ヒロアカ転生人格変貌   作:七瀬一五

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蛇腹式大型刀(ガリアンベルク)
 見た目に反して繊細な武器。個性でも使わなければ再現は難しく、手持ち武器として作ろうとすると機構で破綻する。これ使うなら鞭と剣を持って戦った方がいいぐらい扱いが難しい。
 夜神は自身の肉体を改造して武装を作りあげたので直感的に使用可能。伸縮も自由自在に行う事ができる。


夜神(イレギュラー)VS脳無(イレギュラー)

 まず最初に動いたのは夜神だった。

 

「小手調べだ」

 

 その言葉通り、彼女は武器と化した自らの右腕を形態変化させてゆく。重なった刃が分かれ、大型の刀から機械的な鞭へと姿を変えた。完全に展開しきったそれは、長大かつ殺意に満ちた形をしている。

 

「行くぞ」

 

 構えもなしに蛇腹刀は振るわれた。

 空気が削れるような音を出しながら、亜音速まで達した先端が特殊脳無の胴体を捉える。

 

「■■■■!」

 

 怪物はすんでの所で避けたが、脇腹を少し削られた。何度も改造を重ねたグロテスクな内臓がプリンのように零れ落ちる。だが、瞬く間に傷痕は消えた。

 

「(再生速度は完全体の私と同等か)」

「■■■■■■!!!」

 

 そう分析する彼女へ向けて、特殊脳無は反撃のために一直線に飛んでいく。聞くに堪えない声を上げながらも、動いているはずの羽音は異様に静かだった。

 

「ついて来れるか?」

 

 そんな怪物に動揺する事なく、夜神は全力で機翼を稼働させた。一瞬で亜音速まで到達した彼女は、更に速度を上げていく。しかし、怪物も驚異的な速さで追ってきていた。牽制代わりに蛇腹刀で攻撃を仕掛けてみると、刃は軽く弾かれた。

 

「(…固いな)」

 

 それほど全力ではないとはいえ、攻撃が通らなかった事に彼女は驚いた。見れば、特殊脳無の外見も大幅に変化している。肌が金属のような硬質な何かに変わり、腕全体が昆虫のような装甲に覆われていた。

 何より背中から生えた羽が一対から二対に増えている。しかも、飛行速度を上げるためなのかそれ自体も大きくなっていた。

 

「(それに思っていたより速い…)」

 

 対する夜神は、鋼鉄の翼が赤熱するほどの速度で飛んでいた。三対の機械的な羽は全力で駆動し、スラスターの内部は融解と再構成を繰り返している。超音速に近いスピードで飛行するためとはいえ、彼女の肉体は空中分解ギリギリであった。

 

「(奴を殺すには火力が要る)」

 

 焼却兵器を構築するためには、短くても8秒…いや10秒は欲しい。

 オールマイトであれば己の肉体のみで済むだろうが、生憎と私はそんな規格外な力は持っていない。再生速度からして、彼なら装甲なしでパンチ四発あっても六発で死亡するだろうからな。

 もしくはエンデヴァーでも良いぞ。この(ヴィラン)に限っては火力が正義だからな。細胞ごと焼き尽くのが一番早いのだが、今の肉体スペック的に一瞬で作れるのは刃物ぐらいなのだ。ならばどうやって時間を稼ぐか。

 

「追いかけっこは飽きただろう」

 

 夜神の翼が形を変える。

 スラスターの機構はそのままに、羽の一枚一枚が折り重なったな刃へと改造されてゆく。猛禽類のような翼が、殊更に殺意を尖らせた形状へと変わった。

 そして、改造が完了した彼女は上空へ向けて更に加速した。

 

「来い」

 

 地上から約2000m地点、夜神は超音速に至った。

 加速による衝撃波で大気が震え、ソニックブームが起きる。また、彼女の纏った外装は摩擦熱によって炎を帯びていた。

 

「■■■■■!!!」

 

 特殊脳無も更に加速するが、重力操作だけでは限界があるようだった。何とか羽の数を増やしたり、大きくしたしているが、夜神との距離は離されてゆく。

 彼女は気づいたのだ。怪物の重力操作は、思っているほど自由度が高くないのだと。他者に対して使うこともできず、自身と周りに作用するのがやっとな補助的な個性。有用な能力だが切り札と呼べるほどの力はなく、単体では自力で空へ浮かぶ事もできない。

 

「クハハハ!私のための脳無にしては随分とお粗末な性能だな!オール・フォー・ワン」

 

 煽るように笑う夜神。

 だが、そんな事をしているほどの余裕は彼女にはなかった。『不変的変貌改造(シュテルクスト)』がいくら万能の個性といっても出力は全盛期の半分以下。加速による負荷から異形の翼と機械化した肉体を保たせてはいるが、これ以上の速度は無理に近い。

 

「(マッハ2…それが私の限界点だ)」

 

 最高速度到達まで残り21秒。

 あと21秒で彼女の肉体は負荷に耐えきれずに自壊する。そうなれば骨肉と金属片が地上にバラ蒔かれ、一緒に血の雨も降るだろう。

 

「■■!!■■■■■!!」

 

 特殊脳無は夜神を想定して作られ、製作者の意図通りに彼女を追っている。多数の個性が埋め込まれた怪物は、少なくとも夜神に近い強さを持っていた。上位のヒーローには呆気なく殺されるだろうが、彼女にとっては強敵と言える。

 ただ、それは殺害という手段を選択した場合だ。行動不能にするのであれば、幾らでもやりようはある。何なら彼女は初手で内側から串刺しにする事もできたはずなのだ。

 

 だがしかし、夜神は特殊脳無を殺すと決定した。拘束でもなく戦闘不能にするのでもなく、完膚なきまでの滅殺。正面から怪物以上の力を(もっ)て全力で殺すため。彼女は、自身の全てを使える場を整えたのだ。

 

「照準固定。誤差なし」

 

 上空10000m。

 急停止した夜神は宙返りするように反転し、特殊脳無に狙いを定めた。距離は800と少しであり、9秒ほどで彼女に怪物は到達する。

 

「翼刃解放!」

 

 だが、その前に夜神の翼から幾千もの刃が放たれた。

 羽の形をした凶器が、特殊脳無に向かう。それぞれが電磁砲(レールガン)の如く電流を纏い、加速した刃が怪物に襲いかかった。

 

「■■■■!」

 

 特殊脳無は重力操作で刃を逸らそうとするが、そのせいで飛行速度が急激に落ちてしまった。地上という踏ん張れる場所ならいざ知らず、空という足場のない場所での操作は反発が起こってしまう。 

 それでも刃は1本たりとも怪物には当たらない。しかし、その場から動く事もできず、時間を稼がれてしまった。

 

「■■■■!!」

 

 何とか特殊脳無が刃の雨を抜けると、そこには準備万端の夜神がいた。怪物を見下ろすような眼差しに、凶悪な笑みを浮かべた彼女。

 その腕の凶器は完全にイカれた外見をしていた。

 

「少し遅かったな」

 

 優に数十mは越えるであろう巨大な武装。翼にも似たそれは、個人に対して振るうには過剰とも言えるほどに改造されきった蛇腹刀だった。

 刃は巨人の持つ斧のように分厚く長大になり、展開機構は完全に停止。殺傷力のみを追及した改造によって、全体が(いびつ)に圧縮されている。

 だが、それだけではない。

 切り立った山のように並ぶ刃だけでも過剰だというのに、その超重量を支えるだけの推進機構も常軌を逸している。夜神の身の丈ほどの大型スラスター。それが13機も取り付けられているのだ。

 

「■■■■■!!」

「『蛇腹式大型刀(ガリアンベルク)ver.焔』起動!」

 

 特殊脳無と夜神が叫ぶ。

 それと同時に、滅却兵器も地響きのような轟音を空に響かせる。その衝撃波で彼女の鼓膜は破れ、何も聴こえなくなった。

 

「■■■■!!!」

 

 怪物の聴覚も消えたが、動揺はない。

 何も聞こえないが、特殊脳無にとってさしたる問題ではなかった。故に、最初と同じく一直線に夜神を貫こうと肉体を変化させようとする。

 その瞬間、怪物の視界は真っ二つになった。

 

(のろ)い!」

 

 滅却兵器によって特殊脳無が両断されたのだ。

 蛇腹式大型刀(ガリアンベルク)の初速はマッハ1。使い手である彼女にも視認は難しく、不意打ちに近い状態の怪物にとっては不可視の攻撃だった。

 

「■■…!■■!?」

 

 特殊脳無は何が起こった理解できなかった。

 肉体が大きく欠損している事はかろうじて分かる。だが、分かたれた肉体が一向に元に戻らなかったのだ。

 視界には銀色の巨大な何か映っており、それが自身を貫いているという事に気づこうとした時。怪物の肉体は真っ赤な炎に包まれていた。

 

「墜ちろ!」

 

 貫いて両断した程度では特殊脳無は死なない。そんな事は夜神も理解している。故に、あの異形の兵器は怪物を貫いたまま更なる加速を行った。

 現在の速度はマッハ2.8。

 既に滅却兵器の先端は600度を超えていた。超加速によるGは個性でいくらか軽減はできるだろう。しかし、怪物は人間を元にしている生体兵器だ。生物である以上は、この超高熱に耐える事は不可能である。

 

「■■!■■!!■■■!!!」

 

 それでも特殊脳無は必死に逃れようと暴れる。

 虫のような羽で抜け出そうとするも一瞬で燃え尽き、装甲に覆われた肉体は内臓が焼け熔けた。手足は炭化と再生を繰り返し、段々と短くなってゆく。

 

「■■■…!■■■…!!」

 

 たった数秒で、特殊脳無の半身は完全に焼失した。

 だが、まだ死なない。夜神刹那を殺すという命令のために、この怪物は死ぬ寸前でも諦めなかった。届かぬはずだというのに、腕を槍に変化させて彼女に切っ先を向ける。

 

「燃え尽きろ!」

 

 しかし、更なる加速によって槍はドロリと熔け消えた。滅却兵器の速度はマッハ3に達し、加速度的に上がる熱によって四肢が完全に焼失。頭部と胴体だけはギリギリ残っていたが、もう再生は追いついていなかった。

 

「■■■…!!■■…!」

 

 現在の夜神の速度は秒速1029m。

 地面まで残り約5000m。およそ後5秒で、特殊脳無は地上と滅却兵器に挟まれて潰される。

 

「貴様の存在は不要だ!」

 

 自身も破壊と再生を繰り返しながら、彼女は凄惨な笑みを浮かべながら叫ぶ。脳無の情報は一体だけでいい。こちらは世界にとって不要な産物であり、残すべき物ではない。そのように夜神刹那は考えている。

 国家の歴史に名を刻んだ愚者であり正史(ゲンサク)に介入した異物である彼女が、だ。いずれ死するべきだと考えている人間しては、いささか傲慢かつ不遜である。

 

「クハハハ!!」

 

 私は矛盾している。

 異物であるというのに数多の人間の運命を変え、人を多く殺した。だというのに、人を救うヒーローを目指している。贖罪の意志など欠片もなく、好奇心という身勝手な理由で生きてきた。

 だから、必ず夜神刹那という存在は世界に消される。

 いずれ死に至る悲しくも当然の結末。ならば、私はその刹那を人でなしの愚者らしく生きるべきなのだ。ペラペラの嘘を重ねて、半端な人間として正義と悪をどっちも演じよう。

 それが(わたし)だからな!

 

「■■…!!■…!」

「このまま灰になれ!」

 

 特殊脳無の肉体はもう頭しか残っていない。

 攻撃の意思は皆無であり、生きるために全能力を使用している。だが、ついに頭蓋が砕け、脳が焼け、四つの瞳が一つずつ蒸発していく。

 そして、最後の瞳と夜神は目が合った気がした。

 

 そこに憎悪はなく、悲しみも恐怖もない。自我のない人形のような瞳。人間を材料にしながらも、怪物のように声を上げながらも、徹頭徹尾この生物には意志がなかった。

 

「さらばだ」

 

 夜神の哀れむような声の後、特殊脳無は完全に焼失した。だが、蛇腹式大型刀(ガリアンベルク)は急には止まれない。限界を迎えたスラスターは自壊してゆくが、この巨大な兵器は簡単には消えないし速度も落ちないのだ。

 なぜなら、この滅却兵器は刀を媒介にして構成されている。個性で出した物であれば直ぐに塵にできるが、この巨大兵器は手に持っている判定になっているのだ。

 

「(ふむ。大丈夫かこれ)」

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 特殊脳無が燃え尽きた一秒後。

 想像通りUSAの天井を巨大な鉄塊が突き破った。

 

「はあ!?嘘だろ…!」

「何だあれ…」

 

 何とか夜神の再構成した機翼で速度だけは落とせたが、それでも止まったわけではない。支えていた鉄骨が順々に折れ、ガラス片が雨のように地面に降り注いでゆく。

 幸いにも広場に生徒はおらず、イレイザーも空が暗くなった時点で待避していたので無事だった。ただ、気絶した(ヴィラン)はそこら辺に転がしたままだったので肌やら肉やらがズタズタになっている。

 瓦礫の雨が落ち止むと、不安定になった滅却兵器が揺れ始めた。

 

「あれ…落ちるんじゃね?」  

 

 生徒の声に答えるように、蛇腹式大型刀(ガリアンベルク)は重力に従って落下した。幸いにも広場に生徒はおらず、イレイザーも素早く待避している。だが、そこにいた脳無は普通に巻き込まれた。

 

「は?」

 

 死柄木弔の間の抜けたような声と共に、滅却兵器は深々と地面に突き刺さった。脳無は受け止めようとした際に頭部を抉られ、動きが停止。そのまま押し潰された。

 

「さて、話をしようか」

 

 融合していた自らの右腕を引き千切り、夜神は地面に降り立った。歩くごとに焼け焦げていた軍服は修復され、なくなった腕が数秒足らずで再生されてゆく。

 

「おいおい!何でお前がここにいる!脳無はどうした!」

「殺した。疑問には答えた。貴様には何個か聞きたい事がある」

「クソゲーかよ…!」

 

 一歩ごとに近づく夜神。

 黒霧は飯田を逃そうとする生徒の妨害のせいで今は来れない。あの戦闘能力では触る事も難しく、もし発動させても超再生で押し負ける。

 端的に言って死柄木弔は追い詰められていた。

 

「(脳無が私の兵器を退かすには、まだ時間がかかるはずだ)」

 

 特殊脳無は確実に私を狙っていた。

 青山優雅から情報は聞いているだろうが、ただ強いだけの生徒なら殺す理由にはならない。むしろ、あの魔王なら是が非でも再生能力は欲しいはずだ。拉致や誘拐などの手段は山ほど持っているのだからな。

 

 であれば、奴は死柄木に何を言った。

 彼に会った事は報告されたであろうが、その反応が知りたい。あの魔王は私をアインザッツと見ているのか、単なる関係者として認識しているのか。私の事を伏せて伝えている可能性は高いが、聞いて損はない。

 

「(ヤツの事だ。彼が自分で気づくように、私の情報を意図的に会話に混ぜているだろう)」

 

 一言でで良い。

 私に繋がる情報であれば、ほんの少しでも判断ができる。

 

「答えろ。何故あの怪物は私を狙った?」

「ハッ 誰が答えるかよ!」

「なるほど。理由はあったと…では『都市を喰らいし者』について心当たりは…」

 

 そこで、夜神の声は途切れた。

 自主的に喋るのをやめたわけではない。口を開いても言葉が出ず、空気の抜けるような音しかしないのだ。

 

「こふっ…!」

 

 それでも無理やり喋ろうとした彼女は、言葉の代わりに赤黒い血液を吐き出した。肺の機能は停止し、いつの間にか心臓の鼓動が止まっている。その程度の傷であれば、吐血する前に治癒されるはずだった。

 

「夜神!」

 

 彼女の心肺機能は停止したわけではない。

 その部分が抉られ、臓器の再生が別の何かで阻害されているのだ。

 

「何…だと…」

 

 夜神の身体を脳無が貫いていた。

 相澤の声も虚しく、彼女は咄嗟には動けなかった。脳無の腕は夜神の背骨を砕き、肺を破き、心臓を破壊。また、再生による攻撃も純粋な肉体強度で防いでいた。

 

「これは…予想外だ…」

 

 彼女は油断していた。 

 平和の象徴を殺すための脳無が、たかが数十トンの鉄塊で足止めできるわけがないのだ。むしろ十数秒も話せただけでも御の字である。

 

「嗤える姿になったなぁ!夜神刹那!」

 

 死柄木が嘲るように笑うと、それに応じるように脳無が夜神の左腕を掴んだ。そして、虫の脚でも捥ぐかのように力を入れる。鋼鉄の骨が枯れ木のように軋み、皮膚が紙のように破れていく。

 

「ぐっ…!」

 

 抵抗の間もなく一瞬で彼女の腕は引き千切られた。衝撃によって、潰された肺から声が漏れる。それだけに(とど)まらず、脳無は自身の腕を貫通させたまま彼女の残った腕を思い切り引っ張った。

 

「がっ…!」

 

 裂ける。裂ける。裂ける。

 肩が外れ、胸の穴が広がり、全身に亀裂が走る。超再生など意味がないかのように、止めどなく血が溢れていく。反撃などできるはずがなく、ただ命を繋ぐだけで精一杯だった。

 

「来…い…!」

 

 だが、今ある武器は使える。

 夜神の言葉に従うように、脳無に破壊された残骸が動いた。蛇腹式大型刀(ガリアンベルク)は刀を触媒にしているとはいえ、元は彼女の肉体である。自分の身体に引き寄せるくらいなら簡単だ。

 

「クハハ…!」

 

 彼女の狙い通り、残骸は脳無の身体に突き刺さった。

 体表が硬いため何個は弾かれてしまったが、それでも動きは阻害できる。また、引き寄せ地点が夜神なおかげで振りはらうことができず、何度も脳無の肌を切り裂いた。

 

「(このまま体内から串刺しに…)」

 

 残骸が貫通して夜神に触れれば、形を変えられる。そうなれば、内側からズタズタに引き裂くことができる。

 ゆっくりとだが、残骸は脳無の肉体に深く入り込んでいった。

 

「捨てろ脳無」

 

 だが、その前に夜神の身体は半分ほど裂けた。

 死柄木の指示に従い、本気を出した脳無によって彼女の質量は半分になった。そして、ゴミのように投げ捨てられる。

 

「がふっ…!」

 

 二度三度バウンドしながら彼女の肉体は再生してゆく。胸の穴が埋まり、両腕が生え、破けた軍服も元の形へと戻る。投げられたスピードが落ちる頃には、五体満足で立ち上がっていた。

 

「(ふぅ…死にかけた)」

 

 無傷…とは言えないが一旦の危機は脱した。

 心臓と肺を潰されて真っ二つにされた時は焦ったが、頭を潰されなければ問題はない。だが、このままやれば私は()()と意識が繋がってしまう。

 

「動けるか夜神」

 

 彼女がいる場所は丁度よくイレイザーのそばだった。彼の格好は薄汚れて怪我もしているが、致命的な傷は負っていない。

 

「動作良好。ただし、脳無の拘束は長くは無理だ先生」

「見ればわかる。潰すよりは長く足止めできているが、完全な拘束は無理だろう」

「『抹消』で何とか出来ないか?」

「今も使っているが、ほとんど効いていない。恐らく素の力はオールマイト並みだ」

 

 脳無は自身に突き刺さった残骸を魚の骨でも取るかのように除去している。大したダメージは与えられておらず、今すぐにでも襲いかかってきそうだった。

 

「(ふむ。先生の肘が崩れてないのは良いが、これ相手に時間稼ぎは厳しいな)」

 

 イレイザーが個性を消しても素の力が想定以上に強い。オールマイト並みとは聞いていたが、ここまでの威力とは想定外だ。全盛期の頃の彼よりはマシだが、これは殺す気でかからなければ面倒なことになる。

 

「(黒霧を彼らが抑えてヒーローを呼ぶには、まだ時間がかかりそうだ)」

 

 生徒としては戦いすぎの気もするが、先生と協力しての戦闘しかあるまい。まぁ、彼が了承してくれるかは別の問題だがね。

 

「夜神。今すぐ飛行して学校のヒーローを呼べ」

 

 彼女の想像通り。イレイザーは彼女に救援の言伝(ことづて)を頼もうとした。たとえ怪物を倒したとしても彼が教師で夜神が生徒である立場は変わらない。

 

「あぁ。できれば私もそうしたい」

 

 だが、脳無の目は確実に彼女を狙っていた。

 既に傷は塞がっているが、感情のない瞳でこちらを見ている。夜神が動けば、すぐさま襲いかかるだろう。

 

「…逃げに徹しろ。俺から言えるのはそれだけだ」

 

 それを察してか、相澤は苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。いくら夜神に再生能力があるといっても、子供がボロボロになる姿を見たい大人はいない。

 合理的に考えれば彼女と共闘するのが理想だが、それを選択できるほど彼の性根は腐っていない。むしろ、教師としての覚悟は人一倍決まっている方の人間だ。

 

「了解した。せいぜい時を稼いでみせよう」

 

 黒霧と13号先生の戦闘を見た感じ、足止めに必要な時間は約4分。たった240秒だ。無茶な難易度な気もするが、気にしても現実は変わらぬ。

 

「来るぞ夜神!」

 

 なにより、私という存在が蒔いた種だ。死なずの肉体で這ってでも時間を稼ごうではないか。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 彼らの戦いが始まって220秒後。

 原作と違い、元の場所に戻ってきた者たちがいた。

 

「耳郎さん!少し待ってください!」

 

 山岳ゾーンに飛ばされた八百万たち3人である。

 

「ウェ…危ね!待てって耳郎!」

 

 正史において、彼らはヒーローが助けに来るまでワープされた場所にいた。雷鳴の個性でほとんどの(ヴィラン)を倒せたが、隠れていた(ヴィラン)に彼を人質に取られたらである。

 

 しかし、この世界において彼女達は勝利した。

 要因は2つ、耳郎が原作よりも少し強くなっていること。夜神がドームを突き破った時の衝撃で(ヴィラン)が動揺したこと。それによって、彼らは辛くも勝利することができた。

 

「(ウチらは運が良かっただけだ)」

 

 相手は何の訓練も受けていないチンピラ。けど、数が多かった。範囲攻撃のできる雷鳴とそれを防げるヤオモモ。2人がいなかったら数に押されて負けていた。

 奇襲も運よくドームが揺れたおかげで対応できた。ウチは何となく刹那がやった事だと理解できたけど、(ヴィラン)はそれを知らない。地面から現れた時に揺れのせいで転んで、困惑している間に何とか倒せた。

 

「(けど、刹那に襲いかかってきた相手は格が違った)」

 

 あの細い怪物はTVで見たどのヒーローよりも速かった。もしも刹那が助けてくれなかったらウチは今ここにいない。そう確信できてしまうほど、あの怪物は強く見えた。

 だけど、問題はそっちじゃない。

 危険なのは黒い怪物の方だ。ウチは刹那という規格外のせいで、ある程度の強さは理解できる。だからこそ、あの怪物の実力が刹那より上だとわかってしまった。

 

「(行ってもウチじゃ足手まといになるかもしれない)」

 

 そう思いながらも耳郎は走る。

 それが夜神の元に向かわない理由にはならないからだ。好奇心でヒーローになった人間とはえらい違いである。

 

「これが…広場…?」

 

 やがて広場に辿り着いた彼女は、眼前の光景に絶句した。天井は完全に崩壊し、地面には抉られたような破壊跡。落ちた瓦礫が柱のように突き立ち、そこら中に血が飛び散っていた。

 

「はぁはぁ…置いてくなよ耳郎…って何だこりゃ!?」

「一体ここで何が…」

 

 だが、それよりも異様な物体が広場にはあった。

 (ヴィラン)たちが出現した場所。そこを覆うように銀色の壁が作られていた。刺々しい形状に、広場の巨大噴水を隠すほどの大きさ。中で何かが起こっている事は確実であったが、音は一切聞こえず、周囲は凍えるほど静かだった。

 今の自分達には情報が不足している。そう考えた彼女達は壁を迂回して訓練場入り口を目指した。

 

「3人とも無事だったか!良かった」

 

 警戒しながらも素早く移動した彼らを待っていたのは、分断されたクラスメイト達だった。

 

「切島!それに爆豪!」

「耳郎さん達も無事だったんだね」

「緑谷!蛙吹さんに峰田!」

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

 飛ばされた14名のクラスメイト。

 その全員が(ヴィラン)を打ち倒し、ここに戻ってきた。

 

「三下に負ける奴は生徒(おれら)にゃいねぇよ」

 

 この世界の彼らは覚悟が違う。

 彼らは十年前の厄災を見てなお、立ち向かう決意をした強い心の持ち主達だ。そのため、彼らにはヒーローを目指す相応の覚悟が身に付いている。

 故に、彼らは正史よりも容易く(ヴィラン)を制圧したのだった。

 

「…飯田くんが教師を呼びに行ってくれました…じきに…先生達が来るはずです」

「13号先生!」

「大丈夫ですよ…そんなに深くありませんから…」

 

 しかし、それでも生徒を守るために怪我を負った者もいる。黒霧の攻撃によって背中を抉られた13号だ。

 生徒の前である以上は心配をかけまいとしているが、明らかに重傷だった。今も激痛に意識を失いそうになりながらも銀色の壁を警戒している。 

 

 その壁を耳郎はじっと見ていたのだろう。

 何かもどかしい表情をした爆豪が、それの正体を教えくれた。

 

「耳。気づいてる思うが、あの壁は軍服が作った壁だ」

「耳…ウチのことか。そっか…刹那が…」

  

 何となく彼女も気づいてはいた。

 この中で、あんな構造物を作れるの刹那しかいない。刺々しい見た目も、自らの機翼を応用したとすれば納得がいく。

 

「中の状況は…?」

「…彼女が壁を築いてから約4分。学校に飯田が着くまで約3分…持ちこたえてくれるのを俺たちは祈るしかない」

 

 障子の言葉は、現在の状況を端的に表していた。

 ここに残った6人のクラスメイトは、夜神と脳無の戦闘を目撃している。つまり、彼女が腹を貫かれ、腕を捥がれる瞬間も見ていた。

 故に、彼らは理解していた。この壁がヒーローが来る前に破られた時。それは、夜神の死亡を意味しているということだった。

 

「刹那…刹那は大丈夫だよね?」

「…耳郎。あの中には先生もいる。大丈夫だ」

「そうです。それに、夜神さんは簡単にはやられません。きっと生きて戻ってきますわ」

 

 障子と八百万の言葉は気休めでしかない。

 耳郎は不安げな瞳で壁を見つめた。1秒、2秒、3秒、ゆっくりと時間は過ぎ、彼女がここに戻ってから約20秒後。壁に変化が表れた。

 

「全員気をつけて!」

 

 銀色の壁が劣化したようにくすんでゆく。

 急速に錆びるように色を変え、黒ずんだ部分から崩れて消える。決着がついた事を生徒達は理解した。だが、明らかに意図した『個性』の解除ではない。

 

「良い気分だ。実績解除って感じだな」

「ぁ…がっ…!」

 

 生徒たちの目に飛び込んできたのは、彼女たちが完膚なきまでに敗北した姿だった。

 

「生徒が一人逃げたと聞いた時は最悪の気分だった」

 

 夜神は両腕を欠損し、首を掴まれて持ち上げられていた。両足も折れ、滴った血が地面に赤い水溜まりを作っている。

 また、何度も再生を行ったせいで力が尽きかけているのか、欠損した箇所が治る気配もない。武装も念入りに破壊されており、そのせいで反撃する余力さえなかった。

 

 そして、相澤もまた身動きが取れない状態にあった。

 彼は脳無に両腕を折られた上で、のしかかるように拘束されていた。素でオールマイト並みの体格と力では、相澤の個性は意味がない。今の彼は、死柄木の個性を阻害するだけで精一杯だった。

 

「でもまぁ…中ボスは倒せた」

 

 生徒たちは誰一人として動けなかった。

 怖いわけではない。目の前の(ヴィラン)の所業を理解することができなかったのだ。血塗れになったクラスメイトに、必要以上に痛めつけられた先生。この光景を受け入れるには、まだ彼らは心は幼すぎたのだ

 

「…夜神…逃げ…ぐぁっ…!」

 

 相澤は何とか彼女の逃げる隙を作ろうとしていたが、その度に脳無は彼の腕を何度も折っていた。そのせいで関節はぐちゃぐちゃになり、腕全体が痛々しい色を帯びている。いくら雄英にリカバリーガールがいるとしても、治るには長い時間が必要になるだろう。

 

「脳無」

 

 彼の一声で、相澤の顔面は地面に叩きつけられた。鈍い音が響き、眼孔から血が溢れる。

 

「がっ…」

 

 衝撃と激痛によって、彼はようやく気を失った。

 意識が落ちる最後までイレイザーは死柄木弔を見ていた。ヒーローにして教師である彼の立派な姿である。だが、その努力は無駄に終わり、夜神の崩壊が始まった。

 

「かっこよかったぜイレイザーヘッド」

「っ…ぁ…!」

 

 彼の五指が触れる場所から、彼女の肉体が塵となって消えてゆく。皮膚が割れ、血管は砕け、筋肉がほどける。抵抗すらできず、夜神の死は刻一刻と近づいていた。

 

「刹那!」

「耳郎さんいけません!」

 

 (ヴィラン)に向かう彼女の叫びで、生徒たちはようやく状況を飲み込んだ。今どうするべきか彼は思考する。そして、気づく。先生を拘束していた脳無の姿が見えない、と。

 

「上か…!」

 

 黒霧が自分の元に戻った時点で、死柄木は夜神を殺すと同時に囮として利用する事にした。結果は1人しか釣れなかったが、問題はない。生徒が1人でも死ぬ時点で、最低限の目的は達成できたような物だからだ。

 

「(どうする!刹那さんを助けに行けば耳郎さんが死ぬ!だけど、逆でも僕らはあの(ヴィラン)の迎撃すら難しい!考えろ緑谷出久!)」

 

 耳郎も八百万の声を聞いた瞬間に自身の状況理解した。だが、どうも出来ない。防御をしたとしても、自分の腕は呆気なく折られ死ぬ。

 

「(なら、走るだけだ!)」

 

 ここにいるのは同じ志を持ったクラスメイト。空中にいる脳無を彼らが迎撃することに彼女は賭けた。耳郎が(ヴィラン)によって殺されるまで、残り1秒。

 

「(ワン・フォー・オール“50%”…!)」

 

 それを緑谷は理解し、脳無に向かって跳んだ。

 一瞬で怪物まで接近すると、その勢いのまま彼は殴った。だが、この脳無に打撃は効かない。それどころか、反撃のために怪物も殴ろうしてきた。

 

「デク!避けろ!」

「え?」

 

 あくまで彼の攻撃は目標を耳郎から変えるためのもの。次の行動は考えていない。しかし、緑谷に標的を変えたことで脳無の行動に隙ができた。

 

「死ねぇ!」

 

 それを見逃す爆豪ではなく、怪物に爆破が襲いかかる。煙幕によって視界が塞がれ、脳無は標的を失って何もない地面に着地した。すると、足元から全身を凄まじい速度で氷が覆ってゆく。たった数秒で、怪物は氷の中に閉じ込められた。

 

「…何て力してやがる!」

 

 だが、長くはもたない。

 全身を氷によって固められているというのに、脳無はなおも動いていた。普通の人間なら指1本すら動かせない密度だというのに、怪物は全身を脈動させている。この力では、すぐに氷は砕かれてしまうだろう。

 

「(こんなのを相手にしてたのか…夜神は…!)」

 

 脳無が一時的に捕らえるまで10秒もかかっていない。

 その僅かな時間に耳郎響香は走り、(ヴィラン)を自身の『個性』の射程圏内に捉えた。

 

「刹那を離せ!」

 

 彼女の個性である『イヤホンジャック』は自身の心音を爆音の衝撃波へと変える。コスチュームに取り付けられた指向性特殊スピーカーにプラグは差し込まれ、今まさに攻撃の瞬間だった。

 

「いいんですか?」

 

 だが、悪意は彼らの想像を越える。

 

「先生を攻撃しても?」

「っ…!」

 

 黒霧によって、瀕死の相澤が彼女の目の前に転送された。目に映るのは、痛々しい傷痕に何度も折れた腕。耳郎のスピーカーから音は響かない。彼女の攻撃は、相澤という生きた盾によって防がれた。

 

「中ボス撃破だ」

「ぁ…」

 

 そして、夜神の頭部が塵となって消えた。

 触れた部分が崩壊したことで、首から下の身体が地面へと倒れ込む。糸の切れた人形のように、彼女の肉体が血溜まりに落ちた。

 

「刹那…?」

 

 耳郎は自身の目に映る光景を信じられなかった。

 あんなにも強かった彼女が、こんなにも呆気なく死んだ。さっきまで話していた彼女が、自分と言葉を交わすことはない。夜神の死という情報を、彼女は処理できなかった。

 血溜まりに、夜神の軍帽が落ちた。

 それを見ても耳郎は動けない。辛うじて先生の前に立ってはいるが、彼女はもう戦えない。

 

「クソ…!もう氷じゃ抑え切れねぇ」

「わたくしの創造も品切れですわ…!」

「逃げろ耳郎!もう限界だ!」

 

 声が聞こえる。

 けれど、彼女の心は折れてしまった。

 

「じゃあな」

 

 死柄木の手が伸びる。

 彼女は動けない。世界がスローモーションに見え、自身に死の影が迫ってもなお、耳郎の思考は止まったままだった。

 だが、彼女に死はやって来なかった。

 

「もう大丈夫」

 

 扉が蹴破られる音と怪物が吹き飛ばされた音。

 それと『平和の象徴』の声が聞こえた。

 

「私が来た!」

 

 ヒーローは遅れてやって来る。

 そこに本人の意思は介在せず、犠牲者の有無など関係ない。けれど、絶望の渦中にいた生徒たちにとって、彼は希望その物であった。

 

「オールマイト…!」

 

 彼を呼ぶ声が誰かはわからない。

 しかし、この場の誰にとってもオールマイトは正義その物であった。

 




蛇腹式大型刀(ガリアンベルク)ver.焔】
 超加速による燃焼を目的とした焼却兵器。
 全長30m重さ45tの巨大兵器であり、最高速度は理論上マッハ6。最高到達温度は1200度を越える。ただし、その前に熱と衝撃に耐えられず融解して空中分解する。質量による破壊ではなく『熱の壁』と言われる物理現象を利用した兵器。
 なお、エンデヴァーは特に予備動作なく2000度くらい出せる。
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