迷宮無しの魔術の破壊者   作:C₆H₁₂O₆

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利休さんには申し訳ないけど抹茶ラテ大好きです。
最近「書きたいシーンをとりあえず書いておいて後で整理する」と言う書き方がある事を知りました。


廃墟屋敷殺人事件 その6

「おや…また誰かが屋敷に入ってきたわね」

 呟く声があった。蝋燭しか光源の無い薄暗い室内では、火の揺れ動きがあらゆる物に不気味な陰影を与えていた。腰まで届く長髪は白く、ろくに手入れをしていない。服装も黒いワンピースで、どこか古ぼけた印象を与える風貌の女だ。

「────!」

 背後から別の声が聞こえる。いや、言葉では無くただの叫び声だ。

「食べなかったのね、折角用意してあげたのに…」

 白髪の老女は声の主に優しげに語りかけた。

 叫び声を止めて老女に言葉を投げかけたのは、長い髪と無精髭を生やした青年だ。

「────母さん……もう止そう。怯えて暮らすのは、嫌だ」

「うなされていたのね…かわいそうに。でもね、早く忘れなさい…いくらお前が苦しんでも、死んだ人は帰ってこないのだから」

 それに、と母と呼ばれた老女は続けた。

「そんな段階はもうとっくに過ぎているのよ……昭雄(あきお)

 

 

 廃墟に足を踏み入れたウェイバー達だったが、迎撃には遭遇しなかった。外観からは分からなかったが屋敷には中庭があり、それに面する壁には大きなガラス窓が等間隔で据え付けられていて、階段で登れる最上階、三階の廊下では照明が無くても十分な明るさがあった。

「外から見た時にも思ったけど……工房なのに結界が発動していないな」

「隠蔽の結界ですね。こんな住宅街にあるのに……」

 内部の異変を外部に漏らさない作用を持つ結界。そのようなものを神秘の秘匿のために用いるのはポピュラーだ。現代魔術科のある学園都市、スラーでも認識阻害の結界を使用して一般人の侵入を防いでいる。

「結界とかは分からないけどさぁ…外観の割にはきれいだよね。誰かが手入れしてるみたい」

 コナンの指摘にウェイバーは頷く。人気が無く手入れのされていない建物は、室内もカビの発生や埃の堆積などがあって当然だ。

「廃墟であって廃墟でない、か。コナン君、ここが廃墟になった経緯は分かるかい? 何か事件や事故があったとか」

「ごめん、何かあったような気はするんだけど…思い出せないや」

 ギィ、と何かが軋む音がした。音につられて振り返ると、風でドアが動いていた。

「部屋に鍵がかかっていないのか?」

 果たして扉が半開きだった部屋は、寝室だった。一か所だけ開いた鎧戸から届く夕日で天蓋付きの白いベッドは朱色に染まり、あらゆる物の影が斜めに引き延ばされる。

「窓が開いてるのに、部屋の調度品は一つも動いたり倒れたりしているように見えない……誰かが住んでるって事だね。ん? これは……」

「どうしたんですか、コナンさん」

 グレイに聞かれたコナンは、 ベッドの脇のローテーブルに置いてあった写真立てを取った。そこには強面で禿頭の男と、その前に座る上品な風貌の女性、そして禿頭の男の脇に立つ青年の三人が映った写真が入っていた。青年の風貌はどことなく女性に似ていた。

「家族写真……みたいですね」

「あれ? この写真どこかで見た気が…そうか!」

 コナンは電話を誰かにかけていた。一方ウェイバーは、机の引き出しを開けていたが、中には何も入っていなかった。

「収穫なし、か」

「ウェイバーさん、思い出したよ」

 コナンはこの屋敷が廃墟となったきっかけとなる事件を二人に話した。

「五年前に父親の血痕を残して一家失踪……師匠、拙には無関係な話とは思えないです」

 グレイの意見には、魔術師が関わるなら人を消すことは容易だろうと言う意を含んでいた。

「……不確かなうちに考えを固めるのは、視野を狭める事になる。他の部屋も見てみよう」

 一つ下の階の鍵が開いている部屋は、書斎だった。もっとも、本棚は殆ど空いていたが。

「ここの机は随分立派だな……屋敷の当主のものか?」

 身構える事無く机の引き出しを開けたウェイバーは、一つの冊子を見つけた。

「これは……そうか、そういう事だったのか!」

 

「────おや、皆様お揃いですか」

 老いた女の声が、ドアの外から聞こえた。

「師匠」

「お出ましか。コナン君、少し荒っぽい事になるかもしれない。離れないでくれよ」

 コナンの頷きを確認すると、ウェイバーとグレイは廊下に出た。

「貴方達は……魔術師、でしょう?」

 長い白髪の老女は黒いワンピースを着ていた。髪に隠れて目線は覗えないが、モノクロームな色合いはどこか古ぼけた印象を与える。

「だとしたら、何だというんだ?」

 老女は不敵にほほ笑むだけだった。

「■■■■■■■■────!!」

 下から唸り声が聞こえた。その途端、床が真下から突き破られた。

 狼の遠吠えのようにも聞こたその声の主は、二メートル以上の背丈を持つ()()()だった。

 体全体が長く黒ずんだ体毛で覆われているが、それは人のように直立していた。人としての比率から逸脱したしなやかな脚と太い腕、どちらにも鋭い爪の生えた五本の指を持ち、突き出された大きい口には刃のような鋭い牙、頭頂にある耳や落ち窪んだ眼窩は、まさしく人狼(ウェアウルフ)の特徴を示していた。

「獣性魔術か? いや、これは───」

 ウェイバーが言い淀んだ。

「(スヴィンの綺麗な毛並みとは違う……)」

 グレイは直感で感じ取った。

 確かに人狼の姿は、エルメロイ教室の一員であるスヴィン・グラシュエートが自身の獣性魔術で変身した姿に酷似していた。しかし何か根本的な所で彼の魔術とは異なるようだった。

「■■■■■■■■────!!」

 ウェイバーの目で追えないほどの速さで人狼が動いた。唸り声だけが近くで聞こえて────

「アッド!」

「おうさ!」

 グレイだけがその速さに対応して、傍らに持っていた奇妙な匣(アッド)を大鎌に変えて人狼の鋭い一撃を受け止めた。

『グレイ! こいつ()()()()()!』 

 獣性魔術とは、獣の持つ神秘を取り込む魔術だ。その中でもスヴィンの扱う魔術は、とある秘法で自らの内側から絶大な獣性を引き出し、魔力を纏うことによって疑似的に獣のような能力を得るものだ。強化の魔術とは段違いの身体能力や五感の鋭さは、戦闘慣れしている魔術師ですら容易に倒す。魔力を纏うというのは言葉通りの意味で、彼がその姿になる時には体が変質したり質量が増加したりしている訳では無く、異常な密度の魔力が彼の周囲を覆い、幻狼の姿を見せているのだ。

『なんだぁ? こいつ魔力と自分の肉体が曖昧だぞ』

「それなら!」

 アッドの変化した大鎌、死神の鎌(グリム・リーパー)には周囲の霊体や魔力を吸収して、使用者の身体能力を向上させる機能がある。霊墓アルビオンでの戦闘以降、今まで銀一色だった髪に金髪が一房生えたり、魔力の生成量が増えたり────師匠曰く彼の王に外見だけでなく内面も近づいているらしい────した拙にとって、アッドの助力があれば人狼の力と拮抗するのはそれほど難しい事ではない。例え倍以上の体格差があったとしてもだ。

「師匠達は下がっていてください!」

 人狼の鋭い爪を受けていた刃先をずらすと、返す動きで拮抗状態から解放されてバランスを崩した人狼の腕に柄を打ち付けようとした。人狼はそれを躱して素早く後退したが、今度はこちらから距離を詰める。

「アッド、第一段階応用限定解除!」

『よしきた!』

 アッドは大鎌から大槌へと姿を変えた。魔力で肉体を変質させているのなら、広い面積を打突する事で効率的に魔力を吸収して無力化できるはずだ。

「■■■■■■■■────!!」

 人狼は唸り声を上げ、右腕で払いのけようとした。しかしその攻撃は地面を滑るように移動する事で回避し、無防備な人狼の脚に大槌を当てる。爪と同様に人狼の体も頑強かと思われたが、腐肉のように抵抗を殆ど感じることなく振り抜けてしまい、反動で体勢が崩れそうになった。とっさに大槌の打突面の反対側からの魔力放出で体勢を立て直すと、衝撃を感じた人狼が足元に顔を向けた瞬間を狙って、さらに顔面に下から追撃を加える。

 打ち上げられた人狼は、そのまま破壊された床の向こうに立つ老女の傍らに放物線を描いて落下した。

 

「……どうして?」

 老女が呟く。感情が抜け落ちたその声は、目の前で起きている事態を受け止められないと言う心情を吐露するものだった。

「どうしてよ? おかしいじゃない、こんなの! 私の息子がこんなに頑張ってくれたのに、なんで貴女みたいな子供に────」

「それは貴女が()()()()()()()()()()()()だ」

 喚く老女にウェイバーが言い放った。

「獣性魔術の中に、犬神という魔術がある。怨念を増した犬の霊を用いているとされるが、実際にはネズミほどの大きさの「犬神」を多数使役して呪いを送ったり、それらと感覚を共有したりするらしい。犬神の実態からすると、狐憑きからの分派、ないしは代替的な魔術の形式とも考えられているが────ともかく、術者がそんな姿に変貌するのは明らかに犬神以外の要素がある」

 邸宅の中を探索していた際にウェイバーが気づいたのは、犬神に関する文書だった。術式に関係する内容の文書が廃棄も隠匿もされずに捨て置かれてる状況から、ウェイバーは自身の推論が間違いだったと悟った。

ホワイダニット(どうしてやったか)だ。短期間にこの周辺で多数のペットが姿を消した。この廃墟屋敷に居ついた魔術師が魔術の材料にするためにさらったのだろうか? その可能性はあるだろう。ただ、合理的じゃない」

 元々は動物病院だったと言うこの廃墟……それが活動していた頃なら、スタッフを洗脳するなり成り代わるなりすれば、動物を怪しまれずに確保できたはずだ。

「この屋敷、五年前に一家失踪したってニュースになったんだよね。現場には血痕もあって、警察が捜索したけど遺体や一家の発見には至らなかったとか」

 声を上げたのはコナンだ。多少の荒事はあるかもとは事前に聞いていたが、流石に想像の範疇を超えていた。とは言え、この廃墟が幽霊屋敷と呼ばれるようになった原因、それは怪奇現象でもなんでも無い、純然たる事件だ。

「この屋敷には獣医の父、その助手の妻、大学生の息子の三人家族が暮らしていたんだって。血痕は父親のもので…」

「■■■■■■■■────!!」

 突如起き上がった人狼が、目にもとまらぬ速度でまた突進を仕掛けてきた。グレイが大槌を振るおうとするが、人狼は器用にも大槌の柄を掴むと、そのままグレイと共に壁を突き破って中庭に落ちて行った。

「グレイ!」

「大丈夫です! 師匠はその女性を!」

 

 ウェイバーが振り返ると、老女はコナンの言葉に激高していた。

「あの人の事なんかどうでもいいわ! 魔術なんて知りたくも無かった! でもね、あの子が凄い才能を持っているなら、それを活かしてあげないといけないでしょう?」

「やっぱり。あなたは失踪した家族の母親なんだね。そして、突拍子も無い事だけど…狼みたいな姿をしているのが息子さんだったんだ」

 魔術師が表舞台から姿を消す事は珍しく無い。とは言え、後釜に座る存在や後継者を示す事も無く、ただ工房を残して消えるとなると、暗殺や一派での内紛による自滅が濃厚だ。老女の口から取り留めもなく語られたのは、後者だった。おそらく彼女は体質や血筋を見初められて、魔術師の妻となったのだろう。息子だけが夫を繋ぎ止めてくれると盲信していた果てに事件が起きたのだ。

「でもね、後悔はしていないの。昭雄を地下に閉じ込めてしまったけれど…あの子は確かに、我が家の魔術を使いこなしているわ! ほら見て!!」

 周囲の壁ごと破壊された中庭に面する窓からは、人狼が周囲の壁を地面のように自在に跳び回って立体的な攻撃をグレイに加えているのが見えた。

「魔術師だろうが誰だろーが、アンタは犯人隠匿とペットをの誘拐、器物損壊、そしてオレの友人を監禁した犯罪者だよ」

 コナンが冷酷さすら感じる口調で老女を断じた。俯き押し黙る老女にウェイバーが言葉を繋げる。

「せっかく事の顛末を話してくれたんだ。魔術師ではない一般人の貴女には、このまま自首する事をお勧めするよ」

「こ…このガキ共め!」

 老女が懐からナイフを取り出してウェイバー達に向かってきた。

「コナン君! 目を瞑ってて!」

 ウェイバーがジャケットの内ポケットから葉巻を取り出した。小型の魔術礼装でもあるこれは、一般人を無力化出来る程度の攻撃も行える代物だった。

「地下のガキ諸共死───ふにゃ…」

 だが葉巻に火を付けるよりも早く、老女が倒れ込んだ。振り返ると、コナンが腕時計を構えていた。開けられている上蓋は標準機のようで、何かを発射したような姿勢だった。ウェイバーがじっと見ていると、コナンは頭をかきながら、バツが悪そうに愛想笑いを浮かべた。

「一般人なら…博士の腕時計型麻酔銃は普通に効くかなと思って…」

「麻酔銃だって? 阿笠博士ってこんなものを作っているのか」

 老女は今までの狂乱が嘘のように、静かに眠っている。

「それよりもウェイバーさん、さっきこの人が言ってたよね。『地下のガキ諸共』って…」

「確かに言っていた……あんな狂乱していて嘘を言えるとは思えない。だけど……」

 ウェイバーの眼前には人狼が飛び出して来た穴がある。地下に手早く行くには、底の見えないこの穴を降りるしか無いだろう。

「これにつかまって、ウェイバーさん」

 コナンはリュックからX型のサスペンダーを取り出すと、金具をかみ合わせて両端に輪を二つ作った。吊り紐が交差する箇所にあるボタンを押すと、驚くべきことにベルトが伸びた。片方の輪を人狼が破壊した壁から見える柱に括り付け、思いきり揺らしても抜けない事を確認する。

「これも博士が?」

「そうだよ。伸縮サスペンダーって言うんだ」

「本当にあの人の専門分野は一体何なんだ……?」

 ウェイバーはもう片方の端の輪に足を乗せてコナンを抱きかかえながら、穴を降下していった。

 

 

 周囲を壁に囲まれた中庭という、人狼に極めて有利な場所に運び出されたグレイは、それでもなお人狼の壁を使った立体的な攻撃をいなし、逸らし、避け続けていた。

 アッドの形態は、振りが大きく隙を生じさせる大槌から鉤槍に変えていた。これなら動きが読まれ辛いはずだ。

『まだ動くのかよ! 結構吸い取ったけどな!』

 あちらの爪とこちらの槍が交差する刹那、魔力を奪っていたアッドが愚痴を漏らす。

 動きの速さは落ちていないが、人狼の身体は崩れつつあった。攻撃と移動の要である腕と脚のカタチを維持しているのがやっと、という状況に見えた。

「でも、魔力の吸収は効いてる」

『もう一押しって所か?』

「■■■■■■■■────!!」

 人狼の攻撃は更に大振りになった。確かに早いが、その軌道はすでに見慣れている。鉤槍で爪をいなし、返す動きで黒い腐肉を貫き魔力を吸収する。それを十数度繰り返すうち、気づけば人狼は壁に登らなくなっていた。こちらから距離をとった人狼を改めて見ると、腕以外は人と殆ど変わらない姿となっていた。人狼に姿を変えていたのは、ボサボサの髪に無精髭を生やした青年だった。目は虚ろで、魔術を正気で行使しているとは思えない。

「■ろ■■く■■い────」

 今まで叫び声をあげるだけだった人狼が言葉を発した。だが、他人に何かを伝えるための言葉ではない。

『コイツ……うわ言を言ってるぞ』

()()()()()()()()────」

 はっきりと彼の声が聞こえた瞬間、腐肉が青年の顔を覆う。もはや狼の顔にすらなれず、元々の顔に薄く張り付いた腐肉は、同じ口から別の言葉を吐き出した。

「われらのじゅつを────」

 その言葉には言いようのない憎しみと、同時に空虚な響きがあった。

「やはり()()()()()()()()()。貴方の忍耐には敬意を表するよ」

「師匠!?」

 どこからともなくウェイバーの声が聞こえた。その声と同時に、廃虚が結界に包まれた。

 

 結界が発動する十数分前、人狼の開けた穴を降りたコナンとウェイバーは、地下室に到達した。地下室に照明の類は無かったが、コナンの持っていたライトで周囲を照らす。正式な入口らしきドアもあったが、それよりも興味を引くものが眼前にある。

「ここが工房ってところ?」

「そうだろうが、これは……檻だ」

 視線の先には曲げられたり折られたりした細長い鉄柱が散乱していた。

「何を入れていたか…って言うまでもないよね」

「ああ。魔術的な効果はもう無くなっているけど、使役している魔物を外に出さないための檻だったんだろう……おそらく術者でさえも」

 地下室をさらに進む。両側の壁には大型のケージが整然と積まれていて、微かに獣の匂いがした。

「術者でさえも?」

「ああ……だがそれは結果として幸運だった。ほら、彼が忍耐をした過程と結果だ」

 地下室の最奥、そこには一際大きな檻があった。その中には机と、数十もの薬品瓶と試験管。壁には一面、殴り書きされたコピー用紙が何枚も重ねて貼り付けられていた。そしてその目前には、犬が数頭と寝息を立てて眠る子供が二人いた。

「歩美! 元太! おい、無事か!?」

「魔術で眠らされているんだろう、早く運び出そう」

 元太を背負いながらウェイバーはコナンに話しかけた。

「僕が書斎で見つけた冊子、それは日記のようなものだった。この家の当主は没落していく自分の家系の魔術の復権として、犬神の原典とされる存在を目指そうとしていたんだ」

「原典って?」

「まぁ元ネタみたいなものだと思ってくれ。犬神の原典は鵺である、と言う説がある。鵺の顔は猿、手足と体は犬、尾は蛇のキメラとされる。それを使役、ないしは作り出せれば……なんてことが書いてあった」

「そんな事できるの?」

「難しいだろうね。それに、そのための工程として息子を()()として使うと書いてあった」

「じゃあ…あのお婆さんは、人体実験の結果であんな姿になった息子を────?」

「さて、と。コナン君、運び終わったら外に避難していてくれ。ここからは本当に魔術のぶつかり合いだ」

 伸縮サスペンダーを使って一階に歩美と元太を運ぶと、そのまま来た道を引き返して抜け穴に二人を押し込んだ。

「ウェイバーさん…大丈夫だよね?」

 不安そうに尋ねるコナンにウェイバーは笑顔で答えた。

「弟子の頑張りに応えない訳にはいかないだろ?」

 ウェイバーは地下室に舞い戻った。コナンの推理は合理的だが、恐らく違う。血痕が残るほどの突発的な行為だったと言う事は、息子が父親を殺したのだろうし────父親も息子に憑りついているのだろう。冊子の中盤、息子を材料として使う結論が出る以前は、自身の魔術特性についての恨み言が綴られていた。使い魔に意識の一部を共有させることが出来るが、彼の目指した鵺には全く意味が無い。その一方で、魔術への脅威が薄い息子の特性は変化だった────。

「やはり、この殴り書きは憑依を解くための策か……。動物を犬神にすることを限界まで抑え、使役する犬神一つ一つと屋敷との魔術経路(パス)を繋ぎ、屋敷に関係する魔術が発動した途端、犬神の魔力を大量に消費させる。全く、この部屋に到達できる魔術師なんてそうそういないだろうに」

 ウェイバーは工房に魔力を流し、屋敷を包む結界の発動を始める。その途中、コナンの友人たちが瞬時に姿を消した理由を理解した。

「全く、魔力で作る落とし穴とはな……。隠し扉とか考えていたのが馬鹿らしく思えるよ」

 

「グレイ、彼はその肉体に憑りついた父親の意識と戦っているんだ。今の結界で彼に纏わりつく犬神の量も少なくなったはずだ……決着を付けよう」

 ウェイバーの説明は、正反対の言葉を吐く目の前の存在を簡潔に示していた。

「ころしてください────」

「君、聞こえているか分からないが……とりあえず言っておくぞ。君ごと殺してしまう事も可能だろうが、残された母親はほぼ確実に時計塔の取り調べを受けるだろう。魔術との関りの薄い人間だと言う事が分かれば口封じされていしまうかもしれないぞ。君はあの母親の行動を甘んじて受け入れていたようだが……それでも良いのか?」

 結界で防音された空間に師匠の声が響く。

ころしてください(われらのじゅつを)────」

 人狼は二つの声を上げ、後退した。青年の目には、光が戻っていた。

「ごめん、父さん……もっとちゃんと、殺しておくべきだったんだ……」

 青年は腐肉を右腕に集めて突進してきた。

「腕の一本くらい構いません! どうか!」

 青年の声には覚悟があった。それを正面から見据えたグレイは、アッドを構えて呪文を囁く。

Gray(暗くて)……Rave(浮かれて)……Crave(望んで)……Deprave(堕落させて)……」

 今までの吸収とは異なる、周囲一帯を巻き込む大源(マナ)の吸収。屋敷の各所に隠れ潜んでいた犬神もまとめて吸収される。

Grave(刻んで)……me(私に)……Grave(墓を掘ろう)……、for you(あなたに)……」

 呪文と共に、今まで飄々とした口調のアッドも無機質な声音を響かせる。

『疑似人格停止。魔力の吸収率、規定値を突破。第二段階限定解除を開始』

 途端、アッドが急激な変形を遂げる。今までの細身の鉤槍から重厚長大な馬上槍(ランス)へと。

()()()()

 『槍』から魔力が溢れる。集中した魔力の発散は、遠い場所では光の粒に見え、至近距離では熱さすら感じる。『槍』を振り上げて青年の右腕を切る。切り上げられた腕の腐肉には猿のような、あの写真で見た父親のような顔が浮き出ていた。

 神代の神秘を内包する武器、アーサー王伝説の最後を飾る槍、彼の王のもう一つの宝具。その真名をグレイは口にする。

最果てにて(ロンゴ)────輝ける槍(ミニアド)────!」

 圧倒的なまでの閃光が、空へと一直線に駆け上がる。腐肉は抵抗もままならずに消え失せ、主を本当の意味で失った屋敷は、その衝撃の余波で崩壊を始めた。




何かいつもより書いてるなとは思いつつも、分割するところが分からなくなりました。

ようやくグレイが戦闘しましたよ!

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