転生者。
この世界を救う為に存在する極大魔術『システム』の製作者にして最高管理者である邪神Dによって、異なる世界からこの世界へと招かれた異分子達。
その殆どは人族へと転生し、現在は赤子だ。
今はまだ何もできない。
しかし、例外が二人程存在する。
それが、オークと蜘蛛のそれぞれへと転生した二人。
魔物に転生した事によって人族よりも遥かに成長が早く、その力はもう既に人族が定めた危険度で言えば神話級。
人の手では対処不能の領域にまで至っている。
魔物に転生した転生者は他にもいるが、この二人は特に別格と言えるだろう。
いくら特別なスキルを与えられるなどしてDに優遇されているとはいえ、魔物に転生したというだけでこうはならない。
エルロー大迷宮という、強くならなければ生きていけない場所に生まれてしまい、そこに適応する為。
そして、ひっきりなしに強敵が襲来するという運の悪さを逆手に取って、その強敵達を次々と経験値に変えていった結果だ。
二人とも、凶悪なデメリットと引き換えに成長を早める『傲慢』系列のスキルを獲得したのも大きい。
もっとも、蜘蛛の方はそのデメリットを半ば無視しているのだが……。
傲慢だけでなく他の七大罪系と七美徳系スキル、この世界において特別な意味を持つ『支配者スキル』を合計三つ、Dが新たに作った叡智も加えれば四つも持っているというのにピンピンしている。
あれだけ詰め込んで破裂しないとは、魂の強度があまりにも異常だ。
本当に、なんなのだあの蜘蛛は……。
しかも、オークの方と違って蜘蛛の方は単純に強くなっただけでなく、もう既にその行動が世界に影響を与え始めている。
壮絶な覚悟を持って魔王に就任し、活動を開始しようとしていたアリエルに反旗を翻した。
奴の魔王としての行動が妨害されるという事は、世界規模で見ても無視できない程の大きな影響だ。
アリエルもとんだ災難だったな。
まさか、あのような者が眷族に紛れ込んでしまうとは。
アリエルは徐々に追い詰められていっている。
奴自身が倒される事は早々ないと思うが、その眷族達は話が別。
エルロー大迷宮に生息していた多くのタラテクト達が狩られ、たった今、アリエル直属の側近であったパペットタラテクト達まで、その半数以上がやられた。
眷族の中で最高戦力の一角であるクイーンタラテクトの魂もかなり弱ってきている。
遠からず、あの蜘蛛にやられるだろう。
助けたいとは思う。
私とアリエルは旧知の仲だ。
そして、私の力をもってすれば、それは簡単に叶う。
私は管理者ギュリエディストディエス。
『神』である真なる龍の一柱。
いくらあの蜘蛛が強大と言っても、それは普通の生物の中での話だ。
神の領域には到底及ばない。
故に、この力を振るえば容易くあの蜘蛛を倒し、アリエルを救出する事は叶う。
しかし、それは許されない。
何故なら、所詮は下位神でしかない私などより遥かに上の力を持つ最上位神であるDに、転生者への手出しを禁止されているのだから。
Dは自分が面白いか否かで行動を決定する。
そして、奴は私が神としての力を振るって誰かを倒すのをよしとしない。
力の差がありすぎる、勝敗の決まりきった勝負など面白くないという事だろう。
故に、私がアリエルを助ける事はできない。
歯痒くて仕方がない。
情けない限りだ。
そうして私が手を出せないでいる内に、戦況はどんどん動いていった。
クイーンタラテクトが倒れ、クイーンを弱らせた攻撃がアリエルにも牙を剥く。
蜘蛛を倒しに行こうにも、エルロー大迷宮最下層を守護していた私の配下、地龍の長である最古の龍の一角、地龍ガキアが独断で動いてアリエルの足止めを決行。
どうやら、ガキアはあの蜘蛛に、長く停滞していたこの世界を変えてくれるかもしれないという期待を抱いたらしい。
確実に命を落とすと知っていながら、あの蜘蛛を生かす為に、ガキアはアリエルの前に立ち塞がった。
この世界の長い停滞をただ見守る事しかできなかった私には、ガキアにやめろと言う資格もない。
何も言えない間にアリエルとガキアの戦いが勃発。
アリエルが足止めされている間に、クイーンタラテクトを食らって更なる強さを得た蜘蛛は再び迷宮の外へ。
アリエルから遠ざかるように進んで行き、サリエーラ国ケレン領に到達。
そこで同じ転生者である吸血鬼の娘を見つけたからか、しばらくはケレン領に滞在。
その間にまた新しい支配者スキルを獲得したと知った時は面食らった。
この蜘蛛は本当にどこまで行くつもりなんだ。
しかも、今回獲得した支配者スキルはまさかの『救恤』。
似合わない事この上ない。
どうにも『救世主』の称号を獲得し、その効果で手に入れたようだが、あれはかなりの善行を積まなければ獲得できない称号だった筈。
何をどうしてそんな事をしようと思ったのか、さっぱりわからん。
そして、あの蜘蛛は騒動を起こす星の下にでも生まれているのか、滞在中のケレン領でも事件が発生。
どうにもあの辺りでは元々、人族最高の権力者である神言教教皇ダスティンと、今は転生者集めに精を出しているこの世界の害悪ことエルフの族長ポティマス・ハァイフェナスが、それぞれの思惑を持って配下を動かし、暗闘を繰り広げていたらしい。
ダスティンの目的は、サリエーラ国の国教にして神言教と犬猿の仲である『女神教』を叩く事。
ポティマスの目的は、転生者である吸血鬼の娘の確保といったところだろう。
もっとも、奴らは二人とも一手両得のように一度の行動で複数の目的を遂げようとする効率主義者だ。
他にも狙いがあったのかもしれんが。
そこに恐らくは事情も知らぬまま蜘蛛が乱入。
ポティマスの手駒であったエルフや盗賊組織を壊滅させ、ダスティンが女神教に仕掛けた戦争で大暴れした。
そして、蜘蛛が大暴れする少し前に、アリエルが遂にガキアを倒して足止めを振り切る。
その頃にはアリエルに仕掛けられていた魂の侵食が進み、一方的な侵食ではなく魂の融合のような現象が始まっていた。
ここまで来ると、もう私の手でも魂の分離はできない。
アリエルの魂は蜘蛛の魂の一部と混ざり合い、どちらでもあってどちらでもないという状態に陥っていた。
堪らず直接会いに行って話してみれば、どうやらまだ意識はアリエルの方に近いようだった。
しかし、これ以上融合が進んでいけばどうなるかわからない。
アリエルと蜘蛛、どちらの意識が表に出るかもわからないし、もしかしたら混ざり合った挙げ句に全くの別物に成り果てる可能性すらある。
もう、アリエルと会えるのも最後かもしれない。
そんな状態でも、アリエルはまだあの蜘蛛と戦うつもりのようだ。
事ここに至れば、例え蜘蛛を殺せたとしても魂の融合は止まらない。
それでも、アリエルは落とし前をつけると言った。
殺されたクイーンタラテクトやパペットタラテクトの仇を討つつもりだ。
もしかしたら、これがアリエルの最後の望みになるかもしれない。
そう思い、私は思わず力を貸してしまった。
戦争で暴れている蜘蛛の所に空間魔術で送るだけという軽い支援だが、これだけでも私は間接的にせよ転生者に危害を加えているという事になる。
Dの逆鱗に触れる可能性はあった。
しかし、Dからの報復はおろか接触すらなく、蜘蛛の方もアリエルと正面から戦って生き残ってしまったようだ。
アリエルには圧倒的なステータスとスキルに加え、相手の魂を分解する事で不死のスキルを持つ者すら殺す事のできる深淵魔法があったが、それでも蜘蛛は生き延びてみせた。
深淵魔法が直撃する前に肉体を捨て、眷族支配のラインを通じてアリエルやクイーンタラテクトに魂の一部を送りつけていた時と同じように、今度は自分の産卵のスキルで産み出した眷族の生まれる前の体に、自分の魂全てを緊急避難させる事によって。
もう何でもありだな、あの蜘蛛は。
そうして、新しい体を得て復活した蜘蛛に、私は会いに行った。
アリエルに代わって奴を始末する為ではない。
それはDに禁止されている。
さっきの間接的な干渉ですらかなり危ない橋を渡ったという自覚があるのだ。
この上、私が直接動くような事があれば、Dが何をするかわからない。
私の命一つで済めば安い方。
最悪、この世界ごと報復や気紛れで消されてもおかしくないのだから、下手な真似はできない。
だから実力行使ではなく、懇願という形でアリエルへの攻撃をやめてくれるように頼んでみたが、結果は振るわず。
断られた訳ではなく、物理的に不可能だと言われた。
どうも、アリエルと混ざりかけている魂の一部と蜘蛛本体の繋がりは既に消えている為、お互いに連絡を取る事すらできない状態のようだ。
元々淡い希望ではあったが、それでも無理と言われると、やはり辛いものがある。
私情で動いてしまった事への詫びとして僅かばかりの謝罪の品を渡し、以後転生者に関わる事には手出ししないと宣言し、それから少しだけ話をして、私は蜘蛛の元を去った。
その後、何とかアリエルは魂の融合を乗り切って、多少変質しつつもアリエルとしての自我を残す事に成功した。
そして、深淵魔法でも殺せなかった事で、蜘蛛を殺す事を一時断念。
これ以上敵対し続けて配下を減らされる事を恐れ、そのカラクリを掴んで攻略の糸口を探るまでの間、停戦を選択した。
更に監視の意味を込めて、蜘蛛を表向きは味方として側に置く事に決めたらしい。
蜘蛛もこれ以上アリエルに追い掛けられるのは嫌なのか、この停戦に合意。
二人は表面上は一応の味方となった。
それからアリエルと蜘蛛は、今回の戦争で故郷であるケレン領を滅ぼされ、そのどさくさに紛れて襲撃してきたポティマスによって両親を殺された吸血鬼の娘とその従者を仲間に加えて旅を始めた。
まだまだ予断を許さない状況ではあるが、どうにか一段落はしたという感じだな。
そう思ったら、今度は蜘蛛が新しい体に乗り移る時に切り離し、他の眷族の体を与えていた並列意思という名の分身体が何やら活動を開始した。
産卵のスキルで配下を増やし、そのレベル上げと食料確保の為に周辺の魔物を狩り始めている。
このまま迷宮内の各所に進出するつもりなら、近い内にガキア亡き後も迷宮に残った地龍達や、あのオークの転生者とぶつかりそうだ。
転生者絡みの騒動は、まだまだ収束には程遠いらしい。
いや、それどころか、これからは彼らが中心となって、この世界に大きなうねりを起こしていくのかもしれない。
今回の騒動を引き起こしたあの蜘蛛のように。
そのうねりの行き着く先は、果たしてどんな未来になるというのか……。
神である私にも、到底見通す事など叶わなかった。
次回、ヒロイン登場