オークキングが腰を屈め、拳を握ったままの手を地面につく。
何の意味があるのかわからん仕草じゃが、その静かな佇まいとあまりにも荘厳な威圧感からは、魔物にあるまじき神聖さのようなものすら感じた。
まるで超一流の武道家のような気迫。
それに対し、蜘蛛達は三体が前足の鎌を振り上げて突撃し、三体がその後ろから魔法で狙撃。
残りの三体が配下の蜘蛛達を守るというように、役割を分担して戦闘を開始した。
儂はしれっと守り担当の蜘蛛達に守ってもらえそうな位置へと移動しつつ、この戦いを目に焼き付けるように目の前の光景に集中する。
先陣を切ったのは、魔法支援担当の蜘蛛達が放った光の魔法。
聖光魔法、聖光線。
じゃが、蜘蛛達の圧倒的なステータスから放たれたそれは、最早儂の知っておる聖光線とは別物。
地形を変えてしまう程の威力を持った、三本の極太の光線がオークキングを飲み込む。
な、なんという威力!?
これがあの蜘蛛達の本気か!?
しかし、これでも尚、本気ではあっても全力ではないのじゃろうな。
恐らく、蜘蛛達の得意属性は光と正反対の闇属性じゃ。
以前、途中で妨害されてしまったとはいえ鑑定に成功したあのお方の魔法スキルの内、闇系統の魔法が郡を抜いて強かった。
その縁者と思われる蜘蛛達も、恐らくそれは同じ。
実際、先程地龍の一体を容易く仕留めたのも闇の魔法じゃった。
じゃが、オークキングには闇耐性の最上位スキル『暗黒無効』がある。
いくら得意属性と言えども、スキルによって無効化されてしまうのでは意味がない。
故にこそ、オークキングの耐性スキルの中で最もレベルの低い光属性の魔法で攻撃したのじゃろう。
しかし、いくら得意属性より威力も成長速度も劣るとはいえ、この威力は充分すぎる。
これだけの攻撃で倒せぬ存在が儂には想像できんかった。
やはり物理特化の脳筋勢ではなく、魔法こそが至上なのじゃ!
いくらあの耐性の権化のようなオークキングであろうとも、これに耐えられる訳が……
そう思って前を見れば、オークキングは交差した腕を盾に聖光線を真っ向から受け止め、それどころか光の中を突っ切って、少しずつこちらへ近づいてきていた。
な、なんじゃと!?
にわかには信じられん。
あれだけの攻撃を食らって、オークキングのHPは殆ど減少しておらぬ。
いや、数値にして1000は減っておるのじゃが、その程度では飽食のスキルによって蓄えられたストックの半分程度しか削れない。
更には、上限まで達したHP自動回復のスキルによる回復量が、ダメージを大きく相殺しておる。
ダメ押しとばかりに、オークキングの光耐性のスキルレベルが9から10に上がり『聖光耐性LV1』へと進化した。
まだダメージ量が回復量を上回ってはおるが、この魔法だけで致命傷を与えるのはもう不可能じゃろう。
なんたる事。
ここまでの至高の魔法ですら通じぬ相手が存在するとは!
発動時間を過ぎ、聖光線の魔法が消滅する。
続いて、前衛担当の蜘蛛三体がオークキングに襲いかかった。
対して、オークキングは火炎攻撃のスキルによって炎を纏った両掌による張り手で迎撃。
随分と珍しい戦闘スタイルじゃ。
オークキングと言えば、魔物の骨などをそのまま使った棍棒を武器としておる事が多いのじゃが、目の前の化け物オークが使うのは己の肉体のみ。
その体で、妙な武術のようなものを操っておる。
なんじゃ、あの動きは?
拳ではなく掌による打突を主に使っておるが、何よりも注目すべきは全くぶれぬ体幹と足腰の強さよ。
戦場を駆ける兵士達の動きとは真逆。
どっしりと構え、決して倒れず揺らがず、向かってくる敵を正面から叩き潰す。
そんな印象を覚えた。
蜘蛛達の攻撃は、やはり然程効いておらぬ。
速度では蜘蛛達の方が遥かに勝っておるらしく、儂ごときでは思考超加速のスキルを使って尚目にも留まらぬスピードでオークキングを翻弄しながら鎌による攻撃を当てておるが、刻まれる傷は浅い。
魔法支援担当の蜘蛛達が放つ援護射撃を含めても、致命傷には程遠い。
未だに飽食によるストックすら削り切れておらぬ。
このままでは、倒すまでにどれ程の時間がかかる事やら。
しかも、攻撃を繰り返す内に、オークキングは蜘蛛達の動きに対応し始めた。
先程までは目や首筋などの急所を必死で守っておったが、今では最小限の動きで致命傷になり得る攻撃のみを的確に防ぎ、他の攻撃は甘んじて受け、その余裕で反撃まで繰り出しておる。
蜘蛛の一体が動きを読まれ、炎の張り手による攻撃を諸に受けた。
それで倒れぬ蜘蛛も凄いが、時間が経つ程に蜘蛛達に当たる攻撃は増えていき、逆にオークキングに当たる攻撃は減っていく。
本来なら捉えられぬ筈の速度差を技巧で埋めて優位に立っていく様。
儂はそこに、かつての戦友である先代剣帝レイガーの姿を重ねた。
奴は『剣神』とまで謳われた最強の剣士であった。
魔族の攻勢が一旦止んだのを機に雲隠れした腑抜けじゃが、まだ立派であった頃の奴の勇姿とその剣技の冴えは、隣で戦い続けた長い時の中で嫌という程に見てきた。
そのレイガーと、目の前のオークキングの姿が重なる。
奴は圧倒的なステータスを持っているだけの怪物ではない。
確かな技を磨き続けてきた『武人』じゃ。
人ではないが、そんなツッコミは野暮というもの。
儂の目の前で行われておるのは、化け物と化け物の殺し合いではなかった。
それも間違いではないが、本質は違う。
これは、魔導を極めしあのお方の縁者達と、武道を極めしオークキングの戦いじゃ。
これは本格的に戦いの行く末がわからなくなってきおったぞ。
儂は魔法一筋じゃし、魔法こそが至高であると信じておるが、武人連中の強さも認めておる。
オークキングが本能のままに暴れるだけの獣であったのなら、蜘蛛達の勝利を疑いはせんかった。
しかし、奴が磨き上げた技を持つ武人じゃと言うのであれば、その強さは獣の比ではない。
本気で蜘蛛達の敗北もあり得る。
「む!?」
その時、突然危険感知がとてつもない勢いで警鐘を鳴らした。
身の毛もよだつような危機感の発生源は、前衛の蜘蛛の一体から。
どうやら何か新しい手札を切るようじゃ。
今まで前衛の蜘蛛達は強引に攻める事なく、どちらかと言えば魔法支援担当の蜘蛛達や儂らの元にオークキングを近づけん為の壁役として戦っておったが、今回ばかりは違うらしい。
攻撃対象として狙われた訳でもないのに感じるこの危機感からして、恐らくは切り札の一つを使うのじゃろう。
前衛担当の残りの二体がオークキングを撹乱し、本命の一体が背後からオークキングに飛び掛かる。
しかし、オークキングは読んでいたとばかりに蜘蛛を正面から迎撃し、燃える掌と蜘蛛の鎌が正面からぶつかった。
そして、蜘蛛の鎌がオークキングの掌を貫通する。
今までのかすり傷とは違う、確かなダメージとして刻まれた一撃。
よく見れば、鎌に貫かれたオークキングの掌は一部が塵となっておる。
腐食攻撃か!
死を司るという破滅の属性による攻撃。
これには、さしものオークキングと言えども、かすり傷では済まなかったようじゃな。
じゃが、それでも尚、致命傷には程遠い。
オークキングは腐食大耐性まで持っておった。
腐食攻撃ですら掌を貫くのが精一杯。
それどころか、攻撃した蜘蛛の鎌の方がボロボロになっておる。
どうやら、あれは自らもダメージを食らう捨て身の攻撃だったようじゃ。
それだけやって、与えられたダメージはすぐに自動回復で治ってしまう程度の傷。
これが急所に当たっておればまた違ったのじゃろうが、オークキングの技巧が一枚上手だったという事じゃな。
しかし、あれ程のリスクを負った攻撃ですら通用せんとなると次は……むむ!?
危険感知が先程以上の警鐘を鳴らす。
発生源は九体の蜘蛛全員。
何かが起こる。
儂がそう察知するよりも早くオークキングは反応し、最重要器官である頭を守るように腕を掲げて身を丸めた。
次の瞬間、蜘蛛達の瞳の内のいくつかが潰れ、同時にオークキングの全身がボロボロになる。
……何が、起こった?
術式感知に何も反応がなかったという事は魔法ではなかろう。
魔法でも、ましてや物理攻撃でもない、正体不明の攻撃。
わかる事と言えば、オークキングの傷口が塵になっておる事から、これもまた腐食属性の攻撃であろうという事のみ。
いや、蜘蛛達の目に異変が起きておったという事は、もしや魔眼か?
特定の魔物や特別な才能を持つ者のみが扱える、超希少スキル。
瞳を媒体とし、視界に入った者を問答無用で攻撃する、回避不能の一撃。
思い返せば、以前鑑定したあのお方のスキルの中に魔眼と思われるスキルがあったような気がする。
微妙に名前は違っておったが。
しかし、もし魔眼なのだとすれば、恐ろしい事この上ない。
あのオークキングの体をボロボロにするような攻撃が、回避不能の魔眼として放たれる。
まさに悪夢のような話じゃ。
普通の人間に対処できる道理なし。
理不尽の権化と言わざるを得ぬ。
これが、神話級!
じゃが、理不尽の権化は蜘蛛達のみではない。
オークキングもまた、間違いなく神話級の魔物。
蜘蛛達の捨て身の攻撃を食らって尚、そのHPはまだ七割以上も残っておる。
おまけに、オークキングの腐食大耐性のレベルが9から10に上がり『腐食無効』に進化する。
これでもう腐食属性の攻撃すら通らん。
蜘蛛達が念話で大慌てしておる。
儂の知らぬ言語を使っておるせいで、念話の傍聴に成功しても何を言っておるのかはわからんのじゃが、雰囲気で相当動揺しておる事はわかった。
そして、その相談で何かを決めたのか、蜘蛛達は更なる切り札を切った。
後方支援担当の三体の蜘蛛達が魔法の発動準備に入る。
術式感知がそれを感知した瞬間……儂は滂沱の涙を流しておった。
「おぉ!? なんと!? なんとぉおおおお!?」
蜘蛛達が三体がかりで構築しておったのは、儂ごときでは到底理解できぬ程に複雑な術式によって展開される超極大魔法。
人族が大魔法の上として定義しておる極大魔法とは次元が違う。
遠い遠い、人では決して届かぬ遥か高み。
儂の目指しておった魔導の真髄。
その到達点がここなのではないかと思えるような、神のごとき究極の魔法。
それが今、儂の目の前で発動しようとしていた。
これが発動すればマズイという事をオークキングも悟ったらしく、前衛の蜘蛛三体を無視するように強引に突破して、魔法支援担当の蜘蛛達に攻撃を加えようとする。
させぬ!
させぬぞぉ!
この究極の魔法を邪魔する事は断じて許さんッッ!
微力ながら、儂も魔法を撃ってオークキングの進撃の邪魔をする。
前衛の蜘蛛三体も吹き飛ばす事を重視した魔法で時間を稼ぎ、更に守り担当の残り三体の蜘蛛までも攻撃に加わった。
そうして時間稼ぎは無事に終わり、究極の魔法が放たれる。
それは、闇の魔法であった。
暗黒よりも更に深い、深淵の闇。
それがオークキングに絡み付き、その体を包み込み、闇は棺のような形へと姿を変える。
オークキングを弔うような、闇の棺に。
深淵魔法。
あのお方の魔法スキルの中にあった、暗黒魔法を超える闇の最上位魔法。
これこそがそうなのじゃと直感した。
あまりにも膨大すぎる闇の魔力が、オークキングを包み込んでおる。
あの闇の棺の中はどれだけの破壊の力で満ちておるのか、想像する事すらできん。
やがて、闇が晴れる。
深淵の闇が消えた跡地には……恐るべき事に、まだオークキングが立っておった。
膝すらもつかずに、両の足で大地を踏み締めて。
信じがたし。
儂は今日、いったいどれだけ驚けばいいのじゃろうか。
驚きすぎて、もう驚きに慣れてしもうた。
一生分の驚きを使い果たしたような気がするわ。
しかし、さすがのオークキングと言えども、今のは効いたらしい。
全身が血にまみれており、肉は裂け、骨が見えておる所も多い。
鑑定してみれば、もうそのHPは残り二割程度。
それでも二割残っておる辺り、こやつがどれ程の化け物であるかがわかる。
じゃが、さすがにここまでじゃな。
残り二割程度であれば、蜘蛛達は押し切れるじゃろう。
蜘蛛達が最後のトドメを刺すべく、九体全員でオークキングに襲いかかった。
しかし、オークキングの目は欠片も死んでおらぬ。
最後の最後まで戦うという事か。
見事と言うべきじゃろうな。
と思っておったら、オークキングが顔を儂らの方に向けた。
その口の中に、何やら魔力が渦巻いておる。
こ、これは!?
「ぬぉおおおおう!?」
オークキングのブレスが儂らを襲う。
こ、こやつ!?
オークのくせにブレスまで使うか!?
というか、いきなり儂らのようなか弱い蜘蛛を狙うとはどういう了見じゃ!?
守り担当の蜘蛛達まで前線に出ておったせいで、今ので結構な数が消し飛んでしもうたぞ!
「む!?」
こ、今度はなんじゃ!?
オークキングの体が発光しておる。
それは一瞬と言える程の短い時間であったが、光に包まれた後、オークキングの体は明らかに変わった。
傷が全て回復しておる。
あれだけ苦労して刻んだ傷が、綺麗さっぱり全て。
鑑定してみれば、HPが完全に回復しておった。
おまけに、レベルが10も上がっておる。
完全回復の上にレベルアップじゃと!?
死にかけたところからより強くなって復活するなど、お主は冒険活劇の主人公か!?
化け物っぷりも、いい加減にせい!
これにはさすがの蜘蛛達も焦ったのか、念話でしきりに叫び声を上げた後、前線に出ていた守り担当の蜘蛛達が戻ってきて、大規模転移の魔法の発動を始めた。
どうやら撤退を選択するようじゃ。
そして、他の六体の蜘蛛達がより強くなったオークキングを必死に足止めしておる間に魔法は完成。
転移の魔法が発動し、儂らは上層の巣穴へと戻ってきた。
お、恐ろしかった……。
あれが神話級の戦いか。
儂のような矮小でか弱い老人ごときが立ち入ってよい領域ではなかった。
世界は広い。
あの蜘蛛達やオークキングのような神話級と称される魔物は、少ないながらも世界各地に存在しておる。
あんな存在がまだまだおるこの世界は本当に広い。
そして、人は弱い。
どうしようもなく弱い。
もし儂が一人でオークキングに挑んでおれば、敵とも見なされず、そこらの虫けらの如くプチッと潰されて終わりだったじゃろう。
あのお方に叩きのめされた時のようにのう。
彼らのような真の強者からすれば、我ら人など虫けらのようなものよ。
確かな実感として胸に刻まれたこの思いを、生涯の教訓として、しかと覚えておくとしよう。