればいいが……。
そう思いながら、全力での突進から諸手突きの稽古をしていた時、地面が揺れた。
地震か?
珍しいな。
そう思った瞬間、気配感知に反応があり。
かなりの数の気配がこっちに向かってきている。
その中に交ざる一際強い、そして懐かしい気配。
これは……
『アークタラテクト LV29 ステータスの鑑定に失敗しました』
やはり!
やはりアークタラテクトか!
初めて会った時は親兄弟を皆殺しにし、二度目に会った時は最初の進化で調子に乗っていた俺を完膚なきまでに叩きのめした強敵!
それがグレータータラテクト二体を含む、大小様々な蜘蛛の群れを引き連れて、俺の前に三度現れた。
この時を待っていた。
お前のような強敵と遭遇した時の為に力を磨いてきたんだ。
いざ!
俺はまず最優先でレベルを上げてきた龍力を発動。
その力によって発動可能となるブレスを、挨拶代わりに蜘蛛の群れに向けて放った。
俺のブレスはまだお世辞にも強いとは言えない。
本家地龍達やあの蜘蛛の魔法とは、比べる事すらおこがましい。
せいぜい、たまに遭遇する巨大蛙の唾と同じくらいの威力だろう。
それでも、鬱陶しい雑魚を一掃するくらいの威力はあったらしい。
アークタラテクトが率いていた蜘蛛の内、小さいサイズの蜘蛛達が、今の一撃だけで殆ど消し飛んだ。
残りはアークタラテクト一体、グレータータラテクト二体、通常のタラテクトが十体。
大分すっきりした。
改めて手をついて闘神法も発動し、アークタラテクト目掛けて突撃をかます。
俺もかなり速くなってる筈だが、当然のようにアークタラテクトは避けた。
そうでなくては!
お返しとばかりに、アークタラテクト含む残りの蜘蛛達が一斉に糸を出して俺を絡め取ろうとする。
だが、こんな時の為にこそ磨いてきた火炎攻撃だ。
炎を全身に纏い、全ての糸を焼き尽くす。
豚の丸焼きになろうが構うものか。
その程度の覚悟はとっくに決まっている。
《熟練度が一定に達しました。スキル『火炎攻撃LV4』が『火炎攻撃LV5』になりました》
《熟練度が一定に達しました。スキル『火炎耐性LV5』が『火炎耐性LV6』になりました》
スキルレベルも上がって火力が増した。
糸はもう脅威にならない。
焼き切れるまでの僅かな時間すら稼げなくなった糸の拘束を振り払い、アークタラテクトに再度突撃を……と思ったが、その前に糸の発射の為に俺を囲んでいた十体のタラテクトが同時に突撃をかましてきた。
更に、後ろからアークとグレーター二体が毒魔法で狙撃してくる。
状態異常無効があるから毒魔法は効かないし、今さら普通のタラテクトの攻撃でどうこうなる事はないが、やはり取り巻きは鬱陶しい。
ブレスで一掃した小型と同じように、先にこいつらを始末した方がよさそうだ。
俺は全方位から迫ってくるタラテクトの内、正面にいた一体に狙いを定めて突進。
腕を振り上げ、下方向へと加速した張り手で頭を狙う。
下段突き!
その一撃でタラテクトの頭を潰し、更にそのままの勢いで張り手を地面に叩きつけて砕く。
そしていつものように、砕いた地面の破片を掴んで投擲。
避けられない程度の速度しか持たないタラテクト達はこれで全員沈んだ。
次はグレーターだ。
さすがにグレーターはそれなりに素早く、的が大きい割に、適当な投擲では仕留められない。
俺は逃げる方向を誘導するように岩を投げ、正面に来たところにブレスをぶつけて行動を妨害。
動きが止まったところにぶちかましを食らわせて沈めた。
更に、仕留めたグレーターの亡骸を掴み、気力付与で強化、火炎攻撃で燃え上がらせ、もう一体のグレーターに向けてぶん投げる。
岩よりも遥かにデカい、体長10メートルの巨大な弾丸を必死に避けた直後に、狙い済ました豪速球による一発。
燃え上がる岩の直撃を食らってもう一体のグレーターは吹っ飛び、動かなくなった。
これで邪魔者は消えた。
俺は改めてアークタラテクトと正面から向き合う。
精神を研ぎ澄ます。
中腰になり、片手を地面につき、もう片方の手を僅かに浮かせた状態で、立ち合いのタイミングを計った。
アークタラテクトもまた、無機質な八つの瞳に俺を映し、攻撃のタイミングを見計らっている。
無音の静寂が俺達の間に流れた。
嵐の前の静けさ。
相撲の立ち合いとそっくりな、互いの呼吸を合わせるかのような時間。
やがて、何を合図にするでもなく、その静寂は破られた。
互いに、自分が勝てると思ったタイミングで仕掛ける。
俺が選んだのは、いつものぶちかまし。
一番使い慣れ、一番信頼している攻撃手段。
対して、アークタラテクトは立ち合い変化。
その巨体に見合ぬ俊敏さを活かして斜め前へと飛び、前足の爪で俺の首筋を狙う。
まるで相撲の八艘飛び。
俺の相撲に、相手も相撲のような技で応えてくれた事で、まるで自分が土俵の上に戻って来れたかのような喜びが湧き上がってくる。
楽しい。
久しく感じなかった、相撲を取れる事への歓喜。
もっとだ。
もっとやろう。
加速する思考の中で、腕を振り上げてかち上げ。
振るわれたアークタラテクトの爪に腕を抉られながらも下から押し上げて逸らし、足を大きく前へと出して踏ん張り、無理矢理ぶちかましの勢いを殺す。
横に振り向いた体で、体を捻る勢いも利用した張り手をアークタラテクトに向けて放った。
燃える張り手がアークタラテクトの横顔に叩きつけられ、その巨体を大きく吹き飛ばす。
さあ、次はどう来る?
俺はどんな攻撃でも受け止めてや、る……
え?
正面を見た時、アークタラテクトは顔面を焼かれて潰され、既に絶命寸前の満身創痍の姿で横たわっていた。
まだ生きてはいるようだが、すぐに死ぬだろう。
どう見ても、もう戦える体ではない。
は?
終わり、なのか?
この程度で、こんな一発の張り手ごときで。
俺にあれだけのトラウマを刻んだ強者が、こんな簡単に……
《経験値が一定に達しました。個体、オークキングがLV8からLV9になりました》
《各種基礎能力値が上昇しました》
《スキル熟練度レベルアップボーナスを取得しました》
《熟練度が一定に達しました。スキル『鑑定LV6』が『鑑定LV7』になりました》
《スキルポイントを入手しました》
一瞬、アークタラテクトが死んでしまったのかと思ったが、違った。
アークタラテクトにはまだ息がある。
多分、さっき相手にした蜘蛛の中に仕留め損ねた奴がいたんだろう。
恐らくは、そいつが今この瞬間に絶命してレベルが上がったのだ。
そして、鑑定のレベルが上がった事で、体力を管理する為に表示していた自分の鑑定結果に変化が現れる。
『オークキング LV9
ステータス
HP:13750/13750(緑)
MP:1473/1473(青)
SP:6690/6690(黄)
:9435/9435(赤)
平均攻撃能力:12500
平均防御能力:13590
平均魔法能力:1300
平均抵抗能力:14000
平均速度能力:5220
スキル
「HP超速回復LV7」「MP回復速度LV7」「MP消費緩和LV7」「SP高速速度LV7」「SP消費大緩和LV9」「破壊大強化LV5」「打撃大強化LV5」「衝撃大強化LV5」「闘神法LV6」「大気力撃LV9」「龍力LV3」「気力付与LV10」「火炎攻撃LV5」「体術の天才LV10」「鉄壁LV10」「投擲LV10」「射出LV4」「集中LV10」「思考加速LV8」「予測LV9」「記録LV3」「命中LV10」「確率大補正LV3」「鑑定LV7」「気配感知LV10」「危険感知LV10」「隠密LV10」「隠蔽LV7」「無音LV10」「無臭LV10」「暴君LV3」「外道魔法LV2」「影魔法LV7」「不遜LV2」「飽食LV10」「物理大耐性LV6」「火炎耐性LV6」「水流耐性LV1」「風耐性LV9」「大地無効」「雷耐性LV9」「氷耐性LV8」「光耐性LV6」「暗黒耐性LV3」「重大耐性LV2」「状態異常無効」「酸大耐性LV5」「腐食大耐性LV3」「気絶無効」「恐怖無効」「外道耐性LV4」「苦痛無効」「痛覚大軽減LV9」「暗視LV10」「五感大強化LV7」「知覚領域拡張LV5」「神性領域拡張LV2」「魔蔵LV1」「天動LV6」「富天LV9」「術師LV1」「韋駄天LV5」「力士LV10」「禁忌LV1」「n%I=W」』
遂にスキルまで表示されるようになった。
最初の頃が信じられない躍進ぶりだ。
ここまで進化した鑑定なら、もしかして……
『アークタラテクト LV29
ステータス
HP:1/4146(緑)
MP:2992/2992(青)
SP:3621/4007(黄)
:3899/4001(赤)
ステータスの鑑定に失敗しました』
思った通り、まだHPMPSPだけだが、相手のステータスの鑑定にも成功した。
そして唖然とする。
平均ステータス四千……?
あの化け物アークタラテクトのステータスが、俺の3分の1程度……?
俺はそこまで強くなっていたのかという感動より先に、あのアークタラテクトですら俺の敵にはならないのだと知って、胸の中から何とも言えない悲しみのような感情が湧き上がってきた。
アークタラテクトは、俺にとって強さの象徴だった。
こいつ以上に俺を追い詰めた存在はいない。
地龍四体を相手にした時でさえ、こいつに襲われた時程の恐怖は感じなかった。
そんな強さの象徴が、今では俺の足下にも及ばない存在と成り果てている。
そうこうしている内に、アークタラテクトのHPが0になった。
地龍ラムダを倒してしまった時以上の喪失感が俺を襲う。
俺はこれから、何を目的に強くなればいいんだ?
そもそも、これ以上強くなる必要があるのか?
《条件を満たしました。称号『覇者』を獲得しました》
《称号『覇者』の効果により、スキル『破壊強化LV1』『状態異常耐性LV1』を獲得しました》
《『破壊強化LV1』が『破壊大強化LV5』に統合されました》
《『状態異常耐性LV1』が『状態異常無効』に統合されました》
そんな俺の問いに答えるかのように、アナウンスが新たな称号の獲得を告げてくる。
覇者。
覇者ときたか。
まるで何かを制覇した者にでもなった気分だ。
もうお前は充分に強いと、言外にそう言われているような気がした。
だったら、もう強くなる必要がないのだとしたら、この延々と同じ場所をさ迷い続けるだけの無限地獄の中で、俺は何の為に生きればいいんだ?
何を目的にして生きればいいんだ?
誰か、教えてくれ。
……ああ、そうだ。
次の敵を探せばいいんだ。
敵は、俺の新しい強敵はどこだ?
《熟練度が一定に達しました。スキル『不遜LV2』が『不遜LV3』になりました》