皇国の艦隊   作:パイマン

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後編

 秘書艦の案内で、新城は不必要に思われるほど立派な扉のついた部屋に通された。

 ここに至る廊下の内装を見ただけでも分かるが、実に荘厳な印象を受ける建物だ。本来の鎮守府とはこういうものなのだろうか。

 規模や建物の部屋数だけならば、新城の基地もそう見劣りしない。元々が同じ軍の施設だったのだから当然だった。

 しかし、それら全てに手入れが行き届いているわけではない。これは単純に配属された人員の少なさと、使用する必要性の無さから来るものだった。

 それに比べて、ここは随分と軍としての体裁を整えている。建物が権威や威風といったものをあからさまに備えているのだ。

 もちろん、軍隊にそういった一種の『こけおどし』が必要であることは、軍人である新城も知っている。

 

「こちらで提督がお待ちデース!」

 

 新城を案内した艦娘は、妙な訛りのある喋り方だった。

 しかし、違和感や可笑しさよりも先に愛嬌を感じてしまう。備えた美貌と明るさが全てを良い方向に変えていた。

 

「ようやく会えたな、新城少佐」

 

 室内に足を踏み入れると、実仁提督が新城を迎えた。

 この鎮守府には彼の厚意で、天龍達の補給も兼ねて二日間滞在しているが、こうして対面するのは初めてだった。自らの主力艦隊に甚大な損害を受け、彼自身も多忙だったのだ。

 実仁の傍らに同じく入室した秘書艦がそのまま控え、彼自身はデスクに就いている。

 その正面に距離を置いて立ち、新城はいまだにやり慣れない海軍式の敬礼をした。

 実仁提督の階級は准将であり、立場としては上である。しかも、彼の生まれは皇族であった。

 

「はい、親王殿下」

 

 つまりは、そう呼ばれる立場の人間なのだった。

 

「別に謁見というわけではない」

 

 実仁は怒ったように言った。

 

「准将としての扱いでいい」

「ありがとうございます、閣下。しかし、少佐が准将閣下と話すのもあまり違いはありませんが」

 

 実仁とその秘書艦が目を丸くして、その後すぐに実仁だけが大声で笑った。

 艦娘の方は困惑の方が大きいらしかった。秘書艦なだけに、彼の立場を分かっている。新城の態度がふてぶてしさを通り越して、無礼にも近いことを感じたのだった。

 

「なるほど、艦隊で白兵戦を仕掛けるだけあって豪胆な男のようだ」

 

 誤解なんだがな、と新城は思った。自分の小心さは嫌というほど自覚している。

 

「聞き及んでおられましたか」

「無論だ。君の代理秘書艦から詳細を聞いた時は、驚いたよ」

 

 不知火のことだった。新城は電が亡き後、彼女をとりあえずの副官として任命していた。

 理由は実に単純なものである。

 傍に置いておくのに、一番静かだからだ。

 

「元陸軍だったから出来た発想だな。どの提督もこれまで思いつかなかった、一考に値する作戦だろう。無論、問題も多いが」

「敵が電探の一つでも積んでいれば、戦果はまた違っていたでしょう。半ば以上賭けでした」

「そうして命を賭けた男のおかげで、俺の艦隊は全滅を免れた。この金剛も、あの艦隊にいた一人だ」

 

 金剛と呼ばれた艦娘が、新城に向かって笑顔で小さく手を振った。

 裏表のあまりない性格なのだろう。新城への素直な好感が見て取れる表情と仕草だった。

 しかし、新城はそんな彼女の好意を半ば無視していた。

 彼は忘れていない。あの作戦で金剛の仲間が二人沈んだことを。そして、自らの作戦の為に彼女達を囮にしたことも。全て。

 

「その結果、君は部下を一人失った」

「彼女は任務を果たしました」

 

 新城は何の感情も意味も含まず、ただ事実だけを告げた。

 その言葉をどういった形で受け取ったのか、実仁は一つだけ頷いて返した。

 

「今日、ここへ呼んだのは君に謝罪をする為でも、ただ礼を言う為だけでもない。俺は君から受けた恩義を忘れない」

「つまり、支援をしていただけると?」

「はっきりした男だな。だが、その通りだ。まず昇級と勲章を申請する。君の陥っている状況も、少しはまともになるだろう。色々と調べさせてもらったが、君の立場に対してあまりに待遇が悪すぎる。随分と苦労をしたようだな」

「僻地の提督でしたから、責務も相応のものです」

「どう見ても悪意を秘めた冷遇だよ。随分と嫌われている。しかし、これからは違う。君の功績には実仁親王殿下率いる第一艦隊を、不十分な戦力でありながら見事救ったという華々しい栄誉が加えられる。もう誰も君を軽んじて扱うことは出来ない」

「その功績は、閣下にとっての失態となりますが」

「まさに俺の失態なのだ。俺は危うく、この金剛を含めた自分の主力艦隊を失うところだった。君にそれを救われた。紛れもない事実だ」

 

 なるほど、大した人物なのだな、と新城は納得した。

 皇族でありながら権威や見栄に拘らず、ただ自然な体で威厳が身についている。性格も実直である。部下からも慕われているだろう。

 艦娘が女であり、彼が男ならば尊敬以上のより深い感情に発展することも出来る。丁度、傍らの金剛のように。

 新城は全てを察し、実仁個人に対する信用と好感、そして面倒事の予感を抱いていた。

 彼は申し出は純粋にありがたいと思う。もう少し自分の部下達をまともな環境で戦わせてやりたいと思っていた。

 しかし、彼との繋がりは後ろ盾とするにはあまりに強力で大仰すぎるような気がした。

 権威を得ることは必ずしも良いことばかりではない。特に、自分のような生来の嫌われ者については。

 

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 まあいいか、という気分になった。

 いずれにせよ、自分の艦隊が陥っている境遇の改善には以前から頭を悩ませていた。

 間違いなく面倒事は起こるだろうが、貴重な部下を一人失った今、艦隊を立て直すには支援が必要不可欠だった。

 

「君からの要望はないか?」

「まず、何はなくとも資材が要ります。うちの鎮守府は少量の支給で回しておりますので。工廠の増設は無理としても、せめて量を増やしていただかないと艦隊の運用すらままなりません」

「それについては当初から手配するつもりだった。というか、明らかに規定よりも意図的に減らされているな。今回のことで君の立場が見直されれば、自然と正常化されるはずだ。もちろん、俺も口添えする」

「艦娘の増員と、その装備も。うちには建造と開発、いずれの施設も存在しません。申請も上手く通っていないのが現状です」

「……調べてはいたが、本当に凄まじいな。分かった、君の申請は全てこちらを一度通す形にしよう。陳情には可能な限り応える」

「でしたら、今のところはそれくらいです」

「意外と欲がないな」

「艦隊の規模が大きくなれば、それだけ仕事も増えます。自分は、まだまだ新米の提督ですので。それに、本来ならば必ず通したい要望が必要なくなりました」

「ほう、それは何だ?」

「戦死した部下の勲章の申請などです」

 

 新城の発言に、実仁と金剛は言葉に詰まった。

 陸軍にいた頃、部下が戦死したり腕や足を失った時、新城は彼らに相応の待遇を与えた。

 戦場を離れて日常の生活へ戻る彼らの為、あるいは遺された家族の為に、慰労金の配給や年金の増額などを申請した。それが彼らに対する当然の報酬だと考えていた。

 電についても同じだった。

 もしも、彼女が艦娘ではなかったのなら、新城は彼女の死と働きに報いる為にここでそれらを第一に申請しただろう。

 しかし、彼女は艦娘だった。人間の兵士と同じ扱いではなかった。

 

「新城提督、それは――」

「分かっています」

 

 艦娘達は海軍に所属しながら、兵士としての階級を持たない。

 だからこそ、軍隊としての礼節や規律に縛られず、ある程度自由に行動することが認められている。

 しかし、それは同時に彼女達が兵隊ではなく兵器として運用されていることを示していた。

 艦娘には生きている間であれ、死後であれ、軍からの除隊は認められていない。

 

「艦娘が戦死し、その遺体が残っていた場合は『解体』に回されるそうですね」

 

 大抵の戦死が海上での轟沈である為、艦娘の遺体が手元に残ることは少ない。残った場合も、それは人間のように埋葬されることなく工廠で解体されて、資材として再利用される。

 それで終わりだった。

 艦娘の戦死とは、たったそれだけで終わる話なのだった。

 初めてその事実を知った時、新城は『何とも効率的だな』と思った。

 人間のように感情を表し、会話の中で明らかに個人としての意思や個性を示しながら決して人間としては扱われない彼女達への対応が酷く苦手になったのは、それ以来だった。

 

「その通りだ」

 

 実仁は重々しく頷いた。

 彼も艦娘を率いる立場の者として、彼女達の待遇に複雑な心境を抱いているに違いなかった。

 良心の呵責を覚えたり、人道の面で疑問を抱く提督も多いはずだ。

 新城は着任する前に知った、艦娘を率いる提督の異常なまでの失踪率と自殺率の高さを思い出していた。

 言葉を話し、感情を表す彼女達を兵器だと割り切れる者は多くない。自らを慕う美しい少女が相手ならば、そこにまた別の感情が生まれることも容易に想像出来た。

 

「戦死した電の解体は、こちらで行う」

「よろしくお願いします。自分の鎮守府には解体を行う施設もありませんから」

「ああ。発生した資材は、後日君の所へ送る」

「はい」

「……彼女の分だけを、別途に送ることも可能だが?」

 

 実仁は言った。

 新城にとって初めて失った艦娘である。しかも、秘書艦だったのだ。

 詰まるところ、電の形見として受け取っても構わないという、彼なりの気遣いだった。

 

「必要ありません。他の資材と共に送ってください」

 

 しかし、新城はそれを無視した。一蹴したと言ってもよかった。

 彼は一切の感慨を見せずに、そう返答していた。

 その言葉に実仁は、ただ『そうか』とだけ無表情に応え、傍らの金剛から新城に対する好意的な感情が消え失せた。

 新城は全てを無視して退室した。

 誰にも、理解してもらう必要もつもりもなかった。

 

 

 

 

 退室した新城は、ここに滞在する間割り当てられた部屋へ向かうことにした。

 特に出歩く理由もない。自分の鎮守府にはない工廠などの施設は、この二日間で一通り見学を済ませていた。

 後学も兼ねていたが、半ば以上興味からだった。

 しかし、建物を不用意に歩き回る内にすぐに後悔した。

 すれ違う者のほとんどが女性だった為である。

 鎮守府とは艦娘を運用する軍事施設であるのだから当然だと、すぐに思い至らなかった自分の間抜けさに呆れ果てた。

 寮や食堂も全て彼女達が利用する施設である。何処に行っても、若さと美しさだけは例外なく共通する艦娘達と鉢合わせた。

 たった四人しかいなかった自分の基地では実感のなかったことだが、多くの艦娘に囲まれた環境というものが、ここまで居心地が悪いものかと辟易してしまった。

 以来、天龍達が補給と修理を終えて帰還の準備が整うまでの間、新城は割り当てられた部屋から可能な限り出歩かないようにしている。

 そして、その帰還の日が今日だった。

 午後に、実仁の手配した輸送艦に乗船して、基地まで送り届けられる手筈になっている。

 纏める荷物などはないが、部屋でこれからのことを考える必要はあった。

 廊下を歩き、曲がり角を曲がった時、新城は自分の部屋の前で待つ人物に気が付いた。

 

「待っていたぞ、新城提督」

 

 新城が助けた、あの艦娘だった。

 大破した状態もすっかり回復している。二日間で重傷が治癒するのは、艦娘として早い方なのか遅い方なのか新城には分からなかったが、人間離れしているのは確かだった。

 脳裏に、電を死に至らしめた凄惨な傷跡が蘇った。

 あの致命傷も、もし自分が何か違う適切な処置をしたのなら、目の前の彼女のように想像もつかない治癒の仕方で助かったのではないかと、淡い考えが浮かんでいた。

 

「僕に何か用か?」

 

 剣呑に尋ねた。

 自分自身の意味のない回想に苛立っている為だった。

 相手は、そんな新城の悪感情の発露を誤解して受け取った。

 

「すまない。アナタに、一言謝りたかった」

「謝る?」

「私のせいで、アナタの電が戦死したことだ」

 

 新城は思わず黙り込んだ。

 相手はそれを無言の肯定と受け取ったが、内心は全く違っていた。

 彼女のした『アナタの電』という表現に、奇妙な違和感を覚えた為だった。

 

「あの時、私が撤退を躊躇わなければ、彼女が砲撃を受けることもなかっただろう。私のくだらない見栄が、彼女を死に至らしめたのだ」

 

 そう告げる口調は、自らの仲間を目の前で失ったことを自責していた時と同じ、重く沈んだものだった。

 真面目で責任感の人一倍強い性格なのだろう。自らが関わった死を、全て抱えようとしているように思えた。

 新城は内心で舌打ちした。

 今度こそ明確に、目の前の艦娘に対する苛立ちを感じたからだった。

 

「それは君の意見に過ぎない」

 

 新城はきっぱりと跳ね除けた。

 

「戦場では、誰も自らに降り掛かる死を選ぶことは出来ない。僕に分かっているのは、電が、僕の命令を忠実に実行し、それを果たしたということだけだ。僕の命令を、だ」

 

 新城は言葉の最後を強調するように大声で発した。

 目の前の呆気に取られる艦娘に叩きつけるような勢いがあった。

 

「君が罪悪感を感じるのは勝手だ。だが、僕は味方の救出の為に命令を下したことと、その結果に生じた損害について罪悪感は一切抱いていない」

 

 新城は断言した。本心だった。少なくとも、自分ではそう信じ切っている。

 様々な受け取り方が出来る彼の言葉を持て余し、混乱して棒立ちになる艦娘の傍らを、新城はそのまま通り過ぎた。

 押しのけるように、背後の扉に手を掛ける。

 それに気付いて、彼女は何かを言いたそうな表情を浮かべたが、新城はそれを完全に無視していた。

 扉を開けようとする。もちろん、誰も中に招くつもりはない。

 その時、慌しい足音が聞こえた。

 子供のように体重の軽い者が、複数駆けている足音だった。

 新城は無意識にその音の方へ視線を向けた。

 そして、目を見開いた。

 

「あっ、まずいよ! 走っちゃ駄目、他の提督いるよ!」

「本当だ!」

「はわわっ、怒られちゃうのです!」

 

 騒がしい声が響く。

 子供のような容姿をした少女達。駆逐艦クラスの艦娘数人が、おそらくこの先の提督の部屋に運ぶ為であろう書類の束を分担して持って、歩いていた。

 新城の視線は、集団の先頭に立つ一人の艦娘に固定されていた。

 彼の視線に気付いた駆逐艦の少女は、慌てて頭を下げた。

 酷い既視感を覚える仕草だった。

 

「は、はじめまして! 暁型4番艦、駆逐艦『電』といいますっ!」

 

 

 

 

 新城は寝台に寝転がっていた。

 眠気は全くない。しかし、何もやることがなかった。

 実仁の手配した輸送艦に割り当てられた士官用の個室は快適そのものだ。室内には寝台の他に一通りの家具があり、本棚や高価そうな酒瓶を並べた棚まであるのだから暇潰しには事欠かない。

 手入れもしっかりと行き届いていた。こんな豪華な部屋で、酒を傾けつつ窓から海をのんびりと眺めるだけでも十分に楽しめる。

 軍艦でありながら、豪華客船と見紛うかのような船だ。

 実仁自身が使用する場合もあるので、ある意味金が掛かっているのは当然のことだった。親王閣下をお乗せする御召艦というわけだ。

 自身の基地に着くまでの間だが、至れり尽くせりの船旅となる。

 しかし、新城は何も楽しむ気にはなれなかった。

 酒はもちろん口にしていない。一応、軍務の最中である。

 本には何冊か手をつけたが、全て数ページで止めた。好みの問題ではなく、読むことに集中出来ない為だった。

 もちろん、部屋から出る自由は許されている。しかし、自分以外に乗船しているのは、部下も含めて全て艦娘達だった。彼女達との交流を楽しめるとはとても思えない。

 こんなことなら客人待遇などではなく、船員の一人として働いていた方がマシだと思った。

 暇な人間はろくなことを考えない。今の新城の脳裏には、あの鎮守府で見た光景が幾度となく繰り返し蘇っていた。

 自分が出会った、あの艦娘は――。

 扉が叩かれた。

 

「どうぞ」

 

 起き上がり、はみ出ていた上着の裾をズボンに押し込みながら答えた。

 この船で一番階級が高いのは新城だったが、寝転がったまま対応するような横暴をするつもりはなかった。

 それに、この状況では訪問者が誰であれ、艦娘であることは間違いない。

 入室したのは不知火だった。

 

「お休み中でしたでしょうか?」

「いや……」

 

 新城は僅かに言いよどんだ。

 目の前の少女が『自分の部下の不知火』なのか、一瞬確信が持てなかった為だった。

 

「失礼しました。新城直衛提督の代理秘書艦、不知火です」

 

 不知火は、その疑念を察したかのように畏まって答えた。

 自分が今悩んでいること。その内容を、彼女は察しているらしい。新城は寝台に腰掛けたまま、訊ねた。

 

「何か用か?」

「お話があってきました」

「この船にいる間、君達には軍務から外れた自由時間を与えているはずだ」

「はい。ですから、個人的なお話です」

 

 新城は無言で部屋に備えられた椅子に座ることを促したが、やはり無言で拒否された。

 言葉とは裏腹に、不知火は秘書艦らしい態度を崩さず、その場で直立不動のまま話をするつもりのようだった。

 別段、新城を嫌っていたり敬遠している為ではない。彼女の素の態度がこれなのだった。

 

「鎮守府で、電に会いましたか?」

 

 不知火は刃のような単刀直入さで話を切り出した。

 それは、新城が悩み続けていた問題そのものだった。

 

「……会った」

「あれは、アナタの部下であった電ではありません」

「分かっている」

 

 理屈の上では新城も事前に知り得ていたことだった。

 艦娘は『建造』と呼ばれる方法によって生まれる。

 実際に、そこでどのような過程が行われているかは分からない。彼女達は一定の資材を消費して生まれてくるのだ。そして、結果を事前に決めることは出来ない。建造によってどんな艦娘が生まれるかは分からないのだ。

 しかし、ある程度の規則性は存在した。そして、規則性が存在する以上結果が同じになることもある。

 詰まるところ、建造の結果『同じ艦娘』が生まれることもあるのだ。

 この場合の『同じ』とは文字通りの意味だった。

 艦娘には『同じ人種』『同じ血族』といったレベルではなく、まったくの『同一人物』というべきレベルの重複が存在する。

 

「不知火も、あそこに所属している自分の同一艦に会いました。すれ違う程度でしたが」

「『同一艦』か……本当に艦船ならば、それでも問題はないのだろう」

「問題ないのです。何故なら、不知火達は『人間』ではなく『船』ですから」

「それは――」

「不知火や電を含め、駆逐艦クラスは比較的建造されやすい艦種です。他の鎮守府を含めればもちろん、一箇所に絞っても存在が『ダブる』のは、よくあることでしょう」

 

 新城は、どう返答すべきか迷い、結局何も返すことが出来なかった。

 普段の部下に対する明確な態度を思えば、実に彼らしくない曖昧な状態だった。対応に戸惑っているのだ。

 これが軍務ではなく、私的な会話だからかもしれない。

 任務ならば、彼は何処までも冷酷になれる。目の前の可憐な生物に、戦場で血を流せと命じることも出来る。自らを兵器だと自負する少女を、その通りに扱うことも出来る。

 しかし、今目の前にいるのは人間としか思えない少女だった。いや、少女として扱わなくとも、共に死地を生き延びた兵士だった。

 正しい存在の定義など問題ではない。新城にとって、艦娘とは非常に扱いの難しい存在だったが、少なくとも傍に置くことを許容し、共に戦うことを認める相手であることに疑問はなかった。

 

「君は、いや君達は、僕にどんな扱いを望む?」

 

 新城は訊ねた。

 

「何も。何も特別なことは望みません。ただ、アナタの思うまま不知火を働かせてください。アナタの望む通りのことをします」

 

 新城は溜め息を吐いた。

 これを単なる忠心と受け止めるには、彼の内心はあまりにも複雑すぎた。

 

「僕はそこまでに値する上官か?」

「少なくとも、不知火が見たもの、経験したものから出した結論です。ご理解いただかなくても結構です」

「艦娘を戦場で有効に運用することに関しては、僕もまったく疑問はない。君達を苦労させることだけは間違いなく約束出来る。しかし、僕は君達をただの兵器として扱うことも、命と尊厳ある兵隊として扱うことも割り切ることが出来ないのだ」

「どちらの扱いも経験してきました。その結果、いずれにも馴染むことが出来ず、アナタの下へ来ました。おそらく、他の艦娘も同じです」

「人として扱われることは不満か?」

「いいえ。しかし、手厚い待遇の中にあるからこそ疑問と苦悩は大きくなります。人間と同じならば、時折目の前に現れる不知火と同じ顔と身体を持った存在は一体何なのでしょう?

 頭がおかしくなりそうです。気が狂いそうです。こんなことを悩む艦娘は、自分一人だけなのでしょうか。人道主義とされる提督の下で『君達は同じ人間なんだ』と認められ、素直に喜び、おそらく安堵しているであろう仲間を見るたびに疑念を抱きました。彼は、もう一人の不知火が建造された際にも同じことを言ったのです」

 

 不知火の視線は、新城にだけ真っ直ぐに据えられていた。

 鉄の棒を呑み込んだように不動の姿勢と、鋼で出来ているかのように変化のない表情は、まさに彼女が人間とは違う無機質な存在になろうとしている意志を感じさせる。

 しかし、新城はその瞳の奥深くに見覚えのあるものを感じ取った。かつて、それを同じものを身近に味わったような気がする。すぐに思い出した。

 見捨てられることを恐れる子供の目だった。

 新城は瞼を閉じた。幼い頃に彷徨った東州の山野が見えた。

 目を開き、新城は迷いのない口調で目の前の艦娘の名前を口にした。

 

「不知火」

「はい」

「君を秘書艦に正式に任命する」

「了解しました」

「最初に言っておく。僕は、僕の求める能力を持たぬ艦娘を使いこなせない。僕にそれほどの能力はない。君もその例外ではない」

「努力致します」

「尽力してくれ。君は望んで僕の下で働きたがったのだ。そんな莫迦はこき使われて当然だ。僕の下で働きたいのなら、君が僕の求める能力を持っていること、それを証明してくれ。これは即時発令の永続命令だ。もしも、同じような莫迦を見つけたら、一語一句同じ命令を伝達するように」

「はい。証明いたします」

「ならば宜しい。君は魅力的すぎて気が散る。しばらく僕の視界から外れてくれ」

 

 不知火は見事な一礼をして、退室した。

 部屋から出る時、開いた扉から天龍と龍田の姿が一瞬垣間見えた。盗み聞きしていたらしい。扉が閉まる前に、こちらに向けた二人の意味ありげな微笑が妙に気に掛かった。

 直接部屋を訪れたのは不知火だけだったが、彼女達も同じような心境で、同じような行動を取ろうとしていたのかもしれない。

 一人、部屋に残された新城は再び寝台に横になった。今度は、明確な疲労感を感じてのことだった。

 先程の会話で、何となくだが彼女達の求めるものが分かったような気がする。

 しかし、それに応えられるかどうかは定かではない。新城にとって、艦娘とは相も変わらず扱いの難しい存在だった。

 ここまで思い悩むのは、もはや自分が彼女達を自分の部下だと認めてしまっているからだと自覚していた。

 これが、まだ一度も運用していない知識だけの相手ならば、関わることもなく跳ね除けていただろう。

 しかし、自分は彼女達と共に戦ってしまった。背中を預けてしまった。そして、彼女達はそれに応えた。

 銃は所詮道具に過ぎない。それを撃ち、敵を殺傷した時に頼もしさを覚えたり、兵器としての信頼性は高まっても、それは兵士達に向ける信頼とはまた違う。

 困ったことに新城が不知火や天龍や龍田、そして失った電に関して抱いたものは兵士に向けるそれと同等のものに他ならなかった。

 だからこそ、ここまで思い悩むのだった。

 苦悩の中には苛立ちもあった。

 それは艦娘に対するものではなく、彼女達を生み出した人間に対するものだった。

 義憤などではもちろんなかった。

 艦娘の起源には謎が多い。如何なることが発端となって、彼女達が生み出されたのかは分からない。誰が、何を望んでこうなったのか。

 彼女達の扱いにも理解は出来る。戦争とは理不尽なものだ。兵器だ兵士だと区分けをしても、戦場において等しくその存在は蹂躙され、破壊されることに違いはない。そして、彼らや彼女らの嘆きと苦悶は戦争を望む者には無視されるのだ。

 僕はそれを知っている。その理不尽を了承はせずに了解している。

 だからこそ。

 だからこそだ。畜生め。いまだ見ぬ畜生どもめ。

 彼女達への責任を放棄した貴様らを許せない。

 例えその終結が死であったとしても、戦い抜いた兵士のその後に報いることは、それを率いる者の責務だ。決して逃れてはならない責任だ。それこそが、ただの人間を、将校を指揮官たらしめている。

 貴様らは、それを放棄した。彼女達に存在する一個一個の意志を認めながら、そこに発生する権利を無意味であると切り捨てた。

 艦娘を兵器であると断じて開き直る者も、人間であることを認めながら彼女らの行く末に考えの至らない者も、どいつもこいつも同じだ。

 仮にこのまま深海棲艦との戦いが終結したとして、彼女達に待つ未来は何だ?

 特定の敵と戦う為に生み出され、存在意義をそれらと戦う為にだけ見出された彼女達が迎える戦後とは?

 何も考えてはいまい。ただ、成り行きの未来が待っているだけだ。役目を終えた彼女達は解体されて消える。ごく一部が別の用途に流用されて残るかもしれないが、それは役割を変えただけだ。そこにどれだけの悲しみや同情が伴おうが、結末に何も変わりはない。

 僕ですら恥は知っている。それを知らぬ厚顔無恥な者ども。覚えていろ、兵に報いぬ者は兵を率いる資格などない。

 彼女達は兵器だ、などという詭弁はもはや通じない。僕はもう認めた。認めてしまった。彼女達を人間だともそうではないとも断じることは出来ないが、共に戦う兵士だとは既に認めた。

 貴様らが彼女達に何一つ報いず、死んでいった電に僕が報いることすら認めようとしないのなら。そういう効率と都合のいい世界を改めようとしないのなら。宜しい。粉砕してやる。深海棲艦の後で、その認識ごと貴様らを粉砕してやる。そう、絶対に、だ。

 新城はじっと天井を睨みつけていた。

 しかし、激情とはそれが心の奥底で燻る静かなものであっても、不変のまま萎えずにいることはないものである。

 視界にあるものが、飽きるほどに見慣れたものだと今更思い出していた。かといって、不知火にああ言った手前部屋を出ることも出来ない。それは酷くみっともない。

 結局、彼は基地に到着するまでの間、再び暇を弄びながら、自らの見栄を張った言動に少々後悔していたのだった。

 

 

 

 新城直衛の下に、大量の資材と補給人員としての艦娘が送られてきたのは一週間後のことだった。

 彼の戦争は、そこから本格的に始まった。




一応、この後の話の構想もありますが、とりあえず完結です。
続きを書くかは、まだ未定。
投稿するとしたら、pixivでまーた行き当たりばったりに書いて、形になってから一気にここへ載せる予定です。
でも、一番いいのは何もしなくても誰かが新城提督を書いてくれることです。漫画やイラストでも可。私は、いつでもpixivで待っていますよ?(チラッ

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