『都市喰らいの夜』
軍服の意味が変わった事件。
たった一人の人間によって都市は壊滅し、日本経済にも多大な影響を与えた。また、彼女の兵隊がその土地にまだ生き残っているとも噂され、復興は未だに終わっていない。
最近では、とあるヤクザ組織が都市で活動しているらしい。
僕たちは雨の中、焼け焦げた死体の前に立っていた。
「俺が、殺したんだ……」
彼女は酷く冷めたような、全てに絶望したような声でそう言った。
僕は違うと答えた。君のせいじゃない。君は自分の身を守るために、僕を守るために戦ってくれたんだと。
「はは……笑えるよな。こんなんで俺はヒーローになりたいなんてほざいてたんだぜ?」
けど彼女は、僕の言葉が聞こえていないかのように振る舞う。その姿が見ていられないほど痛々しくて、見ていられなかった。
だから、僕は彼女を……
◇◆◇◆◇◆◇
《十年後》
「えーおまえらも三年になるということで!本格的に将来を考えていく時期だ!」
教室に先生の声が響くと、皆が騒がしくなった。未来を考えるのはとてもワクワクすることだし、僕も同じ気持ちだ。
「今から進路希望のプリント配るが、みんな大体ヒーロー科志望だよね」
「「「「はーい!」」」」
先生の言葉に反応するように、皆が個性を思い思いに発動させる。もう慣れたことだが、少し羨ましい。
「うんうん皆いい個性だ。でも校内で個性発動は原則禁止な!」
やんわりと注意する先生。とは言っても校内での個性禁止は、高校で言うところのバイト禁止に近いものがある。そのため、あまり守っている人はいない。
「せんせえー『皆』とか一緒くたにすんなよ!」
教師を全く敬っていないような発言をしたのは、薄い金髪をした偉そうな少女だった。机に足を乗せ、厚顔不遜な態度をしている。
「
「はは、そうだね。でも、人のことを悪く言うのは駄目だよ」
「うっせぇ!」
デクと呼ばれた人物は、中学生とは思えない体つきをしていた。学ラン越しでもわかるほどに鍛えられた筋肉に加え、空手や柔道、ボクシングなどにも秀でているため、周囲から尊敬と畏怖を集める十代の少年だ。
「そういえば……爆豪たちは『雄英高校』志望だったな」
「「「!?」」」
教師が唐突に呟いた言葉に、二人以外の人間は大いに驚いた。
「国立の!?今年偏差値79だぞ!!」「毎年倍率やべーんだろ!?」「今年も300倍以上だってよ!!」
僕たちが目指しているのは、日本最難関を誇る超特級高校だ。エンデヴァーやベストジーニスト、それにあのオールマイトが卒業したという揺るぎない事実を持っている最高峰のヒーロー養成機関。それが雄英高校だ。
「そのざわざわがモブたる所以!俺とデクは模試じゃA判定!つまり雄英圏内ってことだ!」
そして、机に立ち上がって宣言した。その言葉にざわめくクラスメイトたち。
「マジかよスゲー!」
「でもよ、緑谷って無個性じゃなかったっけ?」
「大丈夫じゃね?並の個性持ちより強いし」
「それもそっか」
この時代において無個性というのは珍しく、大体はイジメの対象である。しかし、緑谷は入学初日に自身が無個性であると発言し、ヒーローになると宣言したのだ。
普通は笑われることだが、当時のクラスメイトは笑うことはできなかった。既に彼の肉体はバッキバキに鍛えられており、笑ったら殺すほどの気迫があったらしい。しかも、そばには爆豪勝己というニトログリセリンみたいな少女がいつもいるため、誰もイジメようとはしなかった。
「いや、僕はただ鍛えてるだけだから。単純で強力な個性を持っている
「そんな普通のことを言われてもな……」
「俺らだって個性は持ってるけど、
「緑谷ならいけるっしょ」
「えぇ……」
それに加え、爆豪と並ぶほどの優秀な成績と、誰にでも分け隔てなく接する優しさを持っている。そのため、徐々に周りの人間も緑谷と親しくなっていき、学級委員長を任されるほどになった。
「とにかくだ!俺はデクと一緒にオールマイトを越える!わかったか!」
「わかったから爆豪。机から降りろ」
「うっせぇ!」
「かっちゃん。降りた方がいいよ」
「チッ……わかったよ」
尚、先生の言うことはほとんど聞かないが、緑谷の言葉は聞くことが多い。そのため、校内では付き合っているのではと噂されている。
真偽は不明。
◇◆◇◆◇◆◇
《放課後》
珍しいことに、緑谷は1人で帰路についていた。学級委員長である彼は、先生から仕事を頼まれることが多い。そのため、下校時間が遅くなることがある。
この日、緑谷はジムにも行く予定があったため、爆豪には先に帰宅してもらったのだ。
(入試まであと10ヶ月……それまで出来る限りの準備はしておきたい)
彼は自身の肉体改造のために、食事の管理なども行っている。それは、アスリートと遜色ないほどの過酷なものであり、到底中学生が耐えられるようなものではない。
(動体視力、反射神経、体幹、僕の身体にはまだ鍛えられるところがある。頑張らなくちゃな……)
だというのに、彼はまだ上を目指そうとしている。なぜなら、緑谷には助けてあげたいと思った少女がいたからだ。十年前に自分のことを助けてくれた彼女。
その人を支えるために、そしてオールマイトのような最高のヒーローになるために、少年は努力を続けている。
そんな少年の後ろから突然、泥が噴き出した。
いや、違う。それは眼があり、口があり、何より人の形をしていた。
「Mサイズの…隠れミノ…!」
「!
そいつは餌を見つけた獣のように、少年に襲いかかった。対する緑谷は、素早く身体を屈んで前方に滑るように駆け出し、ヘドロの奇襲から逃れた。
「なーんで逃げるんだよ?身体を乗っ取るだけだからじっとしてろよー」
「………異形型か」
緑谷は冷静に相手を見据え、次にどう動くべきかを思考する。
「(どうする?逃げてヒーローを呼ぶにしても、この道は人通りがほとんどない。携帯で警察に連絡するにしても、奴がそれを見逃すとは思えない。それに…)」
僕の聞いたことが正しければ、奴は身体を乗っ取ると言っていた。そして、そうしなければならない理由があるはずだ。
「身体を乗っ取るって言ってたな。何でそんなことをする?」
「あー?まぁ…いいか。色々あって俺は逃走中なんだぁ。だからぁ、君は俺が逃げるのを手伝って欲しいんだぁ」
逃走中……。ヒーローに追われているということは、周辺に警察もいるだろう。だが、僕が奴から逃げられるかが問題だ。
それに、乗っ取られた後に僕がどうなっているのかわからない。だったら、答えは一つだけだ。
「いやだと言ったら?」
戦うしかないだろう。
「君に拒否権なんてないよぉぉぉぉ」
こちらに突進してくるヘドロ人間。その顔にあたる部分に、思い切りリュックを投げつけ、それと同時に駆け出す。
「効くわけないだろ!流動的なんだからなぁ!」
奴には物理攻撃が効かないのは見ればわかる。だが、奴に明確な弱点が存在するのは明らかだ。
「そうかな!」
投げつけられたリュックをヘドロが叩き落とす。だが、その後ろでは緑谷が腕を振りかぶろうとしていた。
ヘドロはそれを気に止めることなく、次の攻撃を繰り出そうとした。
「馬鹿なガキだなぁぁぁ!」
しかし、その攻撃が緑谷に当たることはなかった。最初から彼は、ヘドロの唯一の弱点だと思われる部分を狙っていたからだ。
「あがぁっ……?」
効くはずのない攻撃によって、ヘドロの肉体が崩れていく。そして、ある一点の激痛によって、
「仮に全身全てが液体だと考えた場合、目玉があるのはおかしい。だったら、そこは重要な器官ということになる」
緑谷は泥の前に立ち、そう呟いた。
「仮に重要な器官じゃなくても、そこには何か意味があるはずだ」
彼の左手には、ヘドロの頭部が握られていた。確かに、頭の一部以外は流動的であった。それを隠すために、敵は自分には攻撃が効かないことをアピールしていたのだ。
「警察に連絡しないと…」
緑谷は叩き落とされたリュックを拾い、連絡をするために携帯を取り出した。その瞬間、マンホールの蓋が吹き飛び、誰かが拳を掲げて飛び出してきた。
「もう大丈夫だ少年!!私が………あれ?」
その人物は、圧倒的な存在感を放つ象徴であった。
「オ、オールマイト!?」
僕の前にいたのは、紛れもない本物のヒーローだった。なんだか画風さえも違って見える。
「HAHAHA!その通りだよ少年!ご協力感謝する!しかし…これは君がやったのかい?」
オールマイトは困惑したような口調で自分に問いかける。無理もない。目の前にいるのは、至って普通の中学生なのだから。
「あ、はい。まずかったですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ!ただ、個性を使っての撃退は、相手が例え
そうだったのか。確かに、個性によっては犯罪者の方が危険な場合もある。いくら相手が
しかし、今僕はとてもテンションが上がっている。というかテンションが上がり過ぎて逆に冷静だ。あのオールマイトが目の前に、しかもこんな近くにいる。二度とない経験だし、何よりも聞きたいことがある。それにサインも欲しい。幸い、いつプロヒーローからサインが貰えても良いように、リュックにはいつも色紙が三枚入っているから問題はない。
「オールマイト。質問をしてもいいですか?」
「もちろん!」
「無個性の人間でもヒーローになれますか?」
確かに僕はヒーローになりたいと思っている。だが、どうしても未来の自分の姿が想像できないのだ。この質問が答えの出るものではないと自分でもわかっている。けど、聞かないと後悔するような気がした。
オールマイトは何かを深く考え、そして真っ直ぐ緑谷と目を合わせた。
「プロはいつだって命懸けだ。『
「……そんなことはわかっています」
「では、君はなぜヒーローを目指す?人を助けることや守ることは、別にヒーローにならなくてもできることだ」
緑谷は悩んでいた。
自身の夢は、果たしてヒーローになるに値するものなのかを。けれど、それは夢を諦める理由にはならない。
緑谷は意を決するように空を見上げ、口を開いた。
「オールマイト、僕はあなたに憧れています。そして、この命に変えても守りたい人がいるんです」
オールマイトは何かに堪えるような顔をしながら聞いている。それに気づいていない緑谷は構わず喋り続けた。
「彼女は、強くて明るくて、僕の力なんて必要ないでしょう」
オールマイトの顔に冷や汗が浮かび、心なしか身体から水蒸気のようなものさえ出ている。しかし気づかない。
「でも、僕はかっちゃんを守りたい。かっちゃんがもう二度とあんな顔をしないために。そして、そんな顔にさせる
オールマイトは何も言わなかった。そして緑谷は彼の方を向き、改めて自身の夢を宣言しようとした。
「だから僕はヒーローになりた…誰!?」
しかし、それは緑谷の驚愕により途中で遮られることになる。目の前にいるのは、オールマイトと同じ金髪をした骸骨のような男だったからだ。
オールマイトとしては、この姿を晒す前に立ち去りたかったのだが、自分のファンである人間を前にして逃げるわけにもいかない。それに、将来の夢について無個性であるということで悩んでいる若者の悩みを聞かないという選択肢は彼にはなかった。
「……私はオールマイトさ」
「…………………ふー」
緑谷はゆっくりと息を吐き、拳を握りしめ、精神を落ち着かせる。彼は気づいていないが、ヘドロの一部がすり抜けるような動きをしながら、地面に零れ落ちてしまっていたことを。
「……少し考える時間をくれませんか?」
「大丈夫。こっちも少し考えたいことがあるからね」
「それと……」
「何かな?」
「サイン貰っていいですか?」
「もちろん!」
その後、オールマイトは彼について考えながらサインを書き、緑谷は握りしていたヘドロを、落ちていたペットボトルに詰め込むことにした。
しかし、緑谷は気づいていなかった。ヘドロの体積が少し減っていることに。それにより大切な人が傷つけられることを、彼はまだ知らない。
とある虐殺者のメモ
名前:緑谷出久
個性:なし
備考:君ゲンサクと少し違わないか?というかその歳で随分と鍛え上げたな。
何が彼をそこまで駆り立てるのだろう。