本当にすまない
「ロード・エルメロイの滞在先ですか? ……内弟子の貴女になら教えても大丈夫でしょう。メルヴィン様はお話に夢中になっておられるようですし」
屈強な従者はあっさりと答えてくれた。師匠が聞いていたら即座に、二世を付けて頂きたい、と訂正を求めるだろうなと思いながら、拙はホテルの屋上で開かれているバーから離れた。そして一度部屋に戻って、役立ちそうな物をバックに詰めてからホテルを出た。歩いて十数分で着くと言われたが、今は時が惜しい。信号待ちで思わず足踏みしていると、手元から声が聞こえた。
「グレイ、あの痩せぎす狐の荷物から漁った首飾り、使えるんじゃないか?」
傍らに抱えた檻に収められた、魔術礼装のアッドがアドバイスをしてきた。この自我を持つ礼装との付き合いは長い。ちょっぴり余計な事も言うけれど、拙にとっては友人とも言える存在だ。そのアドバイスに従って、拙は踵を返して雑居ビルが立ち並ぶ路地に向かった。
持ち出してきた礼装の中には、人避けの効果を表す
拙はお守りを首から下げ、身体強化の魔術を施すと、雑居ビルの壁面にある雨樋や室外機を足場にして一気に屋上へと到達した。
「そうだねアッド。建物の上を走ったら、信号待ちをする必要は無いよね」
「イッヒヒヒ……あんまり速く動きすぎて、壁ぶち抜くなよ?」
アッドの言葉に頷き、隣のビルに移動するための助走を始める。転落防止用に設置されている手すりの高さは一メートル、手前で踏み切って手すりで斜め上にジャンプすれば隣のビルには余裕をもって渡れるだろう。
一歩、二歩と歩を進めて加速する。そしてそのまま片足で踏み切って───拙の体は浮遊感に包まれた。
マントがはためく音が耳にうるさい。目前には隣のビルの屋上が迫っている。体勢を崩さないように気を付けながら片足で着地、そのまま次の着地点を見つけて助走に移る。これなら数分で師匠の下に到着できるはずだ。
「……そうやって屋根伝いにここまで来たのかい? レディ」
「ええと、阿笠氏の家を訪ねたら少女が応対してくれて……そうしたら師匠は出かけていると言う事なので大まかな場所を聞いて……はい、そうです」
拙はこれまでの経緯を師匠に説明していた。久しぶりに聴いた師匠の声はなんだかいつもより甲高くて、なんだかいつもより近い位置から聞こえて、なんだかいつもより背も低くて髪も短くて、何と言うか────。
「説明をしなかった
「師匠!」
思わず抱きついてしまった。師匠は若返って小さくなった体で、なんとか拙を受け止めてくれた。
「……そうだな。すまなかった、グレイ……また個人的な感情で君を一人きりにしてしまった」
師匠は謝罪の言葉を述べたが、それよりも拙が気になるのは激変してしまったその外見だ。メルヴィン氏の説明に何の誇張も無かったことにも驚いている。そう言えば傍らには眼鏡をかけた幼い子供がいるが、彼は一体何者なのだろう。
「その、姿は……」
「やはり気になるよな……メルヴィンが説明してくれただろ? その通りだよ。正直、こんな姿になった事は隠しておきたかった。それに、解決する手段が見つかったから君を呼んだと言う訳でも無いし」
以前ライネスさんと話をしていた時に、若い頃────ロード・エルメロイの名代を任された頃────の師匠の写真を見せてもらった事がある。眉間に刻まれた深い皺も、厳めしい表情もしていなかったし、それどころか身長は拙と同じくらいだった。
『以前の義兄上は可愛いだろう? まぁ今の背が伸びた義兄上にも趣があるのだけれどね。苦々しい表情のバリエーションも増えたし』
ライネスさんが意地悪な笑みを浮かべながら述べた言葉が、眼前にいる師匠を的確に表していると拙は思った。
つまり、可愛い。
「……それで、師匠。この廃墟に何かあるんですか?」
「魔術使いの工房の可能性が高い。そして、このコナン君の友人二人がここで行方不明になった。彼は魔術に関しては門外漢だけど
簡潔な説明を聞く限り、師匠は姿が変わってもそれを打開しようと動いていたようだ。子供にしか見えないが、同じ被害に遭ったのなら実際の姿は青年であろう協力者も見つけている。解決できるまで隠しておきたかったのも、やせ我慢では無かったのだろう。
「ねぇウェイバーさん。この人がさっき言ってたお弟子さんなの?」
コナンは屋根伝いに来たと言う少女に目を向けながら尋ねた。体格から見ると中高生くらいの年齢だろうか、フード付きのマントのようなものを被っていて顔を隠しているが、見える部分だけでも整った顔立ちをしている事が分かる。髪は銀色で、服装だけでなく全体的にモノトーンな印象だ。
「そうだよ。彼女はグレイ……僕の内弟子だ。申し訳ないが僕は荒事に関してはからっきしだからな……彼女には何度も助けられた」
ウェイバーの答える声には確かな信頼が感じられた。実際には一回り近く年の離れた少女を頼る構図なのだろうが、自分も
「そうなんだ…よろしくね、グレイさん」
「はい……よろしくお願いします。ええと、コナンさん?」
日本人の外見に外国人作家の名前というギャップが疑問なのか、グレイと名乗る少女は語尾が怪しかった。
「それでは行こうか……と、そうだグレイ。僕のバッグの中にあった眼鏡は持ってきたかい?」
「はい……以前使った魔眼殺しの眼鏡ですよね」
グレイは懐から一見何の変哲もない眼鏡を取り出した。
「コナン君、不格好だろうがこの眼鏡をかけておいてくれ……廃墟に入って早々暗示をかけられて、動き回られたりしたらミイラ取りがミイラだ」
ウェイバーから受け取ったのは度の入っていない伊達メガネだった。大人用のものなので、犯人追跡メガネの上からかけるだけの余裕はあった。
「できるだけ固まって動こう……グレイ、こっちの壁に穴が開いてるんだ。僕らでもしゃがめば通り抜けられる」
敷地内に入って改めて見た廃墟の洋館は、正面の大きなドアの他には勝手口などは見当たらなかった。
「周りを塀で囲まれていたからよく分からなかったけど、入口が一つだけって不便そうだよね。医院をやっていたはずなのに」
コナンの言葉にグレイも同調していた。実際の年齢で考えれば二人の年代が近いためか、グレイも初対面の相手にしては緊張を見せていなかった。
「勝手口や家族用の別ドアがあっても、おかしくないですね」
「地下からの出入り口とかがあるのかもしれないな……よし、ドアを開ける。コナン君は念のため視線を外しておいて」
内開きのドアは軋んだ音を立てながら開いた。夕日が差し込んで赤く朱く見える室内。白いタイル張りの床も動物の体内のように見えてしまう。
「廃墟に工房を作ったのかと思っていたが……建物自体が工房として作られているな。グレイ、
「はい、大丈夫です」
「ねぇウェイバーさん、ここって動物病院だったみたいだよ?」
看板を検めていたコナンの何気ない一言に、ウェイバーの肝は少しばかり冷やされた。
お盆休みに月姫リメイクを受けてしまってな……戦闘シーンもう少し推敲する時間下さい。
感想お待ちしてます。
因みにグレイとウェイバーは身長3センチ差なので、殆ど同じ目線で会話してる事になります。
いつも頭上から彼の声を聞いていた彼女にとって、新鮮な経験だと思われます。