ただし、殺す方法はいくつ存在している。
オールマイトが教師になったというのは、とんでもない大ニュースであった。その情報は全国を驚かせ、民衆は更なる続報を心待ちにしていた。
つまり、その情報は世間の食い付きがとても良い。
そして、その餌を提供するための手段をマスコミという生物は選ばない物なのだ。
「“平和の象徴”が教壇に立っているということで様子などを聞かせてください!」
「様子!?えー…と筋骨隆々!!です!」
「オールマイト…あれ!?君たち『ヘドロ事件』の時の!!」
「やめろ」
「すみません僕たち保健室行かなきゃいけないので」
校門前には光に集まる虫のようにマスコミがごったがえしていた。生徒にインタビューする者もいれば撮影を行う者。それこそ全国から特ダネを取材しようと、多種多様な報道機関が集まっていた。
「オールマイトの授業はどんな感じですか?」
「ふむ。それは私に聞いているのかな?」
基本的にオールマイトについての取材が優先されるが、雄英生個人についてもインタビューも行っている。そして、目立つ生徒には群がる。
「はい!」
故に、長身黒髪赤目白軍服の彼女は必然的に話しかけられる。
「であるならば語ろう!髑髏の如し
「はい?」
「
しかし、夜神刹那は狂人の部類であった。
多くの記者は彼女から関わると駄目そうな気配を察知し避けていたが、判断の鈍い新人が話しかけてしまった。
「あの…何の話を?」
「希望という星はいつかは失墜する。故に、せいぜい終わりまで足掻くと良いだろう」
「は、はぁ...」
「話すべき事柄は終わった。では行くぞ響香」
「はいよ。刹那といると話しかけられなくて楽だね」
「私は取材されるのが意外と好きなのだよ。だがしかし、誰も彼も蜘蛛の子を散らすように去ってしまう。悲しいものだ」
「話し方のせいじゃね」
彼女は目立つ。何なら入試の時点でメディア関係者は目を付けていた。しかし夜神という少女には不明な点が多くあり、危険を察知した聡い者たちは深追いは辞めたのである。
ちなみに勘の鈍いの記者はいつの間にか消えたらしい。ヤクザ関連とも噂されているが、真相は謎である。
「オール…小汚なっ!!なんですかあなた!?」
「彼は今日非番です。授業の妨げになるのでお引き取りください」
流石に学校の運営が滞りそうだったので相澤先生が出てきた。
「オールマイトに直接お話伺いたいのですが!!」
「あなた小汚なすぎません!?」
「なんか見た事あるよーな…」
「(よくこの中で
マイナーヒーローである彼はマスコミにはあまり知られておらず、用務員Aにしか見えなかったので根掘り葉掘り聞かれるような事はなかった。ただ、もし執拗に聞かれても無視してさっさと校舎に戻っただろう。
相澤が去ってすぐに雄英バリアーが発動して門は閉ざされた。いつものように愚痴を吐くマスコミ。そして、その近くに白髪の奇妙な男がいる事は誰も気に止めていなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった」
マスコミがうるさかろうと学校生活は通常通りに行われる。今日は昨日の訓練の評定から始まった。
「夜神」
全体にザックリと言う日もあるらしいが、今回は問題児である彼女からのようだ。
「訓練なら訓練らしい行動を取れ。おまえは能力あるんだから調節は上手くやれ」
「了解した先生」
手短だが的を射た言葉である。
なおゲンサクにおいての評定は爆豪が最初だったが、この世界での彼女は少し大人しい。故に、何か言われる事はなかった。
「で、緑谷と飯田は重傷か。初回だから大目に見るが正面突破以外の方法もよく考えろ」
ただ、緑谷はゲンサクよりボロボロになったので彼に変わりはない。代わりに飯田の名前が言われた。麗日も怪我はしていたが、傷口が綺麗すぎたので今朝の保健室での治療で完治していてる。
「思考を狭くするな。もっと柔軟に考えれば軽傷で済んだだろ」
「はい!」
「精進します!」
短いアドバイスを言い終わった先生は、気だるげな感じから真剣そうな雰囲気になった。
「さてHRの本題だ。急で悪いが君らには…」
「(何だ…!?)」
「(また臨時テストか!?)」
それを察した生徒達は戦々恐々とした。
また何か除籍をちらつかせるような試験をするんじゃないかと冷や汗をかく生徒もいる。
「学級委員長を決めてもらう」
「「「学校っぽいの来たー!!!」」」
しかし、言われた言葉は生徒のテンションをマックスに上げる最高の答えだった。
「委員長やりたいです!ソレ俺!!」
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!!」
「ボクの為にあるヤツ☆」
「リーダー!!やるやるー!!」
「ウチもやりたいス」
普通科なら委員長という雑務という事でここまで盛り上がることはない。しかし、ここヒーロー科では集団を導くというトップヒーローの素地を鍛えられる役に変わるのだ。
「静粛にしたまえ!!“多”をけん引する責任重大な仕事だぞ…!『やりたい者』がやれるモノではないだろう!!」
そう皆をいさめる飯田天哉。
「これは投票で決めるべき議案!!!」
だがしかし、彼の手はそびえ立っていた。
身体は正直という奴である。
「どうでしょうか先生!!!」
「時間内に決めりゃ何でもいいよ」
「良い提案だな飯田天哉。では立候補してない私が決をとろう」
「えっ」
その夜神の言葉に皆の視線が集まった。
短い付き合いとはいえ、あの彼女が委員長にならないと言った事が信じられなかったのだ。
「夜神さん立候補しないの!?」
「あぁ。
私は人を束ねるのが苦手だ。
お飾りの象徴なら良いが私に人を率いる才覚はない。人間は最大でも5人くらいしか統率できないしな。
「ちなみに理由は?」
「私が
まぁ、それを言うとカッコ悪いから遠回しな立場でも伝えておいた。飯田天哉なら何となく理解してくるだろうしな。
「スーッ…では夜神さん司会をお願いしたい」
「了解した」
「(頑張って飲み込んだ…)」
すごく渋い顔をしてるが深くは追及してこない。やはり彼は頭がいいな。納得してくれた。
「それでは投票を始めよう。なお、不正を行った者には罰を与える。理解したなら頭を伏せてくれ」
物騒な言葉とは裏腹に、彼女は粛々と投票を取り仕切った。
「僕 三票ー!!?」
結果は緑谷出久3票、八百万百2票であった。
自分に二票も入るとは思わなかったデクは、心底驚いていた。
「頑張れよなデク!」
ゲンサクではバチクソにキレていた爆豪に励まされる彼だが、現実に意識が追い付いていないようである。
「1票…入れてくれた方には申し訳ない…!さすがに聖職といったところか…!!」
「他に入れたのね…」
「おまえもやりたがってたのに…何がしたいんだ飯田…」
悔し涙を流す飯田。自分に入れてくれた者への不甲斐なさでゲンサクより2割増しくらい落ち込んでいる。
「じゃあ委員長緑谷。副委員長八百万百だ」
「マジでか…」
未だ現実が飲み込めてない彼とは対照的に、クラスメイト達はこの結果に異存はないようだった。
「緑谷なんだかんだアツいしな!」
「八百万は講評の時がかっこよかったし!」
緑谷が自分でいいのかなあ?と言う顔をしながらも委員長決めは終わった。そして、午前の授業が終わって昼。
「人すごいなあ…」
「ヒーロー科の他にサポート科や経営科の生徒も一堂に会するからな」
生徒たちの声で賑わい混雑する食堂。そこで4人は昼食を採っていた。
「いざ委員長やるとなると務まるか不安だよ…」
「デクなら大丈夫だろ。…できれば俺が副委員長が良かったけど…」
「かっちゃん何か言った?」
「何でもねぇよ!」
そして、緑谷たちから少し離れた所で耳郎響香と八百万百は一緒に食事をしていた。
「そういえば夜神さんはどうしたんですか?姿が見えないようですが…」
「あー刹那なら先生に呼ばれたらしいよ。昨日の訓練でやり過ぎたから追加の反省文だって」
「昨日の時点で5枚くらい書いてませんでしたか?」
「やり直しだってよ。言い回しが迂遠過ぎたらしい」
「ふと気になったのですが…」
「ん?」
「刹那さんはどうしてあんな喋り方をしてるのですか?」
夜神刹那に対する当然の疑問。
悪い人間というわけでもなく先生の教えもきちんと聞き、同級生に対しても普通に接する彼女。
ただ、時たまスイッチが入ったように喋り出す。
世界について確信的に、芝居がかったように、さりとりて至って真面目に語る。
有り体に言って意味不明であった。
「うーん…言われてみると何でだろ。会った時からあんな感じだから慣れちゃったんだよね」
「会った時から…」
「小学1…いや2年生の時だったかな。あの頃って大事件が起きたせいで3年くらいは色々と混乱してたじゃん」
『都市喰らいの夜』は事件こそ終結したが都市1つが丸ごと廃墟となってしまった。そのため、様々な所に被害が及んでいている。
「うちの小学校にも転校してくる子が多くてね。んで、そんぐらい子供ってのは良くも悪くも純粋かつ自分の居場所を作ろうとする。だからまあ…平たく言う誰かを排斥したがるんだ」
子供というのは残酷である。
純真というと聞こえはいいが、全てを見たままに喋るというのは大人であっても心に来るものだ。
「ま、その標的がうちだったわけ。耳の事でからかわれるのどうでも良かったんだけど、引っ張られるのは嫌だったね」
「それは…辛いですわね」
「で、そんな時に現れたのが刹那だった」
『人類は愚かであるな…だが、そこが良い!』
そんな事を言いながら彼女は出現した。
同年代の生徒よりも背が高く、どこか近寄り難い雰囲気を発する人間。その光景に、耳郎本人も彼女をからかっていた生徒も一様に呆然としていた。
「それが刹那との出会いだったかな」
「は、始めからあんな感じだったんですね」
『しかし未来とは不確かな物…故に、確定とする!』
『ぐふっ!?』
『おまえ!いきなり出てきて何おぶっ!?』
『ぼ、ぼくは手を出してぶほっ!?』
『恨むなよ年少たち。星に連なる者は出来る限り健やかに始まりまで生きねばならんのだ』
「人が殴り飛ばされる光景は初めてだったから最初は刹那が怖かった。だって殴られた奴らピクリとも動いてなかったんだもん」
「…今よりも過激だったんですわね」
「うん。昔の刹那だったら校門前の記者をカメラと一緒に壊して高笑いしてたんじゃないかな」
『(な、何?というか誰?)』
赤く紅い眼をした少女がこちらに歩いて来る。綺麗な顔だが何処か空虚で怖く、何よりも得体が知れなかった。
『(こわっ…)』
『初めましてだな。私はアイ…じゃなくて夜神刹那だ。貴殿の名前は?』
『あっ、うちは耳郎響香です』
『なるほどな…』
その名前を聞いた夜神はジッと彼女を見つめた。
そして、何かに納得したかのようにニッコリと嗤った。
『耳郎響香よ。実は私は転校しきてたばかりなのだ。故に、学校の案内を頼む』
『…え?』
「あの…来たばっかりの学校なのに行動が早すぎませんか?」
「だよね。うちも驚いたし後で刹那と一緒に先生に怒られた」
「ちなみに…その時の服装は?」
「今と変わんなかったね。装飾はちょいちょい変わってるけど、ずっと白い軍服。制服を着てる所なんて一回くらいしか見た事ないね」
「そうですか…」
それを聞いた八百万は少し考え、今の情報だけで彼女について考察を始めた。
10秒ほど思案した彼女は、ある程度の確信を得たように口を開いた。
「…一見すると夜神さんの行動は突拍子もありませんが、ある程度の一貫性があるようですわね。そして、彼女の行動には何か目的があるように感じますわ」
「目的?」
導き出された答えは遠からずも当たっていた。
夜神刹那と出会って間もないというに、少ない情報でここまで辿り着けた彼女は天才と言っていいだろう。
「はい。言動で解りづらいですが夜神さんの行動指針は目立ちたがりというよりは何か違うような気がするのです」
「へー気づかなかった」
「ですから軍服を着てるのにも何か意味が…」
「いや、軍服は趣味らしいよ。あと、刹那は九割ぐらい雰囲気で喋ってるから目立ちたい気持ちの方が大きいんじゃないかな」
「そ、そうなのですか…」
ただ、流石に彼女の言動がほぼ趣味で構成されているとは予想できなかったようである。
「うん。言われて気づいたんだけど確かに刹那はたまに的を得たような事を言ってた。けど、それ以上に問題行動が多すぎるんだよね」
「そんなに多かったんですの…?」
「まず小学校の時に素行の悪い生徒にガチの刀を渡して『私に文句がある者は斬れ』って言って脅してた」
「…ん?」
これは、流石に一方的に殴るのは良くないと思った夜神が詫びとして与えた物である。もちろん彼らにそれを使う度胸などなく、後に謝罪と共に返却された。
「あと中学校の時だね。無許可で軍服をずっと着てたし、帯刀もしてた。イジメがあれば両方殴って死なない高さの窓から捨てて、何人も病院送りになったよ」
「…確かに問題行動が多すぎますね」
「あと…」
「まだあるのですか!?」
思わず驚愕の声をあげる八百万。
問題児である事は予想していたが、まさかここまでとは思いもしなかったのだ。
「いや、流石にもうなかった。思ったより少なかったね」
そして、耳郎の夜神に対する基準はバグり散らかしている。毎週のように問題行動を起こしていたため、彼女に対して耐性が付きすぎてしまったのだ。
「ホッ…」
八百万は安心しているが、彼女が問題行動と認識してない夜神のやらかしがあと10倍くらいある。後の人生に響くような致命的な事態にはなっていないが、先生たちの胃はストレスで破壊された。
「ま、あれだよね。色々と話したけど趣味の一言で済んじゃうね」
「趣味…それだけで済ますには色々とやり過ぎような気がしますが一応は納得できましたわ」
「気になるなら刹那に聞いてみれば?」
「いえ、やめておきますわ」
腑に落ちない事は所々ある。
だが、今はこの答えで良いと彼女は結論づけた。
「『今はまだ語る時ではない』なんて事を言いそうですから」
「あー…確かに」
八百万の推測は概ね正しい。
しかし、最後だけ間違っている。
夜神刹那は問いには答える。ただ、彼女は難解かつ決して伝わらぬような言葉を選んで話すだけなのだ。
◆◇◆◇◆◇◆
「へっくしゅん!」
所変わって雄英高校屋上。
そこの貯水タンクの上に夜神刹那が立っている。先生に見つかれば説教間違いなしの場所で、彼女は軍服をたなびかせながら仁王立ちしていた。
「ふむ。誰かが私の噂でもしているのかな」
もしくは風邪かな。いや、私にかかるぐらいの病が存在するなら人類は即滅亡してるか。
だがしかし、見ようによっては全人類ほぼ病人みたいな物だったなこの世界。そう考えると人類はしぶといから意外とヤバい病気が流行っても生きてそうだな。
「しかし来ないな」
彼女が友人との昼食を断って反省文を爆速で終わらせてここにいるのは、ひとえにゲンサクからの情報で気になる事があったからだ。
「死柄木弔…」
AFOの最上級の駒にして分身。
彼女と同じく魔王の被害者であり、後に日本を震撼させる大犯罪者が今日ここに来る。そして、夜神が彼に確かめたい事が1つあった。
「(あの顔面金玉野郎は私の存在を死柄木弔に教えているのか。それとも正体を知らないのか)」
後者なら嬉しいが、奴の蜘蛛の巣のように張り巡らされた情報網であればとっくの昔に気づいているであろう。その上である程度の予測を立てたいのだ。
それ故に雄英の情報を盗みに来る彼と話してみたいのだ。まぁ、ほぼ好奇心だがね。
「お、マスコミが侵入して来た」
そうこうしている内にカメラ機材やら手帳やらを持った集団が入り込んで来た。スピーカーからは侵入を知らせるサイレンが鳴り響き、非日常の気配を感じさせる。
「では、そろそろかな」
そう言うと彼女は1本の刀を作り出した。
特に装飾もなく刃も研がれていない正真正銘の模造刀。それを構えていると、屋上2人の男が現れた。
「来たか」
「…何でここに生徒がいる?立ち入り禁止だろ」
一人はギラギラとした空洞のような瞳をした男。顔面には手をつけ、肌は荒れているように見える。
「解りません。ですが、彼女は我々を知っているようです」
もう一人は全身が黒い霧のようになっている異形。
ヒーローには見えず、また学校関係者にはとても見えなかった。
「誰だお前」
死柄木たちは正体不明の目撃者である彼女をいつでも消せるように構える。黒霧も自らの肉体を広げ、彼女の行動に備えた。
「私は見通す者である。そして、真理は知らずとも真実を知る者。故に人の形から堕落した魂その物」
そんな彼らの行動に意も介さず、名を聞かれた夜神は模造刀を振り抜く。そして、まるで名俳優のように宣言しながら彼女は彼らの前にフワリと降り立った。
「すなわち夜神刹那。
そして、刀を地面に突き刺して高らかに自らを名乗った。ヒーロー候補生とはとても思えないような宣言。それを聞いた死柄木たちは顔を見合わせ、何かにピンと来たような顔になった。
「なんだ
「そうですね。まさか同属が入学してるとは思いませんでしたが、彼女からは特に敵意は感じません」
納得したような顔で夜神を同属認定する二人。顔は見えないが、何なら朗らかに笑っているような気さえする。
「…ん?」
警戒を解いた彼らに夜神は困惑した。だが、この光景はある意味で当然とも言えるだろう。
そもそも彼女は世間の認識ではヒーロー候補生なのだ。敵と相対した事など皆無なこの前までただの一般人だった普通の学生なのである。
そんな彼女がどう見ても敵にしか見えない2人を見ても動じない。ついでに先生に伝えようという意思も見せない。何なら見ようによっては友好的とも取れる言動をしている。
間違いなくヒーローを志している人間の取るべき行動ではなく、また夜神刹那という人間の性格をこの上なく表していた。
「待て。私は別に
「あ?嘘つけ」
「嘘ではない。私は善良かつ社会奉仕を夢見るただの学生だ」
彼女の言葉に彼は胡乱げな目をしている。
普通に喋っているだけで夜神が
「はっ 何言ってんだお前」
ついでに鼻で笑われた。
彼女がヒーローを目指している事を、死柄木弔は全くもって信じていない。
「(うーむ。予想外)」
これでも真面目にヒーローを志す少し問題のある生徒として学校に通っているのだがね。まさか初対面の彼に
血の匂いがつくほどの虐殺もここ数年はやっていないし、
「(私の正体を死柄木弔は知らないようだ)」
伝えてないだけかもしれないが、今の彼は私が10年前の事件の首謀者だということは教えられていない。あの顔面金玉嫌がらせ大好き性格ドブカス魔王の考えは知らんが、林間学校くらいまでは私を狙った行動は起こさないであろう。
「(ならば今からヒーロー候補生らしい行動をしよう)」
いささか遅すぎる気もするが知りたい事は知れた。であれば、彼と話す事柄はない。別れるのが吉だろう。
「確かに先程までの私の行動はヒーローらしからぬ物であったな。貴殿に謝罪の意を示そう」
模造刀をそこら辺に放り捨てて喋り出す夜神。
それを見た死柄木は黒霧にワープゲートを出させた。
「いらねぇよ。謝ったって事はヒーローみたいに俺を倒すんだろ?じゃあ急いで逃げるさ」
十中八九AFOからの入れ知恵だろうが、判断が早い。そんな彼に彼女はケタケタと笑いながら言葉を告げる。
「いや、逃げる必要はない。なぜなら私が
「は?」
「私はヒーロー候補生だからね。では、運命の交差する時にまた会おう」
そう言うと、夜神は屋上から飛び下りた。
2mほどの高さのフェンスを駆け上がり、下がプールかのように躊躇なく落下した。
「さらばだ!」
重力に従って落ちてゆく彼女。
落下する夜神の眼下には押し寄せるマスコミが映る。こちらに気づく記者はまだ誰もいない。だが、彼らの対応をしていた相澤とマイクは降下する彼女と目が合った。
「(ふむ。驚いた顔をしているな)」
2人の見ている方向に気づいたのか、マスコミの視線が空に向けられる。彼らも見て驚いただろう。何せ自分たちの頭上へと落下する生徒がいるのだから。
「クハハハハ!『機械励起』!」
夜神は笑いながら個性を発動させる。
背中からいつもの機翼が出現し、マスコミの集団に大きな影が落ちる。空から唐突に現れた彼女に彼らは驚愕し、混乱した。
「あれこっちに落ちてないか!?」「待て待て待て!」「何を考えてるんだ!?」「全員衝撃に備えろ!」「どんなってんだこれ!」「カメラ守れ!カメラ!」「受け止めるから手伝え!」「浮力系の個性持った奴いるか!?」
だがしかし、今は超人社会。
それに適応したマスコミたちは焦ってはいるが、足がもつれて転ぶような様相にはなっていなかった。何せゲンサクよりも格段に治安が悪いせいで正史よりも何かを失った人々が多い。そのため、ガチで命を捨てれる覚悟を持った記者の多いこと多いこと。
一時は死亡率が高くなりすぎて物理的に新聞の記事が減るという事態にもなったほどだ。
「騒ぐ事はない」
夜神が彼らに当たる寸前。本当にギリギリの所で彼女は空中へと飛び上がった。その風圧で記者たちの髪が乱れたが、起こるかもしれなかった事故を考えれば些末な問題だろう。
「数刻ぶりであるな先生。酷い喧騒だが何かあったのだろうか?」
ふわりと相澤の前に着地した彼女は、さもマスコミを知らない体で彼に話しかけた。
「…学校の敷地内であっても個性は原則使用禁止だ夜神。それと面倒な事になりそうだから教室に戻れ。あと…」
「イレイザー!お前のとこの生徒どうなってんだよ!?」
極めて冷静に夜神を注意する彼を遮るように、プレゼント・マイクが驚きの声を上げた。彼とて雄英の教師の一人なので彼女の話は聞いている。だが、まさかこれほどとは思いもしなかったのだ。
「…マイク。それは俺が聞きたいぐらいだ」
ただ、それは相澤も同様である。
今朝も昨日の件で注意したというのに早速の問題行動なのだ。既に彼は合理的思考から彼女に反省文を書かせても無駄だと気づき、与えるべき新たな罰則について考えている。
「クハハ!まだ戻れぬさ!伝えるべき言の葉をまだ先生に告げられていないのでね!」
とは言って夜神にも一応はヒーロー候補生という自覚があるので、故意に不審者と接触したとはいえ伝えるべき義務があると考えているのだ。
普通に来い?それはそう。
「じゃあ言え。さもないと放課後に校長先生の時間を無駄に取らせる事になる」
「了解した。では、少しお耳を拝借」
ようやく話せそうということで、夜神はちょっと背伸びをして彼の耳元に顔を近づけた。記者も聞き耳を立てるが、マイクが大声を出して妨害している。
「校内に2人不審者が侵入していた。すぐに逃亡したが恐らく敵だ」
「…わかった。すぐに話を聞きたいが今は無理だ。放課後に校長室に来てくれ」
相澤は一瞬だけ言葉が詰まったが、記者が目の前にいる手前できる限りの平静を保った。現にマイクは表情の機微に気づいたが、記者は気づいていない。
「了解。伝える事は伝えたので教室に帰還す…」
「待て夜神」
最速で教室に帰ろうとした夜神は彼に呼び止められた。不思議そうに振り返ると、相澤は無言で彼女の背中を指差している。
「個性を解除しろ。こっから教室まで飛んでいく気かお前は」
「そうだった…感謝する先生。また後で」
そう言われた夜神はすぐに機翼を霧散させ、バサリと軍服を翻しながら去っていった。残されたのはマスコミたちと先生2人。ただ、記者からは先程までの熱に浮かされたような様子はない。故に、この騒動は相澤たちが思っていたよりも早く収束する事となった。
その後、教室に帰る途中で耳郎に会った彼女は飯田が避難時に取ったある行動を聞いた。曰く壁にビターンと張り付いていたらしい。それを知った彼女はニヤリと笑ったが、何故だか残念そうな顔もしていた。
ゲンサクの裏や自身の安全についての事は確かに知りたい。けれど、その場面を夜神はちょっと生で見てみたかったのだ。
未来の出来事を知ってはいるが実際に見てみたい。そう思うのは微かに残る前世の断片による物だろうか。
それとも単なる好奇心なのか。
答えを知る者は彼女を含めて誰もいない。
【校長室での出来事】
不審者の件を話したせいで屋上に入った事が普通にバレた。しかし、夜神に反省文を書かせても己の行動を省みる事は全くない。
仕方ないので今回の件は不審者を見つけた事と相殺して不問とした。次に同じような事をやったら停学だと一応は彼女に警告したが、それを聞くかは不明である。