爆豪勝己が夜神に抱いた最初の印象は黒であった。
真っ白な軍服を羽織り、吸血鬼のような白い肌を持っている彼女。髪色しか黒の要素はなく、大体の人間が白と答えるであろう外見をだ。
そう思ったことを彼女は疑問には思っていない。だが、夜神と会話したことによって爆豪は夜神を黒と感じる理由を理解した。
嫌悪感、不快感、拒絶感、忌避感、憎悪、怨恨、敵意、殺意、それら全ての負の感情が彼女に流れ込んできたからだ。
かつて襲われたヘドロ
しかし、そう感じるのは爆豪勝己だけである。オールマイトやイレイザーなどのヒーロー、緑谷たちクラスメイトも夜神を悪だとは認識していない。強力な個性を持ってはいるが、目立ちたがりの中二病というのが大体の人間からの印象だ。
故に、夜神からの質問で反射的に殴ってしまったのは仕方のない事だった。なぜなら、爆豪視点の彼女は紛れもない敵なのだから。
◆◇◆◇◆◇◆
「答えろ…か」
半壊した顔面を再生しながら夜神はそう呟いた。
彼女にとって答えるべき物は特にない。なぜなら、爆豪勝己という少女について知っていることなどゼロに等しいのだから。
「それは愉快な事を言うものだ」
「あ?」
「私が貴殿に答えるべき物など持ち合わせてはいない」
しかし、それは答えられない理由にはならない。
私は彼女の地雷を踏み抜いた。知らなかったとはいえ、謝って許される問題ではない。故に、私も爆豪勝己という少女に真実の過去を少し話そうと思う。
「とぼけてんじゃねぇ!」
「とぼけてなどいないよ爆豪勝己。私が貴殿について知っていることなど名前と性別くらいだ」
夜神の言っている事は概ね真実だ。正確には彼女が辿る未来も知っているが、言った所で妄想以下だと吐き捨てられるのが関の山だろう。
「じゃあ脈絡もなく10年前の事件について話し出したのはどういう了見だ!」
対する爆豪勝己は普通にキレていた。
ただ、言っていることは正しい。それに、夜神を殴ったことで少し冷静さを取り戻している。彼女は別に暴力主義者ではい。多少は精神が不安定で手が出るのが早いが、それ以外は普通の少女だ。
「私の過去に大いに関係しているからさ」
「過去…?」
それに加え、怪しい所があるだけの人を殴るというのは普通の人間ならば罪悪感を抱えるものだ。
「──あの日、私も地獄の渦中にいたのだよ」
「!?」
そして、爆豪勝己は正史より精神が弱い。
自身の親を事故のような形とは言え、明確に自分の手で殺しているのだ。歪まない方がおかしい。
「驚いてくれたようだね」
「…あんたもあの場所にいたのか」
故に、今の彼女はそこまで我が強いわけではない。既に『てめぇ』が『アンタ』へと変わり、言葉が丸くなっている。
だが、敵意はまだ持っている。理屈ではなく本能が夜神に警鐘を鳴らしているのだ。こればかりはしょうがない。
「そうだ」
嘘は言っていない。
しかし、意図的に真実は隠している。
「(…嘘をついているようには見えねぇ。てことは俺に対してのさっきの質問は悪気ゼロだったのかよ)」
人の顔だけで悪か善かを見分けるのは難しい。現に爆豪は彼女は自身と同じ境遇だと認識してしまった。再生が終わった夜神の顔が、どこか悲しそうに見えるほどに。
「(じゃあ俺は勝手に激昂して殴ったってことか…)」
そう考えてしまえば、爆豪の心には後悔と罪悪感がのしかかってきた。だがしかし、仮にも彼女はヒーローを目指す人間である。
「俺を殴れ」
「……なぜだ?」
「勘違いで俺はお前を殴った。だから俺を殴れ」
それ故、彼女はケジメはきっちりとつけたいと考えた。
暴力には暴力で返させるというのは、非常に原始的で分かりやすい。ただ、どう見ても爆豪の顔は嫌そうであった。
自身が悪いと理解していても、彼女への嫌悪感は消えないものなのだ。
「断る。あと数十秒で訓練が始まるというのに仲間の戦力を減らしてどうする」
別に一人でも勝てるから殴っても良いのだが、それをすれば彼女との関係が精算されしまうから論外だ。
…しかしあれだな。こんな感じだったかな爆豪勝己という人間は?もっとこう我が強くて、完璧主義だったような気がするのだが…私の記憶違いか?
まぁ、人間の記憶なぞ当てにならんし前世の記憶なんてゲンサク関係以外ゼロだ。最近だと前世があったという事実すら忘れかけてきたしな。うむ、そう考えると爆豪勝己の性格もこんな感じだった気がしてきたぞ。
「(ヨシ!疑問終了!あとは目の前の問題にどう対処するかだけだ)」
夜神は彼女の提案を断ったが、爆豪勝己はそれで納得するような人間ではない。
「じゃあどうすればいい」
確かに彼女はゲンサクとは多少性格が違う。しかし、根底の部分は変わっていない。故に、ケジメのために自らの肉体に傷をつけるだろうというのが夜神には容易に想像できた。
流石に彼女の考え過ぎかもしれないが、想定するのは悪いことではない。なので、ちゃんと代替案を考えておいた。
「そうだな…では、最初の質問に答えてもらおう」
紆余曲折あったが、彼女が知りたいのは結局のところ爆豪勝己の過去である。
「答えたくないかもしれないが、私は知りたいのでね。もし話さないというのなら…」
「何だ?」
「私の過去を聞いてもらおう」
「は?」
しかしながら、出会って数日の人間に自らのトラウマを打ち明ける人間など馬鹿しかいない。ならば、馬鹿になれば良いのだ。
「私の始まり…それは10年前に遡る」
「おい待て、勝手に話し出すんじゃねぇ!」
「色々あって私は記憶のほとんどを失ってしまったのだった」
「…」
「終わり」
「短けぇ!」
夜神刹那の表向きの過去は僅か5秒で終わった。
諦めて聞こうとした爆豪が思わずツッコミを入れてしまうぐらい短かった。あんまり盛り過ぎるとボロが出そうなので簡潔にした結果がこれである。
「さぁ、私は過去を話した!貴殿も話してもらおう!」
爆豪勝己は内心キレそうになったが、自分が話すのを渋ったせいで聞いてしまったので怒るに怒れなかった。
「(こんな重い過去をサラッと言うんじゃねぇ…!)」
嘘みたいな過去だがそれを確かめる術は今の彼女にはない。ついでに、自分が夜神のことを勝手に敵視して迷惑をかけてしまってるので自業自得とも言える。
いや、この場合は始まりが夜神なので彼女の自業自得かもしれない。
「…失ったのは親父とお袋だ」
「………ほぉ」
諦めて答えると、夜神が三拍ほど遅れて相槌を打った。
それ以外は特に何も言わず、何かを考えているようにも見える。やがて、訓練が開始されそうになったので爆豪勝己は部屋から出て行かなければならないと思い出した。
「そろそろ始まるから俺は配置に着く。お前もそれちゃんと守ってくれ」
「…あぁ。了解した」
心ここにあらずと言った感じで爆豪は少し不安になったが、考えても解決しそうになかったので思考するのはやめた。それに加え、過去を話してから室内の空気が重い。
やっぱり言わない方が良かったかもしれない。彼女はそう思いながら部屋を後にした。
「一時のテンションで殺り過ぎた…」
爆豪が下の階に行った少し後、夜神は取り返しのつかない失敗をしたような声で一人呟いた。
「(まさか彼女の両親を殺していたとはなぁ…)」
マズイ事になった。
色々と忘れてしまっている私だが、流石に彼女の両親はゲンサクにおいて生きていたはずだ。…ということは、10年前に爆豪の近くにあった死体は十中八九彼女の親だろう。
「さて、どうするべきか」
正直に言って、私はゲンサクに出てきた人間が幸福な未来に向かえれば良いと考えている。それ以外の生物はあまり気にしていない。
死のうが生きようが私を殺そうとしようが興味はない。だが、彼女の両親を殺したことは明らかな失敗だ。
「(人間にとって親という存在は大事だ)」
それこそ強さに直結する。
爆豪勝己の今の強さは知らないが、両親という大切な存在を失ってはいずれガタが来る。それでは駄目だ。これからの戦いで彼女が死ぬことは認められない。
「うーむ…」
しかし、考えても解決策は見つかりそうにない。
「とりあえず後で考えるか」
そう言いながら、夜神はそこにある柱を一本引っこ抜いて削り始めた。待っている間は暇なので、自分が座る玉座を作るつもりである。
「デザインはどうしようか…刺々しいのも良いが他も捨てがたい」
彼女は基本的に趣味優先であり、少しだけ常識がない。だが、きっと爆豪のために夜神は解決策を見つけるだろう。
「いや、今回は敵役なのだから威圧感強めで作成しよう」
ただ、絶対にろくな方法ではない。
なぜなら、彼女は今さっき爆豪勝己の両親を殺したことを知ったというのに笑顔で椅子のデザインを考える人間である。最低最悪の解決策になることは言うまでもないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆
「『それじゃあ訓練開始だ!』」
夜神が玉座を自作し始めて数十秒後。緑谷たちはオールマイトの号令に従ってビル内に突入した。ビルの図面はなく、制限時間もあるというヒーロー側にとってかなり不利な設定となっている。
「潜入成功!」
「思ったより死角が多い。気をつけて進もう」
しかし、それはプロヒーローにとっての日常なのだ。敵はいつどこに現れるのかわからない。場所がわかっているだけ実際の現場よりマシである。
「俺が先頭の警戒をする。二人はサポートを頼む」
「わかった」
「はい!」
窓から侵入した三人は飯田を先頭に移動を始めた。麗日と緑谷は斜め後ろの位置につき、ちょうど三角形の状態で彼らは走っている。
敵がどこから出てくるのかわからないため本当なら慎重に行動をしたい。だが、そのための時間制限である。ヒーローは速さが命なのだ。
「(トラップの類いが見当たらない。油断を誘うための罠か?)」
一階二階と駆け上がり順調に進んでいるが、何の妨害もないことに飯田たちは違和感を覚えた。爆豪勝己と夜神刹那の二人は、クラス内でも上位の実力を持っている。
何の策もないとは考えにくかった。
「(いや、考えすぎか)」
そう考え、少し警戒が緩んだ瞬間。曲がり角から爆豪が飛び出してきた。
「飯田くん前!」
最初に声をあげたのは緑谷だった。長年彼女と一緒に住んでいるだめ、現れた瞬間に気配で理解したのである。
「
「ぐっ…!」
だが、それに反応することはできず、爆発によって加速したパンチは飯田の顔面に叩き込まれた。彼のヒーロースーツが顔まで覆うタイプとは言え、衝撃は凄まじい。仮面に亀裂が入り、飯田自身も軽く後方に飛ばされた。
「(ワン・フォー・オール10%!)」
そして、緑谷は宙に浮いた彼の下を滑り込むようにして爆豪へと個性を使って突撃した。飯田が彼女の視界を遮っていたことで爆豪は反応が遅れ、床に押し倒される。
「クソッ!」
爆豪を押し倒すと、緑谷は直ぐに彼女の両手首を自身の手で固定した。馬乗りになり、体重をかけられているため全く彼女は動けない。
なんとか爆破で逃げようとするが、手のひらが上を向いているため反動で姿勢を変えることも出来ない
「麗日さん!捕縛テープを!」
「は、はい!」
だが、それは緑谷も同じである。
彼女の爆破の個性は汎用性が高く、戦闘のみならず逃走にも使うことができる。片手での拘束は十分ではない。そう考えた彼は全身を使って彼女を固定している。そのため、その場から動くことができなかった。
「ごめんデク!」
そんな状況で彼女が取る行動は一つに絞られた。
爆豪は緑谷に軽く謝ると、耳が痛くなるほどの出力で個性を使った。至近距離での爆発により、彼の腕が軽く焼ける。
「ッ!」
「わっ!」
爆破による痛みと光によって、緑谷の拘束が少し緩む。彼女がその隙を見逃すはずもなく、彼の腹部に蹴りを喰らわして脱出した。
「(危ねぇ。開始数分で捕まる所だった…)」
捕縛されそうになったが、彼女の奇襲は概ね成功したと言えるだろう。ヒーロー二人に負傷を与え、拘束から脱出しているのだ。厄介な存在であり、緑谷との訓練の賜物である。
「麗日さん僕に個性を使って欲しい」
そして、それを知っている彼は即座に追跡を始めた。
「わかった!」
緑谷の指示に従って彼の身体に触れ、肉体が宙に浮く。この間わずか三秒。だが、その数秒で爆豪との距離はかなり空いてしまった。現に緑谷の視界から彼女の姿は消えている。
「(ワン・フォー・オール15%)」
しかし、それだけで見失う理由にはならない。
緑谷は壁を思い切り踏んで加速。弾丸のような速さで壁を蹴って爆豪を追って行く。スーパーボールの如く壁を縦横無尽に駆け、数秒足らずで彼は彼女に追い付いた。
「かっちゃん!ごめん!」
そして、一切減速することなく突撃した。
「ごふっ!?」
衝撃によって彼女の身体はくの字に曲がり、壁に激突しかける。が、緑谷がそれよりも速く彼女と壁の間に入ってクッションになった。
「くっ…はぁ」
爆豪が動く気配はない。どうやら緑谷の最初の衝突で既に意識を失っていたようである。しかし、彼女の無力化に成功したとは言え受け止めた衝撃で彼の胸骨には軽くヒビが入ってしまった。
「(少し強引過ぎたかな…でも、ここでかっちゃんを捕縛しないと絶対に障害になる)」
もしも爆豪を無視して核の場所にたどり着いたとしても、夜神刹那を倒せる可能性は限りなく低い。彼女を捕縛しなければもっと確率は下がる。
「(夜神さんは全力で当たらなきゃいけない相手だ。最悪ワン・フォー・オールを100%で使う必要もあるかもしれない)」
そう考えながら緑谷は彼女を捕縛テープで縛り、飯田たちの元へと戻った。
「かっちゃんは捕まえたよ。飯田くんは?」
「今さっき起きた所だ。頭部から軽く出血してるが問題はない。君は?」
「少し怪我をね。けど、軽いから僕も問題ないよ」
「ホントに?さっき凄い音がしたけど骨とか折れてないの?」
「大丈夫だよ麗日さん」
「それならいいんやけど…」
嘘は言っていない。腕と足は自分の意思通りに動き、この訓練の間だけなら問題がないのは事実だ。たとえ今もズキズキと骨が痛んでいたとしても、彼にとっての障害にはならない。
「第一関門は突破できた。次に行こう」
彼らは作戦を建てていた。
爆豪勝己がどう来るかはわからなかったが、対応は決めていた。結果から言えば彼女への作戦は概ね成功と言えるだろう。多少の怪我もあったが想定の範囲内だ。
「(けど、夜神さんへの対応策は思いつかなかった)」
入試での活躍と先日の体力測定。その二回での個性使用は、僕の目からは全力を出しているようにはとても思えなかった。変幻自在とも思える様々な変化の前では、かっちゃんの時のような作戦を作ることは不可能に近い。
「飯田くん。夜神さんが認識するよりも速く核に触ることはできる?」
「…さっきも言ったがそれは難しい。彼女の性格的に核を金属などで覆うようなことはしないと思うが、俺が一直線に向かえば瞬時に対応するはずだ」
「となると…やっぱり正面から戦うことになりそうだね」
緑谷と飯田は彼女が持久走で作り出した翼の大きさを知っている。優に1mを越える鋼で作られたそれは、僅か一秒足らずで夜神の背中に構築されていた。夜神という人間が本気になれば、周囲に近づくことは不可能に近い。
「さっきみたいに2人を私が浮かせるのはどう?」
「うーん…僕もそれを最初に考えたんだけどね。彼女が翼を思い切り動かしたら、浮いてる僕らは何も出来ず吹き飛ばされると思うんだ」
「確かにそっか…」
作戦は決まらない。
だが、それを考えているほどの時間もない。始まる前に立てた策はいくつかあるが、どれも勝つ未来が見えて来なかった。
「はぁ…やるしかないのか」
そして、緑谷は一つの作戦を思い付いた。
それはある意味で彼女の強さを信じた策ではあるが、同級生に対して策にしては過剰とも言える物だった。
「…っていう作戦なんだけど」
「それは…いや、確かに勝てる確率は上がるが…本当にやるのか?」
「下手したら夜神さん
話された策に対しての二人の反応は芳しくなかった。しかし、それくらいしか彼女に勝てる方法はない。結局悩んだ末、最終的には緑谷の作戦に決まった。
三人は一抹の不安を抱えたまま、最上階へと駆け上がっていく。夜神刹那の待つボス部屋とでも言うべき場所へと彼らは向かった。
◆◇◆◇◆◇◆
時は彼らが夜神の元へと向かう少し前。
彼女は玉座を作り終えて緑谷たちを待っていた。しかも、配置までしっかりと決まっている。核を窓の近くに置いて、その前に玉座を設置するという王道のスタイルだ。
「まだかな」
待ち構えるというのは楽しいものだ。ワクワクする。どういう態度が
…いや、私も元は敵だったな。昔のような振る舞いをすればそれらしくなるかね。
「クハハハ!世界は私の手で幸福になるべきだ!」
何か違うな。悪役は悪役だけど私の格好には似合っていない気がするな。軍服だし世界制服を掲げてみるべきか。いや、いっそ破滅願望持ちの傍迷惑な敵にしてみよう。
「(破滅願望…昔の私だなぁ。せっかくの敵役だし別人を演じてみたかったが性根は変えられんようだ)」
そんなことを考えている彼女だが、座っている玉座のデザインは破滅より破壊といった感じの物であった。椅子を形作っているのは、古今東西のあらゆる武器である。刀はもちろん剣や槍、様々な種類の銃などが盛り込まれた言わば『戦争の玉座』であった。
「(あれだな。もう忘れてしまったが、転生したての私は絶望してたのかね)」
作り上げた玉座を撫でながら、夜神は過去を思い出す。
都市を焼いていた頃の話。
「ふむ。やはり駄目だな…前世の記憶はもう完璧に消えている」
五年くらい前までは覚えていたが、執着もあまりなかったせいで影も形もないな。少しはあったら、この椅子のデザインに少し髑髏とかを入れていたかもしれんな。
「(いや、ドクロは良いな。今からでも加え…)」
夜神が装飾に手を加えようとすると音が聞こえた。どうやら緑谷たちがあと少で到着するらしい。
「(おっと、待つ準備をしなければ)」
夜神は立ち上がろうとしたのをやめ、足を組んでスタンバイをした。そして、両手の指も絡ませるように組んでいる。玉座にはもたれ掛かるよう背中を預け、余裕綽々といった雰囲気を彼女は作り上げた。
「待っていたぞヒーロー」
彼女が座り直してから一分も経たずに彼らは到着した。しかも、入口の正面に立っている。
「正面から来るとは褒めてやろう」
悪役っぽく喋りながら、夜神は三人を観察する。
彼女が見た感じ、目立った負傷者は飯田天哉一人のようである。爆豪の奇襲をその程度の被害で収めるとは見事だと彼女は思った。
「夜神さん相手じゃ半端な策は悪手だと思ってね」
「ふむ。よく理解しているな緑谷出久。だが、私に正面から勝てると思っているのかね?」
一見すればただの会話。しかし、両者の間には剣呑は雰囲気が漂っている。現に麗日と飯田の表情は、何かを待っているかのように険しかった。
「思ってないよ。けど、奇襲で夜神に勝つのは難しい」
「それもそうだ。私に死角はないのだか…」
そう夜神が言っている
「シッ!」
エンジンの音が室内に響き、彼は夜神へと瞬きよりも速く走った。一瞬で距離を詰めた飯田は、勢いのまま彼女の頭にを狙いを合わせる。最高スピードには遠く及ばないが、当たれば頭蓋すら割れるだろう勢いの蹴り。
それを夜神に当てるためエンジンを殊更に吹かし、彼は渾身の力で蹴りを放った。
「遅いな」
が、当たらず。彼女はいつの間にか抜いた刀で彼の攻撃を防いでいた。しかも、右腕のみを使って全くブレる事なく蹴りを止めている。
「まだだ!」
飯田天哉は一度攻撃を防がれた程度で諦める男ではない。それに、最初から一撃で決めれると思っているほど彼は自分の能力を過信していなかった。
「はぁッ!」
掛け声に合わせて彼は刀から足を引き離して軽く跳び、夜神の頭上へと踵落としを仕掛けた。しかし、これも防がれるが予期していたように飯田は次の攻撃に移る。
左、下、上、右、彼女が攻撃を防御する度にキィンという金属音が何度も室内に響く。その間、夜神は玉座に座ったまま片腕だけで蹴りを防いでいた。
「拙いな。そんな攻撃では那由多を越えても届きはしないぞ」
「それは…どうかな!」
悪役らしく飯田を煽る夜神。すると、それを戒めるかのように小さな小石が彼女へ向かって飛んできた。
「小細工か!素晴らしいな!」
流石の彼女でも片腕では対処しきれない。翼を出せば楽だが、それをやったら彼らの成長に繋がらないので刀での防御を選択した。
弾丸ほどのスピードの小石が九個。当たれば一瞬反応が遅れるであろうそれを、夜神は刀の一振りで消し飛ばした。
「だが、威力が足りない」
衝撃で小石が砂埃となり、彼女の視界が少しだけ曇った。そして、その隙に飯田が核へと向かおうとする。
「(今だ!)」
彼と目標との距離は僅か1m。夜神と戦っていた飯田のすぐ目の前であり、これに触れば緑谷の勝利は確定するのだ。
彼は核へと手を伸ばして訓練を終わらせにかかる。
「発想は悪くない」
しかし、軽い目眩まし程度で夜神が彼を見逃すはずがない。飯田が核に触れそうになった瞬間、彼女は玉座より立ち上がり翼を展開した。
「なっ!?」
「ただ、それはよくない」
音よりも速く飯田と核の間に壁のように生成された機翼。片翼だけとは言え、少なくとも一秒足らずで展開されていた。しかも、その羽は壁や床を貫通するほど大きい。
「ボスを倒さずに宝を手に入れるのは駄目だ」
突然の事で動きの止まる飯田。その隙を夜神が見逃すはずがなく、彼の横腹に彼女基準で軽く蹴りを放った。
「がっ…!」
ボキボキと嫌な音が彼のあばら骨から鳴った。少し出力を見誤ったらしく、骨が何本か割れてしまったようである。蹴られた衝撃その物も凄まじく、彼の身体は宙を舞っている。
飯田は激痛で意識を失いかけたが、地面に落ちた事で何とかなったようだ。しかし、彼女の蹴り一発で彼は緑谷たちのいる入り口まで戻されてしまった。
「飯田くん大丈夫!?」
「ゴホッ…心配ない麗日くん。少し視界がボヤけているだけだ…問題はない…」
そう彼は言っているが、誰がどう見ても強がりだった。
口元から血が垂れ、コスチュームは至る所がバキバキに割れている。呼吸も辛そうであり、戦闘継続は困難であった。
「(夜神さんの反応が速すぎる…!翼が現れた瞬間がまるで見えなかった)」
緑谷がチラリと彼女に視線を向けるが、追撃してくる様子はない。どうやら手加減をしてくれているようだが、状況は依然として彼らの方が不利だ。
「(軽傷だった飯田くんに彼女との戦闘を任せたけど、やっぱり僕がやるべきだった)」
夜神さんは強い。
彼女が全力を出せば、僕らを一瞬で倒されてしまうだろう。でも、何故か彼女はそれをしない。考えすぎかもしれないが、まるで僕らを試すような気さえしている。
「飯田くん。どのくらい動ける?」
「…少なくともさっきのような動きは難しい。
僕の負傷箇所はあばら一本。痛みも慣れてきた。作戦はまだ続行することができる。
「じゃあ次は僕がやるよ」
「頼む…」
ここで緑谷たちの作戦内容を説明しよう。
彼らの作戦は至ってシンプル。夜神刹那を核の前から退かすことだけである。両足を失っても問題がない理不尽な不死性を持ち、高い再生能力を持つ夜神。そんな彼女を戦闘不能にすることは、入学したての彼らには難しい。
しかし、緑谷はオールマイトの個性を受け継いでいる。この世のあらゆる悪を倒すことができる最強の個性をだ。その力を彼女にぶつけて押し出すのが作戦の概要である。
「(でも、まさか椅子の場所からほぼ動かずに迎撃するとは思わなかった)」
ワン・フォー・オールを100%フルに使わなければ、彼女を退かすことはできない。だが、近くでやれば核を傷つけてしまう恐れがある。
「(できれば壁際で、しかも核の被害が少ない方向で彼女を遠ざけないと駄目だ)」
オールマイトは核の破壊については特に言ってはいない。だが、流石に壊すのはルール違反だと緑谷は考えた。
「(作戦がきっとあるのだろうが、何故そこから私に攻撃をしないのだろうか?)」
対して夜神は、核は別に壊していいんじゃないかと考えていた。彼女は緑谷の個性を知っている。今の彼が全力で個性を使用すれば、腕は壊れるだろうが自分に確かなダメージを与えることもわかっていた。
「(少なくとも下の階から私をスマッシュすると思っていた。ゲンサクでもそんな作戦だった気がするしな)」
というかあれだね。飯田天哉をいささか強く蹴りすぎてしまったな。できれば腕を軽く折るぐらいにしようと思ったのだが、想定より彼が速くてミスってしまったよ。
「(やろうと思えば彼らを一瞬で倒せるが、それでは意味がない)」
彼らにはこれから様々な試練が訪れる。鍛えておかなければ死んでしまう可能性が高い。故に、私は個性の使用を大幅に制限しているのだ。
「貴殿らは一斉にかかって来ないのか?三方向から襲えば誰か一人くらいは核にたどり着けるかもしれんぞ」
ここ着いた時は口上すら聞いてくれないものだと思っていたが、ちゃんと聞いてくれて少し驚いたものだ。彼らヒーローになる人間なのだから、どんなに卑怯な手を使っても問題はないのだがね。
「さっき出した翼」
「ん?」
「あれを使われたら、例え突撃する数が倍になっても突破は無理だと思う。一瞬で展開されたあの翼は、使おうと思えば攻撃にも転用できるはずだ。攻防一体のアレを越えるのは、今の僕らには不可能に近いからね」
「ほう…」
よく私を見ているな。
緑谷出久が観察眼に長けていることは、既にゲンサクで知っていた。だが、実際に目の当たりにすると彼の凄さがよくわかる。
「それに、見てる限りだと夜神さんは自分を避けて核に触れる事を許していない気がする。積極的な攻撃はしてこないけど、授業を放棄しているわけじゃない。どっちかと言えば僕らを試そうしている気がする」
「正解だ」
「やっぱり。どうしてそんなことを?」
彼の疑問は最もだ。夜神は緑谷出久と同じ立場であるにも関わらず、試験官の真似事のような事をしている。非常に不可解であり、そんな事をやる意味もない。
「ふむ…言うなれば未来への賭けだ」
「賭け?」
「そうだ。貴殿らは世界が決めた
彼女の言葉に嘘はない。少し脚色はしているが、嘘偽りのない本音である。
「えっと…つまりどういうこと?」
「今はまだ語るべき時ではないということだ」
「…緑谷くん、夜神さんの言葉は話半分に聞いておいた方がいいと思うぞ」
「(夜神さんってこんな感じの人なんや。薄々わかってたけど芝居がかった喋り方するんだ…)」
しかし、当然ながら彼らには何を言っているかさっぱりであった。伝えるような喋り方をしていなのだから、当たり前と言えば当たり前である。
「さて、話は終わりだ。存分に力を振るうがいい」
そう言うと、夜神は刀を構えた。
緑谷出久が相手では、先程のような真似はできない。少なくとも座ったままでは、反応が僅かだが遅れてしまう。彼女は自らを越えてもらうために、正面からの完全突破を望んでいる。ある程度の個性は制限するが、それ以外は本気だ。
「(結局夜神さんの行動理由はよくわからないな。いや、言葉が難解なだけだと思うからいつかは分かるはず)」
今は理解できなくとも夜神刹那はクラスメイトである。いずれは分かるだろうと、彼はひとまず結論づけた。
「行くよ!夜神さん」
そう言うと、緑谷は個性を発動させた。
今の彼は『ワン・フォー・オール』を20%まで制御する事ができる。だがしかし、それでは彼女に勝てないと判断した緑谷は更に出力を上げた。
「(ワン・フォー・オール“30%”!)」
骨が軋み、筋肉が悲鳴をあげる。怪我のない状態でも30%は身体にかなりの負荷がかかるのだ。折れた骨は殊更に痛み、緑谷は苦痛に顔を歪ませる
そして、痛みを無視するかのように思い切り足を踏み込んだ。震脚のごとき動きによって、地面には一瞬で無数のヒビが刻まれる。コンクリートの砕ける音が夜神の耳に届くと同時に、緑谷の拳が眼前に迫っていた。
「(速い…!本気を出したな緑谷出久!)」
内心舌を巻く夜神。ここまでの成長に驚きながらも、彼女は冷静に刀で攻撃を防いだ。
「狙いは良い!だが拙いな!」
夜神はそのまま防御した刀を拳に合わせて素早く滑らせる。模造刀のはずだったそれは、彼女の『個性』によって本物に変わっていた。
故に、彼の手のプロテクターはまるでバターのように斬り裂かれていく。しかし、肌に触れる寸前で緑谷はグローブを脱ぎ捨てた。
「(危な…!)」
その数瞬後、刀はプロテクターをいとも容易く両断した。
そして、返す刀で彼女は緑谷の腕を狙った。刀身が上向きになり、風切り音と共に加速する。しかし、それを彼は読んでいた。
「(ここだ!)」
緑谷は自身に向かってくる刀の横。つまり、刀身の腹へ向かって渾身の蹴りを放ったのだ。日本刀は横からの衝撃に弱い。それを知っていた緑谷の蹴りは、彼女の刀を簡単にへし折った。
「ほぉ…!」
折れた刀身を見た彼女は、短く感嘆の声を漏らすと直ぐ鞘へと仕舞まった。まだ無事な刀は五本あるが、今はまだ使わない。そう彼女が定めたからだ。
「まさか私の『
次いで、夜神は嬉しそうに彼へ称賛の声を浴びせた。
「(そんな名前だったんだ)」
「(そんな名前だったのか…)」
「(そんな名前だったんや)」
が、彼らの胸中は刀の名称が凄く厨二っぽいという思いでいっぱいであった。なお、言うまでもないが名付けたのは夜神刹那本人である。
「(…いや、そんな事を思ってる場合じゃない)」
今の彼女は凶器たる刀を持っていない。だが、まだ五本も残っている。折れた刀身が壁に突き刺ささるまでの数秒間。その僅かな時間で、緑谷は勝負に出ることを決意した。
「(ワン・フォー・オール“50%”!!)」
さっきりも速く、鋭く、彼の拳は動いた。使えば腕が半壊する出力50%のOFA。それは、彼女の右腕を呆気なく破壊した。
鈍い銀色の骨が露出し、衝撃で血が雨のように彼へと降りそそぐ。肘から先は粉々に消し飛び、肉片は一瞬で壁一面に広がった。
常人なら見ただけで気絶しそうな光景だが、緑谷は10年前にこれより悲惨な光景を山ほど見ている。そして、彼女もまた尋常ならざる肉体と精神を持っていた。
「よく躊躇なく壊した!」
誉める夜神。
だが、緑谷はそんな言葉を聞いていないかのように次の行動へ移っていた。彼の左腕はもう使えない。出力は絞ったが、既に感覚がないのだ。おまけに痛みも酷い。
「ぐぅッ!」
苦悶の声を漏らしながら、緑谷は自らの右腕に力を集中させた。
「(ワン・フォー・オール“100%”!)」
夜神刹那は片腕を失ったぐらいで戦闘不能になる人間ではない。胴体に風穴を空けるぐらいはしなければ、彼女の動きを止める事はできないのだ。
最後の一撃を与えるために懐に潜り込む緑谷。それを見た彼女の口元には、小さく笑みが浮かんでいた。
「だが、その判断は間違いだ」
私に絶対に攻撃を当てたいのなら、足も破壊するべきだった。そうすれば、私はどちらを先に再生するかで一瞬だが迷う。その隙に、貴殿は100%のOFAを叩き込めた。
「(緑谷出久。貴殿は無理にでも左腕を使うべきだったのだ)」
夜神の再生速度は驚異的だが数秒はかかる。しかし、それは完全な肉体を復元する場合だ。
彼女は自らの胴に拳が迫るのを見ながら、右腕の限定的な再生を行った。すると、骨だけが信じられない速度で治ってゆく。人の認識速度を遥かに越えるスピードで、夜神の右腕には銀色の槍が作り上げられた。
「(マズい!)」
緑谷が気づいた頃には、既に槍は彼の肩を貫こうとしていた。もう回避はできない。この距離で振りかぶっても夜神刹那の行動不能にするほどの損傷を与える事はできない。精々が脇腹を削ぐ程度で終わってしまう。
「やあああっ!」
そう思った次の瞬間。麗日が声を上げながら夜神の銀槍に突撃してきた。
「なにっ」
本来なら彼女の槍は、寸分違わず彼の肩を貫いて地面に緑谷を縫い止めるはずだった。しかし、現実は違う。銀槍は彼の肩ではなく、麗日お茶子の腕を穿っていた。
「(まさか彼女がここまでやるとは…!いや、土壇場で覚悟を決めたのか?しかし、何にしても喜ばしいことだ!成長が速い気もするが恐らく多分きっと誤差であろう!)」
想定外の行動に夜神の思考は巡り、動きが止まってしまった。致命的な隙である。
「ぐぅっ…」
ただ、その代償として麗日は激痛で気絶してしまった。無理もない。実戦ならまだしも訓練、しかも授業中である。骨が複数折れても耐えられる緑谷がおかしいのだ。
「(麗日さん…!ありがとう)」
内心で礼を言いながら、彼はワン・フォー・オールの力を解き放つ。
「SMASH!!」
「しまっ…」
攻撃は彼女の胴体の中心を捉えた。皮膚を抉り、骨を砕き、内臓を潰しながら彼の拳は夜神の肉体を破壊してゆく。衝撃は凄まじく、夜神の身体に彼女の頭ほどの風穴を空けるだけではなかった。
「がはッ!見事…!」
全身から血を噴き出しながら、彼女は壁を壊しながら外までふっ飛んでしまった。コンクリートがまるで発泡スチロールに砕け散り、夜神の中身やら破片もそこら中に飛び散っている。
いずれ回復するだろうが、核に近づく時間は確実に稼げた。緑谷の作戦は成功したと言えるだろう。
「はぁ…はぁ…ゲホッ…」
しかし、その代償は大きかった。
彼の全身の骨は折れる寸前まで痛めつけられており、ヒビの入った箇所も多い。歩く事すらままならず、立っているだけでやっとの状態だった。
「(早く…行かないといけないのに…身体が…)」
緑谷の見立てでは、夜神刹那が完全回復に要する時間は15秒程度。これだけやって15秒と捉えるか、15秒も稼げたと考えるべきか。ともかく、それまでに目標に触れられれば彼らの勝ちである。
核まで1mもない。
だが、彼は動けない。足が棒になったかのように感覚もなく、意識も朦朧としている。ゲンサクよりも強くなっているとは言え、緑谷出久はまだヒーローの卵なのだ。もう限界だった。
「あ…」
倒れこむ緑谷。反射的に目を閉じるが、顔面への痛みはやって来ない。ゆっくりと瞼を上げると、そこにはボロボロの仮面を被った飯田天哉がいた。
「『ヒーローチーム…
それと同時にオールマイトの声が聞こえた。どこか焦ったように聞こえるが、きっと気のせいだろう。遠くからはレスキューロボットが上ってくる音もする。
それで、緑谷は自分たちが勝ったと気づいた。
「緑谷くん…!」
たった15秒の隙。
その間に飯田は動いた。自分よりもボロボロな人間がいるのだから、ここで行動しないでどうする。そんな意地と勝利のために、彼は身体を引きずるようにして核にタッチしたのだった。
「俺たちの勝ちだ…!」
「そっか…やった…ね…」
そう言うと、緑谷の意識は途端に遠のいていった。ここまで保っただけでも驚異的という他ないが、流石に勝利したという安堵は大きい。
彼は眠るように静かに気絶してしまった。
【戦争の玉座】
そこら辺の柱で作り上げた椅子。古今東西あらゆる兵器がデザインとして組み込まれている玉座であり、夜神以外が座るとちょっと刺さる。
イメージは鉄の玉座。
【村正零式】
模擬刀だが彼女の個性によって真剣になった。並のヒーローでも防御は難しい。なお、オールマイトには刃すら通らない模様。