迷宮無しの魔術の破壊者   作:C₆H₁₂O₆

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ギリギリ投稿とか言ってたら前書き後書き書いてる途中で月を跨いでしまった阿呆が自分です。


File4
特急六連星 その1


 エルメロイII世が廃墟屋敷でグレイと共に死闘を繰り広げてた頃である。

 イースター休みのロンドンでは、そんな事は全く知らない私───ライネス・エルメロイ・アーチゾルデ───が時計塔を訪れていた。義兄の執務室から課題の参考になりそうな論文をいくつか借りるためである。

「あれ? ライネスちゃんだ。そう言えば先生に伝え忘れていたんだけど、お土産としてマンガを何冊か欲しいなぁって」

「黙っていろフラット。姫様、お久しぶりです」

 部屋の主が不在であるのは承知の上なのでノックもしないで部屋に入ると、見知った顔の少年が二人いた。

 気さくに質問をしてきたのは、フラット・エスカルドス。短い金髪に青い瞳、外見だけで言えば良家の子息だが、無邪気な表情が年齢よりも幼さを感じさせる。実際に自由な性格が災いして実力がありながらエルメロイ教室の古参にして未だに教室に居座っているとんでもない人物だ。

 そしてフラットを窘めたのは、彼と同じくらいの年頃の少年、スヴィン・グラシュエートだ。短くカールした金髪に物憂げな表情、目の覚めるような顔立ちにギリシャの石像のように奇跡的な造形をした体躯。楽天的なフラットとは対照的に真面目で礼儀正しい性格だが、獣性魔術の影響で他人を臭いで識別する習性があり、フラットと並んで能力的にも破天荒さでもエルメロイ教室の双璧を成していた。時計塔で最年少の典位(プライド)に就任し、現在では主に他学部の講義に出席してエルメロイ教室に顔を出すことは少なくなっていた。

「おや、先客がいたとは。参考論文を探しているって所かな? まぁ私もそうなんだが」

「えへへ……ル・シアン君はこの部屋の鍵を持っていますからね。鍵貸してって言ったら心配してついてきてくれたたんですよ!」

ル・シアン()って言うな! 何度言えば分かる、僕の名前はスヴィン・グラシュエートだ! 鍵だけ貸したらお前が適当に魔導書や論文を選んで何かやらかす、なんてことは想像に難くないからな。エルメロイ教室の最古参として、論文課題なら多少アドバイスはできる」

「えーそんなに俺に信頼無いの? 論文だっていっつも先生はきちんと評価してくれるよ?」

「言わないでおこうと思ってたけどな……先生の助手として査読の手伝いでお前の論文読まされる事があるんだ! そ! れ! に! きちんと評価されてたら()()()なんて指示されてないだろうが」

 びしい、と音が聞こえるくらいフラットに人差し指を突き付けたスヴィン。その指からは北欧の魔術の一種であるガンドのように、呪いが無意識に照射されている。対してフラットはその呪いを意に介さない。強靭な魔術回路はその程度の呪いは無効とするのだ。

 側から見れば男子学生の他愛もないじゃれ合いのようで見世物としては面白い。ただ、スラーでもないのに執務室の扉を開けて魔術の撃ちあいは体面が悪いので即刻やめて欲しい所だ。

 

「おや、声が聞こえると思って来てみれば……エルメロイ教室の姫に双璧じゃあないか。イースター休みなのにわざわざ時計塔に出向くとは感心だ」

 水銀メイドのトリムマウを使って二人ともぶちのめそうと思い立った私の背後から朗らかな声が聞こえた。

 振り返ったライネスの目前には、皺だらけでありながら生命力に溢れた顔の老女がいた。

「ロード・バリュエレータ……お久しぶりです」

 イラノイ・バリュエレータ・アトルホルム。義兄と同じく科の一つを束ねる学部長であり、義兄とは異なり時計塔三大貴族の君主(ロード)。そして、我々貴族主義派閥とは対立関係にある民主主義派閥の重鎮。彼女が管理している創造科では、才能さえあれば取り入れる民主主義派閥の考えの下、講義が派閥に関係なく公開されている事もあり、エルメロイ教室程では無いが様々な人物が出入りしていると聞く。

「失礼しました、ロード・バリュエレータ。ここまで騒ぐつもりは無かったのですが……」

 スヴィンが姿勢を正して謝罪した。

「構わんさ。オレが学生の頃はもっと───いや、そうやって過去を振り返っても多少は脚色してしまっているか」

 それはさておき、とバリュエレータは私に顔を向けた。

「ライネス嬢、少し茶会に付き合ってくれないか? 何、そこまで形式張ったものじゃない……チャイナタウンで新しく開いたタピオカティーの店に行きたいんだ。新しい物好きを自負するオレだが、若者ばかりとなると少々恥ずかしくてな」

「……なるほど」

 どう考えてもサシで話したいのが本命だ。あんな砂糖で煮立てた植物由来のデンプン質の球体を、更に砂糖を大量投入した緑茶(Matcha)に入れた飲料を飲みたいだなんて、年寄りの冷や水としか言えない。

 とは言え安易に断るのも考え物だ。フランクな印象が強いバリュエレータだが、君主としての冷徹さや政治力を併せ持っている。寧ろ朽ちかけの木乃伊のような存在を相手にするよりも厄介だ。

「ライネス様?」

 トリムの声で思考の沼から引き戻される。

「行きましょう、ロードの誘いを拒否するような理由は持っていませんので」

 

 

 時計塔から歩いて十数分、ジェラードストリートにあるチャイナタウンの路地裏にバリュエレータの目当ての店があった。立地はそれほど良い訳では無いが、目新しさからか行列が出来ていた。

「おや、店内座席が少ないな。それに持ち帰りで飲み歩いている人ばかりだ」

「……ご存知とは思いますが、ああやって店のロゴ入りのカップを持ち歩いてくれるのが無料の宣伝になってるんです」

 血縁関係が無さそうな老女と少女とメイド、なんて組み合わせを目の前にしても店員は定型の対応を崩さなかった。私は店の一番人気らしいタピオカ抹茶ラテを、バリュエレータはタピオカ焙じ茶ラテを頼んだ。

「やはりとてつもなく甘いですね」

 太いストローから一気に口の中に流れ込む抹茶とタピオカとクリームを味わいながら、簡潔に味の評価を述べる。バリュエレータは一度飲んだ後にしげしげとカップを横から覗いていた。

「あぁ。タピオカと言うと、オレはもっと粒の小さいものを想像していたが……これじゃまるでカエルの───」

 私は慌てて咳払いをした。確かにそう見えなくもないが、そんな事を言われたら飲む気が失せてしまう。

「……これは失敬。だが、オレ達の声は偽装済みだから他の客には伝わらんさ」

 見ると彼女は腰に提げている袋からほんの一摘み砂を取り出していた。やはり茶会と言うのは誘う表向きの理由だったようだ。

「それで、本題は何ですか?」

()()()()()()()()()()の一件だよ。彼が間接的に関係している」

 彼女の口から出てきた人物は、先代の現代魔術科学部長の名だった。我が義兄とは因縁を持って対立し、ついにその計略を義兄に打破された存在。

「彼は時計塔の地下で死体として確認されたでしょう。今更誰かが英雄視しているとでも?」

「違うさ。我々の恥を晒す事になるが……スポンサーの問題だ。ハートレスの策に賛同した者達の多くは時計塔の中で軽視されていた。冠位決議の中だけで話を収めたとしても、賛同者だったと知られれば当然周囲からの視線は厳しくなる。それで少なくない数の魔術師が資金的な援助を外部の企業に求めたんだ」

「それは……今更でしょう。TV番組に出演している魔術師だっているんです、派閥を組んで互助的な金策だけをしている時代ではありませんよ」

「そうだな。だが……その企業が一社だけだとしたら?」

「……外部の人間が魔術師を確保しようとしている、とも言えますね」

 そんな事をする()()は反社会的な集団の表の顔か、他の派閥の魔術師が運営している可能性が高い。後者の場合は派閥間の争いの火種にしかならないので前者であって欲しいのだが。

「そこでだ。貴族主義派閥でもそういった事が起こっているのではないか、と思ったんだが……どうかね?」

「仮に知っていたとしても、弱小の我々(エルメロイ)がその情報を他派閥の重鎮である貴女に話すのは、ご容赦頂きたい所です。実際のところ、そういった調べをしたと言う話は聞いていないですね」

 ああ、全く。義兄(あに)上がいない時に限ってこれだ。義兄ならばもう少しマシな対応が出来ただろうか。

 そんな事を思いながら、私は彼の不在を少しばかり寂しく思った。




題名に出ている人物が実際に登場しない回となりました。
ちなみにタピオカブームは日本国内では2000年前後にもあった事から、イギリスでもブームにならないにせよ商品として売り出されたことはあるんじゃないのかな……くらいのガバガバ考証です。

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