襲撃から2日後。
仕事のために夜神は組織に手を回してもらった。
「やはり持つべき者は優秀な人材だ」
夜神が入院していた病院は、あるヤクザの息がかかっていた。医院長から末端のナースまで
「そうでもない。本来なら1日早く『帝国』へ移送できたはずが、ヒーローと警察の目を誤魔化すのに手間取った」
防弾仕様の特殊車両。
その後部座席で夜神の隣に座っているペストマスクの男は、そう否定した。
「そう言うな治崎。称賛は素直に受け取った方が良いぞ?何なら今からでも私が単独飛行して…」
「やめろ」
彼女と治崎の付き合いは長い。
出会いは最悪だったが、組織を大きくしてくれた事に彼は感謝している。しかし、それ以上に夜神は問題行動が多すぎた。
信念と言えば聞こえはいいが、治崎の想像以上に彼女は身勝手なのである。雄英の試験で暴れた件でも、中学の頃から夜神をマークしていた記者を消す事で情報の拡散を防いだ。
「この車よりは速いぞ?」
「…それやって都市伝説になったのは誰だ」
「ふむ…であれば大統領専用車とかにしないか?もちろん私の自腹だ」
「ヤクザがそんな目立つ車に乗るか」
今彼らの乗っている車は黒のグランエースだ。
見た目は市販されている物と変わらないが、様々な改造を施した特注車である。ワンオフ品であるため、ハッキリ言って大統領専用車両よりも高くついていた。
「で、帝国の状況どうだ?」
「相も変わらずだ。地下と新たなビルの拡張を進めているが、事故も多い。先月も倒れたビルに住んでいた奴らが100人ほど死んだ」
「工場の稼働率は?」
「人は足りてるが設備が足りん。旧式のをかき集めてるが、改修と修理に思ったより時間がかかる」
「急速な発展のツケか…」
彼らが帝国と呼ぶ場所。
そこは政府から危険地区に指定されている国内唯一の廃墟都市である。今から10年前、その都市でアインザッツは倒された。しかし、彼女の死と共に殺戮を行っていた兵士が暴走。自己判断で瓦礫に隠れ潜み、ゲリラ戦法へと移行した。
それだけなら都市ごと焼却すれば良かったのだが、暴走したせいでアインザッツの知識が僅かに混入。そのせいで都市の住民を殺し尽くしたと判断した彼らは、廃墟都市の外へと侵攻を始めてしまった。
地を駆け、闇に身を隠し、慈悲なく人々の命を奪う。
軍服を羽織りながらも彼らの戦いは獣に近く、行動原理は生物には似つかわしくない物だった。人々の営みを破壊しながらも、彼らに先の展望はない。ひたすらに破壊と殺戮を行う哀れな死兵であり、国家にとっての害悪その物に成り果てたのだ。
しかし、半年ほど暴れ回った彼らは突然侵攻をやめた。
元の廃墟都市へと戻り、その都市に近づく者を殺すようになった。そして、その頃には全国の治安が急速に悪化。何も起こらなくなった廃墟都市は解決を後回しにされてしまった。掃討作戦は無期限の中止となり、苦肉の策として事件から一年後に危険地区に指定。その後、廃墟都市は高さ30mの分厚いコンクリートの壁によって完全封鎖された。
「治安の方はどうだ?」
「工場に従事してる奴らの大半は今の時代にヤクザに金を借りる馬鹿だぞ。暴力にはアッサリと従ってくれる。おかげで下手な労力を使わなくて済んだ」
「ふむ…」
従っているのなら私が顔を出す必要はないんじゃないか?
大広間みたいな所に私の絵を飾って、広場みたいな場所に銅像でも立てておけば意外といけそうだな。もしくは、聖遺物みたい物でも置いて祈らせるか。
工場も
「言っておくが従順なのはあくまで債務者連中だけだ。最近入ってきた下っ端のチンピラは、他の組織にうちの内情をバラそうとする奴が多い。それに、流通経路が安定するまでは定期的に現地に来てもらうという契約だ。忘れるな」
そんな夜神の考えを見透かすように彼は釘を刺した。
彼女は自身がどう見えるかには拘るが、それ以外はまるで興味がない。神輿としてはありがたいが、自由すぎるのもそれはそれで困るのだ。
「わかっている。だが、命令を聞かせたいのなら貴殿が何人か分解すれば良いだろう。目の前で人が血霧になれば嫌でも従う」
「馬鹿を言うな。数がいなければ俺もそうしたが、ああいう愚者共には自身の力では理解できない恐怖が必要だ。そして、それはおまえの仕事だと決まっている」
「…良い警官・悪い警官というヤツだったか。私は狂王になるつもりはなかったのだがな」
ここ半年ほど夜神は帝国に行っていなかった。
何だか統治も安定しているようだし、雄英高校入学のために知識をつけるのに忙しかったからだ。そして、その間にも人が死んでは新しく入れ替わったおかげで、数百人いる部下の半分以上が彼女を認識していない。
治崎の上に誰かがいる事は知っている。しかし、それが誰なのかを調べる知能も彼らには足りていなかった。別の組織から来た人間は噂だけは知っていたが、それだけである。
「お二人さんそろそろ地下道ですぜ。夜神嬢は
「了解した」
一部の幹部しか正体を知らず、必然的に彼女が乗る車は幹部が運転する事になる。よって、この車は治崎の懐刀であるクロノスタシスが運転していた。
「いいか?台本通りにやれ。間違っても変な事はするんじゃないぞ」
「案ずるな。演じるのは得意だ」
車両は地下駐車場に偽装された道へと入って行く。
この車には特殊な電波が仕込まれており、それを確認すると地下の道が開く仕組みになっている。
「お客様。ここは関係者以外は立ち入り禁止でございます。社員証をお見せできますでしょうか?」
また、人間による二重チェックも採用している。
透視やそれに準ずる個性を持つ人間によって、短時間で帝国の者だと確認が可能だ。
「
警備員に渡された社員証も特殊であった。
基本的に帝国に入った人間は空を飛べでもしない限り出る事は出来ない。故に、数少ない外へ行く幹部が持つ許可証は夜神の手作りである。およそ万能とも思える個性を持つ彼女によって、治崎の指示通りに作られた社員証。
「…拝見いたします」
一見すれば何の変哲もない硬質なカード。
しかし、内部を透視すれば脈動する心臓が埋め込まれていた。マウスよりも小さく薄い臓器。およそ現代の科学では不可能かつ作る意味のない極小の心臓を、通行証に組み込む事で複製を困難にしているのだ。
「確認いたしました。…壁を開けろ!」
警備員の声に合わせ、地下道へと続くスロープが現れる。
開いた壁には機械制御などの類いは一切なく、怪力の個性を持つ人間に力ずくで開いてる。数tものコンクリートの壁を、個人の力で引きずる事で通れる扉。ずいぶんとアナログな手法だが、ある意味でセキュリティは高いのであった。
「なあ治崎。やっぱ転送系の個性持ちを見つけた方が良いんじゃないか?」
「…もう何年も探してるが見つからんと言っているだろ。俺も生きてて2人くらいしか知らん」
ただし、警備に重きを置きすぎたせいで地下道はかなり不便な構造になっていた。何せ偽装駐車場の場所が帝国からかなり離れているため、到着するのに2時間以上かかってしまうのである。
「地下鉄でも作りやすか?」
「良いなそれ!」
「駄目に決まってるだろうが。何十億かかると思ってる」
また、バレれば国家に総力をかけて潰される恐れがあるため、地下空間ら何十もの道が複雑に絡み合っていた。帝国を中心にして蜘蛛の巣のように地下道が張り巡らせており、数ヶ月ごとに入り口も変わる。
夜神が帝国に行かない理由は、この面倒な構造が大部分を占めているのであった。
◆◇◆◇◆◇◆
その場所は10年前から一切の情報がなかった。
高い厚い壁に囲まれた地上の地獄。その言葉通り内部に調査へ行った人間は誰も帰還した事はない。しかし、その場所で4年ほど前から奇妙な噂が流れ始めた。
曰く、裏社会の人間から帝国と呼ばれている。
曰く、骸帝という異形が治めている。
曰く、海外に輸出する武器を製造している。
人の言葉に戸口は立てられず、ほどなくしてヒーロー公安委員会の耳にも入った。だが、ネットの与太話を確かめるために貴重なヒーローは廃墟都市に送り込む事はできない。不穏な気配があるのは事実だが、彼らは慎重に行動した。
その結果、帝国という存在が国家を脅かしかねない危険組織だと確信した。死穢八斎會というヤクザが立ち上げたと聞いているが、背後にもっと大きな存在がいる。そう判断した公安は、6ヶ月ほど前に1人の調査員を潜入させた。
公安によって潰された闇組織の生き残り、という
そして、久しぶりに廃墟都市の指導者が帰ってくると上司のヤクザから言われた。普段はチンピラ同然の格好をしているが、骸帝が帰ってくる時は正装。それがルールだと伝えられ、彼は至急された制服を着ながら同じ下っ端と一緒に玉座の前で整列した。
「(…ふざけた連中だ)」
骸帝という名前も目の前にある玉座も、彼にとってはイカれているとしか思えなかった。新興組織でありながら、帝国はこの国の闇組織の九割と合併。たった4年で海外のマフィアと同等の勢力を手にした。
「(潰れかけのヤクザだけで可能な芸当とは思えない)」
1人の力には限界がある。
だが、人は生まれながらに平等ではない。廃墟都市の元凶である虐殺者のように、骸帝も規格外の能力を持っている。そう公安は睨んでいた。
「間もなく骸帝の帰還だ!全員敬礼!」
「(来たか…)」
開かれた扉から現れたのは死穢八斎會の幹部連中。
高そうなスーツに革靴を着こなし、ここの支配者とばかりに傲岸不遜な気配を漂わせて歩いている。マスクで顔を隠している者もいるが、既に公安は幹部の情報をほぼ把握していた。
若頭である治崎はもちろんのこと、輔佐である
「(だからこそ、骸帝の情報は必要不可欠なのだ)」
帝国を潰す証拠はある。
だが、全貌が見えて来ないのだ。下っ端や労働者によって製造された拳銃や機関銃、更には過剰性能のサポートアイテム。それらを海外に輸出する事で帝国は莫大な利益を得ている。
しかし、不思議な事に材料の帳尻が合わないのだ。どんな帳簿を漁っても、レアメタルや特殊加工基盤を受け取った記録が出てこない。その供給源を断たなければ、この組織を潰せたとしても次の帝国が生まれる。
「(そして…それには骸帝の個性が関わっている)」
玉座へ歩く幹部3人と武闘派である7人の部下。彼らを睨みながら彼は思案する。幹部連中の情報はいらない。欲しいのは骸帝の情報だ。
「おはよう諸君」
しかし、その考えを吹き飛ばすように玉座から声がした。
驚いて目を見やると、空っぽだった玉座に異形が座っていた。虚空から現れたとしか思えない骸帝。その姿に、彼は言葉を失った。
「久方ぶりの謁見だ。我が姿、とく目に焼き付けよ」
黒いフェイスベールで隠された顔。
そこから透けるのは、いわゆる黒白目と呼ばれる人外じみた瞳。それが四つ。また、額からは鬼のごとき角があり、呪詛のような紋様が刻まれている。
だが、骸帝の特異さはそれだけではない。
冒涜的な外骨格で構成された三対の腕に、2mはあるであろう強靭な体躯。誰がどう見ても複数の個性を搭載しているようにしか見えなかった。
「(これは…帝と呼ばれるわけだ)」
骸帝の衣服はまるで中華皇帝のようであり、黒と金の二色で構成されていた。見ているだけで威圧感を感じる格好であり、同時に荘厳さを醸し出している。
「オーバーホール。報告を」
性別不明な骸帝の言葉に治崎は無言で応じた。
「先月に続き、新たに31の海外組織から武器購入の打診が届いた。また、アメリカの大物マフィアである『レッドバニヤン』から戦闘機5機の注文がある」
「武装内容は?」
「とにかく大量に。金に糸目はつけないそうだ」
「素晴らしい。1機おまけしてやろう」
調査員はレッドバニヤンの名に戦慄した。
このマフィアはアメリカでも名のある
「(そんな組織に戦闘機だと!?)」
一介のマフィアが持つには過剰すぎる兵器。
個性という力があるとはいえ、大多数の人間は銃弾を防ぐ事すら難しい。もしも彼らに兵器が渡れば、大勢の人間に被害が出る事は確実と言えるだろう。
「あと、壱号部署の人間から褒美が欲しいとのことです」
「ふむ。報告によると『イクサリオギャング』と『九龍絶光同盟』との契約を勝ち取ったのは彼であったな。よし、近くに寄れ」
「はっ!」
骸帝に向かって歩いているのは、公安にマークされていたカルト宗教の長である。一年ほど前に姿をくらましたかと思ったら、こんな所に潜んでいたのだ。しかも、交渉人として出世までしている。
「何が欲しい?」
「純金を10キロほどお願いいたします」
「良かろう」
その言葉通り、骸帝が手を翳すと金が生み出された。
ドロドロした黄金が血液のように溢れだし、美しいインゴットへと形成された。もちろん彼女の超再生を利用した黄金錬成だが、1日ほど放っておけば夜神が死んでも消えなくなる本物の金である。
「(馬鹿な…)」
パフォーマンスの類いではない。
あの金は、ヤツによって今生み出された正真正銘の貴金属だ。信じられないことだが、自身の『個性』がそう告げている。
「(メッキではない本物の純金だと…!)」
彼の個性は『組成理解』。
あらゆる物質の構造式を理解し、過去にはプラスチックに混ぜられた麻薬さえも見抜いた個性だ。それが、無造作に生み出された金を本物だと告げている。
「(どうりで入手元が分からないわけだ…)」
世の中には『創造』という個性があると聞く。
あらゆる物質を自身のカロリーを消費して作り出すという万能とも言える能力だ。骸帝はその個性に似ているが、出力がまるで違う。今も褒美のために金や銀を水のように生み出しているし、それぞれ形が違う。
ある者は黄金の銃を。
ある者は銀の十字架を。
ある者は黒曜石の剣を。
そして、それを売るかどうかは当人次第。
だが、それを売られた人間はこれが個性によって作られた物だとは気づかない。よって、裏社会の人間は決してバレない本物と同等の模造品を金に代えられる。これでは暴対法など意味を成さない。
「(もっとも…そんなセコい稼ぎ方ではなく兵器売買というイカれた所業をしているがな)」
しかし、この規模ではいずれ世界にバレる。
一組織で兵器の製造から販売まで行うヤクザなど、存在が知られればプロヒーロー総出で潰される。これだけの能力があれば麻薬売買や金品の偽造など容易だというのに、何故この手段を骸帝は選んだのだろうか。
「さて、我が帝国に戻ったのは褒美だけではない」
しかし、その思考を断つように骸帝が喋り始めた。
その瞬間、部屋の空気が変わった。下っ端たちは処刑前の罪人のような顔つきになり、褒美を受け取った人間の顔も険しくなっていく。
「これより処刑を行う」
告げられた言葉に、彼の心は底冷えした。
骸帝の言葉に恐怖したわけではない。彼とて映像記録でヤクザやマフィアの処刑は見た事がある。だが、それとは明らかに空気が違っていたからだ。
「まず一人」
それもそのはず。
何故なら、この処刑は配下に恐怖という名の鎖を着けるためだけに行われる非合理なショーだからだ。下っ端はランダムに殺され、支部長クラスは身体の一部を斬り落とされる。
欠損者は治崎の個性によって治されるが、ショック死する可能性も十分にあるのだ。ハッキリ言って理不尽極まる。
「い、いやだ!助け…」
だがしかし、ここに流れ着いた人間は他に居場所がない。
今しがた処刑された下っ端も、表で何人も殺した凶悪犯である。当然ながら逃走を続けたのだが、この帝国にたどり着いてからは悠々自適に暮らしていた。こんな人間でさえ、帝国で働いていれば月に30万近い給料を受け取る事ができる。
「二人」
「クソ!俺はまだ…」
「嘘…!私は…」
この蜜に抗える犯罪者はいない。
おまけに昇進すれば命まで取られる事はなく、莫大な金銭を得ることも可能となる。故に、この帝国から逃げようとする人間はいない。
「三人」
「四人」
「五人」
「六人」
「七人」
「八人」
けれど、この光景は何度見ても恐ろしい物だった。
骸帝が人数を告げれば、その数だけ血溜まりが増える。人間の形は消え、後に残るのは赤く染まった刃の樹木のみ。
「九人」
「十人」
「十一人」
「十二人」
血と脳漿の混じった液体がそこかしこに散らばり、部屋の内部は地獄といった様相へと変貌した。しかも、その惨状に耐えきれずに逃げた者も当然の如く死ぬ。
「十三人」
そうして骸帝の粛清は終わった。
たった1分の処刑で87人もの命が消え、一人は腕を失い、もう2人は足を。残った一人は激痛によりショック死したようだ。
「(…酷い光景だ)」
ここいる人間は全員がド級の犯罪者。
そんな奴らが無惨に殺されていく様子に胸がすく感覚もあったが、今はただ骸帝が恐ろしい。見れば、幹部の人間も何人かは自身の口を押さえていた。
「ふむ」
「どうされましたか骸帝」
「キリが悪い」
しかし、骸帝はこの光景に満足してないようだった。
「…キリが悪いとは、どういう事でしょうか?」
「言葉通りの意味よ。我が罰を下したのは九十四…であれば後六人ほど殺すべきであろうよ」
「…骸帝よ。戯れはこれぐらい…!?」
その言葉に意義を唱えようとした治崎は、一瞬で片腕を切り落とされた。次いで片足も切り落とされ、彼はズレるように倒れ込んでいく。
それを、骸帝が刃の樹で残酷に支えた。
「ぐっ…!」
必然的に刃は彼の自重で胴体に突き刺さり、ゆっくりと身体の奥底へと沈んでいく。
「控えよ下郎。貴様らの命など我の気分次第である事を忘れるな」
「申し訳ございません…」
「だが、貴様の殊勝な態度に免じて後一人で済ませておこう」
「寛大な処置に感謝を…ぐっ…」
能力が解除されると、治崎は自身の個性によって瀕死の肉体を一瞬で治した。それでも、大量に血を失ったせいで酷い顔をしている。とてもじゃないが、自身の腹心への仕打ちではなかった。
「(…どうやら俺は勘違いをしていたようだ)」
あの兵器もこの処刑も骸帝の戯れなのだ。
奴にとって死穢八斎會などただの駒でしかなく、そこいらの有象無象と同じなのだ。であれば、骸帝の思想は危険極まる。最初は国家転覆を考えているのかと思ったが、それよりタチが悪い。
「(キリが悪い、なんて理由で人を殺す奴だ)」
そんな奴がもしも政府が邪魔だとか考えてもみろ。
この国は終わりだ。未だ虐殺者の被害から回復してきれていないというのに、こんなのが暴れたら今度こそ日本社会は崩壊する。最近ようやく定期的な資金援助が始まったというのに、『都市喰らいの夜』の二の舞はごめんだ。
「(幸い今回の情報はデカい)」
日本はこれでも法治国家である。
私刑による殺人など到底許されるべき事ではない。レアメタルの出所どころか、この映像が世に出回るだけでも世論は帝国の排除を望むだろう。
「(残念な事にカメラの類いは持ち込めなかったが、公安には記憶を映し出せる人間がいる。そいつを使えば…)」
そこで彼の思考は止まった。
骸帝が何か喋ったわけではない。急に上手く考えられなくなり、意識が遠退いていったからだ。おまけに視界も急速に暗くなっていく。
「あ…れ…?」
彼は非常に優秀な捜査員である。
半年の潜入捜査によって帝国の情報を巧みに盗みながらも、公安との繋がりは一切気取られていなかったのだから。
それ故に、帝国の奥底に潜む闇に気づけなかった。
「九十五」
この処刑は構成員に絶対的な恐怖を与えるための物だが、ついでに帝国に入り込んだスパイを始末するためにも行われているのだ。もちろん知っているのは幹部だけであり、彼らが国家上層部から情報を得ている事も知られていない。
「これにて謁見は終了とする」
この帝国を作る時、彼らは考えた。
いくら彼女が強大な力を持っていたとしても、プロヒーローの集団には分が悪い。そこで彼らは国家システムに自らを組み込む事を思い付いた。簡単に言えば、この国の復興資金は帝国が出している。
虐殺者が日本に残した傷痕は大きい。何せ一夜にして大都市は崩壊し、多くの優秀な人間が殺されたのだ。それを補填するための金はいくらあっても足りない。
だから彼らは、複数のペーパーカンパニーを通して政治家に働きかけた。選挙資金を支援し、子供のためにランドセルを送りつけ、それとなく指示を出す。落ちた場合は会社を無かった事にして去り、何かしらの議員になった場合は此方がヤクザである事を仄めかした。そして、議員の信頼する会社として政府公認の災害復興委員会に働きかける。
「治崎。後は任せる」
「…かしこまりました」
そうした地道な努力を経て、彼らの実態のない会社は政府から感謝状を送られるまでの存在となった。だが政府は知らない。復興支援に使われる数百億もの大金が、全て違法な手段で手に入れられている事を。
「生き残った奴はここの清掃をしておけ。あと、怪我を負った奴は俺の所に来い」
幹部が去ったが広間には目立つ死体があった。
他は原型を留めないほど殺されたというのに、その身体は首がない以外に目立った外傷はない。また、落とされた首の表情は困惑に満ちていた。
されど、スパイにして上等すぎる死に方だった。
知らぬが仏。彼は自身の信奉する国家上層部の裏切りで死んだのだが、それを知らずに逝けた事は幸運であろう。
例えそれが望まぬ死だったとしてもである。
◆◇◆◇◆◇◆
骸帝として振る舞った数時間後。
私は久しぶりに家に帰ってきた。
「ただいま壊理」
「お帰りなさい夜神さん!」
入院中は幹部連中に任せていたが、会合はそうもいかん。おかげで1日も1人にしてしまった。ほぼ私のせいだが、寂しくはなかっただろうか。
「私がいない間。良い子にしてたか?」
「バッチリだよ!ほら早く夜ご飯にしよう」
ふむ。どうやら大丈夫そうだ。
ゲンサクは…どんな感じだったか。確かもう少し暗かったような気もするが、まぁ生きてるから誤差だろう。
「今日はそうだな…炒飯でも作ろう。卵もたっぷり入れてな」
「やったー!」
時間があれば凝った物を作りたかったが、既に日は落ちている。手軽にパパッと作れる物が良い。ついでに、卵スープでも作ろう。あれは炒飯によく合う。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした」
食事が終わり、机の上を見ると学校からのプリントが届いていた。どうやら体育祭のお知らせらしい。
「(ふむ。どうするべきかな)」
私の事ではないぞ。私は停学になっていようと空からエントリーして無理やり出場するからな。
考えているのは壊理のことだ。幹部連中や治崎が交代で教えているから知識の方は平気だが、とある事情のせいであの子はあまり外に出ていない。
「(戸籍は治崎に新しく作らせたが…)」
父親は彼女の個性で消えて母親は行方不明。
故に、壊理の生家は諸々の事情を鑑みて火事ということにして痕跡を消した。それでも自身が父親を消し、母親に捨てられた事は中々に酷な過去だろう。おかげで、私が触っても大丈夫な人間だと理解するまでは随分と怯えていた。
「(まぁ、私の成り立ちを考えれば消えないのは当然か)」
私の魂は別世界からの異物だ。
この世界で生まれた存在ではなく、奇跡ともいえる条件で成立したイレギュラーである。他者が0から始まるのなら、私は生まれた時点で1として完成していた。しかも、あの魔王が無理やり与えた個性のせいで私は一度完全に死んでいる。
死を起点として誕生したが故に、巻き戻しても意味がないのだ。まぁ、精神の破綻した魂と肉体がツギハギの死人みたいな存在を生物と判定していないだけかもしれないがね。
「(ともかくだ。いずれは緑谷たちと会う
このまま行けば、壊理はちょっと過去が重い少女として彼らと出会うことなく成長する。それは少しマズい。ノートには彼女の能力が緑谷たちに必要だと記されていた。
「壊理。来週の体育祭行ってみないか?」
であれば、会わせてみよう。
悪い結果にはならぬだろうし、何より彼女の精神状態に良い。なにせ周りいる人間が私含めてどいつもこいつも脛に傷を持った人間ばかりなのだ。緑谷達のような善良な精神を持つヒーローの卵の触れ合った方が未来で役に立つだろう。
「…私が行っても大丈夫かな?」
「問題ない。個性の方にも暴走の兆候は見られないし、使うためのエネルギーも切れている」
「でも…」
やはり不安が残るか。
されど、このままでは彼女の人格に悪影響が出る。ここは強引にでも体育祭で私たち以外とも関わるべきなのだ。
「人は誰しも進むべき
「えーと…どいうこと?」
「怖がらずに勇気の1歩を踏み出すがいい。さすれば
彼女の言っていることは壊理にもよく分からない。けれど、夜神なりに応援していることは十分伝わった。
「勇気…出会い…」
「そうだ。それが始まる」
「…体育祭、夜神さんも出るの?」
「あぁ。人々の心を上げる演説をするさ」
「…楽しい?」
「もちろん。屋台もあるしヒーローも来る。私の同級生とも会えるさ」
「じゃあ…行ってみる」
彼女は選択をした。
夜神はその答えに満足そうに笑うと、懐からゴツいスマホを取り出した。盗聴防止が施された軍事用携帯である。
「強い子だ。それじゃあ一人だと危ないから付き人を用意しよう」
「うん!」
軽い足取りで自身の部屋へと帰っていく壊理。
その姿を見送りながら、夜神は治崎へと指示を下した。
「私だ。体育祭に壊理を連れて行きたいから手の空いてる奴を送ってくれ。できれば乱波あたりが望ましい」
『…お前からの指示は本当に面倒事ばかりだな。要件はわかったが、肩動は表に出していい人間じゃない。天蓋にしろ』
「私とテンション感が違くてな。アイツなら私の親戚だと言っても誤魔化せるだろう。あ、どうせなら死穢八斎會の全員で来るというのはどうだ?黒スーツを着た厳つい集団というのは威圧感があり人々の目を…」
『寝言は寝て言え』
死穢八斎會が公安から要注意団体としてマークされている事を治崎は知っている。新入りの乱波と天蓋の素性はまだ知られていないが、表に出すのはリスクでしかない。
しかし、帝国という組織は夜神の能力ありきなのだ。これを断った程度で彼女は機嫌を損ねたりしないが、親しき仲にも礼儀ありである。
「ふむ、となると壊理は一人で向かうことになってしまうな。最終手段だが組長に頼むか」
『…わかった。体育祭の日に肩動を向かわせる』
とはいえ、下手な妥協案では本当に親父を連れて行かねないと悟った治崎は苦虫を噛み潰したような顔で承諾した。
「ありがたい。乱波には今度お礼をすると伝えておいてくれ」
『あぁ。それと体育祭は大人しくしていろよ』
「善処しよう。それでは失礼する」
言うだけ言って夜神は通話を切った。
当然ながら大人しくするつもりなど毛頭なく、彼女はせっせと選手宣誓の参考のために大戦時代の演説を見ている。誰がどう見ても参考にする映像を間違えていた。
後に彼女は体育祭の選手宣誓の時にワルキューレの騎行を流して欲しいとプレゼント・マイクに頼むのだが、それが相澤先生に伝わって普通に却下されたのだった。
【八斎衆メンバー】
ゲンサクと同じく治崎がスカウトした。
だが、子守りをさせられるとは夢にも思わなかった。治崎に歯向かうと分解して再構築されるが、夜神は手を出しても再生のせいで意味がない。
何だかんだで彼女は気前が良いので従っているが、治崎以上に勝てる未来が見えないと思われている。壊理には懐かれているが、酒木は目の前で酔い潰れたので夜神にちょっと斬られた。