初動捜査は終わり、関係者は呼び出しに応じる事を条件に解放された。
「同じ人を二回も殺した気分はどうですか?」
緑色のセーターに黒色のズボン、一見すると学生に見える風貌と体格だが、髪の先端が白い青年が路地から出てきて話しかけてきた。そう言えば小角邸にいたような──
「稀に魔術回路を多く持ち、質も悪くない一般人が現れる事がある。普通の人生を送れば魔術に関わる事無く一生を終えるが、あなたは武芸に打ち込む過程で、ある種の修験道に通じる魔術──と言っても身体強化などの単純なものだが──を会得してしまった」
彼は荒唐無稽な話を続けた。
「君は一体……何を言ってるんだ?」
気が付くと、周囲から人の気配がしない。夕方だと言うのに、深夜の街中のように静かだ。
「あなたはまず、小角氏の頭を刀で斬りつけた。天井まで届く血痕があった事からも、恐らく致命傷だった。あなたは安心してその後の事──恐らくは窃盗でしょう──に及んだ。あの離れは大きさから言えば二部屋あるはずなのに、もう一部屋への扉は無く、窓すら無かった。一部屋分の大きさの収納庫があったと考えるのが自然だ」
「担保として預かると言われた、我が家の家宝である刀を探していたんだ……断じて窃盗ではない」
この空間に自分と彼しかいないような感覚に陥り、つい口を滑らせてしまった。
「……話を続けます。小角氏の魔術刻印は傷を癒し、刻印を刻んだ者を生かすくらいは出来た。しかし回復しきっていない体をおして、小角氏はタンスにダイイングメッセージを残した。何故なら、
「どう言う事なんだ? 意味が分からない……殺されかけたのに生きていたと言うのなら、逃げれば良いじゃないか」
ひたひたと忍び寄る存在を感じる。悪意や害意を超えた、自身の存在が無くなる恐怖さえ覚えるが、不思議と目の前の青年にはそれを感じない。
「僕の友人が調べてくれました。小角氏は子供が作れない体質だった…世代を重ねて魔術を研鑽する魔術師にとって、それは自身の生き方を否定されるのに等しい。それに加えて自身の家系の魔術刻印が数代前に成長の限界を迎え、後は衰退を待つのみだった。その二つのショックの大きさは推し量れないものだ……そこで小角氏は魔術よりも表社会に目を向け、名を残す事にした」
「それが…私に殺される事と何の関係があるんだ」
「魔術師では無く、一介の古美術商としての死を望むのなら、魔術に関わりなく死ななければならない。一方で、死後自分の築いたものが食い荒らされないためには、魔術的にも保険が必要だ。そのために時計塔とも交流を持ち、東洋の古美術品の中から使える魔術触媒を探しては売り付けていた。珍しい取引相手が死んだら、時計塔は調査すると踏んでいたのだろう。そこで起きた事件の犯人が市井の魔術師なら、何らかの落とし前はつけさせることを見越していたんだ」
「成程…私は逮捕されて裁かれない代わりに、それとは異なる理で報いを受ける訳か……」
吉田氏は自嘲するように呟くと、ウェイバーに向き合った。
「小角氏から、担保の刀は売り払ったと言われた。返済計画の通りに進んでいたはずだったのにだ。最初は家宝とごまかして別の刀を持ってきた。偽物だと分かると、美術品として買い取る事が目的だったと言われた。そんなことを言われたのに、金を工面してくれた恩があるからか、心は穏やかだった。だが電話が入り、借りた金を満足に返せない輩の担保は大事そうに飾っている事が分かると、もう自分を抑えられなかった」
吉田氏は左腰に右手を伸ばし、刀を抜く動作をして見せた。
「以前から刀を鞘から抜き去る時、自分の知覚できる範囲が広がり、体が軽く動くような感覚はあった。小角氏を斬ろうと思った時に、それを最も感じた。一刀の下に斬り捨てて箪笥から鍵を頂戴し、隠し扉を開けて中を探したが、やはり家宝は見当たらなかった。蔵から出ると君の言う通り、死んだはずの小角氏が離れにあった刀を握り、箪笥に何かを刻み付けていた。半狂乱になりながら彼の心臓に刀を突き立て、ふと箪笥を見ると、刀で刻まれていたのは吉田の文字だった。引き出しの配置を入れ替えて、部屋中を刀傷まみれにして、小角氏に利き手と逆に刀を握らせた。そして最後に津久井氏と同じように留守番電話を残した。……やはり悪い事はするものではないな」
その言葉を最後に、吉田氏は
「おや。根性のある一般人かと思ったら……随分と面白いことになってますね。ロード・エルメロイⅡ世? その風貌では、以前のお名前の方がよろしいですか?」
「
ウェイバーは驚きの表情で、向かい合う女性に問いかけた。
踝まで届く長い黒髪に妖艶な容姿、だが眼鏡の奥に見える目は蛇のように冷たく細い。時計塔でかなり目立っていた友禅の振袖は、日本の住宅街であっても同様の異彩を放つ。
「ハートレスの一件で、法政科の権限を私的な調査に使っていた事がバレてしまい…有り体に言えば謹慎を言い渡されてしまって。久しく休みも取っていなかったもので、顔も覚えていない父の故郷でも訪ねてみようかと思ったの。まぁ、秋葉原の支部に顔を出してみたらメルヴィン氏が地元魔術師の事を嗅ぎまわっているわ、その魔術師が急に殺されるわと休みどころでは無くなってしまったけれど」
ウェイバーは元来この女性が苦手だ。いつもなら平気なフリをしてやり過ごす事も出来ただろうが、幼い体に精神が引っ張られたのか、口端の引きつきが隠せなかった。
「深入りする気は無いけど、警察の捜査に任せて良かったのか?」
「構いません。誰かが何かで逮捕された事は多く報じられても、その結末まで報じられる事は稀…この道場主も逮捕された彫刻家も、小角氏が最大の資金援助相手。彼無しには事業も立ち行かない以上、
「この身体の事は聞くなよ。自分でもよく分かって────」
「何度も何度も、ロード・エルメロイⅡ世には若い頃に戻りたい願望でもあるのですか?」
「だ、か、ら! 自分で望んでそうなった訳じゃ無いって言ってるだろ!」
化野より低い身長で吠えても、彼女は頭を撫でる素振りをしながら落ち着いて、などとおどけて見せるだけだった。
「化野先輩! 自分達はそろそろ撤収しますね。では」
会話に割り込んできたのは、スヴィンとそう変わらない年代の少女だ。彼女も化野と同じような東洋系の顔立ちに黒髪だったが、黒の洋装と言う違いはあった。簀巻きにされた吉田氏を慣れた手つきでコントラバスのケースに収め、同じく燕尾服を着た男性達と並んで搬送して行く。
「ありがとう。 ……私と同じノーリッジの養子の一人ですよ。同じ国の出身と言う事もあって多少懐かれてますが」
それにしても、と化野は話を戻した。
「確かに魔術の痕跡はありませんね……メルヴィン氏は何か言ってましたか?」
「魔術刻印には変化無しって事くらいだ……この事、
ウェイバーは頭を下げて懇願したが、返答は拍子抜けするほど単純だった。
「何か勘違いをしているようですが、ここに私がいるのはあくまでプライベート。休暇もとい謹慎期間は二週間なので、この間に私が何を言っても時計塔はリアクションしないでしょう。それに、元に戻った貴方に対して神秘に関係のないこんなトラブルがあった、などと吹聴しても何も利益を生まない……これで宜しいですか?」
驚いた事に、この事態に関して化野は見ないふりをしてくれるらしい。公私の別ははっきりしていると言う事だろうか。
「すまない。恩に着る」
「とは言えロードのその姿は面白いので写真を何枚か撮っても?」
前言撤回。彼女はライネス並に腹黒い存在だ。
「お帰りウェイバー君。来日早々事件に巻き込まれるとは…災難だったのぉ」
散々写真を撮られてやっとの思いでウェイバーが阿笠邸に帰ると、リビングに見知った顔がいた。
「メルヴィン! …さん。何かありましたか?」
この外見差でフランクな口調だと流石に怪しまれる。黒いマスクで吐血を隠しているメルヴィンのためにも、取って付けたような敬語で話す。
「ちょっとね。部屋で話そう」
部屋に入るとメルヴィンは防音のための結界を張った。
「君の体が幼くなると言う現象、きな臭い連中の開発していた薬に類似性があった」
「きな臭い連中か…魔術師以上にそんな存在がいるとは思えないけど」
「コフッ、まぁ違いないね。とは言え、世界各国の有力者を巻き込んで暗殺とかやってるらしいよ。僕のところに事情を聴きに来た刑事がそこら辺の事情にやけに詳しくてね…出所を辿ってみたら
「…なんて?」
ウェイバーは思わず聞き返した。メルヴィンが滞在して欲しいと言った家にいた自称探偵の小学生が、何故この話題に出てくるのだろうか。
「いや、これに関しては僕も驚いた。僕は自他ともに認める人でなしだし、君の難儀する様子を間近で見てみたいけど、これは偶然だ。だから、この件に関しての援助は貸し借り無しで行うよ」
そう言ってメルヴィンは結界を解いてドアを引いた。
「これは…」
「と言う訳で部屋の音に聞き耳立ててたコナン君!
「ウェイバーさんにメルヴィンさん……あんたらは一体?」
驚愕の表情で見上げるコナンにメルヴィンは恰好付けて言った。
「僕達はね…魔術s──おぼぉぉぉぉ!」
メルヴィンのマスクから大量の血が溢れた。
こんな展開で良いのだろうか