ヒロアカ転生人格変貌   作:七瀬一五

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【銀の壁】
 脳無が瓦礫を投げて攻撃したので、他の生徒に当たらないように構築した鋼鉄の壁。高さは20mほどあり、直径は約100mとかなり大きい。また、夜神が自身の機翼を元に作ったので多重構造になっている。
 しかし、そんなに頑丈ではないので脳無が何回か殴ったら簡単に貫通できる。


終結と自己蘇生

 オールマイトが訓練場に到着したのと時を同じくして、とある場所で不穏な事態が起きようとしていた。

 

 その場所は、雄英高校から数百kmほど離れた海上に存在する(ヴィラン)犯罪者特殊収容施設だった。高い壁と海に囲まれ、何十体もの機械兵器が備えられた要塞刑務所。ここでは、超がつくほどの凶悪(ヴィラン)が法的手続きや人権を無視して永久に隔離され、誰にも看取られることなく死ぬ。

 まさに個性社会の闇を象徴する施設であり、国家に容認された必用悪その物。

 

 通称『タルタロス』

 その最深部である地下500mの特殊独房、の更に100m下の超特殊機密独房。そこでは、ある人間の死体が厳重に保管されていた。24時間体制の監視と精密なバイタルチェックが常に行われ、上からの情報が全て遮断された異様な場所。

 

「暇ですね先輩」

 

 そこの監視者の1人である彼女は暇そうにそう呟いた。

 

「そう言うな後輩。見るだけなんだから上の監視よりよっぽど安全だぞ」

 

 そう答える先輩と言われた彼も、暇そうだった。

 

「でも先輩。動くはずのないアレを1日中見てるのは精神的にキツいです」

「だから2人なんだろ。それに、特別手当ても出るんだから良いじゃないか」

 

 この特殊独房は、他よりも広く異質だった。

 縦10m横10m高さ10mの立方体の中心。そこに彼女の死体が磔にされている。肩下から欠損した左腕を除き、四肢は十字架にボルトで固定され、バイタルを確認するためのコードが何本も突き刺さっていた。

 また、全ての壁が真っ白な衝撃吸収装甲に覆われ、入り口らしき場所もない。そして、壁面には戦闘ヘリ用の大型機関銃が8門も設置されていた。

 

「話し相手がいるからって時間が過ぎるのが早いわけじゃないですよ。上に行って食堂でTVが見たいです」

「あと3日で終了だから我慢しろ後輩。…とは言ってもスマホ無しはキツいよな俺もそうだよ」

「ですです」

 

 彼らの監視場所は彼女の正面。

 厚さ60mmの超強化アクリルガラス越しに作られた部屋だった。ここには所長直通の電話とバイタルチェック用の様々な機器。あとは、それらが置かれた机と座り心地の良い椅子が二つあるだけだった。壁には物々しい警報装置があり、押せばタルタロス内の全隔壁が下ろされる。ちなみにトイレと水道は別室にあるが、電子レンジとかはない。

 

 また、当然のように私物の持ち込みは禁止である。申請すれば小説や漫画などは支給されるが、それでも精神的にかなり辛い。一応ボーナスとして30万円ほど給料に上乗せされるが、ほとんどの職員にとっては罰みたいな扱いをされている。

 

「というか遠隔で監視じゃ駄目なんですか?肉眼で見る必要あります?」

「前は遠隔だったけど5年くらい前に何故か壊れたって言ったろ。場所が場所だから修理するより人間にやらせた方が安いんだよ。死ぬ可能性も低いから文句は出るけど、抗議とかはないから俺らが死なん限り変わらん」

 

 今から5年ほど前、ここの監視機器が一斉にダウンしてしまったのだ。原因は不明だが、分解したカメラの回路は全て断線。熱によって焼き切れたこと以外は分からず、死体の拘束を強化して一応は解決したことにした。

 

 それから人による監視に変わった。

 わけではなく、実は彼らに伝えられてないだけで監視カメラは今も稼働している。一部の職員には所長から教えられているが、修理した際に人と機械の二重警戒に変わったのだ。いくら修理費用が高くとも、人の監視だけでは時代錯誤が過ぎる。

 伝えられていないのは、もしも職員が死体を盗もうとした際に迅速に捕らえるためである。監視員を信頼していないようにも感じるが、それだけ上層部は彼女の死体を危険視していた。

 

「そういえばそうでしたね。危険性が低いのは良いんですが、改善はされて欲しいです」

「だよな。お、そろそろ休憩だから上から食事が…」

 

 ピッ

 

「ん?」

 

 彼が備え付けの配膳用エレベーターに近づことすると、音が聞こえた。無機質な電子音。彼女の鼓動を知るための心電計の音だ。

 

 ピッ

 

 それが鳴っていた。

 変わらない一本線を表示していたはずの心電図には、波が出来ていた。それが示すのは、あり得ざる事実。血の一滴すら枯れ果てた彼女の死体が、生き返ったということだ。

 

「せ、先輩…これって…」

「後輩。今すぐ所長に連絡しろ。機械の故障かもしれんが、そうでなれば俺たちは死ぬ」

「は、はい!」

 

 彼は努めて冷静に彼女に指示を出した。

 先輩である自分が動揺するわけにはいかない。そう必死に焦りを抑えてマニュアル通りに行動した。

 だが、彼は見てしまった。

 

「嘘だろ…」 

 

 深海のように深く淀んだ青い瞳。

 それが、閉じていたはずの瞼から覗いていた。映像で何度も見た特徴的な彼女の眼。それに見つめられた彼は、迷わず警報装置を作動させた。

 

「先輩!?まだ生き返ったと決まったわけじゃ…」

「確定だ!逃げるぞ後輩!」

「嘘でしょ!?わかりました!」

 

 2人は即座に緊急脱出用エレベーターに乗り込んだ。すぐさま昇降機は加速し、たった10秒で上に到達。それと同時に警報が刑務所内に鳴り響いた。

 

「『セキュリティブラック発令。セキュリティブラック発令』」

 

 この独房の場所は他とは立地が違う。

 他の部屋が隣合っているのに対し、この独房は厚さ10mの強化コンクリートに囲まれた海に沈む箱。また、入るための通路は特殊独房に繋がっておらず、監視室からの直通エレベーターのみである。

 

「『最深部の全隔壁を閉鎖。職員はただちに配置についてください』」

 

 それを、眼を開いただけで彼女は認識した。

 蘇生してから僅か1秒。まだ完全に意識が覚醒していないというのに、驚異的な能力だった。

 

「『繰り返します。最深部の全隔壁を閉鎖。職員はただちに配置についてください』」

 

 肉体に食い込んで固定されたボルトが、超再生によって吹き飛ぶ。吊られていた十字架は砕け、彼女の背中から異形の翼が生える。

 拘束具が破壊されたことによって、大型機関銃が彼女に向かって火を噴いた。一発で鉄板を貫き、人間の頭部をスイカのように破壊するほどの過剰な威力の弾丸。それが一瞬で数百発も発射された。

 

「ヌルイ」

 

 だが、彼女には一発たりとも当たらなかった。

 弾丸よりも速く、一瞬で変貌した右腕が全て斬り落としたのだ。その余波で機関銃は壊れ、監視室の強化アクリルガラスも割れている。

 

「ヒーロー…」

 

 肉体の再生は終わり、ボロボロだった軍服も修繕されてゆく。しかし、右眼と左腕は欠けたままだった。眼窩からは血の涙を流し、腕の傷痕からも血が滴り落ちている。

 だが、そんな事は気にせず彼女は通路へと向かった。

 

「ヴィラン…」

 

 隔壁を発泡スチロールのように砕きながら、彼女は歩く。意味のない言葉を呟きながら、地上へと向かうエレベーターに着実に近づいていた。

 通路に備えられた兵器はことごとく効かず、足止めすらできない。そして、彼女は最後の隔壁を視認した。

 

「撃て!」

 

 それと同時に、戦車砲が彼女に向けて放たれた。

 機関銃の何十倍もの威力を誇る砲弾。この施設の最大火力であろうそれを、彼女は素手で受け止めた。

 

「馬鹿な…」

 

 その光景に、刑務官たちは驚きを隠せなかった。

 彼女に攻撃の意味がない事は理解している。しかし、ほとんど傷を負わないのは予想外だった。

 

「サダメ…オール…」

 

 それもそのはず、なぜなら移動虐殺部隊(アインザッツグルッペン)を殺せるヒーローは現状2人しか存在しないのだ。オールマイトとエンデヴァー。彼らのように近代兵器を遥かに越える火力でなければ、彼女に傷は与えられない。

 

「隊長!戦車砲は効果がありません!この通路の爆破許可を!」

「ダメだ!奴はその程度では死なん!今は弾丸が尽きるまで撃ち続けろ!」

「…了解!」

 

 しかし、彼らは攻撃を続けるしかない。

 それから3分間。刑務官たちは、あらゆる攻撃をアインザッツに与えた。弾丸はもちろん、毒ガスから条約違反の兵器。更には『個性』による非人道的な手段まで、およそ今できる全ての手段を持って彼女の足止めを試みた。

 

「隊長…弾薬が尽きました…!」

 

 だが、全て無力化された。

 ABC兵器は少し肌を爛れさせただけで以降は効かなくなり、ダムダム弾やナパーム弾も指先に少し傷をつけた程度。『空間削り』の個性を持つ刑務官が頭部を抉っても、一瞬で再生して元通り。『液体操作』で体内から破壊しようとしても、血の一滴すら操作できなかった。

 

「…上に伝えろ。部隊の生命信号が途絶えたら昇降機を破壊しろと。多少は時間を稼げるはずだ」

 

 万策尽きた彼は、死ぬ覚悟を決めた。

 

「了解しました隊長!」

 

 そして、彼を慕う部下たちも当然のように従った。

 

「…武器はないが撤退する理由にはならねぇ。総員!近距離戦闘に備えろ!」

「了解!」

 

 アインザッツと彼らの距離は約20m。

 兵器は底を尽き、あっても使えない。残された武器は

『個性』と警棒のみであり、絶望的な状況だった。

 

「いいか!10m地点を越えたら全員で突撃しろ!」

 

 けれど、それは諦める理由にはならない。

 もしアインザッツが外に脱走すれば、10年前のように都市が消える。多くの人が死に、ようやく下がった犯罪率も上がってしまう。

 それを防げるのなら、彼らは喜んで死ぬ。

 ほんの僅かな時間しか稼げないとしても、そのために命を懸けれる覚悟を彼らは持っている。

 故に、彼らは静かに突撃の合図を待った。

 

「ソラ…ノウム…オリ?」

 

 しかし、そんな彼らの覚悟とは裏腹に彼女は唐突に歩みを止めた。彼らの攻撃が時間差で効いたわけではない。今まで虚ろだった彼女の瞳に微かな光が灯ったのだ。

 

「…テン…キョウ…」

 

 アインザッツは周囲の状況を確認するように周りを見渡した。天井、床、壁、自身の身体、最後に目の前にいる刑務官。じっと彼らの様子を見つめると、ゆっくりと眼を閉じた。

 

「キカン」

 

 そして、電池の切れた人形のように倒れた。

 

「…え?」

 

 急に動きを停止した彼女に刑務官たちは困惑を隠せなかった。

 

「死んだ…のか?」

「…なんで?」

 

 とりあえず持っていた警棒を投げつけるが、反応はない。さっきまでならバラバラに斬られているはずなのに、彼女は微塵も動かなかった。何なら、左腕から流れていた血も止まっている。肌の色も拘束時と同じ状態に戻っているし、今の彼女からは生気が感じられない。

 有り体に言って、誰がどう見てもアインザッツの身体は死体に戻っていた。

 

「隊長。どうしましょう」

 

 標的が停止した事は彼らにとっても喜ばしい。

 ただ、こうも突然だと恐怖や困惑の感情の方が大きかった。

 

「…奴が止まった理由はわからんが、別の部隊に交代して警戒は続ける。それに、動いた原因が不明な以上は別の拘束方法が必要だ。上の部隊へ来る時に瞬間凍結剤を3つほど持ってくるよう伝えてくれ」

「了解しました」

 

 上のエレベーターへ向かう部下を見ながら、彼は静かに疑問を呟いた。

 

「…奴は一体何がしたかったんだ?」

 

 こうして、釈然としないまま防衛戦は終わった。

 参加した隊員の胸中に強い無力感を残し、多くの謎を生んだ彼女の脱走事件。何もかもが意味不明であり、あまりの不気味さから上層部も匙を投げた。

 後に真相は判明するが、彼らがそれを知る事はないだろう。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 場所は戻り、訓練場。

 降り立ったオールマイトによって脳無は倒され、増援のヒーローによって死柄木たちは撤退。計画的な襲撃でありながら、実戦経験のないA組は辛くも生き残った。

 ただ1人を除いて。

 

「これが…夜神さんなのか」

 

 飯田の眼に映るのは、両腕と頭のない死体だった。

 服装以外では判別できないほどの損傷を受け、眼を背けたくなりほどの攻撃を受けたであろう身体。吐きたくなるほどの血の匂いが漂い、空気は暗く重かった。

 

「刹那…どうして…」

 

 それに縋りつくようにして、耳郎響香は泣いていた。

 無理もない。彼女にとって夜神は友人であり、いつも共にいた親友だったのだ。受け入れるには長い時間が必要であり、子供に背負わせる業にしては重すぎる。

 

「ミッドナイト先生…」

 

 見ているだけで辛くなるほど痛々しい彼女の姿。

 八百万は何か自分にできる事はないかと先生に問うが、彼女は無言で首を横に振った。今の彼らが耳郎にできる事など何もない。この場いる誰もが人を救う力を持っていながら、少女の心を救う術を持つ者はいなかった。

 

「耳郎さん。そろそろ彼女を担架に」

 

 けれど、彼女の遺体をそのままにするわけにはいかない。

 縋っていても死体が慰めてくれるはずもなく、凄惨な死体はトラウマを深く刻みつけるだけである。

 

「…はい」

 

 そして、それを耳郎も薄々気づいていた。

 夜神が生き返る可能性も考えたが、現実は変わらない。救急隊員は彼女が遺体から離れるのを見届けると、死体を慎重に持ち上げた。

 両腕と頭のないため、夜神の身体は生前よりも軽かった。担架にゆっくりと下ろすと、残っていた血液が断面から流れ出る。再生の兆しはなく、本当に死んでしまったのだと改めて突き付けられた。

 

「アイツ…相当キテんな」

「…そうだね」

 

 力が抜けたように座り込む耳郎を見ながら、緑谷は過去の爆豪を思い出していた。目の前ので大切な人を失い、今にも死んでしまいそうな眼をしていた彼女。今でこそ普通に生活しているが、立ち直るには長い時間が必要だった。

 昔の爆豪の精神状態よりはマシに見えるが、それでも元に戻るには時間がいる。ただ、自ら命を断つことないと緑谷は考えた。

 

「あの状況で耳郎さんは最適解を選択していた。ただ、それ以上に(ヴィラン)が一枚上手だった」

 

 どうしようもない事実。

 けれど、もしもを考えてしまう。もっと最適な行動があったのてまはないかと思考する余地がある。その後悔は一生続き、答えはでない。幸福を迎えたとしても必ず頭の片隅に残り続ける。

 だが、夜神を救えなかったという事実で耳郎響香は自殺を選ぶことはない。彼女の行動の結果は後悔であって、罪ではないのだ。助けられなかったという事実はあっても、それが自死という贖罪には繋がらない。

 

「それを受け入れて先に進めるかは分からない。けど、雄英高校に入学したって事は並大抵の覚悟じゃないはず。耳郎さんなら夜神さんの死をきっと…」

 

「きゃあああああ!!!」

 

 緑谷が自身の答えを告げようとした時。

 誰かの悲鳴が上がった。

 

「何だ!?」

 

 悲鳴の出所は芦戸三奈。

 担架を運ぶのを手伝おうとしたら、目の前で死体が起き上がったのだ。彼女と救急隊員は驚愕し、乗っている遺体が動いたせいで担架のバランスが崩れる。しかし、死体は地面に落ちることなく軽やかに着地した。

 

「えぇ…」

 

 無事な部分が片足だけだというのに、フラミンゴのように器用に立っている夜神。その姿に彼らは困惑する事しかできなかった。

 

「あれで生きてたの…?」

「マジかよ…」

 

 事態を飲み込めない彼らとは裏腹に、彼女の肉体は足元から再生してゆく。骨の飛び出した足は元の形に戻り、腕が軍服と同時に修復される。身体の再生が完了すると、最後に自身の頭部を再生した。

 

「完全復活。おはよう諸君!」

 

 何という事でしょう。

 さっきまで死体その物だった彼女が無傷で甦っているではありませんか。クラスメイトは驚きを隠せず、教師の方々も口をあんぐりと開けています。

 

「え?あの…え?刹那?」

「そうだ」

 

 いつも被っている軍帽はなく、黒かった髪は何故か白くなっているが間違いなく夜神本人であった。あまりの出来事に耳郎の思考は止まり、感情の置き場が行方不明になっている。

 

「…その髪の色は?」

「おっと…頭部を失ったのが久々すぎて失敗してしまったようだ」

 

 彼女が指を鳴らすと、髪の色は黒に変わった。

 意図的に自身の髪色を変化させているためか、何人かの生徒は元の夜神が白髪だと気づいた。しかし、そんな事は些細な物である。

 

「…生きてたの?」

「あぁ。感動の再会ということで抱きついても構わ…うぐっ」

「刹那の馬鹿…!」

 

 生きている事を確認するように、耳郎は彼女を思い切り抱きしめた。最初はそれに少し驚いた夜神だったが、同じく抱き返す。それに水を差すような人間は、ここにはいない。

 

「さっきの姿…」

「どうしたのかっちゃん?」

 

 ただ、爆豪勝己は一瞬だけ白髪の夜神にアインザッツを幻視した。映像でしか見たことのない大犯罪者。自身の家族を失う原因となった人間が、何故か夜神と重なった。

 

「…いや、何でもねぇ」

 

 不死身というには無法過ぎる能力に白い髪。

 疑念はあるが、決定的な確信はない。思い違いかもしれないが、爆豪の胸中には小さなしこりが残った。

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 とても危なかった。

 まさか私が寝ぼけてタルタロスを脱走しかけるとはな。おかげで生き返るのに時間がかかった。

 

「ほら私は無事だから泣くな」

「うー…泣いてない…ぐすっ」

 

 そのせいで、響香や皆に要らぬ心配をかけた。

 今も私に抱きついている彼女なんて、私の血で服がぐちゃぐちゃに汚れてしまっている。悲しんでくれるのは予想してたが、こんなに泣かれるとは思わなかった。

 

「私が首を刎ねられたくらいで死ぬわけないだろう」

「いや…普通は死ぬんじゃないかな?」

「うん」

 

 夜神は耳郎を泣き止ませるために自身の不死性を主張するが、流石にツッコまれてしまった。

 

「吸血鬼やゾンビじゃないのだから、そんな簡単に殺されるほど柔い命ではないさ」

「無茶苦茶なこと言ってる…」

「やっぱアイツ頭おかしいって」

 

 頭部の破壊とは、すなわち自意識の断絶に他ならない

 自分が自分であるという確証が消え、精神が崩壊する。夜神の場合、本体という核が別の場所にあるので問題ない。何なら転生した時に魔王のせいで元の精神が完全に崩壊しているので、本体ごと粉微塵にされても自己の連続性を保つことができる。

 

「さて、もう下校時刻だし帰るか響香」

「夜神さん」

「何かな?先生」

「帰ろうとしてるところ悪いんだけど、あなた入院よ」

「…何故だ?」

 

 先生の言葉に夜神は疑問を持ったが、ミッドナイトの言葉は当然の帰結であった。テセウスの船じみた精神を持つ彼女だが、一応は超重傷患者である。治ったとはいえ帰らせるわけにはいかないのだ。

 

「はぁ…あなたはさっきまで完全に死んでたの。病院で一通りの検査を終えるまでは登校禁止よ」

「うーむ正論過ぎて反論もできん」

 

 しょうがないので彼女は歩いて救急車に乗り込んだ。

 また、緑谷出久も足が折れていたので一緒に病院へ運ばれる事になった。

 

「なるほど。相澤先生と13号先生は一足先に搬送されたか」

「うん。幸い僕は軽い骨折だったし夜神さんは…その…」

「死んでたからな。言葉を濁す必要はないぞ緑谷出久。現在の私は生きているのだから」

 

 やることもないので雑談する2人だったが、夜神はともかく緑谷は普通に重傷である。さっきまで普通に立っていたが、医者に見られたら即キレられるレベルで紫色に変色していた。

 

「(死んだって事は認識してるんだ…)」

「この世に生を受けた時から運命(さだめ)に抗った肉体だ。貴殿(ヒーロー)が最高の英雄になる姿を見るまで私は死なないさ」

「…前から聞きたかったんだけど、夜神さんがヒーローを目指す理由って何かを見届けるため?」

 

 核心をついた言葉。

 緑谷にとっては何てことのない軽い疑問であり、深い考えがあっての発言ではない。しかし、夜神にとっては深く考える必要がある言葉だった。

 

「ふむ…そうだな」

 

 素直に正解だと答えるか。

 それとも誤魔化すべきか。彼女がどちらを選んでも、この先の事象に大きな変化が出ることはない。

 

「義務…というべきではないが、私は自身に残った微かな欠片に従っている」

「欠片?」

「そうだ。記憶の片隅…もう消えてしまった残骸を元に私は稼働している」

 

 されど、いずれ告げる真実の理解を早めるために、夜神は意図的に事実を隠しながらも答えた。

 

「…つまり?」

「貴殿の言っていることは正解だ。私は消えた過去を元にヒーローを目指し、掠れた記憶を生きる目的としている」

「えーと…記憶喪失だけど覚えている事はあるから、それを探すためにヒーローになるってこと?」

 

 彼女の迂遠な物言いを緑谷は的確に理解した。

 流石は継承者である。爆豪であれば言葉の代わりに爆破で答えただろうが、称賛すべき忍耐力だ。

 

「素晴らしい理解力だ」

「合ってたんだ…」

「私にとってヒーローとは目的に至る要素の一つでしかない。貴殿から見た私は命を懸けて戦ったように見えるが、先にある運命を変えぬために私は行動した」

 

 そう彼女は言っているが、別に全てのヒーローがオールマイトのような狂人ではない。むしろ、人を救う以外の目的でヒーローをやっている人間の方が多かったりする。

 

「けど、命を懸けて守ってくれたのは事実だ」

「ふむ。そうかね?」

 

 緑谷もそれを理解している。

 人を救うという行動に優劣はなく、ヒーローは綺麗事だけで動いてる訳ではない。むしろ、夜神の方がプロヒーローを高く見積り過ぎている。

 

「夜神さんは何かこう…難しい考え方をしてない?」

「…貴殿にはそう見えたか。私としては単純な思考で動いてるいるだけなのだがな」

 

 彼女の考えは自身が考えるほど簡単ではない。

 この世界でやりたい事の多くを同時進行で行っているせいで、夜神の思考は酷く複雑な物になっている。そのせいでバタフライエフェクト等という生易しい物ではなく、未来の改変に近い事が起きようとしていた。

 

「ちなみに怪物は誰が倒したんだ?」

「オールマイトが一発で倒したよ」

「あれをか…やはりオールマイトは規格外の存在だな」

 

 ついでに記憶の綻びも深刻なせいで、正史と随分ズレている事に気づいていない。今回も夜神が脳無の超再生を削っていたおかげで、オールマイトが全力の一撃で倒せた事に気づいていなかった。

 

 幸い致命的なズレはまだ起きていないが、オールマイトの力が正史よりも削られていない影響は大きい。それこそ、魔王をゲンサクよりも早く完全に滅する可能性も出てきている。

 

「(弱体化…してるんだよな?)」

 

 ただし、夜神がそれに気づく時は来ない。

 彼女は、自身が原因の誤りつつある世界をただ受け入れて傍観するだけである。

 




【空間削り】
 大体の防御を無視して空間ごと抉る個性。発動するには30秒ほど対象を見つめる必要があり、少しでも視線がズレると最初からとなる。また、かなりのエネルギーを消費するため燃費が悪い。頑張っても一月に一回が限界かつ、削れる範囲もサッカーボールくらいでギリである。
【液体操作】
 言葉の通り視認した液体を操る個性。
 残念ながらアインザッツの血液は再生能力が高すぎて液体と『個性』に認識されなかった。ちなみに彼女の血液は絨毯に染み込んでもサッと水洗いすれば取れる。何なら吸引力の高い掃除機でも頑張ったら吸えるくらい全く蒸発しない。
 もちろん本人が生きていればの話だ。死んでしまえば、普通の人間の血液と同じ特徴に戻る。
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