スピンオフ4話目になります。
メイガスとの戦闘を逃れたスフィンクスファントムは、あるビルの屋上に立ち街を眺めていた。その視線の先には、夜の帳が下りた街の中を行き交う人々の姿。
「魔法使いめ……」
街を見下ろしながらスフィンクスファントムは吐き捨てるように言った。
あの時……メイガスの邪魔が入らなければ、G3部隊を蹴散らしゲートを絶望させる事が出来ていた筈なのだ。本当であればメイガスが深手を負ったところでトドメを差したいところだったのだが、グールが全滅しG3部隊の相手までしなくてはならなくなり流石に状況の不利を察して引き下がった。
思い出せば思い出す程忌々しくなる。昔からそうだった。魔法使いは、彼らファントムがゲートを絶望させて仲間を増やそうとすると何処からともなくやって来て邪魔をしていく。
スフィンクスファントムは長く生き残っている方のファントムだ。もう何年も前からファントムとして世の裏で活動し、時に人知れず時に大々的にゲートを絶望させファントムを増やす事に貢献してきた。
その中で魔法使いによる妨害を受けた事も1度や2度ではない。
苛立ちを紛らわせるように杖で片手を叩くスフィンクスファントム。フンと鼻を鳴らすと、一応気は紛れたのか落ち着きを取り戻した様子で踵を返した。
***
「ん…………」
翌日、美幸は窓から差し込む太陽の光で目を覚ました。起き上がり体を伸ばすと、先日の戦闘でスフィンクスファントムに攻撃された背中が痛んだ。
「いつっ!? つつつ~ッ……」
少しの間痛みに悶え、痛みが引いた頃に何気なく窓の外を見ると朝にしては日が高い。もしやと思い時計を見ると、時刻は正午をとっくに過ぎていた。
「ッ!? やばい、寝過ぎた――!?」
一晩以上ぐっすり眠ったが、完全回復とはいかなかった。あのファントムはそれだけ強かったという事だ。
そんなファントムに、誰かが狙われている。そう思うと美幸はおちおち寝てなどいられなかった。
とりあえず未だ痛む背中を軽く手当てしておく。昨夜は這う這うの体で帰りつき、ベッドに倒れるなり眠りに落ちてしまい傷の手当どころか夕食もシャワーも浴びていない。せめて手当だけはして動けるようにしておかなくては、ファントムとの再戦すら覚束ない。
手当てを終え、軽く朝食を終えた美幸は早速誰がゲートでファントムに狙われているのかを探す為、臨時休業のまま店を出た。
使い魔を解き放ち、とにかく街中を隈なく探させる。たった二体の使い魔だが、能力は折り紙付きだ。
記憶を頼りに、街中を歩き回り先日スフィンクスファントムに追い詰められていた人たちを片っ端から探し回る。時々先日ファントムに襲われていた人らしき人物を見つけたが、彼らは今の所大丈夫なようだ。
ついでに言うと時折街を二人一組で巡回しているGユニットのG3マイルドを見かけた。どうやら先日のG3部隊の隊長は彼女の警告をしっかり聞き入れてくれたらしい。こう街中を警戒されては、ファントムの方も迂闊に動くことは出来ないだろう。あのG3の隊長は良い人物の様だ。
そう思いながら商店街を歩いていると、彼女の目に棗と聡美の姿が映った。
「あ、美幸さ~ん!」
「こんにちわ!」
2人は美幸の姿を見つけるなり声を掛けてきた。美幸は棗が普通に出歩いている事に、危険が迫っているかもしれない事を警告したいのを堪えて普通に接した。
「こんにちわ、2人とも」
「美幸さん、今日はお店お休みですか?」
「まぁね。偶には息抜きしないと。そう言う2人はお出かけ?」
「棗の息抜きの為です。偶にはガス抜きしないとって」
「もう、聡美は心配し過ぎなのよ。言われなくても適度にガス抜きしてるって」
じゃれ合う2人の様子を微笑ましく見つめる裏で、美幸は周囲への警戒を怠らない。棗がゲートの可能性もあるのだ。何時何所でファントムが彼女を襲うかもしれない。
それとなく美幸が周囲に気を配っていると、彼女の異変に気付いた棗が心配そうに声を掛けてきた。
「美幸さん、どうかしましたか?」
「ん? ううん、気にしないで。ただ今日はあちこちでGユニットを見るなって思って」
今も彼女達のすぐ近くを、バイクに乗ったG3マイルドが2人通り過ぎていった。
「多分、昨日の怪人がまた出てこないかって警戒してるんですよ」
「昨日の怪人?」
「そうなんですよ美幸さん、聞いてください! 棗ったら昨日すっごく危ない目に遭ったんですよ!」
実はその場には美幸も居たのだが、その事を悟らせると色々と不味いので敢えて何も知らない風を装う。何も知らない美幸が棗の危機に興味を持ったと思った聡美が、興奮気味に何があったかを美幸に話していく。
しかしそれも長くは続かなかった。出し抜けに美幸は背筋に冷たい何かを感じ、2人に背を向け周囲を警戒した。
「え、美幸さん?」
「どうしたんですか?」
2人からの質問に答える間もなく、美幸は悪寒の正体に気付き2人を押し倒した。
「伏せてッ!?」
美幸が2人を押し倒しながら自分も伏せると、タッチの差で彼女の背を何かが通り過ぎた。何事かと3人が通り過ぎた何かを目で追うと、そいつは3人の傍に悠然と降り立った。
「こいつは――――!?」
「怪物ッ!?」
「未確認ッ!!」
そこに居たのはスフィンクスファントムではなかった。漆黒の体に嘴の様な鼻を持ったアンノウン・クロウロードであった。上空から急降下で襲い掛かったクロウロードは、攻撃が躱されると直接攻撃を仕掛けようと近付いて来た。
(不味い……ここじゃ迂闊に変身できない)
この場に居るのは美幸達だけではない。他にも何人も無関係な人々が居る。ここで変身しては、彼女がメイガスであるという事がバレてしまう。迂闊に正体を明かすことは出来ないが故に、彼女は2人をクロウロードから守るべく背後に庇う事しか出来ずにいた。
2人を背後に庇いながら、美幸はどちらがクロウロードに狙われているのかと考える。この街に来てから、彼女は何度もアンノウンの相手をしてきた。その中で気付いた事は、アンノウンは無作為に人を襲っているのではなく何かの目標があるという事だ。同じ人物が何度かアンノウンに襲われているのを目にした覚えがある。何かは分からないが、奴らには命を狙う相手に何かしらの共通点があるらしい。
「み、美幸さん――!?」
「2人は早く逃げて。ここは私が何とかするから」
「そんなの無茶ですよッ!? 一緒に逃げましょうッ!!」
「そうしたいのは山々だけどね、向こうはそれを許してくれなさそうなのよ」
クロウロードは3人を嘲笑う様にゆっくりと近付いてくる。迫るクロウロードに、美幸が覚悟を決めて2人を逃がす為単身Gユニットが来るまでの時間稼ぎをしようとした時、クロウロードに稲妻が直撃した。
「ガァァァァァッ?!」
「えっ!?」
見覚えのある稲妻に、美幸が飛んできた方を見るとそこには杖を構えたスフィンクスファントムの姿があった。
「悪いが、大事なゲートを傷付けられる訳にはいかない」
「…………そうか、棗ちゃんが――!」
今のスフィンクスファントムの言葉で確信した。ゲートは棗だ。あの時、追い詰められていた人の中に聡美は居なかった。となると、ゲートとして考えられるのは棗しかあり得ない。
スフィンクスファントムはゲートである棗が殺される事がないよう、クロウロードを妨害したのだ。
それと同時にクロウロードの狙いも分かった。クロウロードは聡美を狙って襲い掛かってきたのだ。
それぞれの狙いが分かったのはある意味幸運だったが、状況は確実に面倒なものとなっていた。二種類の敵がそれぞれ別の人物を狙っており、且つその2人を守らなければならないのだ。
美幸はこの窮地をどう切り抜けるべきかと頭を働かせる。
その時、バイクのエンジン音が複数美幸達の耳に届いた。こんな時に何だと美幸がそちらを見ると、こちらに向かってくるG3とG3マイルドの集団が専用バイク『ガードチェイサー』に乗ってやって来るのが見えた。
「あれは……」
「Gユニット!」
恐らくクロウロードの出現に誰かが警察に通報してくれたのだろう。近隣をGユニットがパトロールしていたので、こうして迅速に駆けつけてくれたのだ。
「見つけたぞ、昨日の奴だ!」
「アンノウンらしき存在も確認できます!」
「見れば分かる! 総員、構えろ! 撃てぇッ!!」
現場に到着したG3部隊はバイクから降りると、スコーピオンを構えて一斉に引き金を引いた。神経断裂弾の雨がクロウロードとスフィンクスファントムに襲い掛かる。
改良に改良を重ねた最新の神経断裂弾は、アンノウン相手に抜群の効果を発揮し大いに怯ませた。Gユニットとアンノウンの戦いは長く続いている。その間に何度も改良を重ねた結果、アンノウン1体相手であればこの様に圧倒する事も可能であった。
しかしスフィンクスファントム相手に対してはそうはいかなかった。グールならともかく、ファントム相手に魔力を帯びていない攻撃は効き目が薄い。例え最新の神経断裂弾であろうとも、G3の装備では効果は今一つであった。
これがG3の発展型であるG3-X等であれば話は別であろうが…………。
「ふん、人間の玩具如きが…………煩わしい!」
怯むクロウロードを他所に、スフィンクスファントムがG3部隊に杖を構える。先端に紫電が集まっていくのを見て、美幸はG3に警告した。
「逃げてッ!!」
「むっ!?」
美幸の声にG3が反応してみせたが、一歩遅かった。杖から放たれた稲妻が無数に枝分かれし次々とG3部隊の隊員に襲い掛かった。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ?!」
全身を電撃で焼かれ、悲鳴を上げるG3部隊。G3マイルドは軒並み倒され、唯一立っているG3も満身創痍と言った様子であった。
もうG3部隊は脅威になり得ないと、スフィンクスファントムは美幸達に近付いていく。ふと周囲を見ると、クロウロードの姿は見当たらない。どさくさに紛れて逃げたようだ。
逃げたクロウロードの事など放っておき、スフィンクスファントムは美幸達に――正確には美幸の背に庇われている棗に――近付いていく。
「待たせたな」
「誰も待ってないわ。お帰り願いたい所なんだけど?」
「生意気な人間め。死にたくなければそこを退け」
「嫌だと言ったら?」
美幸の答えに対し、スフィンクスファントムは杖による殴打で答えた。生身の美幸など、魔法を使うまでも無いと考えたのだろう。
振り下ろされた杖による一撃を、美幸はギリギリで回避し接近すると蹴りを叩き込む。しかしスフィンクスファントムはそれを片手で受け止めると彼女を近くのケーキ屋に向けて放り投げた。正面ガラスを突き破り店舗に叩き付けられた美幸は、ショーウィンドウに突っ込み額から血を流してその場に項垂れた。
「美幸さんッ!?」
ケーキの入ったショーウィンドウに血塗れで突っ込まれた美幸の姿に、棗が悲鳴を上げて彼女に近付こうとする。
しかしその彼女の腕を、スフィンクスファントムが掴んで引き留めた。
「お前にはこちらに来てもらおう。私が用があるのは、お前なんでね」
「嫌よ、離して!? 美幸さんが、美幸さん!?」
暴れる棗の腰を抱え、翼を広げて飛び立った。
その瞬間、それまで恐怖に震えていた聡美がスフィンクスファントムに抱き着き棗を奪い返そうとした。
「何すんのよッ! 棗を離してッ!!」
聡美をくっ付けながらも上昇するスフィンクスファントム。彼にとって少女2人の重量など飛ぶのに全く支障を来さないが、それでもやはり抱き着かれたままだと飛ぶのが大変なのか、それとも煩わしいのか彼は抱き着いた聡美を振り落とした。
「邪魔だ」
「あ――――」
勇気を振り絞って棗を助けようとした聡美だったが、所詮は少女の力。スフィンクスファントムが杖を持った方の手で一振りすると、それだけで振り落とされ下へと落下していく。高さは既にビル3階分に相当していた。この高さからでは落ちたらただでは済まない。
「聡美ぃぃぃっ!?」
スフィンクスファントムに抱えられた棗が手を伸ばした先で、聡美は下へと落下していく。スフィンクスファントムは聡美がどうなろうと知ったこっちゃないのか、彼女の安否を確認する事なく棗を抱えて飛び去って行った。
棗が運ばれたのは近くのビルの屋上だった。スフィンクスファントムは屋上に降り立つと棗を下ろし、杖を手に彼女を見下ろす。
「聡美、聡美ッ!?」
降ろされるなり棗は聡美の安否が心配になりビルの縁から彼女が落ちていったところを見ようとする。しかし彼女が居る場所からは聡美がどうなったのか分からない。だがあの高さ、普通に考えれば大怪我は確実で、下手をすれば死んでしまう可能性すらある。
棗の脳裏に最悪の事態が浮かび、目尻に涙が浮かぶ。
「嘘…………嘘でしょ?」
考えたくない聡美の死に涙する棗だったが、スフィンクスファントムは棗が涙を流す時間を与えてはくれなかった。
彼女の首を掴み持ち上げ、眼前に杖を突き付ける。
「うぁ、ぐ――――!?」
「良い悲しみだ。だが絶望にはまだ足りない。お前にはもっと絶望してもらわなければ」
「な、何の事よ? あんた一体、何がしたいのよ!?」
棗からすればスフィンクスファントムの行動は訳が分からなかった。突然現れては自分達を襲い、警察や行きつけの喫茶店の店主、更には親友までをも傷付けた。そして今正に自分も傷付けられようとしている事に、棗は困惑と怒りを同時に抱いていた。
「お前の事は調べさせてもらった。日暮 棗、将来の夢は医者になる事だそうだな?」
「だったら……何なのよ?」
「何でも離れ離れになった友と約束したんだとか。もしその夢が叶わなくなった時、お前はどれ程の絶望を見せてくれる?」
スフィンクスファントムの言葉に棗は嫌なものを感じて背筋に冷や汗をかいた。彼が何をするつもりなのか分からず、恐怖に慄き体を震わせる。
「な、何よ……一体私に、何するつもりなのよ?」
「問題……盲目の少女は医者になる事が出来る。マルか……バツか……?」
棗の顔からサッと血の気が引いた。その問い掛けでスフィンクスファントムが何をするつもりなのかに気付いてしまったからだ。
それを証明するかのように、スフィンクスファントムの杖が徐々に近付けられていく。
「やだ、やだやだやだっ!? 止めて!? お願いだからそれだけは止めて!? 嫌だ! 嫌ぁッ!? 助けて、誰かッ!? 聡美ッ!? 美幸さんッ!?」
必死に助けを求める棗を嘲笑うかのように、スフィンクスファントムの杖が棗の眼球の数㎝前まで近付けられる。あと少し彼が力を入れたら、杖は容易に棗の目を潰す。そうなれば彼女が医者になる事は絶望的だ。
「正解は…………」
「やだ……やだ……」
「バツだッ!!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
一瞬引かれた杖が彼女の眼球を潰そうと一気に突き出された。その瞬間棗は恐怖のあまり両目を固く瞑り――――――
「――――――え?」
何時まで経っても何の痛みもやってこなかった。目を潰される瞬間とは思っていたよりも痛くないのかと思ったが、ゆっくりと目を開け目が景色を映すことにまだ自分の目が潰れていない事を理解した。
それ自体は安堵すべき事なのだが、問題は何故目が潰されずに済んだのかと言う事。
その理由は直ぐに分かった。誰かがスフィンクスファントムの杖を掴んで棗の目に届かないようにしてくれているからだ。
そしてそれをしているのは――――
「ッ…………大丈夫だった? 棗ちゃん?」
「み、美幸さん――――!!」
未だ額から血を流している美幸だった。彼女はスフィンクスファントムの杖を素手で掴み、掌から血が滴り落ちるのも構わず棗の目を守ってくれたのだ。
「貴様は――――!?」
「はぁっ!」
「ぐぅあっ!?」
美幸の登場に面食らうスフィンクスファントムが次の行動に移る前に、美幸がもう片方の手に持ったハーメルケインで棗を掴んでいる方の腕を切り裂いた。スフィンクスファントムは痛みに手を離し、美幸は棗をファントムの手から奪い返すと蹴り飛ばした。
「ふぅ……遅れてごめんね、棗ちゃん。怖かったでしょ? でももう大丈夫」
「美幸さん――――! あ!? それより美幸さん、聡美がッ!?」
「聡美ちゃんも大丈夫よ。ほら……」
美幸が指差した先には、屋上への入り口の所に座り込んで眠る様に目を瞑っている聡美の姿があった。
あの時…………聡美がスフィンクスファントムに振り落とされた直後、美幸は魔法の鎖を使って地面に激突する寸前に聡美を救出する事に成功していたのだ。聡美はその落下中に意識を失っていた。
親友の姿に、棗は美幸から離れ聡美に駆け寄る。
「聡美ッ! 聡美、大丈夫ッ!?」
「大丈夫よ。気を失ってるだけだから。目が覚めればいつも通りよ。そして――――」
棗が聡美に気を取られている間に、美幸は一つの指輪を取り出すと隙を見て棗の指に嵌め自身のハンドオーサーの翳した。
〈スリープ、ナーウ〉
反応する間もなく棗に魔法が掛けられ、彼女は崩れる様に眠りに落ちた。彼女が眠ったのを確認すると、美幸は棗の指から指輪を引き抜いた。
「……悪い夢は、もうお終いよ。目が覚めた時には、何時もの日常が戻ってくるから」
肩を寄せ合い眠る棗と聡美の頭を優しく撫で、立ち上がった美幸は額から滴る血を拭い指輪を嵌めスフィンクスファントムの前に立ち塞がった。
「なるほど……お前が魔法使いだったか」
「そう言う事よ」
〈シャバドゥビタッチ、ヘンシーン! シャバドゥビタッチ、ヘンシーン!〉
「変身!」
〈チェンジ、ナーウ〉
美幸はメイガスに変身し、ハーメルケインの切っ先をスフィンクスファントムに向けた。
「さぁ、ご注文は?」
「勿論……ゲートの絶望と魔法使いの死を!」
スフィンクスファントムがメイガスに向け魔法の稲妻を放とうとするが、メイガスはそれをハーメルケインで弾き妨害。そのまま返す刃で相手を切り裂こうとするが、スフィンクスファントムは杖でそれを防ぎ攻撃の勢いを利用して距離を取った。
今のやり取りで理解した。このファントムは彼女が今まで相手にしてきたファントムとは一味違う。
「随分と戦い慣れているのね。長生きしてるのかしら?」
「もう何人のゲートを絶望させてきたか覚えていない。尤も、何度もお前達魔法使いに妨害されてきたがね」
話しながらもスフィンクスファントムは杖を振るいメイガスに殴り掛かる。
「当然よ。あんた達ファントムの好きにさせないようにする為に私達が居るんだから。特に……」
メイガスはチラリと棗と聡美を見る。今し方命の危機に晒されていたとは思えない程、穏やかな顔で眠る2人。
「……あの子達は私のお店の常連客。私のお店を気に入ってくれたあの子達を、守るのは当たり前じゃない」
「結構な事で……だがこちらも使命なんでな……」
再び戦い始める2人だが、そこに乱入してくる者が居た。逃げたと思っていたクロウロードだ。やり残した仕事を成し遂げる為に戻ってきたのだ。
「ッ!! チィッ!」
〈デュープ、ナーウ〉
予想はしていた。聡美が狙いであるのなら、何処かでタイミングを見計らって再度彼女の命を狙いに現れるだろうと思っていた。だからこそ下には置き去りにせず、何かあった時に対処できるようにとここまで連れてきたのだ。
とは言えそれは彼女の負担が増える事に他ならない。守るべき対象が2人に増えたのだ。体が一つだけでは到底手が足りない。
なのでメイガスは舌打ちしながらも分身を作り出し、クロウロードを同時に相手取る。
しかし空を自在に飛び、空中からのヒットアンドアウェイで攻撃してくるクロウロードに分身のメイガスは苦戦を強いられていた。
何度目かになる空中からの突撃を喰らったメイガスの分身が、遂に限界を迎え消滅する。邪魔者が居無くなり、クロウロードは聡美を始末しようと彼女に向け歩み寄る。
その様子にメイガスは危機感を抱き2人から遠ざけようと魔法を使おうとしたその時、何者かが屋上に続くドアを蹴破り飛び出してきた。
「やらせるかッ!!」
屋上にやって来たのは隊長のG3だった。スフィンクスファントムの魔法を喰らって唯一まだ動けた彼は、ボロボロの体を引き摺ってここまでやってきたのだ。
G3はスコーピオンに専用のグレネードランチャー・『GG-02 サラマンダー』を装着しており、屋上に飛び出しクロウロードの姿を見つけるなりフォアグリップをコッキングして弾を装填し引き金を引いた。クロウロードはまさかここでG3が出てくるとは思っておらず、それを諸に喰らってしまった。
「ガァァァァァッ?!」
既にG3部隊の銃撃でボロボロだったクロウロードは、その一撃が致命傷となり絶命し爆発した。
その光景にメイガスは仮面の奥で思わず笑みを浮かべた。
「ハハッ、流石……」
負けてはいられないとスフィンクスファントムにハーメルケインを振り下ろすメイガスだったが、その攻撃はいとも容易く防がれてしまう。元より万全ではない状態で更に負傷した状態で戦闘に臨んでいるのだ。何時もと同じコンディションと言う訳にはいかない。
攻撃を防がれた事でメイガスに隙が生まれ、そこを狙ってスフィンクスファントムは彼女の腹を杖で殴り体勢を崩させ、更に魔法の稲妻を直撃させ屋上から押し出した。
「落ちろッ!」
「うあぁぁっ?!」
速射を重視してか威力は大した事のない魔法だったが、彼女を屋上から押し出すのには十分な威力を持っていた。幸いと言うか屋上から放り出されると言う事態にはならなかったが、フェンスを突き破り屋上から落ちそうになる。縁を掴むことでギリギリ堪えるが、体を引っ張り上げて戦闘に復帰するまでにどうしてもラグが生まれる。その間に棗の両目を潰されでもしたら…………。
「G3ッ! 棗ちゃんを守って!!」
「分かっている!」
「させるか!」
三発撃てるグレネードの二発目を装填しスフィンクスファントムを撃とうとするG3だったが、それより早くスフィンクスファントムの魔法が彼を襲う。放たれた稲妻が直撃し、サラマンダーを装着したスコーピオンが弾かれ宙を舞った。
「がはぁっ?!」
弾かれたスコーピオンは大きく弧を描いて宙を舞い、屋上から落下していき――――
〈コネクト、ナーウ〉
何とか縁に掴まりながら右手の指輪を入れ替えたメイガスが、コネクトの魔法で落下しつつあったスコーピオンをキャッチ。そのまま胸から上だけ体を屋上の上に引き上げ銃口をスフィンクスファントムに向けると、躊躇せず片手で引き金を引いた。
「づッ!!」
瞬間想像以上の反動が彼女の腕を襲ったが、放たれた榴弾は見事にスフィンクスファントムの背中を抉った。
「ぐはぁっ!? な、何ッ!?」
魔力の籠っていない攻撃は効果が薄くても、流石にこれは堪えたらしい。たたらを踏みメイガスの方を見るスフィンクスファントム。
この機を逃す訳にはいかないと、メイガスは片手でフォアグリップをコッキングし最後の榴弾を装填した。
「んのっ!!」
昔何かの映画で見た片手コッキングをまさか実際にやる羽目になろうとはなどと考えつつ、次弾装填を終えると最後の一発をスフィンクスファントムにお見舞いした。先程の一発で反動がどの程度かは把握したので、今度は先程よりも正確に狙いを定める事が出来た。
放たれた榴弾は狙い違わず、スフィンクスファントムの頭部に直撃した。
「ぐぉあぁぁぁぁぁぁっ!?」
顔面に榴弾が直撃し悶えるスフィンクスファントムを見つつ、メイガスは屋上の上に体を引っ張り上げるとまだ手の中にあるサラマンダー付きのスコーピオンを溜め息混じりに眺め脇に放った。
「お婆ちゃんには見せられないな、これ」
魔法使いとしての戦いに拘りを持つ祖母が見たら、何て野蛮な戦いだと憤慨するに違いない。メイガスはこの戦いが祖母の目に留まらない事を願いつつ、のたうち回るスフィンクスファントムにトドメを差す。
「問題よ。あなたの払うお代は敗北、マルかバツか?」
「ぐ……おの、れぇ――!?」
「正解は……」
〈イエス! キックストライク! アンダスタンドゥ?〉
顔を榴弾で焼かれ、激痛に苛まれながら立ち上がるスフィンクスファントム。その胸板にメイガスの必殺技・ストライクメイガスが突き刺さる。
「マルよ!!」
「ぐおぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
スフィンクスファントムは屋上から蹴り飛ばされ、空中で爆発し消滅した。今度こそ勝利した事に、メイガスはその場に腰を下ろし大きく溜め息を吐いた。
「はぁ~~~…………とりあえずこれで、一件落着……かな?」
チラリとメイガスが眠っている棗と聡美の方を見ると、彼女の頑張りなど何処吹く風と言った風に眠りこけている2人の姿が目に映った。その様子にメイガスは安堵の溜め息を吐く。彼女達に迫る危機はとりあえず去った。暫くは大丈夫だろう。
そんな彼女に、スフィンクスファントムの一撃から立ち直ったG3が手を差し出した。メイガスは一瞬呆けたが、次の瞬間その手を取り立ち上がる。
「よっ、と。ありがと」
「いや、礼を言うのはこっちの方だ。あんたが居なけりゃ、あの少女2人は今頃この世にいなかったかもしれない。情けない話だが、あんたには助けられたよ。ありがとう」
それを言ったら彼女の方だって彼らに助けられたのだが、ここで互いに譲り合っても話は進まないだろうからメイガスはG3からの感謝を素直に受け取った。
「本当なら、あんたには重要参考人として同行してもらいたいんだが……恩人に無理強いするのも後味が悪い。だから今回は見逃す事にするよ」
「それは……こっちとしてはありがたいけど、いいの?」
「勿論良くは無い。だがまぁ、今俺に出来る恩返しなんてそれくらいだからな」
装備越しに後頭部をかく仕草をするG3に、メイガスは堪らず噴き出した。何ともまぁ、律儀な事だ。
「ふふふっ!…………そう言う事なら、ありがたく今回はおさらばさせてもらうわ」
「言っておくが、今回だけだぞ。次は見逃せる保証はないからそのつもりでいてくれよ?」
「肝に銘じておくわ。あぁそうそう。言うまでも無い事だろうけど、あの子達の事は宜しくね」
「分かっている。行くならさっさと行け」
「……ありがとう。それじゃ」
〈テレポート、ナーウ〉
G3からの厚意に甘え、メイガスは魔法でその場から消えた。残されたG3は、彼女が消えた場所を見て頭の装備を外し汗を拭いながら笑みを浮かべた。
「魔法使い、か…………また会おう」
G3部隊の隊長は、外した装備を脇に抱えながら彼女が居た場所に向け敬礼をしたのだった。
***
翌日、カフェ・キャスターは何時も通り営業していた。
先日臨時休業してしまった事で、道人なんかに酷く心配をかけてしまい開店早々飛び込んできた彼を宥めるのに少し苦労した。
その後は普通に営業し、何時も通りに決して多くはない客を精一杯持て成した。
そうこうしている内に、時刻は夕方近く。学校帰りにちょこっと寄っていく学生がチラホラやって来るようになった。
その中には、棗と聡美の姿もあった。
「結局、昨日私達を助けてくれたのって誰だったんだろ?」
「誰って……警察のGユニットでしょ?」
他の学生の客同様、学校帰りに立ち寄った2人は紅茶とハーブティーを飲みながら昨日の事について話していた。
「でも私が叩き落された時、助けてくれたのは絶対違ったと思う」
「何で?」
「だってGユニット、鎖なんて使わないじゃない?」
2人の会話に美幸は食器を洗いながら聞き耳を立て、内心で冷や汗を流していた。そう言えばこの2人には詳しい説明を一切していない。状況的に説明をしている暇がなかったと言うのもそうだが、魔法で眠らせたので夢現の事として流してくれないかと期待していたのだ。
しかし思いの外はっきりと覚えていた事に、美幸は口止めを頼むべきかと悩み始めた。
「本当に誰だったんだろ……」
「ん~、それは、多分…………」
ハーブティーを飲みながら、棗が顎に指を当ててチラリと美幸の事を見た。美幸は何も知らないと言いたげにキョトンとした顔を作り首を傾げる。
それを見て、棗は笑みを浮かべた。
「……魔法使いさんじゃない?」
「魔法使いさん? 何それ?」
「私が最初に襲われた時に助けてくれた魔法使いさん。きっとその人がまた私達を助けてくれたのよ。そうに違いないわ」
そう言って棗は美幸に目配せすると、唇に人差し指を当てて聡美に見られないようにウィンクしてみせた。それだけで彼女の考えが伝わり、安堵すると同時に彼女に感謝した。
「魔法使いさん、ねぇ~……」
「多分今も何処かで私達を見守ってくれてるのよ。ううん、私達だけじゃない。もっと沢山の人を助けて笑顔にする為に、人知れず頑張ってくれてるのよ。多分ね」
美幸は先程とは別の意味で焦りを感じた。先程はメイガスの事を黙っていた事をどう処理しようかで悩んでいたが、今度は嬉しさと気恥ずかしさで顔が赤くなるのを抑えるのに必死だった。
「いいな~、棗は。その魔法使いさんに直に会えて」
「聡美もその内会えるよ。案外近くに居るかもしれないし。ね、美幸さん?」
「――――そ、そうね。きっと何処かで見守ってくれてるわ。…………それより2人とも、ケーキがあるんだけど食べる? 私からの奢りでいいから」
これ以上この話題を続けさせては不味いと、美幸は甘味で2人を釣る事にした。すると聡美は純粋に喜び、棗は美幸にしか見えないところでしてやったりな顔をしていた。
「良いんですか! やったぁ!」
「ありがとうございます。美幸さん!」
無邪気に喜ぶ聡美と勝利の美酒を味わう棗。形は違うが平和だからこそ見られる2人の笑顔に、美幸はこんなのもいいかと思うと同時に、棗にはゲート云々ではなく魔女の素質があるのかもしれないと思わずにはいられなかった。
と言う訳で第4話でした。
本当はスフィンクスファントムとのクイズ対決とか、G3部隊vsグール軍団2戦目とかもやりたかったけど、テンポの関係で泣く泣くカットして出来上がりました。
もし次に何か書くとしたら、美幸がお店を構えるまでの話になる予定です。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。